上 下
443 / 638
第十八章 ふしぎの海のユーリ

25

しおりを挟む
シグウェルさんの魔法で現れた剣に縫い止められて
動けなくなった魔物は上半身の人間の部分もぐったり
していて動かない。

だからなのか、全く警戒せずにスタスタと近付いた
シェラさんは無防備にそれに触れた。

すると一瞬で魔物の全身が青白い大きな炎に包まれて
燃え出す。

「あれって・・・!」

王都の夜、私を攫おうとした盗賊団を燃やした
浄化魔法だ。

相変わらず燃えているのが人だの魔物だので
なければ綺麗な炎だ。

魔物が燃え出したのを確かめたシェラさんは、
これで良しとでも言うように一つ頷くとふいに
こちらを見た。

レジナスさんでもあるまいし、まさか見えている
のかな⁉︎

そう思いながら見つめ返せばひとつ大きく手を振った
シェラさんはシグウェルさんの立っている壊れかけた
港へと戻って行った。

そして魔物が燃え出すと、その熱でシグウェルさんの
魔法で現れた剣やそれによって凍っている海は段々と
溶けてきて、魔物が跡形もなく燃え尽きる頃には海も
その姿をすっかり元通りに取り戻した。

さっきまで真っ二つに割れていたのがウソのように
静かな波の音を立てて穏やかな大海が目の前には
広がっている。

そしてそんな穏やかな海を眼下に、私の隣では
ユリウスさんが

「ああ・・・うわぁ・・・たかが魔物一匹を狩るのに
海を割るとか、どう考えても被害が大き過ぎるっす
よ・・・もっとこう、他に穏便に済ませる方法が
あったんじゃないっすかねぇ・・・⁉︎」

とついに頭を抱えたまましゃがみ込んでしまった。

港の修理と漁師達の当分の間の生活補償に、ここに
立ち寄るはずの貿易船を別の場所に誘導する連絡役の
配備とその寄港地の確保、物資の積み下ろし場所も
必要で・・・と呟いている。

確かに改めて港を見下ろせば魔物の攻撃そのもの
よりも、その足がちぎれて落ちて来たりして壊れて
出た被害の方が大きい。

まるで怪獣が暴れ回った後のようだけど暴れたのは
魔物ではなく人間二人だ。

「・・・ええと、ユリウスさんの魔法で港を元通り
には出来ないんですか?」

西のコーンウェル領を訪れた時、森の中に温泉を
作った私にあわせてユリウスさんは地面の土から
噴水を作ってくれた。

それを考えると物を直せない私と違って港も直したり
出来るんじゃないかな。

そう考えたんだけど、ユリウスさんはいやいや、
無理っす!と首を振った。

「ユーリ様のおかげで前よりも魔力は増えてるとは
言え、こんな広範囲のものを直すほどの魔力は俺には
ないっす。それに物は直っても漁場が回復して魚が
戻ってくるまではまだまだかかるし。」

あ、それも考えなきゃいけないんだ。

さっきシグウェルさんが一時的にだけど海も凍る
ほどの魔法を使ったおかげでこの辺りの海水温度は
一気に下がったらしい。

しかも海を割ってその流れを止めたから潮流にも
変化があるはずだとユリウスさんは教えてくれた。

さっき青くなりながら呟いていた内容だ。

「えっと、じゃあ・・・」

私は自分の横髪に触れて髪留めを取る。

リオン様が出がけにつけてくれた、私の力がこもって
いる例の真珠みたいなやつが付いている髪留めだ。

それは艶々と白く輝く丸いものが三つ連なっている
金細工の髪留めだ。

「これ、私の力がこもってますから割って吸収すれば
一時的にでもユリウスさんの魔力が増えないですか?
3個あるので、一つ使ってみてそれでも足りなければ
追加でまたもう一つ、みたいに魔力を調整しながら
使ってみて下さい!」

「えっ、そんな貴重なものをいいんすか?」

その手に髪留めを渡せばユリウスさんは両手で大切に
それを受け取ってしげしげと見つめている。

「大丈夫ですよ、リオン様も何かあった時のために
それを持たせてくれたんですから。港が早く直って
リオネルの人達が元通りの生活に速やかに戻れる方が
リオン様も嬉しいはずです!」

それにその方が後から補償でリオン様が頭を悩ませて
大変な思いをする事が減るはずだ。

「私も手伝いますよ!物は直せないけど魚の量は
回復させられますから!」

ついでにコクがあってプリプリの大ぶりなカキが
育つようにして、大きな真珠が取れる真珠貝も養殖
出来るようにしちゃおう。

採れたての生牡蠣をそのまま食べたり炭火で焼いて
食べるのって美味しいよね!

