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番外編

未来夢想図 2

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「お前らだけにおいしい思いはさせねーからな!お前の孫はオレの孫だし、オレの孫はオレもちゃんと可愛がる‼︎」

いつもの離宮の一室で、人の顔を見るなりケンカを売るようにそんな事を言ってきたナジムートにドラグウェルは刺すような冷たい視線を送った。

「会うなり何を偉そうに、訳の分からないことを・・・。もう酔っているのか?人を呼びつけておいていいご身分だな、国王陛下。まだ国王気分か?」

ドラグウェルの隣に呆気に取られたようにして立っていたアントンは兄のその物言いにハッと我に返った。

「ちょ、ちょっと兄上?いくら何でも嫌味が過ぎますよ⁉︎」

するとナジムートの隣ですでにその酒に付き合っていた騎士団長、マディウスがガハハと豪快な笑い声を上げる。

「怒るな怒るな、ナジムート様は拗ねておられるだけだ!まだ出来てもいないユーリ様とシグウェル達の子の世話をする役目をお前らに取られたと思っている。」

「ほう?」

興味深い話だ、と目をすがめてドラグウェルとアントンも円卓につく。

「いや実はな、ユーリ様の結婚式のために王都へ来られているベルゲン殿にそれらしい事を言われたらしい。もし孫が出来たら剣術は自分が、学問はレジナスの親が、魔法はお前が教えるとな。気の早いことだ。」

「あながち間違いでもないな。シグウェルの奴が子ども向けに魔法の手ほどきを出来るとは思わんし、未来のユールヴァルト家の跡継ぎなら私が育てるのが一番だ」

ふむ、と頷いたドラグウェルにアントンも笑顔で同意する。

「確かに、シグウェルはなまじ天才肌で自分が優れているだけに、加減を知らず他人に無理難題を押し付けてもそれがそうだとは気付かなそうですからね。魔法の指導なら経験豊富な兄上が適任です。」

それにしても、とアントンは一人納得するように頷いた。

「孫ですか・・・。いいですねぇ、小さい子たちの声で賑やかになる我が家のタウンハウスが今から楽しみです。増築している部屋は二部屋で足りるでしょうか。馬遊びが出来るように、今のうちにノイエ領の私の館にもポニーを飼って躾けておきましょうか」

その言葉にナジムートが

「アントンお前‼︎」

と声を上げた。

「やっぱりベルゲンの言ってた通りだな、タウンハウスにもう孫用の部屋を作ってんのか⁉︎」

「え?ええ、まあ・・・。子は神よりの授かり物ですからいつどうなるか分かりませんし、早くから準備するに越したことはないかと・・・。勿論、私のところのように子に恵まれないこともあり得ますが、イリューディア神様のご加護も篤いユーリ様ですからきっと美しく良い子に恵まれるかと」

「やっぱりオレ、出遅れてるじゃねぇか!」

アントンの言葉にナジムートはつっ伏した。

「やべぇ・・・やべぇよ、あとオレに出来ることはなんだ?音楽か?絵画か?そーゆーのを教えればいいのか?魔物狩りとか野営なら得意だけどさすがにそれはまだ早えーよなあ?」

ぶつぶつ言うナジムートをドラグウェルはフンと鼻で笑う。

「お前が芸術面に明るいとは初めて知ったな。音楽祭や芸術祭では毎回天覧席の分厚いカーテンの向こうで居眠りをしては侍従に起こされていたではないか。」

「芸術面での教師が必要でしたら私がお役に立てるかと・・・」

手厳しい事実を指摘するドラグウェルの隣でアントンが控えめにはい、と手を挙げた。

「趣味で画家や音楽家など芸術家の支援もしておりますし、ノイエ領に休暇で訪れる貴族のつてを使えば優秀な教師はすぐに見つかりますからナジムート前陛下のお手を煩わすことはないかと」

