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番外編
指輪ものがたり 8
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「・・・そう、ミア嬢はユーリの指輪を持ったままクレイトスに戻ったの。」
ミア様が指輪を持ち逃げした、それもこれもリオン殿下が王宮内でも自由に魔法を使ってもいいと許可を出したからっす!すぐにリオン殿下へ報告して抗議文書をクレイトスに送ってもらうっすよ‼︎
・・・そう主張するユリウスさんに連れられてリオン様の執務室を訪れたら、事情を聞いたリオン様は開口一番なんでもなさそうに言った。
なんでもないどころか、むしろなぜか少し微笑みを浮かべて
「何かきっかけがあれば早く帰ると思ったけど、それにしても早かったなあ・・・。謁見からまだ半日程度しか経っていないよ。」
なんて目を細めている。え?何それ。まさか・・・。
「もしかしてリオン様、ミアさんに早く帰って欲しいからどこでも魔法を使っていいって許可をわざと出したんですか⁉︎」
「うん、そうだよ?」
私の言葉にリオン様はあっさりと頷いた。
「な、なんでそんなことを・・・」
そのおかげでシグウェルさんの魔力が込められた指輪を持ち出されてしまったのに、全然焦っていない。
私が貰った指輪にはシグウェルさん本来の魔力の半分が込められていることはすでに昨日のうちにリオン様に話してある。万が一のことがあったら怖いからだ。
その時リオン様は、
『シグウェルも随分と思い切ったことをしたね。やっぱり常人とはちょっとかけ離れた考え方をするなあ・・・僕には全く理解出来ないよ』
なんて言いながら指輪が嵌った私の指を撫でていただけだったのに。
いや、よくよく思い出してみればあの時のリオン様は何か思案顔だった。頭の回転の早いリオン様のことだから、もしかするとあの時からこんな事態も想定していたのかもしれない。
「ひょっとして私が夕べ話した時から、あの指輪がミアさんの目についたら奪われるかもって予想してました?だとしたら逃げやすいように魔法を使う許可を出した意味がますます分からないんですけど・・・⁉︎」
「ユーリの伴侶に関わってくることだからね、昨日シグウェル本人からも例の婚約の件については聞いていたよ。もちろん賭けの事や婚約を破棄するための条件も。あのシグウェルがユーリ以外の伴侶を持つことも、君のそばを離れてクレイトスへ行くことも本人は絶対に拒否したいだろうから僕もそれを手伝ってあげようと思ったんだ。」
「手伝う?」
「そう。もちろんシグウェル本人も婚約破棄のために何かしようとは思っているみたいだったけど、彼の場合それが常識的な手順を踏むとは思えなくてね。念のため僕の方はなるべく穏便に婚約破棄まで持っていける方法がないか考えていたんだ。」
そういえば昨日シグウェルさんは何とかするから少し時間が欲しいって言っていた。婚約破棄をするための方法はもう見つけたのかな。
「ああ、まあ団長なら普通の人は思いも寄らない突飛な方向から婚約破棄を仕掛けてかえって混乱を招くこともあるっすからね・・・」
ユリウスさんのその言葉をリオン様は否定しない。それどころか、傍らの机に座って書類仕事で手を動かしながら今まで黙って話を聞いていたレジナスさんまで小さく頷いている。
ちなみにリオン様の側に立って護衛をしていたデレクさんは複雑そうな顔をしてその話を聞いているから、デレクさんはまだシグウェルさんがどれだけ非常識なやらかしをするのかあまり良く知らないみたいだ。
リオン様は続ける。
「ミア嬢は公女らしい自由奔放さ、プライドの高さに高位魔導士らしい探究心旺盛な部分と自信家なところが重なって、自分のすることに絶対の自信を持ち気の向くままに振る舞う傾向がある。だからシグウェルの魔力が入った指輪を目にしたら、周りの言うことも聞かずにそれを手にするだろうと思ったんだよね。」
