暴君皇帝は二度目の人生でも騎士を愛する

蒼井あざらし

文字の大きさ
16 / 28

15_未来への一歩

しおりを挟む
 心地よく振動する馬車に身を任せ、祈里はぼんやりの窓から外の風景を眺めた。流れていく風景は白銀に染まった美しい草原であり、空からは羽の様に柔らかい雪が舞い落ちて来る。一年間の気温変化が激しい久遠神帝国では四季がはっきりとしており、この時期は国中が真っ白な雪に包まれる。

 高速移動の異能がかけられているこの馬車は、本来人間では視認できない速さで景色が流れていくはずだが、この馬車は景色も楽しめるよう窓に特別な異能がかけられていた。しかし、そんな心が落ち着くような景観を目にしても、祈里の心は晴れなかった。

 祈里はこの数日、朝日の告白によってずっと思い悩んでいた。彼の心中を理解することは出来ないし、祈里には彼の気持ちに応えることも出来ない。祈里には朝日の事をどうしたらいいのか分からなかった。あの夜以来、朝日は何時もと変わらない様子で警護武官の務めを全うしている。祈里と共に業務に当たっている柊にも、あの鋭い視線を向ける事はなくなった。だが、朝日の何事もなかったかのように平然としている様子が、逆に祈里の不安を増長させていた。それに、祈里は幾ら考えてもどうしても信じられなかったのだ。朝日が、あんな卑怯な手段をとろうとしていることに。

「陛下、到着しました」

 柊の声にハッと我に返る。祈里が物思いに耽っている間にもう馬車は止まっており、一緒に乗っていた柊がドアを開けて祈里が降りて来るのを待っていた。祈里も急いで馬車から降りる。

「何か、気になることでも?」
「……いや、何でもない」

 馬車での移動中、祈里が上の空だったことに柊も気付いていたのだろう。だが、流石に朝日とのことを柊に相談する訳にもいかない。色恋の相談を他人にするのも気恥ずかしいし、朝日の事を知れば柊はきっと朝日をすぐに警護武官から外してしまうだろう。私情を持つ人間は後々問題になると、柊は何時も言っていた。

 誤魔化す様に祈里が顔を背けると、柊は一瞬探る様に目を細めた。だが、それ以上追及はせず何時もの皮肉気な声で言った。

「これから聖国からの使者を出迎えるのですから、その間だけでもしっかりしてくださいよ」
「ああ、勿論。全てこの日の為に準備をしてきたんだ。やり切ってみせるよ」

 祈里の言葉に、柊は「よろしい」とでも言うように肩頬を上げた。

 今日は調印を結ぶミュラメント聖国の使者を出迎える日だ。明日からは歓迎パーティーと3日間続く御前試合、そしてその後に調印式が行われる。この式が終われば、帝国と聖国はもう敵国同士ではなくなる。帝国の長い血塗られた歴史の中で、大きな転換期となるだろう。

 自分たちが降りた馬車の横に、数台の馬車が風の様に現れた。中からは数人の桜下隊のメンバーと、クリスと朝日が降りて来る。今回は帝国に敵意がないことを示す為と、聖国が派手は出迎えを好まないということで、少数の人間だけで迎えることにしたのだ。

 全ての馬車が到着するまで祈里が待っていると、隣に立っていた柊に不意に見詰められた。何か言いたげな表情の柊にじっと見詰められ、祈里は柊を促すように僅かに首を傾けた。祈里がそのままじっと柊の言葉を待っていると、柊は珍しく前置きをしてから話し始めた。

「私が言うことではないですが、対等な人間として貴方にお聞きします」

 おほんと、柊がわざとらしく咳をする。そんな柊の様子を祈里が不思議に思っていると、柊は意を決したように言った。

「貴方は、本当にあの騎士が国に帰ることを望んでいるのですか」

 柊の言葉に、祈里は驚いて柊を見つめ返した。それは、柊から出てくるとは思っていなかった言葉だった。柊自身も、そんなことを自分が言うとは思っていなかった為に気まずそうにしているのだろう。いつも人を真っすぐ見る癖がある柊が、この時だけは柊は気まずそうに視線を逸らしていた。

