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第1章

6.

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ドレスを違う物に着替えザイシェル侯爵夫人と共にマルガレーナ公爵家のお茶会に出席する。
案内された薔薇園には既に多くの貴婦人とその令嬢、令息で賑わっていた。
本当はゆっくり薔薇を見て楽しみたいのだけどまずマルガレーナ公爵夫人にお義母様と挨拶に向かう。

「ご機嫌麗しゅうございます~、マルガレーナ公爵夫人様~♪」
お義母様の可愛らしい間延びが聞こえたのか、少しふくよかな貴婦人が笑顔でこちらに来た。

「まぁっ!カトレアっ心待ちにしていたのよ!!
さぁ早くこちらに入らしてお話をしましょ♪」

「喜んで~♪
さぁ、貴女もご挨拶を~。」
お義母様に続き挨拶をする。

「はい、お義母様。
ご紹介にあずかりました、私はザイシェル侯爵家が長女、レイティア・フィ・ザイシェルと申します。
この度私めをお招き下さり至極恭悦にございます。」
淑女の礼をし、マルガレーナ公爵夫人に微笑む。

「まぁまぁまぁっ!
貴女が噂のレイティアちゃんなのねぇ、貴女もこちらにいらっしゃいな♪」

「はい、喜んで。」
親しげにマルガレーナ公爵夫人と会話をしている私達に視線が集中した。薄々こうなると思っていたけど居心地が悪いし落ち着かない。
周りをあまり見ずに公爵夫人の後に着いていく。

「私はこの薔薇園の中でもこの場所が一番のお気に入りなの。」

「見事な薔薇ねぇ~♪」

「―…凄く、綺麗。」
美しい薔薇をより引き立たせるために作られた庭園を目の当たりにした私は思わず感嘆の声をあげた。
ハッと我に返り公爵夫人を見ると、

「気に入ってくれたかしら♪
レイティアちゃんならいつでも歓迎よ、遊びにいらっしゃって私と一緒にお茶しましょうね。」
手を握られお許しをもらった。
お礼の言葉を言いマルガレーナ公爵夫人とお義母様の思い出を楽しんだ。
「それでカトレアはナディアムにアタックし続けてようやく彼が気づいた時の顔っ、あれは見物だったわ♪」

「彼ったら本っ当に鈍感なのよ~?あからさまに愛をぶつけているのに…全然気づいてくれないんだもの~。
そうだわ~!
イザベラの令息様が聖鋭隊の第二部隊隊長に選ばれたって本当に凄いわぁ~!」

「そうね、誇らしいことだわ。
でも、うちの愚息の脳はきっと筋肉で出来ているのよ。えぇ、そうよきっと。
だって婚約のこの字もないのよ?!
鍛練も必要だけど好きな人くらいいてもいい歳なのに女性の影が全く、無いわ。」

「殿方とはそういう面に疎いものよ~?」

「将来が本当に心配だわ………。」
手を額にあて項垂れるマルガレーナ公爵夫人。
そこに一人の男性が近づいてきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。
ダグラス、只今より帰還しました。」

「あら、お帰りなさいダグラス。
紹介するわ、こちらはザイシェル侯爵夫人とレイティアご令嬢よ。」
お義母様のお辞儀に続き淑女の礼をする。
彼は表情一つ変えずに挨拶。

「私は聖鋭隊第二部隊隊長を勤めておりますダグラス・フィ・ローゼ・マルガレーナと申します。
母のために足を運んで下さったこと、心より感謝申し上げます。」

「ダグラス。
私のためとは何かしら…、母の気も知らないでいい加減な事を言わないでちょうだい。」

「母上?」

「少しは頭を使って考えなさい。


…レイティアちゃんごめんなさいね?
こんな息子だけど宜しくお願いしますわ。」

…え。
宜しくお願いしますと言われても、どうしろというの…?
お義母様に助けを求めた。
「レイティアはお付き合いの経験が無いものねぇ~?でも大丈夫よ~♪」

「母上、いきなり何をっ」

「お黙りなさい。」
マルガレーナ公爵夫人に咎められダグラスが私を冷めた目で睨んできた。

(な、なによ…。)
そっと視線を外し庭園の薔薇を鑑賞する事に徹する。
すると傍で控えていたシェソが私の様子に気づきコントラバスの演奏を始めてくれた。

~♪♪~~~♪~♪~~♪♪♪~
♪~♪♪♪~♪♪~~♪~♪♪~~~…~……

「これは…素敵な音色だわ。」

「痛み入ります。」

「あら、レイティアだって今日エンタナナバルでハープを演奏するのよ~!早く見たいわぁ♪」

「お、お義母様っ。」

「まぁっカトレア、私に秘密事なんて酷いわっ!!