思った通りだったよ、と笑ったリオン様にレジナスさんがため息をついた。
「なぜ王宮内で他国の魔導士が魔法を使ってもいいなどと特例めいたことを許したのかと思っていましたが、それは彼女が公女だからではなく婚約破棄が狙いでしたか。」
「そうだよ?自分の地位の高さゆえに、たとえ相手がユーリだろうと誰に何を言われようともその忠告を聞かずに指輪を調べるため、ルーシャ国のうるさい小言を避けてクレイトスに指輪を持ち去ると思ったんだ。・・・さあ、そういうわけで僕がこれから書くのはクレイトスへの抗議文書ではなく、クレイトスへ婚約破棄のために向かうシグウェルに持たせる入領許可申請書とクレイトス大公への親書だよ。」
その言葉にレジナスさんは引き出しの中から見ただけでも高級紙と分かる紙の束を出すとそこから数枚をリオン様へ渡した。
どうしてミアさんが指輪をクレイトスへ持ち去ったことがシグウェルさんの婚約破棄に繋がるのかまだ意味が分からなくてユリウスさんと顔を見合わせていたら、
「シグウェルの婚約誓書が無効になる条件を思い出してみて?」
とリオン様が笑った。
「僕がシグウェルから聞いている婚約の誓書が無効になる正当な条件は、相手の違法行為や信頼を裏切る不義理を働いた時ということだった。」
「そうですね?」
意味が分からないまま相槌を打った私に、
「シグウェルの伴侶でありミア嬢から見れば第一夫人・・・まあ王族で言えば正妃にあたるユーリが、伴侶から贈られたプレゼントを取り上げられ返してもらえず、その上はっきりと拒否をしたのに国外へそれを持ち出された。強奪、略取、持ち去り・・・それはミア穣が自分の婚約者シグウェルの伴侶へ働いた不義理であり、それはひるがえってシグウェル本人に対する違法行為と言ってもいい。ちょっと強引だけどこれで婚約破棄の正当な理由に持っていけると思うよ?」
リオン様はそう説明した。それでやっと私にも理解出来た。
つまりミアさんが私の拒絶も無視して指輪をクレイトスへ持ち出しやすくするために、魔法をどこでも使ってもいいという許可をリオン様はわざと出した。
そしてその「無許可での指輪の持ち出し」を違法行為という理由にして婚約破棄を狙ったということだ。
「それ、もし私がエル君に『ミアさんから指輪を取り返して!』って頼んだらどうするつもりだったんですか?」
そうしたら多分あの時エル君はあっという間に指輪を取り返して、リオン様が狙っていた「指輪の無許可での国外への持ち出しによる婚約破棄」にはならなかったかもしれないのに。
だけどリオン様はやだなあ、と明るく笑った。
「優しいユーリは高位魔導士であるミア嬢にエルを立ち向かわせるような危険なことも、いくら自分の物だからといって相手から強引に品物を取り上げるような事もしないでしょ?これはミア嬢の強引さとユーリの優しさがあるからこそ成り立った婚約破棄のシナリオだよ。」
それを聞いたユリウスさんは
「それ、ユーリ様は優しいっていうよりお人好しってことじゃないっすかね?」
と首をひねっていたけれど、どうせなら優しいと言ってくれる方が人聞きはいい。
「ともかく、リオン様はシグウェルさんが婚約破棄出来る段取りを整えてくれたってことですよね?ありがとうございます。」
とりあえずお礼を言えば、
「うん。準備が整ったら明日にでもクレイトス領に行って来ていいからね。シグウェルが単独で行くよりも、どうせならユーリも同行して仲の良いところを見せた方がいいかも知れない。なによりクレイトス領の者達は魔導士が多いから、イリューディア神様のご加護の篤いユーリが姿を見せればそれだけでその魔力に圧倒されておとなしくなる公算が高いからね。気を付けて行っておいで。」
