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第十九章 聖女が街にやって来た

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エリス様を森の奥の方に誘導して人に迷惑のかからないところで力を使うと言う私にシェラさんが、

「ではオレとレジナスは殿下とエルを補助しながらアラム陛下達がここから退避するのを助けましょう」

と言ってレジナスさんも頷いた。

普段は口喧嘩まがいの軽口の応酬をし合っていてもこういう時は息が合っているのはさすがだ。

それに二人は実際コーンウェル領で私が作った渓谷の大きさを知っている。

だからあの威力のものがここに落ちるとなれば、人間は雷そのものの影響を受けなくても崩れ落ちる地面には巻き込まれてしまうかもしれないと分かっているんだろう。

「いや待て待て、私もここに残って手伝おう」

アラム陛下はそんな事を言っているけど他国の王様を万が一ケガをさせたら大変だ。

しかも大声殿下の戴冠式に来ている国賓な上に・・・手伝おうと言っているその目の奥の冷静な光が気になる。

この期に及んで、もしかしてまだ私の力をその目で確かめて利用できないか考えているんじゃないかと思った。

その貪欲さにはある意味感心するけど、そんな人の前でグノーデルさんの力をこれ以上使って見せても碌なことにはならないだろう。

「・・・私の力はみんなのために使うものであって、誰か一人の思惑に使われるためのものじゃないですから。」

思わずそんな言葉が口をついて出た。

・・・ああ、だからヘイデス国にはイリューディアさんの強い加護を受けた巫女や聖人が現れないのかも知れない。

そういえばルーシャ国の人達は・・・陛下もリオン様も大神官のおじいちゃんも、いつも私のすることを見守って好きにさせてくれたっけ。

誰からも一度もここでこうしろああしろ、というような指示は受けたことがない。

嘆願書や請願書の内容をきちんと教えてくれて私がどうしたいのか聞いてくれた。

私が小さな子どもの姿でも侮ることも強引に従わせるでもなく、

「ユーリの好きなようにしていいよ、僕らはそれを助けるだけだから。」

とリオン様はいつも言ってくれていた。

それって甘やかしじゃないの?と思っていたけど、私の意見を尊重してくれて一度もイリューディアさんの力を国のために利用しようとはしなかった。

神様の加護という大きな力に畏敬の念を持って接してくれて、決してそれを自分達の私利私欲のために使わない人達がいる国だからこそ、イリューディアさんは信頼してここに私を降ろしてくれたのかも知れない。

これでもし私がヘイデス国に召喚されていたら、イリューディアさんの望み通りこの世界を再建する手伝いをするどころか国の発展にまず利用されて、あちこちで噴出したヨナスの力やそれを信奉する人達にめちゃくちゃにされた所も助けられずに今頃酷い有り様の世界になっていたのかも。

ルーシャ国に召喚されてリオン様やレジナスさん達に会えて、ルルーさんやエル君やたくさんの大好きな人達にも出会えて良かった。

そう思ったら、ますますこのルーシャ国という国もそこに住むリオン様達のことも愛しくて守りたくなった。

そんな思いを噛み締めながら、

「こっちですよエリス様!」

だっ、とリオン様達がやって来た森の奥の方へ駆け出す。

この森から絶対にエリス様を出さないでなんとかしないと。

エリス様はすぐに私に首を向け、その後を追おうとした。

と同時に大きくその三本の尻尾をぶんと振ってリオン様達を薙ぎ払おうとするのが見えた。

低い軌道と弧を描くそれはレジナスさん達は飛んで避けられてもリオン様達の乗る馬は避けられない。

馬ごと倒して木に叩きつけようとしているように見えた。

「危ない!」

・・・さっきエリス様が口からヨナスの魔力の塊を吐き出そうとした時もそうだけどグノーデルさんの力を使いこなせているこの状態は動体視力が良くなっているのか、エリス様のしようとしていることが良く見える。

森の奥へ行きかけていたけど急いで踵を返した。

エル君がその武器で尻尾の根元に近いところを縛り上げて尾が三本ともランダムな動きをするのを防ごうとしているのも見えた。

その時、走りながら「私の足の早さで追いつけるだろうか?」という考えが頭に浮かんだと思っていたらいつのまにかあっという間に一瞬で私はエリス様の後ろ脚の辺りに走り込んでいた。

そのまま反射的にがしっ、とエル君が纏めた尻尾を三本一緒に両手で抱え込むようにして掴むと

「エリス様、こっちです・・・っ‼︎」

思い切り引っ張ったらそのまま私が行こうとしていた森の奥の道目掛けて勢い余ってグンとエリス様を放り投げてしまった。

ふいをつかれたからかエリス様はそのままどしーん、と重い音と土煙を立ててその道の向こうに叩きつけられる。

「え・・・?」

自分でやっておきながらぽかんとする。あり得ない早さで走り込んで、普段からは考えられない馬鹿力であの大きなエリス様を放り投げてしまった。

これもグノーデルさんの力だろうか。

勇者様だったレンさんに比べてどれくらいの加護が付いているのか分からないけど、これならレンさんみたいに自分よりも大きなものを殴りつけるとか蹴り倒すとかも出来るのかな?

