【Destination】

夕凪志織

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【Destination】プロローグ

第4話 邪心

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エルシドが世界から忽然と姿を消したころ、人類はある大きな問題に直面していた。かしこくなったがゆえ、発展したがために余計なものまで背負ってしまう。


それは「怒り、憎しみ、恨み、嫉妬、悲しみ、苦しみ、絶望、破壊衝動、攻撃性」という負の感情。不安や恐れから物事を消極的に考え、本来もっている力を発揮できなくなり、結果がともなわなくなるという負の連鎖。

自分自身に嫌気がさし、自分をうとましく思ったり嫌いになる。何度も同じ失敗をし、自分の過ちで周りに多大な迷惑、悪影響を与えたと自己嫌悪に陥る者が続出。


明日は無事に食料を確保できるのか、明後日は、1ヶ月後は、1年後、10年後はと不安を抱く。毒をもつ爬虫類や虫に襲われ、死んでいく者を見ては、明日は我が身だと恐怖する。


治療手段のない伝染病が蔓延、飢饉、干ばつが起こると、姿形のない悪魔の仕業だと怯え、雷、台風、竜巻、地震、津波、洪水、山火事を見るたび神からの天罰だと震える日々。

他者と比較、自分が劣っていると落胆して発狂する者、自分の思い描く状況にならないのは、他人のせいだと怒り狂う者も現れだす。さまざまな不安要素を解消すべく人類が取った行動、それは人を襲い奪うこと。


他人のもつ広い土地、豊かな自然、危険生物の少ない安全な場所、それらを羨んでは略奪を図る。先住民が侵入した他所者から、暴力をふるわれる事例も珍しくはなくなった。


「息子が見下された」「妻に色目を使った」「許可なく勝手に食糧をもっていった」という、極他愛もない揉め事が、最終的に相手を壊滅させる部族間の戦争にまで発展。


調停機構や法律、懲罰が存在しない時代、弓矢と槍を使った攻撃で集落が襲われ、4~5人の死者が出るのは日常茶飯事。それに対する復讐も当然のように起こる。

こうした歯止めのきかない、集団による復讐や暴力行為が絶え間なく起こるが、その行動の善し悪しを理解しようとも、考えようともせず、ただ本能のおもむくままに人は人を傷つける。

さらに記憶力の向上にともない、過去を思い返し、自らの行動を悔やんで自害する者、他人の度重なる身勝手な行動に恨みを募らせ、過去を許せないからという理由で徒党を組み、ひとりの人間を複数人で八つ裂きにする、目には目をの報復合戦も多発。


現在、確認されている歴史上、「人類最古の戦争跡」、それはエリプトという国にある、カディシュ遺跡北部の沼のほとりで発見された、約1万5000年前のものと思われる、おびただしい数の人骨。

これは矢やこん棒、石製の剣などの武器をたずさえた一群の攻撃を受け、集団虐殺された人々の化石とみられる。

ある男性の骨の化石は、黒曜石でできた鋭い刃物が頭蓋骨に突き刺さっており、別の男性には、こん棒で頭を2回殴られたような傷があり、頭蓋骨が陥没していた。ある妊娠後期の女性は手足を縛られたような格好で発見。

そのほか、殺傷能力の高い大型の石鏃や金属製武器で、致命傷を与えられたとみられる人骨が多数出土、戦闘の証拠となる例が複数あがっており、狩猟採集社会でも戦争があったことに疑いの余地はない。

そもそも、武器が武器として最初から存在したとは考えにくく、狩猟のための弓矢や槍が人殺しの道具に転用されたと考えるのが自然。

穀物の生産も家畜の飼育も始まっていない時代に、戦争の可能性が示されたことは、余剰生産物がもたらす、富の偏在と分配が戦争の原因と考える、従来の戦争史観を大きく覆すものだった。


だが、それはこの時代に限らず、人類の歴史上、絶えず存在するもの。失敗から得た教訓は活かされることなく、幾度となく同じ過ちが繰り返されてきた。世界各地で起こる凄惨な戦争は今もなお終わりを見せない。

全人類が信じ合い、違いを認め尊重し合い、過去を許し合い、尊敬し合い、愛し合えば争いは起こらないはずだが、愚かにも人類はそんな単純で当たり前のことができない。


「争いはいけない」親から子、子から孫へと受け継がれてきたはずの意思は、まったくと言ってもいいほど伝わっていかず、教えた当の本人が人を見下し、いじめ、傷つける。

「憎しみを抑え、過去の過ちは過ちとして理解したうえで許し合えばよい」。言葉にするのは簡単だが、発達した頭脳とさまざまな感情をもつ人類にとって、それを実行にうつすのは容易ではない。


人間を含む、あらゆる動物は思い出したくない過去、失敗した経験を思い出すようにできている。

それは敵の力を見誤っての負傷、逃げ損ねたりといった失敗を未然に防ぐためのもの。日ごろから不安や恐怖を感じとり危険に備えている。嫌なことを思い出すのは失敗から身を守るための本能。

また、人間は動物である以上、戦うからには勝ちたいという本能、天下を取りたい、好きな人を独占したい、すべてをひとり占めにしたいという征服欲をもっている。だが、同時に理性ももっている。


本能だけに支配され、他人を憎み争うのではなく、邪心を理性によって抑え込み、共存の道を選べるはずだが、それもできずにいる。

自分に不利益を与えた者は罰を受けるべき、同じ痛みを味わって当然という考え、負けを認めたくない、負けたままで終わりたくないという本能に抗えないのだろう。

それは「本能を完全に抑え込む仕組み」を人類はいまだにもち合わせていないというのが現状で、進化の途中にあるのかもしれない。

約250年前の人間と現在の人間とでは、あらゆる箇所の骨の大きさ、細かい血管の位置、ないはずのところに血管ができているといった違いがみられる。

これを変化ではなく進化ととらえるならば、人類は状況や生活環境に応じて進化し続けていることになる。どんなものも一定で永遠に不変であるということはない。






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