そんな風に頷かれた。そうして思いがけず私もシグウェルさんと一緒にクレイトス領へ行くことになったのだった。
ミア様が指輪を持ち逃げした、それもこれもリオン殿下が王宮内でも自由に魔法を使ってもいいと許可を出したからっす!すぐにリオン殿下へ報告して抗議文書をクレイトスに送ってもらうっすよ‼︎
・・・そう主張するユリウスさんに連れられてリオン様の執務室を訪れたら、事情を聞いたリオン様は開口一番なんでもなさそうに言った。
なんでもないどころか、むしろなぜか少し微笑みを浮かべて
「何かきっかけがあれば早く帰ると思ったけど、それにしても早かったなあ・・・。謁見からまだ半日程度しか経っていないよ。」
なんて目を細めている。え?何それ。まさか・・・。
「もしかしてリオン様、ミアさんに早く帰って欲しいからどこでも魔法を使っていいって許可をわざと出したんですか⁉︎」
「うん、そうだよ?」
私の言葉にリオン様はあっさりと頷いた。
「な、なんでそんなことを・・・」
そのおかげでシグウェルさんの魔力が込められた指輪を持ち出されてしまったのに、全然焦っていない。
私が貰った指輪にはシグウェルさん本来の魔力の半分が込められていることはすでに昨日のうちにリオン様に話してある。万が一のことがあったら怖いからだ。
その時リオン様は、
『シグウェルも随分と思い切ったことをしたね。やっぱり常人とはちょっとかけ離れた考え方をするなあ・・・僕には全く理解出来ないよ』
なんて言いながら指輪が嵌った私の指を撫でていただけだったのに。
いや、よくよく思い出してみればあの時のリオン様は何か思案顔だった。頭の回転の早いリオン様のことだから、もしかするとあの時からこんな事態も想定していたのかもしれない。
「ひょっとして私が夕べ話した時から、あの指輪がミアさんの目についたら奪われるかもって予想してました?だとしたら逃げやすいように魔法を使う許可を出した意味がますます分からないんですけど・・・⁉︎」
「ユーリの伴侶に関わってくることだからね、昨日シグウェル本人からも例の婚約の件については聞いていたよ。もちろん賭けの事や婚約を破棄するための条件も。あのシグウェルがユーリ以外の伴侶を持つことも、君のそばを離れてクレイトスへ行くことも本人は絶対に拒否したいだろうから僕もそれを手伝ってあげようと思ったんだ。」
「手伝う?」
「そう。もちろんシグウェル本人も婚約破棄のために何かしようとは思っているみたいだったけど、彼の場合それが常識的な手順を踏むとは思えなくてね。念のため僕の方はなるべく穏便に婚約破棄まで持っていける方法がないか考えていたんだ。」
そういえば昨日シグウェルさんは何とかするから少し時間が欲しいって言っていた。婚約破棄をするための方法はもう見つけたのかな。
「ああ、まあ団長なら普通の人は思いも寄らない突飛な方向から婚約破棄を仕掛けてかえって混乱を招くこともあるっすからね・・・」
ユリウスさんのその言葉をリオン様は否定しない。それどころか、傍らの机に座って書類仕事で手を動かしながら今まで黙って話を聞いていたレジナスさんまで小さく頷いている。
ちなみにリオン様の側に立って護衛をしていたデレクさんは複雑そうな顔をしてその話を聞いているから、デレクさんはまだシグウェルさんがどれだけ非常識なやらかしをするのかあまり良く知らないみたいだ。
リオン様は続ける。
「ミア嬢は公女らしい自由奔放さ、プライドの高さに高位魔導士らしい探究心旺盛な部分と自信家なところが重なって、自分のすることに絶対の自信を持ち気の向くままに振る舞う傾向がある。だからシグウェルの魔力が入った指輪を目にしたら、周りの言うことも聞かずにそれを手にするだろうと思ったんだよね。」
思った通りだったよ、と笑ったリオン様にレジナスさんがため息をついた。
