暴君皇帝は二度目の人生でも騎士を愛する

蒼井あざらし

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26_信仰

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 目を覚ました翌日、祈里はクリスと共にルイゼオの部屋を訪れた。初めて会った時と同様に青い騎士服を身に付けて紅茶を飲んでいたルイゼオは、祈里の顔を見るといつも通り人好きのする笑みを浮かべた。

「目覚められたようで何よりです、陛下」

 立ち上がって挨拶をしようとしたルイゼオを手で止め、祈里は深く頭を下げた。

「此度のこと、口を閉ざして頂いて感謝いたします。そしてこの国の問題に、貴方を巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」

 祈里の言葉にルイゼオは特に驚いた様子もなく、ただ静かに祈里を見下ろしていた。立場的にも生来の人柄的にはルイゼオは祈里を責めるようなことはしないだろうと思っていたが、それでも内心では穏やかではいられなかったはずだ。調印式という甘言で自分を呼び、国ぐるみで暗殺を企てていたと思われても仕方がない状況だった。寸でのところで祈里が庇ったからと言って、その疑念は完全には拭えなかっただろう。

「説明を、お願いできますか?」
「ええ、勿論です」

 祈里は包み隠さずこれまでのことを全てルイゼオに話した。西方諸国との戦いを起こそうと襲撃事件があったこと、祝賀パーティーの裏で犯人を捕まえるために策を講じていたこと。そしてそれらは戦争を望む神によって起こっていたということも。

 祈里は二国の関係が良くなることを信じこの国に来てくれたルイゼオに対して、出来る限り誠実でいたかった。久遠神帝国の歪みとも言えるこの国の根本的な恥部を祈里がルイゼオに隠さず伝えたのは、そんな祈里の想いがあったからだった。

「戦いを愛する神によって、これまで多くの血が流れてきました。この負の歴史を、ここで断ち切らなければなりません。……神帝として、人々に血を流させた私だからこそ」
「……神殺し、ですか」

 祈里の言わんとしていることが伝わったらしく、ルイゼオは憂いを帯びた声でそう呟いた。その表情には深い苦悩が見て取れる。突然こんな話をされて、ルイゼオも戸惑っているのだろう。久遠神帝国とミュラメント聖国はこれまで長く争ってきた歴史がある。その原因が神にあると聞かされては、ルイゼオとしても複雑な思いを抱くはずだ。

 祈里とて、宿した神性に操られていたからとこれまでの全てを神のせいにするつもりは無い。たとえそうだったとしても、戦場に立って刀を振るい続けてきたのは祈里自身だ。その罪を、祈里は償わなければならない。神殺しはその償いの一つだった。

「ルイゼオ皇子はミュラメント聖国の神話に明るいとお聞きしました。神殺しについて、教えて頂けませんか」

 ルイゼオが神話に詳しいと教えてくれたのはクリスだった。外交官として他国に赴くことが多いルイゼオは、他国の文化を尊重するために様々な国の神話や文化を研究しているらしい。そして、他国の民に説明するために自身の国であるミュラメント聖国の神話にも詳しいのだと言う。

 祈里の言葉に、ルイゼオは一瞬迷うように視線を泳がせた。神秘の潰えた大陸の人間だとしても、神殺しと聞いて冷静で入れられる人間はそういない。大陸にも神話は多く残されているが、その中には神の力によって無くなった国や町の存在も少なくない。大陸の人間にも神に対する本能的な畏れは色濃く残されているのだ。

「戦争を愛する神がこの世からいなくなると言うのであれば、私も平和を愛する騎士の端くれとしてお手伝いいたしましょう」
「……ありがとうございます、皇子」

 一瞬の逡巡の後、そう言ってくれたルイゼオに対して祈里は心底ほっとしながらお礼を言った。ルイゼオがその一瞬の間にクリスに視線を向けたことを、祈里は気付いていた。神殺しと言われれば、必ず聖剣の使い手であるクリスが必要になることをルイゼオも分かっていたのだろう。ルイゼオとクリスが仲の良い兄弟であることは、この数日見てきただけの祈里でも分かっている。ルイゼオが弟の身を案じるのも当然のことだった。だが、きっとこの二人はほんの一瞬視線を交わしただけで、お互いの考えていることを理解できたのだろう。この短い時間で意思の疎通が出来たのは、これまで兄弟として長い親交を続けてきたからなのか、それとも血の繋がりによるものなのかは分からないが。

 ルイゼオは祈里とクリスを椅子に座らせた後、二人分の紅茶をカップに注ぎながら口を開いた。

「神は信仰のみを根源とする概念のようなものだと言います。ただし現世で信仰を集める為には、依り代となるものが必ず必要となる。その依り代を破壊すれば、神は現世に留まることが出来なくなるでしょう」
「信仰を集める依り代なら……恐らく久遠の庭にある桜の木だ」
「神の力が宿っている依り代を壊すこと自体、本来は様々な道具の用意や儀式をして成功するかどうか、という難しい行為です。ですが、我々には聖剣がある」

 ルイゼオは、クリスの腰に下がっている白銀の剣に視線を向けた。本来必要になる道具や儀式は、聖剣があれば全て不要になるのだろう。何千年という昔、愛した少女を奪われた青年の怒りと悲しみが、この一つの剣に込められている。そしてその神を憎んだ青年の血は、今もなおミュラメント王家には受け継がれているのだ。