「お手なんか煩わしてねぇよ!オレも孫の世話をしたいっつってんの、でもちょうどいい役目を全部先に取られてんだよぉ‼︎」

アントンの言葉を遮ってナジムートがクダを巻き、それを見たドラグウェルが

「金を出せ、資金面での援助をしろ。」

とにべもなく言い放つ。

「ベルゲンと同じことを言いやがって・・・!」

「お前のいいところは金があるところと手足になって動く人間が多いところだろうが。大声でデリカシーのない奴に小さな子どもの情操教育が向いているとは思えん。その馬鹿力で加減を忘れてはしゃいで、自分で買い与えた孫のおもちゃを自ら壊して泣かせるところしか想像出来んな。」

「ぐ、ぐぬぬ・・・」

ドラグウェルの言葉に反論したいナジムートだったがそれを否定出来ない。

何しろ加減を忘れてはしゃいだ挙句、かわいい孫のディアナ姫との当分の間の交流を制限されたばかりなのだ。

こいつ、それを知ってんのか?と唸っているとその様子を見かねたマディウスが二人の間をとりなした。

「まあまあナジムート様、役目を取られたというなら自分も同じです。どうせならユーリ様のお子様に剣術の手ほどきをするのは俺がやりたかったんですから。それをベルゲン様に先に手を挙げられては俺の出る幕はありますまい。」

ベルゲン・ザハリが中央騎士団長だった時にマディウスはその腹心の部下として副団長を勤めていた。

ベルゲンの隠居と共に彼から団長へ推薦されているため、直属の上司だったこともあり今も頭が上がらない。

ちなみにレジナスはその剣技も型もまるで野生の獣じみた特殊な動きで考えるよりも感覚で動くため、基礎的な部分以外は他人が全く真似出来ず、本人もその動きを「なんとなく」としか説明出来ない。

だからシグウェルとは違った意味で教えるのに適していないために自分の子どもだと言うのにハナから剣の指導者候補からは除外されていた。

マディウスはそんな話も交えながらナジムートを慰めていたが、

「でもレジナスの奴、親に似て数字につえーじゃねぇか!いざとなったら学問も教えられるだろ⁉︎でもオレはその辺りもカン頼りだからお勉強も教えられねぇんだよぉ‼︎」

といい歳をして泣きついた。それを見てドラグウェルが

「グノーデル神様の加護と勇者様の血の弊害だな」

と言ってお前が狼狽えている様を見ながら飲む酒は美味い、とワインを飲むピッチをあげた。

王家直系で血の濃い者はカンが鋭く、大概のことは「なんとなくこっちの方がいい気がする!」という直感に従えばうまくいく。それが政治的判断でも軍事的な駆け引きでもだ。

例えば、イリヤ陛下が初めての遠征で「騎士団が揃うのを待ってられるか、今行かないと!」と言って一人国を飛び出して行った相手国・・・イスラハーンがまさに宴会の夜で油断しまくっていた日だったとか、

「まずはこの部屋をぶっ壊す!」と奇襲したその部屋とタイミングがちょうど国王の部屋で少年が襲われる寸前だったとか、助けたその少年が思いの外有能でルーシャ国に忠誠を従う特殊部隊の隊長にまでなってしまったとか。

ナジムートも同じような逸話をいくつか持つがそんな感じだ。

そしてそれは昔から、グノーデル神様の加護を持つ勇者様の血の恩恵だとルーシャ国では言われていた。

「それなのに、それを恩恵って言わないで弊害って言ってしまうあたりがいかにも兄上ですね・・・」

苦笑したアントンにドラグウェルは皮肉めいた笑みをこぼす。

「だがそうだろう?それでもまだリオン王弟殿下のように学問にも精を出していたらカン頼りだけでなく論理的観点からまた違った思考を教えることも出来ただろうに。・・・いや、リオン殿下は殿下でそのせいで歳の割に老獪なところがあるが。」

将来国王になる兄を支えるのだと、幼い頃から子どもが学ぶには難しい高度な教育や帝王学も嫌がらずに自ら進んで身に付け吸収したリオン王弟殿下はカンの鋭さに知性が加わりまだ二十代前半なのに恐ろしく老練な政治家のようなところを持つ。