…カーウ、急ぎここにハープの用意を。私のお気に入りを持ってくるのよ、いいわね?」

「奥様のお気に入りを…ですか?
畏まりました。急ぎ準備して参ります。」
一瞬であったけどメイドが目を見開いていた。

「レイティアちゃん、身勝手なお願いをしてごめんなさいね?
どうしても貴女の演奏が聞きたかったのにカトレアが内緒にするから…。」

「いいえ…っ。
マルガレーナ公爵夫人様がそこまで私の演奏をおきに召して下さるとは思ってもおりませんでした。
それにここにはハープまで置いてあるとは…舞い上がってしまいそうです。」
仲良く会話をしていると準備が整ったのか、先程のメイドに声をかけられその場所に向かう。
そこで目にしたのは細かな細工が縁に施された見事なハープ。私は感激で言葉が出なかった。
用意されたハープの何と美しいことか…私の頭の中で音達が急かす様に駆け巡る。

ひとしきりハープを愛でた後、観客者に対しーそう、舞台に立っているかのように私は一礼をする。

「この度は私の演奏を楽しみにして頂き誠にありがとうございます。
即興曲でありますが、貴女様のお心に届きますことを祈りましょう。

―どうぞお楽しみくださいませ。」
撫でるように弦を震わせ音を重ね合わす。


赤い赤い薔薇が今
私の手の中で咲き誇り散っていくの


一輪の薔薇に導かれたあなたと私
あなたにとって薔薇は命より尊き花で
私にとって薔薇は美しく気高い花だった
私の我が儘で父があなたの逆鱗に触れてしまった
大切な薔薇に手を出した代償は私
薔薇の代わりに私が
薔薇の為に私は
花嫁という名の人質となった
初めて目にしたあなたは恐ろしい獣
あぁ その爪で引き裂かれるのね
あぁ その牙で噛み殺されるのね
私は囚われてしまった


それなのに私はあなたを探し求めていた
恐ろしい姿に似合わぬ優しさが
恐ろしい姿に似合わぬ不器用さに
気づいてしまったから
姿を見せないあなたを何度も呼び
その度に貴方を困らせた
貴方が見せるその表情が 声が 温もりが
私を激しく揺さぶる 心臓が痛いほどに
この気持ちは一体何?

貴方からの優しいキス
私は貴方をー



私とあなたは共に分かち合い愛し合う
けれども神は許して下さらなかった

"一輪の薔薇の花びらがお前の命であり罰であり償いだ"

私は何度も祈り許しをこうた
けれども神は許して下さらなかった
一輪の薔薇は無慈悲にも散っていく
あなたを救えないのなら
あなたと共に歩めないのなら
最後の一枚が散るとき私は一輪の薔薇を胸にあなたの元へ参りましょう

赤い赤い薔薇が今
私の手の中で咲き誇り散っていく
あなたと一緒なら
何も怖くないわ


―演奏が終わり辺りはいまだ静寂のままで顔を上げられずにいた。
(おきに召してもらえなかったのでしょうか…?)

すると突然盛大な拍手が送られ肩が大きく揺れてしまった。
演奏に集中し過ぎていたせいで周りに人、人、人…多くの観客者で美しい庭園に溢れている。
マルガレーナ公爵夫人はというと、涙を拭いもせず胸を押さえてきた。

「奥様っ。ど―」

「何でも無いわ…何でも、無い…のよ。」
そう言うと黙ってしまった。
周りにいた者達は彼女のメイド達の手腕によって家路へと帰らせたそうだ。
私達とマルガレーナ公爵夫人、ダグラスだけとなった時ようやく彼女が口を開く。

「……主人は何事にも無関心で凄く淡白な性格で。私なんて見向きもしてないのねってあの時までずっとそう、思っていたのよ。
けれど知ったの。
あの人は私を知ろうと陰で努力していた…私が薔薇が好きって分かれば色んな薔薇を庭に沢山植えてくれていて、ぎこちないエスコートで庭園を彼と歩いたのよ。

この庭園が好きな本当の理由は彼との思い出が詰まった、最初で最後の贈り物…。」

ええ。ここで演奏する少し前、その事に気づいていました。
マルガレーナ公爵が貴女に贈った庭園にそれは残ってました。

"愛する妻イザベラに贈る"

だからこそ、マルガレーナ公爵夫人?
あなただけに贈ったのですから…。
お二人の繋がりは『愛』が生んだ奇跡。
いいですわね、まるで夢物語のようで。

けれども。


「母上………。」
公爵夫人は涙を拭き、振り返った。

「まさかレイティアちゃんが私の心を暴いてしまうなんて驚く事ばかりよ。
私に贈ってくれた曲、今度遊びにいらしたらまた聴かせてもらえないかしら??」
素敵な微笑みには曇り一つ見えなかった。

「はい、マルガレーナ公爵夫人様。その時は是非演奏させて頂きます。」
私もまた笑顔でそう返す。
今の私、ちゃんと笑えているでしょうか。











愛なんて。
自身を縛る枷。
呪いでしかない、憎むべき言葉。
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