暴君皇帝は二度目の人生でも騎士を愛する

蒼井あざらし

文字の大きさ
24 / 28

23_クリスティアナという男

しおりを挟む
 御前試合から三日後、次々と押し寄せてくる相談と書類の山を片付ける合間に、柊は宮内にある薬剤室を訪れた。薬剤室内では初老の医師が机に向かって書き物をしていたが、柊に気付くと振り返って立ち上がった。

「陛下は相変わらずですか」
「はい、お目覚めにならないままです。今は落ち着いていますが……正直、私にもどうなるかは分かりません」

 医師も祈里のことで心をすり減らしているのか、暗い目をして奥の扉に視線を向けた。王宮の薬剤室で働けるということはこの医師もかなり優秀なのだろうが、自分の力が及ばず心苦しく思っているようだった。だが柊もこの医師を責めるつもりは無い。本来、神帝はあらゆる異能を跳ね除け、外傷は瞬く間に塞がっていくものなのだ。言葉通り人間ではない神帝は医者になどかかったことがなく、誰にとっても未知の存在だった。今回のことが初めてのことで、彼も頭を悩ませているのだろう。

 柊が医師を労って奥の部屋に入ると、そこにはベッドに横たわっている祈里と、傍の椅子に座っているクリスがいた。クリスはいつも腰に差している聖剣を祈里に寄り添わせるようにベッドの横に置き、沈痛な面持ちで祈里を見下ろしていた。

「貴方も相当疲れているでしょう。少し休んではどうですか」

 柊が声をかけると、クリスはようやく柊の存在に気付いたかのように顔を上げた。相変わらずの美丈夫ぶりだが、その青い目の下にはくっきりと隈が残っている。恐らく、ほとんど寝ずに祈里の傍にいるのだろう。

「聖剣は異能を殺す力があります。私が傍にいるだけで祈里の傷が癒えるのなら、私はここにいます」

 クリスはそう言うと、再び眠っている祈里に視線を落とした。祈里に対する好意を隠さないクリスの言葉を柊は意外に思ったが、それほど余裕がないということなのだろう。異能によって負った傷なら聖剣が傍にあった方が良いだろうと、そう言い出したのは他でもないクリスだった。

 夏生が襲撃を行ったあの日、神帝が体調不良なったという理由で神前試合は中断となった。体調不良というのは勿論表向きの理由で、夏生の異能を正面から受けた祈里はあれ以来目を覚ましていない。医師が言うのは、外傷などは無いがまるで消えかけの蝋燭のような状態で、いつその炎が消えてしまってもおかしくない程に衰弱しているらしかった。どうしようもない祈里の状態に医師たち匙を投げた時、クリスが聖剣を使うことを提案したのだ。柊を含む祈里の側近や医師たちは、一縷の望みをかけてその言葉を信じることにした。

 神帝を襲った夏生はあの後すぐに捕らえられ、今は地下牢に入れられている。祝賀会の時に使用した異能を封じるアイテムを使っている為異能を使われる心配は無いが、牢番の話ではあの日以来すっかり正気を失ってしまっているらしい。柊が思うに、恐らく夏生は何かのきっかで神帝に等しい神性を手に入れたのだろう。その力を使って祈里を襲撃したが、神の大きすぎる力に精神が耐えられず、正気を失ったのだ。神は神帝になる人間を選ぶらしいが、きっとそれは神性に耐えられる人間を選んでいるということなのだろう。

 柊は自分もベッドの傍にある椅子に腰をかけながら、この部屋に籠りっきりで外の状況を何も知らないであろうクリスに事務的な報告をした。ベッドに横たわる祈里は、心臓がいつ止まってもおかしくないという状況にはとても見えないくらい、いつも通り美しかった。

「ルイゼオ殿下はこの国の滞在を延ばしてくれるそうです。陛下の口から事の次第を聞くまでは帰れないと。今回の騒動も、それまでは他言しないとお約束もしてくださいました」
「兄上らしいですね」
「神前試合で異能を使った朝日の処遇も決まりました。陛下が判断されるまでは牢に入れておきます。謹慎処分でもいいと私は言ったのですが、本人がどうしても牢屋に入れてくれと言うのでね」

 神前試合でクリスの聖剣に貫かれた朝日は、それまでの剣呑さが綺麗に消え元の清廉潔白を絵に描いたような男に戻った。これまでの自分の行いを恥じた彼はその場で自分の首を切り落とそうとしたが、「陛下に詫びもせず死ぬつもりか」と柊が言ったことで剣を納めた。恐らく、今も牢の中で自分を責め続けていることだろう。

「彼も、夏生同様に神に魅入られていたのでしょう。一度聖剣を受ければ今後も神性を弾くので心配は無いと思いますが、夏生のように精神を病まないよう気を付けたほうがいいかと」

 祈里から視線を外さずにそう言ったクリスに、柊は前々から感じていた疑問をぶつけた。

「……前にも思いましたが、貴方は随分と神や異能についてお詳しいのですね。貴国の神殺しの神話にはそのようなことも書かれているのですか」

 ミュラメント聖国の皇子に対してあまり踏み込んではいけない話題かもしれないということは柊にも分かっていたが、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。聖剣の力に関しても、異能に対しても、クリスは余りにも詳しすぎる。久遠神帝国との戦いの中で知ったとしても、余りにも細かいことまで知っている。柊はクリスが返答をしてくれないことも想定していたが、クリスは懐かしむように少し視線を遠くに向けながら言った。