「お前にリオン殿下のように知的な部分が半分でもあれば良かったのにな」

しみじみとそう言ったドラグウェルにああん⁉︎とナジムートが顔を上げた。

「ケンカ売ってんのかお前!オレだって知的だよ、ただリオンはオレよりもアルマに似てもっと賢いってだけだ‼︎」

「知的ならこうも我々に泣きつくこともないだろうに」

ああ言えばこう言う。何を言ってもドラグウェルに言い返されるナジムートは鬼の形相で黙り込んだ。

「え?ナジムート様、大丈夫ですか・・・?」

いよいよ本気で腹を立てたのかと恐る恐る声をかけたアントンの耳に

「・・・建ててやる」

ナジムートの呟きが聞こえてきた。

「はい?」

「オレの孫のために幼龍宮を建ててやる!孫だけじゃねーぞ、教える教師の住居も込みの宮殿だ!ベルゲンもレジナスの親も・・・ドラグウェル、お前も魔法を教える間はそこに住め!ぜってぇに領はおろかタウンハウスにも帰さねーからな‼︎」

「よ、ようりゅうきゅう?」

アントンが目を瞬く。まだ生まれてもいない孫たちのために宮殿を建てるとは。

「おうよ!アントン、お前は部屋を増築したんだったな?だったらオレは住居まるごと一棟だ!訓練のためにわざわざ騎士団の演習場や魔導士院に行かなくてもいいように演武場に魔法実験場、馬術訓練のための馬場も作る!庭園にはユーリちゃんの好きなウサギも飼うし、池と小川も作って魚と鴨も放すからな‼︎どうだ、これだけ作っても金ならまだまだあるぞ⁉︎」

「は、はぁ・・・」

ドラグウェルに散々煽られてお前にあるのは金だけだと言われたも同然になり、熟考した挙句ナジムートはやけくそになったらしい。

「開き直ったか」

「うるせぇ、何とでも言え!日中はその宮で日がな一日勉強したり遊んだりする孫たちを見て一緒に過ごして、朝晩は宮へ孫を送り迎えしに来るユーリちゃんとも過ごせるしな!どうだ羨ましいだろう!」

べろべろばー‼︎と舌まで出して自分をそう煽り立てて来たナジムートに、さすがのドラグウェルも頭痛がすると額に手を当てた。

「・・・おいアントン、紙とペンを用意しろ」

「は?」

「この男、このままでは酔いに任せてまたいつぞやのユーリ様の時のように孫を抱くのは一日何回までだの授業時間はどれくらいだのと勝手に決めかねん。先に我々で決めてこいつには隙を見てサインさせるぞ」

親父同盟ならぬジジィ協定だ。そう言ったドラグウェルにマディウスが肩をすくめた。

「おお、怖い怖い。悲しいことに我が家の息子どもにはまだ女っ気が一つもなくて誰一人嫁を連れて来ておらんが、この先我が家も孫を巡ってこうならんといいが。」

すると何をひとごとのように、とドラグウェルが冷たく見やる。

「傍観するな、お前も証人としてここにサインしろ」

「何⁉︎」

「この後に及んで何を言う。孫が絡まない公平な立場からの立会人がいてこそ説得力があるだろうが。」

アントンはユールヴァルト家の人間だから証人はお前しかいない。

そう宣言されてマディウスは無理やりペンを持たされた。

「いや、オレも巻き込まれるのか⁉︎」

「往生際が悪いな」

ユリウスがシグウェルの尻拭いに奔走するだけでなく、その親である自分達まで何だかあいつらと似た関係になってきた。

そう冷や汗をかいたマディウスの気持ちを知る由もなく、まだ見ぬ孫と一緒の未来を夢見る酔っ払ったナジムートをなだめすかしながらドラグウェルは自分に都合の良い証文を作り上げていく。

こうして離宮に集まる面々の王都の夜はいつものように騙し騙されながら更けていくのだった。






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