若干自分の欲望が入った漁場の回復案を話せば、
それまで黙って私達を見ていたエル君に

「それってユーリ様が食べたいだけですよね?」

とズバリ核心をつかれた。

「いっ、いいんですよ、世の中を良くしたり発展
させるのに、時には人の欲望が原動力になることも
あるんですから!」

「否定しないんですね・・・」

こんな時まで食い意地が張ってるとか・・・と
エル君は言うけど、結果が良ければ全て良しという
言葉もある。

なんであれ、とりあえずここが元通りになって
悪いことはないはずだ。

そのままユリウスさんにお願いしてまだ港にいる
シグウェルさん達のところへ合流することにした。

ユリウスさんが鳥の姿の精霊を放って自分達が行く
からまだそこにいるように連絡をすれば、すぐに
返事が来たらしく港へと向かう。

リオネルの人達は癒し子がここに休暇に来ている
ことも私が癒し子だということも知らないので
誰かに見られて騒ぎになったらと心配したけど、
幸いにもシグウェルさんが町の人達を避難させて
いたのと、さっきまでの派手な魔物討伐の振動やら
雷魔法の音やらで、まだ誰一人港には寄りつかないで
いるらしかった。

おかげで誰に見られるでもなく二人と合流出来た。

「どこもケガはないみたいですね?」

私達を出迎えてくれたシグウェルさん達を見て
安心する。

「あの程度でケガなどするか。君は心配性だな」

そう言って鼻で笑ったシグウェルさんだけど皮肉
めいた言い方の割にこちらを見るその目は優しげだ。

シェラさんは、

「オレのためにユーリ様にお心を砕いていただける
など望外の喜びです。なんともありませんが無事を
喜んで抱きしめていただけるならぜひ。」

とにっこりとその両腕を広げた。誰もそんなことを
するとは言っていない。

「何でですか!」

じりっと一歩下がれば

「遠慮なさらず」

と逆に距離を詰められて抱きしめられた。

「あの魔物の首を捧げようと思ったのですが存外
美しくない魔物でして、魔石にもならなそうでした。
ですのでいつまでもそんな醜いものをユーリ様の視界
に入れておくわけにもいきませんし燃やしてしまい
ましたがいかがですか?」

褒めて欲しそうに私を抱きしめたままシェラさんは
そんなことを言っている。

いかがですかと言われても。え?綺麗な炎でしたよ、
って言うべきなんだろうか。

魔物がキャンプファイヤーの炎みたいに燃え上がって
いたけどそれって褒めどころ?

「え、えーと、一瞬であんなに大きな魔物を燃やす
なんてさすがシェラさんです!びっくりしました‼︎」

結局褒めてるんだかそうでないんだかよく分からない
当たり障りのないふわっとした事を言ってしまった。

だけどシェラさんはそれでも充分満足したらしい。

「お望みであればいつでもやって見せますからね」

と抱きしめられた耳元で嬉しそうに囁かれた。

物騒でしかない。私のために魔物と悪人へ嬉しそうに
放火しまくる姿が簡単に想像できる。

「なるべく穏便に!」

魔物はいなくなったのに、なぜか魔物討伐をする
前と同じ注意をシェラさんにする羽目になったけど
「そうですか?」と小首を傾げる当の本人は私の
注意が全然分かっていなさそうだった。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

R18 短編集

BL / 連載中 24h.ポイント:626pt お気に入り:28

【完結】運命の宝玉~悪役令嬢にはなりません~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,605pt お気に入り:344

僕たちのこじれた関係

BL / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:91

キラワレモノ

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:28

チート無しの異世界転移

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:1

独り占めしたい

BL / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:11

ナツキ

BL / 連載中 24h.ポイント:463pt お気に入り:2

マガイモノ

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:43

処理中です...