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番外編

医者でも湯でも治せぬ病 7

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真っ二つに割れた的、煙を上げて木組みに突き刺さっている矢、やり過ぎたと申し訳なさそうな顔で佇むレジナスさん。

そんな状況に、腕自慢大会の会場は一瞬しんと静まり返った。

そして一拍置いて、うおぉ!という歓声と指笛での祝福が大きく上がる。

「すげえ!見たかアレ‼︎」

「いいぞ兄ちゃん!」

「これでハンスの連勝が止まっちまったなぁ‼︎」

女将さんも私の背中をバンバン叩いて興奮している。

「ちょっとすごいじゃないの旦那さん!どっかで傭兵でもやってるの?あれ、栗の木で出来た的で硬いんだよ⁉︎それを割っちゃうなんてハンスでも無理なんだけど!」

・・・傭兵どころか国一番の騎士さんです。

確かにあの調子だと魔物の頭蓋骨すら弓矢で砕けそうだ。しかもあれでもまだ全然本気を出していないし。

とりあえず的を壊してもドン引きされるとかお祭りが盛り下がるとかじゃなくて良かった。

レジナスさんは町の人達に「すげぇなあ!」とか「その体、見せかけだけじゃなかったんだなあ!」なんて声をかけられ取り囲まれて、祝い酒だとジョッキになみなみとお酒を注がれて飲まされたりしている。

するとそこでやっと司会役の人が

「さあそれじゃあ、今年の腕自慢大会の勝者に花女神様から祝福を!」

と取り囲まれているレジナスさんを壇上へと促して、私は女将さんから花冠を手渡された。

後は練習通りにおめでとうとお祝いの言葉をひと言声がけをして、花冠をレジナスさんの頭に乗せればいいだけだ。

みんなに注目されながら壇上へと上がって来たレジナスさんはまだ少しだけ気まずそうにしながらも、片手を胸に当てすっと姿勢よく騎士さんが挨拶をするように片膝をつき頭を下げた。

当たり前だけどサマになっているその様子に、若い女の子だけでなく妙齢のご婦人方までほうっとため息をついて惚れ惚れしている。

さすが王宮付きの護衛騎士ならではの洗練された所作だ。なぜか私も誇らしく、嬉しくなって自然と笑みがこぼれた。

「優勝、おめでとうございます」

少しだけかがんでその黒髪に色とりどりの花を編んで作られた花冠を載せる。

そしてこっそり

「でももう少し手加減しても良かったんじゃないですか?」

と囁けば、バツが悪そうに

「悪い、いいところを見せようとしてやり過ぎた」

と呟かれた。あ、もしかして最後の勝負の前に何回か目が合ったからそれでやる気を出してしまったんだろうか。私のせいか。

「でもカッコ良かったです!」

やり過ぎの原因の一端が私にもあると分かってレジナスさんだけが申し訳なさそうにしているのが悪いと思い、慌ててそう付け足した。

するとそれを聞いたレジナスさんはくすりと笑い、頭に載せた花冠から離した私の手を取る。

「?」

何だろう?と思う間もなく、取られた手の指先に口付けられ

「光栄です、俺の女神」

と返された。いや、俺の女神って。シェラさんならともかくまさかレジナスさんにそんな事を言われるとは思わなかった。

思いがけない言葉に面食らって、なぜか物凄く恥ずかしくなり頬が熱を持って赤くなったのが自分でも分かる。

あ、あれ?おかしいな、シェラさんに同じ事を言われてもなんとも思わないのに。

普段絶対にそんなお世辞めいたことを言いそうにないレジナスさんに言われたせい?