「いえ、教えてもらったんですよ、伯父に」
「伯父というと……まさか、先々代の神帝を殺したという、金獅子公ですか?」

 クリスの意外な返答に柊が思わず聞き返すと、クリスはええ、と静かに頷いた。

 金獅子公。数年前に亡くなったその男の名は、聖国では英雄として、そして神帝国では悪名として深く民の記憶に残されている。現ミュラメント聖国の王の実の兄にして、クリスの前に聖剣に選ばれた聖騎士である。豊かな長い金髪を靡かせながら勇猛果敢に戦うその姿は金獅子と呼ばれ、その名は味方からは敬意として、そして敵からは恐ろしいものとして呼ばれていた。そして長く続く神帝国の歴史の中で、唯一神帝を聖剣で倒した人物だった。

 確かに神帝を殺したほどの人物なら神や異能に詳しいかもしれないが、正直柊にとっては意外なものだった。現ミュラメント王と金獅子公は若い頃に激しく後継者争いをしており、その仲の悪さは有名な話であった。神帝を倒して以降前線を退いた金獅子公はミュラメント王とはほぼ断絶状態だった聞いていたので、血の繋がっている甥だろうとミュラメント王の子供であるクリスと接点があるとは思っていなかったのだ。

「聖剣の使い手だった伯父は言っていました。神帝は聖剣の使い手に必ず惹かれると。それは神帝でさえも逆らえない、本能なのだと」

 クリスは、思い出話をするかのように遠い目をしながら柊に話してくれた。珍しく饒舌なクリスのことを柊は不思議に思ったが、きっとこれは柊に教えようと言っているのではなく、自分自身に言い聞かせているのだろうと思った。

「神帝は天門結界を維持するためにその魂を削られ、地獄のような苦しみを味わう。神性に反発する聖剣が傍にあれば、その苦しみは和らぐそうです。神帝は、本能でそれを感じ取って聖剣の使い手を傍に置こうとする」

 クリスの話を、柊は驚き半分、そして納得半分と言った気持ちで聞いていた。クリスの話は、久遠神帝国の歪さをそのまま表しているかのようだったからだ。

「伯父は死の間際私に言いました。彼を殺したくなかった、と。伯父は、私が伯父と同じ後悔をしないように神帝のことを私に教えてくれたんでしょう。……結局、その忠告は無駄になりましたが」

 今まで柊は金獅子公のことをミュラメント聖国の英雄という肩書でしか知らなかったが、今クリスから聞かされた金獅子公の姿はとても人間らしいものに思えた。病でその華々しい生涯を終えた金獅子公は、最後まで独身だったはずだ。きっと、彼は当時の神帝に惹かれていたのだろう。そしてその結末は、決して幸せなものでは無かったのだ。

 そして、それを知っていながら祈里の傍に居続けたクリスも、内心穏やかな気持ちではいられなかっただろう。

「……貴方は、どうして陛下から離れなかったのですか。陛下の執着の原因を知っていたのに」

 思わず口から出てしまった言葉を柊はすぐに後悔したが、そんな無神経な質問にも何も思っていないように、クリスは事も無げに言った。

「私の聖剣は、祈里の為にあるからです」

 その一言で、柊はクリスティアナ=ミュラメントとという一人の人間をずっと誤解していたことに気付いた。柊は、彼のことをずっと騎士の鏡のような人物だと思っていた。『清廉の騎士』の名の通り実直で、忠節を重んじ、誰にでも平等に接する、そんな人間らしくないと思える程の真人間だと。それ故に、聖剣に選ばれたのだと。だが、それは間違いだったのだ。クリスティアナ=ミュラメントとという人間は表向き綺麗な騎士の仮面を被っているだけで、本当は祈里のことしか考えていない人間だったのだ。周囲の反対を押し切ってこの国に来たように、大陸随一の至宝である聖剣を祈里のためと言い切ったように、彼の本質はどこまでも我儘で、祈里贔屓だったのだ。

 そんな万人を守る平等な騎士などとはかけ離れた、ある意味誰よりも人間らしいクリスの本性に気付いた柊は、驚きながらもどこか喜びを感じていた。『清廉の騎士』の姿よりも、今のクリスの方がずっと分かりやすく、ずっと好ましく思えた。

「……因果なものだ。神も、貴方の聖剣も」

 不器用な柊の慰めの言葉に、クリスは同意するように小さく微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

神様は身バレに気づかない!

みわ
BL
異世界ファンタジーBL 「神様、身バレしてますよ?」 ――暇を持て余した神様、現在お忍び異世界生活中。 貴族の令息として“普通”に暮らしているつもりのようですが、 その振る舞い、力、言動、すべてが神様クオリティ。 ……気づかれていないと思っているのは、本人だけ。 けれど誰も問いただせません。 もし“正体がバレた”と気づかれたら―― 神様は天へ帰ってしまうかもしれないから。 だから今日も皆、知らないふりを続けます。 そんな神様に、突然舞い込む婚約話。 お相手は、聡明で誠実……なのにシオンにだけは甘すぎる第一王子!? 「溺愛王子×お忍び(になってない)神様」 正体バレバレの異世界転生コメディ、ここに開幕!

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む

木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。 その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。 燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。 眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。 それが妹の名だと知っても、離れられなかった。 「殿下が幸せなら、それでいい」 そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。 赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎月影 / 木風 雪乃

処理中です...