「ただし、神の力は信仰の強さによって定まると言います。ほとんどの大陸から神が姿を消したのは、誰でも使える道具の発展によって民の信仰が薄れてったからでしょう。しかし、帝国民から一心に信仰を集めている無窮の力は……想像も出来ません」
「……信仰の力、ですか」

 ルイゼオの言葉に、祈里は瞳を伏せた。信仰を止めさせるというのは、正直かなり難しいものだった。これまで自分たちを守ってくれていると信じてきたものが戦いを起こしていた張本人だったなどと、とても信じられるものでは無いし、信じたくもないだろう。それは何千年と自分たちが知っていた世界が壊れることと同義だ。

「神話に語られている神殺しについてはこれくらいでしょうか」
「ありがとうございます、ルイゼオ皇子。この恩は必ず返します」

 ルイゼオに祈里が頭を下げると、不意にルイゼオの顔がこれまでの真剣なものからいつもの柔らかな笑みに変わった。太陽の騎士という二つ名の通り太陽のように微笑む彼の笑顔は、「兄に似ている」と言った時に笑ったクリスの笑顔とよく似ていた。

「なに、私もミュラメント聖国の為にしていることですから。ですが、もしお礼と言うことであれば、我が弟をぜひ貴方の――」
「兄さん!」

 それまで静かに話を聞いていたクリスが、珍しく焦った様子でルイゼオの言葉を遮った。祈里が驚いてクリスの方を見ると、クリスはほんの少しだけ顔を赤くしてルイゼオを睨んでいた。突然どうしたのかと祈里が戸惑っていると、その様子に気付いたのかクリスは少し気まずそうに目を逸らした。

「……何でもない」

 そう言ったクリスの横顔が少しだけ子供っぽく見えて、祈里はこの時初めて彼が三兄弟の末っ子として育ったのだということにやっと気付いた。

***

 祈里とルイゼオとの会話から一週間後、神帝から全国民に向けられてある式神が飛ばされた。久遠神帝国では建国以来初めてとなる事態に国中の人々が驚いたが、その式神の内容はそれ以上に驚きを与えるものだった。

『久遠神帝国神帝・桜待祈里だ。此度のこと、皆驚いただろうと思う』

 そんな口上から始まる神帝の言葉を、国民たちは信じられない気持ちで聞いていた。国民たちは家の中で、広場で、職場で、家族や友人と、または一人で神帝の形をしている式神を脳然と見詰めていた。神帝はほとんど民の前に姿を現すことはないため、式神によるものとはいえ神帝の姿を見たのは殆どの人間が初めてだった。

 初めて見た神帝の姿は、国民たちにとっては意外なものだった。現人神と言われても納得する人間離れした美しさを持っている青年が、その神秘ささえ感じる美貌とは裏腹に、とても穏やかな表情をしていたからだ。誰もが、神性をその身に宿す神帝は自分たちとは異なる存在だと信じていた。だが神帝の柔らかな表情も、澄んだ瞳も、どこからどう見ても自分達と同じ人間だった。

『これから私が話すことは、私自身のことでもあり、そして貴方たち一人一人のことでもある。この国に生まれ、この国で生きている者全員に、この国の真実を知る権利がある。とても信じられない話になるが、どうか私の話に耳を傾けて欲しい』

 神帝は、淀みのない口調で久遠神帝国の真実の姿を話した。神の恩寵であった天門結界の維持には神帝の魂が必要であること、その代償として神帝は心を失い神の操り人形になること。そして、他でもない神自身が戦争を望んでいることを。神帝の言葉を、国民たちは固唾を飲んで見守っていた。

『――私は、この国を変えるために、これから神を殺す』

 話の最後に、覚悟を決めているかのように神帝は固い声でそう言った。国民たちが驚きで何も言えずにいると、神帝は不意に表情を和らげて言葉を続けた。

『私は神に選ばれる前、ただの少年だった頃に戦争で父を亡くしている。あの頃の私は父を奪った戦争を、父の死を正当化する神を、憎んでいた。神よりも、父を愛していたから』

 神をも恐れぬ神帝の言葉に国民たちは戦慄したが、それと同時に当たり前のことに初めて気が付いた。今目の前に神帝は、神ではなく自分たちと同じ人間なのだと。自分たちと同じく、当たり前に彼も誰かの子供だったのだと。

『私は、この国を人が神の奴隷として生きるのではなくではなく、人として生きられる国に変えたいと思っている。私も、神帝としてではなくただの人としてこの国を守っていきたい。どうか、皆私のことを信じて付いてきて欲しい』

 一度呼吸を整えるように言葉を切った神帝は、ゆっくりと頭を下げた。神と同義の存在である神帝が、目の前にいるであろう臣下に対して、頭を下げたのだ。

『神性を失った私は、もうこの国の支配者には相応しくないかもしれない。だからこそ……未熟な私を、皆に支えて欲しい』

 その言葉を最後に、神帝を模っていた式神は元の小さな人型の紙切れに戻っていった。神帝の姿が消えても、暫く誰も口を開けなかった。国民たちは今見たものが幻ではないのかと思っては、床に落ちている紙切れを見詰めてそれが幻ではないということを何度も確認した。
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