 これまで柊とは政策や国について何度も話をしてきたが、こうして柊が祈里の感情を聞いてきたことは初めてのことだった。柊は祈里の提案や疑問に的確に答えを返してはくれるが、それはいつだって論理的で、決して感情的な話を祈里にすることは無かったのだ。だがいよいよ聖国との調印式が始まると言うこの時に、柊は言わずにはいられなかったのだろう。柊も、祈里がクリスに対して並々ならぬ想いを抱いていることは知っていたのだ。

 だからこそ、祈里ははっきりと答えた。

「ああ、望んでる」

 祈里の言葉に、柊は納得しかねる表情を浮かべていた。その様子に、祈里は思わず笑ってしまう。皮肉屋で変わり者の彼だが、彼は本当に優しい人間なのだ。祈里のことを、神帝としてではなく一人の人間として聞いてくれたのだろう。

「ありがとう、柊」

 祈里が礼を言うと、柊はそんな祈里に呆れたように少しだけ笑みを零した。

***

 全員が揃ったことを見届け、祈里は前方にある目的地―大自然の雪原の中で異彩を放っている神社に足を踏み入れた。

 石で出来ている階段を暫く上っていくと、その頂上に大きな木製の社が建っていた。神を信奉するこの帝国では、国中にこうした神を祀る社が点在している。中でも、帝国の首都郊外にあるこの神社は特別な場所であった。

 この神社には社の手前に六メートルほどの大きな鳥居が建てられている。多数の鈴に装飾されているこの鳥居は『大鳥居』呼ばれており、大陸にある大鳥居を使うことで瞬間的に鳥居同士の行き来を可能にするのだ。大陸にも神秘が残っていた三百年前は大陸内でもこの鳥居を使用していたらしいが、神秘が失われつつある現代では、もう遺跡として扱われているらしい。この大鳥居を使用出来るのは、今となってはこの帝国の異能使いのみである。

 大鳥居の前で朝日を先頭に桜下隊に隊列を組ませ、使者を迎える準備をする。

 鳥居の前で、祈里は半ば無意識に胸元に手を当てた。その服の下には、時間が巻き戻る前に負った大きな傷跡が残っている。クリスに倒され、時間が巻き戻ってからもう半年以上が経った。この冷たい冬が過ぎ去れば、あの誅殺はもうすぐ起きるはずだった。だが、もうあの悲劇を繰り返すわけにはいかない。この国の為、自分の為、そして何よりもクリスの為に、この調印式は何としてもやり遂げなくてはならないのだ。

「今の貴方なら大丈夫です」

 背後から掛けられた柔らかい声に振り向くと、そこに立っていたのはクリスだった。まるで祈里のことを安心させるかのように、クリスは僅かに微笑んでいた。祈里は自分が思い詰めた表情をしていたことに気付き、ふっと肩の力を抜く。祈里の固い表情を見て、クリスは声をかけてくれたのだ。

 クリスの心遣いに応えるように、祈里もクリスに向かって微笑んだ。するとクリスは、祈里が愛して止まないその青い瞳を祈里に真っすぐ向けた。

「貴方なら、未来を変えられる」
「――」

 クリスの言葉に、祈里は言葉を失った。クリスの言葉は、まるで未来に何が起こるのかを知っているような口ぶりだ。祈里が暴君としてクリスに処断されたあの記憶は、祈里と時間を巻き戻した無窮神しか知らないはずなのに。

 今までも、クリスは何度かこういう祈里には分からない話をしていた。クリスは、祈里には分からない何か別の記憶を胸に秘めている様に思える。

「クリス、何を――」

 祈里の言葉が言い終わる前に、鳥居が眩い光を放った。視界が一瞬真っ白な光に包まれる。風は吹いていないはずなのに、鳥居に取り付けられている鈴がシャンシャンとその身を揺らした。その幻想的な眩しさに祈里が目を細めると、その白光から数人の人影が現れた。