「なぜ王宮内で他国の魔導士が魔法を使ってもいいなどと特例めいたことを許したのかと思っていましたが、それは彼女が公女だからではなく婚約破棄が狙いでしたか。」
「そうだよ?自分の地位の高さゆえに、たとえ相手がユーリだろうと誰に何を言われようともその忠告を聞かずに指輪を調べるため、ルーシャ国のうるさい小言を避けてクレイトスに指輪を持ち去ると思ったんだ。・・・さあ、そういうわけで僕がこれから書くのはクレイトスへの抗議文書ではなく、クレイトスへ婚約破棄のために向かうシグウェルに持たせる入領許可申請書とクレイトス大公への親書だよ。」
その言葉にレジナスさんは引き出しの中から見ただけでも高級紙と分かる紙の束を出すとそこから数枚をリオン様へ渡した。
どうしてミアさんが指輪をクレイトスへ持ち去ったことがシグウェルさんの婚約破棄に繋がるのかまだ意味が分からなくてユリウスさんと顔を見合わせていたら、
「シグウェルの婚約誓書が無効になる条件を思い出してみて?」
とリオン様が笑った。
「僕がシグウェルから聞いている婚約の誓書が無効になる正当な条件は、相手の違法行為や信頼を裏切る不義理を働いた時ということだった。」
「そうですね?」
意味が分からないまま相槌を打った私に、
「シグウェルの伴侶でありミア嬢から見れば第一夫人・・・まあ王族で言えば正妃にあたるユーリが、伴侶から贈られたプレゼントを取り上げられ返してもらえず、その上はっきりと拒否をしたのに国外へそれを持ち出された。強奪、略取、持ち去り・・・それはミア穣が自分の婚約者シグウェルの伴侶へ働いた不義理であり、それはひるがえってシグウェル本人に対する違法行為と言ってもいい。ちょっと強引だけどこれで婚約破棄の正当な理由に持っていけると思うよ?」
リオン様はそう説明した。それでやっと私にも理解出来た。
つまりミアさんが私の拒絶も無視して指輪をクレイトスへ持ち出しやすくするために、魔法をどこでも使ってもいいという許可をリオン様はわざと出した。
そしてその「無許可での指輪の持ち出し」を違法行為という理由にして婚約破棄を狙ったということだ。
「それ、もし私がエル君に『ミアさんから指輪を取り返して!』って頼んだらどうするつもりだったんですか?」
そうしたら多分あの時エル君はあっという間に指輪を取り返して、リオン様が狙っていた「指輪の無許可での国外への持ち出しによる婚約破棄」にはならなかったかもしれないのに。
だけどリオン様はやだなあ、と明るく笑った。
「優しいユーリは高位魔導士であるミア嬢にエルを立ち向かわせるような危険なことも、いくら自分の物だからといって相手から強引に品物を取り上げるような事もしないでしょ?これはミア嬢の強引さとユーリの優しさがあるからこそ成り立った婚約破棄のシナリオだよ。」
それを聞いたユリウスさんは
「それ、ユーリ様は優しいっていうよりお人好しってことじゃないっすかね?」
と首をひねっていたけれど、どうせなら優しいと言ってくれる方が人聞きはいい。
「ともかく、リオン様はシグウェルさんが婚約破棄出来る段取りを整えてくれたってことですよね?ありがとうございます。」
とりあえずお礼を言えば、
「うん。準備が整ったら明日にでもクレイトス領に行って来ていいからね。シグウェルが単独で行くよりも、どうせならユーリも同行して仲の良いところを見せた方がいいかも知れない。なによりクレイトス領の者達は魔導士が多いから、イリューディア神様のご加護の篤いユーリが姿を見せればそれだけでその魔力に圧倒されておとなしくなる公算が高いからね。気を付けて行っておいで。」
そんな風に頷かれた。そうして思いがけず私もシグウェルさんと一緒にクレイトス領へ行くことになったのだった。
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