そう思っていたら、私の横の茂みがガサリと揺れた。

「危ないユーリ!」

リオン様が声を上げた。少し離れたところでレジナスさんも

「まだいたのか」

と声を上げて剣を振り上げた。こっちに向かってそれを投げつけようとしている。

何が、と思って横を見たら頭が二つに分かれた大きな熊がヨダレを垂らしながら私にその鋭い爪のついた手を振り下ろそうとしていた。

いつの間に。ていうか、その頭についている目は四つとも視線が定まらずにあちこちの方向をギョロギョロ見ているのが気持ち悪い。

動体視力が良くなってそんな気持ち悪いところまでよく見えるとか止めて欲しい。

「き、気色悪い‼︎」

こっちに来ないで欲しいと思わず両手でその熊を押し出すように突き放したら、押し出された熊はそのまま真後ろに木々を数本薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ。

「ひえっ!」

自分の馬鹿力に自分でびびる。薙ぎ倒した木々の先で熊は木に体を預けてぐったりしていた。

よく見れば・・・って見たくないけど、私が押した熊の胸部分にはぽっかりと穴まで空いている。

え・・・何これ怖い。私の押し出した力の衝撃のせい?

そういえば獣に変わる前のエリス様は私に

『魔物でないただの獣にもユーリ様のお力は通じるでしょうか?』

なんて言って笑っていたけどグノーデルさんのこの力は、そんなイリューディアさんの物理的に弱い力を補って余りある。

だ、大丈夫かなさっき私が投げたエリス様の尻尾、引っこ抜けてるとかないよね⁉︎

思わず心配してエリス様の方を見れば、一瞬気絶でもしていたのかちょうどよろめきながらその四肢を踏ん張って立ち上がり頭を振っていた。

尻尾はまだちゃんと三本ともある。良かった、となぜか安心してしまった。

というか、こうしている場合じゃない。

「ま、また獣が出たらその始末はお願いします!」

エリス様を放り投げて凶暴な熊まで倒してしまった私の馬鹿力にまだ驚いているリオン様達に慌てて声をかける。

レジナスさんも、熊に向かって投げつけようとしていた剣をまだ構えたままだった。

「おまかせくださいユーリ様。ユーリ様はその御心のままに動かれれば大丈夫ですよ。お強いその姿も大変美しいですね、金色の瞳が燃え上がるように輝いております。」

シェラさんだけは通常営業で全然動じていない。

いつも通りに過剰な褒め言葉で私を讃えるとエスコートするようにエリス様の方へと促す。

「今の行動であの化け狐の注意はより一層ユーリ様へと向くはずです。くれぐれもお気をつけて。」

アドバイスをしながらシェラさんがその脇を通り過ぎる私の髪の一筋を取り、愛おしむように目を細めて口付けたのが見えた。

いつもなら気付かないだろうそんなほんの一瞬の仕草や表情まで今の私にはしっかりと見えてしまう。

こんな時までそんな事をするなんてちょっと余裕があり過ぎじゃない?

心配してるけど私なら必ずやるべき事をやって帰って来ると信じている。そんな表情だった。

というか本当に、余計なものまで良く見えるんだから。

切迫した場面なのに見えてしまったその表情や仕草に何となく気恥ずかしくなる。

「シェラさんの側にもずっと一緒にいるって約束してますからね。頑張って、ちゃんと戻って来ますから待ってて下さい!」

ちょっとだけ振り返ってそう言って、エリス様のところへまた走り出す。

前を向く時に目の端にはシェラさんが一瞬目を丸くした後、いつものように色気の滲む笑顔を顔に乗せ

「勿論、いつまでもお待ちしておりますよオレの女神。」

そう小さく祈るように言った独り言みたいな呟きまでグノーデルさんの加護がついた今の私の耳はちゃんと拾い上げていて、何だか心の中がきゅっと締め付けられるような切ない妙な気分になった。




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