「生きている間に大鳥居を通れるなんて思いもしませんでした。まるで神話の再現ですね」

 落ち着いた、だが興奮を抑えきれない様子の声が祈里の耳に届いた。次第に光が収まっていくと、現れた人影の輪郭がはっきりと視認できるようになる。礼服を纏った文官が数人と、剣を携えた騎士が数人。そしてその中央に、明らかに他の者とは風格が異なる美丈夫が一人。

 その男は見事な銀髪に、目が覚めるようなミントグリーンの瞳を祈里に向けていた。中性的な美貌に柔らかい笑みを浮かべており、騎士の凛々しさと貴族の気品を併せ持った独特の魅力がある。そして、その恵まれた体躯はクリスとよく似た青い騎士服を身に付けていた。

 男は周囲の光が完全に収まると、祈里の前に跪いた。膝をついて右手を背中側に回す、騎士の挨拶だ。

「ミュラメント聖国から参りました。ルイゼオ=ミュラメントと申します」

 ルイゼオと名乗った男に続いて、他の騎士や文官たちもそれぞれ祈里に礼の姿勢をとる。祈里はルイゼオの風貌から何となく彼が何者か察していたが、こうして名乗られても驚きを隠せなかった。

「遠いところ来て頂いて感謝します、ルイゼオ皇子」

 そう言って、跪いているルイゼオに祈里は右手を差し出した。ルイゼオはその手を取り、手の甲に掠めるような口づけをした。ミュラメント聖国の騎士は相手の性別年齢問わずこの挨拶をする。そして相手が軽く手を引いて立ち上がる許可を与えるまでが一連の礼式なのだ。

「まさか第二皇子に来ていただけるとは思わなかったもので、驚きました」
「両国にとって大切な式です。王家の者が出向くのが当然ですよ」

 そう言ったルイゼオはにこりと人好きのする笑みを浮かべた。ルイゼオはミュラメント聖国の第二皇子であり、クリスの実の兄である。ミュラメント聖国の三人の皇子が国内外で非常に高い知名度を誇っていることは祈里も知っていた。ルイゼオは明るく社交的で、市井によく降りては民と交流することで知られている。その民に寄り添う姿勢から、『太陽の騎士』と呼ばれているらしい。その精神性と武勇によって『清廉の騎士』と呼ばれるクリスは、人望はあるがにこやかに人と接する性格ではないので、血を分けた兄弟でも対照的な印象を受けた。

「クリス、久しぶりだな」
「兄上」

 祈里の傍にいたクリスがルイゼオに返事をする。その声は、何時もより僅かに弾んでいる様に聞こえた。祈里がそっとクリスの表情を伺うと、クリスは普段の騎士然とした固い表情ではなく、偶に見せる少年らしい快活な笑顔を向けていた。

「元気そうで良かった。会えて嬉しいよ、後でゆっくり話そう」
「はい」

 その短いやり取りだけで、祈里は二人が仲の良い兄弟であることを感じだ。お互いを見る柔らかい視線は、祈里が最近夢で見る『家族』そのものだ。

 その後、祈里はルイゼオと短い挨拶を交わし、傍に控えていた柊にルイゼオの案内を頼んだ。普段は絶対に見ることが出来ない精一杯の愛想笑いを浮かべた柊と共に、ルイゼオは準備されていた馬車に姿を消した。続いて、桜下隊のメンバーや祈里たちもそれぞれ自分の馬車に乗り込む。その際、クリスも祈里と同じ馬車に乗ろうとするので祈里が驚いて尋ねると、クリスは柊に「帰路は自分の代わりに陛下と同じ馬車に乗って護衛して欲しい」と指示されたらしい。柊のらしくない気遣いに、祈里は嬉しいような気恥しいような気持ちになり、頬を真っ赤に染めた。