ギャップか。どうやらここにきてレジナスさんも私のギャップ萌え的な琴線に触れてしまったらしい。

「?どうした、ユーリ。顔が赤い」

当の本人はそんなこと全く気付かずに不思議そうにしているけど。

そして手に口付けを受けて真っ赤になっている私をみた町の人達が

「いいぞ兄ちゃん!」

「花女神様もお返しをしないと‼︎」

「そうだ、キスしてやれ!」

更に囃し立てた。キース、キース、となぜか大合唱と口笛が飛んで腕自慢大会の表彰式が終わるに終われなくなってしまう。

どうしよう?と女将さんの方を見れば、女将さんも周りと一緒になってキスの合唱に参加していた。

しかも私と目が合うと、親指を立てて「やっちまいな!」とウインクする始末だ。

この雰囲気で何もしないのはさすがにお祭りの空気をぶち壊す。それはいかがなものかと変なところで空気を読む日本人ぽい性に流された。

「ほ、本当におめでとうレジナスさん!」

その頬に軽く口付けパッと顔を離す。

無駄な肉が削ぎ落とされシュッとした無骨な顔付きの頬は、顔まで筋肉に覆われているのか骨ばっているのかしっかりとした硬さで、自分の唇の柔らかさだけを妙に感じた。

わずか一瞬の口付けだけど、よく考えたら結婚式でさえ大神殿へお祝いで駆けつけてくれた王都の観衆の前では公に口付けたことはなかった。あの時はみんなに笑顔で手を振り応えるのに必死だったしなあ。

つまり衆人環視の中レジナスさんにキスをしたのは初めてで、それに思い至るとたかが頬への口付けでもやたらと恥ずかしくなった。

レジナスさんもそれに気付いたのかどうなのか、私の口付けでまた一段と大きくなった歓声の中

「まるで二度目の結婚式をしているようだな」

と小さく笑った。



「・・・とにかく、なんとか最後まで花女神の役目をお務めを出来て良かったです」

温泉から上がったほかほかとした体のままひと息ついてそう言えば、水を手渡してくれながらレジナスさんが

「優勝者への賞品だと言って町の特産の果実酒を貰ったが飲むか?」

と聞いてくれた。

あの腕自慢大会の後、大会の終了を告げる昼花火として色付きの煙花火がポンポンといくつか空へ上がった。

そして私やレジナスさんが壇上から降りるのと入れ替わりでお祭りのために呼ばれていた楽団の人達が壇上へと上がり、賑やかな音楽を奏で始めると町のあちこちからテーブルや椅子が広場へと集められ、食べ物や飲み物が配られた。

音楽に合わせてテーブルの隙間を縫うようにして踊る人もいれば乾杯を繰り返す人、大声で歌う人などもいてまるでビヤガーデンの広場版みたいな賑やかさになったのだ。

私達二人は慣れない役目に疲れが出たのか、静かなところでゆっくりしたくなり町の喧騒を離れるとそのまま宿へと帰ってきてそれぞれお風呂に入り今に至る。

「飲んでもいいなら飲みます!」

果実酒を飲むかと聞かれて嬉々として答えた私に、

「それほど度数は高くないから大丈夫だろう。それにそんなに嬉しそうにされているのに飲ませないわけにはいかないしな。」

とレジナスさんは苦笑いした。テーブルの上には昨日と同じように氷の中にワインらしきボトルが一つ突き刺さっている。

まだ乾かし切っていない髪の毛にタオルをのせたままととと、と駆け寄り見てみればボトルにはピンク色のラベルが貼ってあった。

「この地方特有の赤い小さなオレンジを使っているらしい。」

そうレジナスさんが教えてくれる。ほほう、オレンジってことはさっぱり柑橘系かな?酸味があるのかそれとも甘いのか。

気になって手にしたボトルをあれこれ見ていれば

「まずは頭を乾かせ」

そう言われて手を引かれた。そのままあぐらをかいてベッドに座ったレジナスさんの前・・・膝の間に座らせられて、わしゃわしゃと軽く頭を拭かれながら

「こんな時でも酒は手放さないんだな。待ってろ、今グラスに注いでやるから。」

と呆れたように言われてしまった。うん、ごめん。気になってボトルを持ったままだった。

そして宣言通り、私の頭を拭いている途中でベッドから立ち上がったレジナスさんはテーブルの上に並べてあったグラスを取って戻ってくる。

ベッドのサイドテーブルにそれを置き、私からボトルを取ってそれを注げば中身は赤みがかった綺麗なオレンジ色の発泡酒だった。

その色がまるでレジナスさんの瞳の色みたいだ、と思っていたら私の耳元でパキンと魔石の割れる音がして体全体をふわりと暖かい風が包む。

「よし、これで乾いたな」

満足げに頷きレジナスさんが私にグラスを渡す。魔石の中身は髪や体を乾かしてくれる温風のような魔法が入っていたらしい。

そのままベッドの上でレジナスさんの前で背中を預けるように寄りかかってお酒を飲めば、見た目や香りのオレンジ色に反してさっぱり柑橘系というよりもイチゴのような甘さだ。

