蜘蛛の女王―アラクネ―

前世が蛍の人

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第1章

2.

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長い廊下を歩き目的地へ歩く。
ある一室に止まり鍵を解錠しビクスを先に入れる。
「ここが私の部屋よ。」

「し、失礼します…。」
ビクスはおそるおそるドアを開ける。
部屋の中は事務机に仮眠用ベッド、テーブルにソファとあまり物がない、質素な部屋。けれどビクスは感嘆の声をあげた。
「わぁ~……っあ、あの!
あそこのテーブルにかけてあるテーブルクロスはどこの産物ですかっ?触ってもいいですか??」

「ええ、どうぞ。」
目をキラキラさせてテーブルクロスを見て触っている。先程の自己紹介とはまるで別人のような食い付きだ。
「見た目は勿論、手触りも良く伸縮する…。
しかも芸が繊細なのにほつれたりしないなんて、これは一体何の材料と道具を使って出来ているのかな。」

「ふふっ、知りたい?」

「はい!!是非教えてくださいっ!!」
もう一度言おう。
ビクスの食い付きが想像以上に良くて驚いた。

「これは私の糸で編んだ物なの。軽くて丈夫な糸で材料費も節約出来るから良いことづくめね。」

「アラクネ様の糸で…?ここにある物全部…。」

「そういう事も含めて君に強力してほしい案件がいくつかあるの。
今回、君を相棒バディとして私が抜擢した目的でもあるから。」
ソファに腰掛け本題に入る。

私がビクスにお願いしたいのは―。
私が人間として生活する時の姿、レイティアに模した人形を作ってほしいという事。
アラクネになるとき、必ず分身を置いてきてはいるけれど本来の力を発揮出来ずにいた。
ビクスが作る人形はほぼ全てが自動人形オートマリオネットとなり、あらゆる面でサポートをする優れもの。
人形作りに特化した彼にしか出来ない技。
私は問いかける。
「まだ来たばかりの君にお願いするのは酷な依頼だけど、君にしか出来ない依頼なの。どう?」

「僕にしか出来ない依頼…。
で、でもっ僕なんかが貴女様の代わりになる人形を作るのはおこがましいのでは…。」

「おこがましい…ね。
それは君が入団したての新人で他の入団者より上の立場になるから?」

「…はい。」

「はっきり言うわ、新人だろうとベテランだろうと関係ない。
確かに上下関係はあるけれど個人の能力に合わせて依頼や部署が変わっていく。
つまり、上司である私が君に依頼をしやすくするために相棒を組んだのも一つの方法なの。
君は何をそんなに怯えているの?」

「関係ない…?
だって僕は人形しか作れない落ちこぼれなのに??」

「その人形を自動人形オートマリオネットとして作れるとは驚いたわ。落ちこぼれなんかじゃないわ、だから胸を張って良いのよ?

―僕にしか出来ない技を、能力を持っているって。」
ビクスは目を見開く。
そして―蒼い大きな瞳から涙が零れた。
「ぼ…僕は、服を仕立てる能以外何やっても半人前でっ弱虫でよく泣くから…っ。
みんな僕に呆れてっ、苛々するって…。
僕はっ…必要とされていいですか…?」

アラクネは思わず彼女を抱きしめる。
まさかこんな状態になっていても一人頑張って生きていたのかと思い、抱きしめずにはいられなかった。

「ア…ラ、クネ…様?」

「―落ち着くまで、泣いていいのよ。
今まで一人で頑張って耐えて偉いわ、これからは私に相談しなさい。」

「~~~っ。」

それからビクスはしばらく泣いて。
「ありがとうございました、何だかとてもすっきりした気持ちです。」

「それは良かったわね。」

「はい!
えっと、依頼なんですが是非僕にやらせて下さい。
ただ…、人間の時の姿を寸法したりしないと難しいです。
もしアラクネ様が良ければ僕の家は仕立て屋です、貴女様のお屋敷に訪ねてもいいですか?」

「あまり知られたくないけれど、こればかりは仕方がないね。
ビクス、例え仮の姿を知っても口外しないことを誓って。」

「はい、偉大なる方に誓って如何なる理由があっても貴女様の不利になるような事を口に出しません。」

「そう…私は裏切りが一番嫌いなの。
裏切ったその時は…、覚悟しなさい。
話が変わるけれど早くて明日詳しい内容は遣い魔に届けさせるわ、それを頼りに来るのよ。

―そろそろ疲れたでしょう?今日はここまで。
君が絶賛してくれたテーブルクロスだけどもし良かったら私の糸をあげるわ。
人形を作るのにどんなものか知りたいと思うし…。」

「えっ!?
欲しいですっ!!頂けるんですかっ!?」
手から糸を生み、ある程度の量で彼に渡す。
「糸が光って見える…。しかもこの触り心地の良さ、ずっと触っていたくなるっ。」
ビクスはうっとりとした表情で頬ずっている。
可愛い…。

「ありがとうございます!
図々しいかも知れないですが…また糸を貰ってもいいですか?」

「遠慮なくどうぞ、欲しい時は言って頂戴。そろそろ夜も明けるから戻って明日に備えなさい。」

「はい、アラクネ様。
あ…あとっ、ありがとうございました!!
そのっ…誉められた事がなくて僕、嬉しかったです。一生懸命お役にたてるよう頑張ります!
それでは、お休みなさい。」
ビクスは深くお辞儀し消える。
静かになった部屋に一人、アラクネは考える。
(明日の予定がどうなのかシェソに聞くとして…何て言おう。)
結局、何も思い浮かばないままレイティアの姿へ戻る。
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