 二人を乗せた馬車が、ゆっくりと進み始める。窓には再び美しい銀世界が写っていた。祈里はその風景をぼんやりと眺めながら、僅かに口角を上げた。正面に座っていたクリスはその小さな変化に気付いたらしく、どうかしたのかと尋ねるような目線を送られる。祈里は先ほどの光景の微笑ましさに堪え切れず、少し笑みを浮かべながら答える。

「やはり兄弟だね。ルイゼオ皇子とクリスはよく似ている」
「……そうでしょうか」

 祈里の言葉に、クリスは意外そうに返事をした。恐らく他人から似ていると言われたことが無いのだろう。確かに外見は二人ともかなりの美男子であるということ以外には共通点は無いかもしれない。髪も眼の色も異なり、顔立ちも精悍なクリスとは正反対に、ルイゼオはどちらかと言うと女性に好かれそうな甘い相貌だ。

 だが、二人が並んでいると確かに兄弟なのだなと祈里には思えた。お互いに向ける視線が暖かいし、何より同じような雰囲気を纏っていた。家族として、兄弟として、暖かな時間を共有してきたことが窺える。祈里は最近夢で見る様になったが、神帝にとって家族とは本来縁遠いものだ。祈里は二人の関係が素直に羨ましいと感じていた。

「雰囲気とか……視線かな。お互いに大切に思っているのが分かるよ」
「……」

 祈里の言葉に、クリスは驚いたように目を見開いた。そして、そのまま祈里を見詰めて黙ってしまう。普段から表情を崩さないクリスの驚き様に、祈里も戸惑う。もしかしてあまり言われたくない言葉だっただろうか。祈里が焦りながら次の言葉を探していると、クリスから予想外の反応が返ってきた。

「ありがとうございます」

 絞り出すように、クリスが言った。

「ずっと……誰かにそう言って欲しかった」

 そう言ったクリスは、祈里に屈託のない笑顔を向けた。その笑顔は、ずっと祈里が望んでいた笑みだった。騎士としてではなく、一人の青年としてのありのままの笑顔だ。羨望していた笑顔を向けられた祈里は胸が熱くなり、思わず目を逸らした。近い将来、クリスともう二度と会えなくなっても、祈里はこの笑顔を一生忘れることは無いだろう。

 ミュラメント王室はほとんどの人間が銀髪だと聞く。金髪のクリスは、もしかしたら肩身の狭い思いをしてきたのかも知れない。

 そう言えば、クリスの前に神殺しの聖剣に選ばれた騎士も金髪だったと聞いたことがある。『金獅子公』と呼ばれていたその騎士は、歴代の騎士の中でも武勇において名高い男だった。そして何の因果か、その金髪の騎士は長い大陸の歴史の中で、唯一当時の神帝を聖剣で打ち倒したという偉業を成しえた男だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月
BL
人知れず…心に抱えているもの、ありますか? 【 准教授(弁護士) × 法科大学院生 】 純粋で不器用なゆえに生き辛さを感じている二人の、主人公目線からの等身大ピュア系ラブストーリーです。  *現代が舞台ですが、もちろんフィクションです。  *性的表現過多の回には※マークがついています。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

つがいごっこ~4歳のときに番ったらしいアルファと30歳で再会しまして~

深山恐竜
BL
俺は4歳のときにうなじを噛まれて番を得た。 子どもがたくさんいる遊び場で、気が付いたらそうなっていたとか。 相手は誰かわからない。 うなじに残る小さな歯型と、顔も知らない番。 しかし、そのおかげで、番がいないオメガに制限をかけられる社会で俺は自由に生きていた。 そんなある日、俺は番と再会する。 彼には俺の首筋を噛んだという記憶がなかった。 そのせいで、自由を謳歌していた俺とは反対に、彼は苦しんできたらしい。 彼はオメガのフェロモンも感じられず、しかし親にオメガと番うように強制されたことで、すっかりオメガを怖がるようになっていた。 「でも、あなただけは平気なんです。なんででしょう」 首を傾げる彼に、俺は提案する。 「なぁ、俺と番ごっこをしないか?」 偽物の番となった本物の番が繰り広げるラブストーリー。

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...