「おいしいです!」

「だからといってあまり早く飲みすぎるなよ、いくら度数が低くても酔いの回りが早くなる」

そう言われて、そうだ念のため酔う前に渡しておこう!と枕元をごそごそする。

「レジナスさん、これをどうぞ!」

そう言って手渡したのは女将さんからもらった花女神役の報酬のあの黒い短剣だ。

「俺に?」

思いがけないプレゼントにレジナスさんは目を瞬いた。どうやらサプライズは成功したらしい。

「はい、そうです!花女神役の報酬ですよ。良かったぁ、女神役を引き受けた甲斐がありました!想像した通りレジナスさんにピッタリです、よく似合いますよ!」

「こんな作りのいいものが地方の町にあるとは・・・。いや、というかその話ぶりだとまさかこれを俺に渡すために花女神を引き受けたのか?」

「そうですよ?レジナスさんとの旅の記念になるものが欲しかったので丁度良かったです!」

サプライズプレゼントが成功してニコニコ上機嫌でいれば、はあぁー、と深いため息をつかれてしまった。

「レ、レジナスさん?」

あれ?もしかしてそんなに嬉しくない?

レジナスさんの膝の間から見上げれば、そのまま後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「・・・ありがとう。俺のために贈り物をしようと引き受けたとは知らなかった。大切にする。最初に教えてくれれば俺ももう少し落ち着いていられたんだが・・・。おかげで森の中に入って無駄に獲物を狩ってしまった。」

「言ったら驚いた顔を見れないじゃないですか。・・・って、やっぱり狩りの競技で大物がいなかったのはレジナスさんのせいですか⁉︎」

思わぬところで自白が取れた。

「じゃあハンスさんに石を投げたのも⁉︎」

ついでに聞けば、

「あれはアイツが触りすぎだから仕方ないだろう。森の獲物も、少し落ち着こうと体を動かしたついでに手応えのあるヤツを狩っただけだ。別に競技を邪魔しようとしたわけじゃ・・・」

とかなんとか言ってるけど怪しい。だって大物が獲れなかったせいでハンスさんは例年のように目立てないまま弓矢競技に入ったからね。

「ホントですかぁ~?怪しいなあ・・・。あ、じゃあ何を狩ったんですか?それに狩った獲物はどこへ?」

「獲ったのはクマが二頭にイノシシが四頭だからそれほど大したものじゃない。それらは弓矢勝負の前に町の神殿の祭壇へ供物としてこっそり置いてきたから、もしかするとそちらも多少騒ぎになったかもしれないが・・・」

「いや、神官さんも絶対驚きますって!お祭りで人のいないはずの神殿の祭壇に、いつの間にかクマやイノシシが山積みになってるなんて!」

「やっぱりそう思うか・・・?」

後ろから抱きしめられたままそう聞かれた。まったく何をしているんだろうか。

一応、知らない人達に囲まれる中で花女神をやる私のことを心配して落ち着かないがあまりの行動らしいから怒るに怒れない。

・・・それに私に怒られるんじゃないかと、大きな体を縮こませるようにしてこんな風にしおらしくされるとこれはこれで愛おしさが増す。

後ろから感じるいつもの体温と、私に寄りかかりその体重をかけているようでいて私が苦しくない程度にだけ体を預けている、その気遣いと体の重みが心地良い。

「レジナスさん、今日はそのままぎゅうっとしていて下さいね。」

「うん?」

「こうやっているとあったかくてすごく安心します!抱き枕みたいにお互いぎゅっとして眠りましょう、きっとすごく気持ち良く眠れますよ‼︎」

お酒も程良く体に回ってきたようで頭もふわふわして気持ちいい。

このまま抱きしめあって眠れば最高に気持ちいいはずだ。

我ながらいい提案だと思って「ね?」とレジナスさんの腕をぎゅっと抱いて目を閉じると、私からもレジナスさんへ体を預けて同意を求める。

そんな私にレジナスさんは

「・・・いや、え?このまま何もしないで抱きしめたままか?それは何ていう拷問だ?」

それとも腕自慢大会を邪魔しかけた罰か何かか?そんなことを呟いていたみたいだったけど、うとうとしかけていた私にはそれが全然耳に入っていなかった。

「二人での旅、楽しいですねぇ」

レジナスさんの腕を抱きしめたままそう言った私に、一瞬言葉を飲み込んだレジナスさんが

「・・・そうだな」

そう言ってまた一つ深いため息をついたその理由を知る由もなく私は気持ち良く睡魔へとその身を任せたのだった。








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