【Destination】

夕凪志織

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【Destination】プロローグ

第8話 終わりのはじまり

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ときをさかのぼること4年前、2018年8月6日、時刻は午前7時36分。空は雲ひとつない快晴、真夏の太陽が登ると気温はみるみるうちに上昇。 


朝食を済ませたサラリーマンやOLが、出社のため駅へと向かう慌ただしい時間帯。公園では音楽を聞きながら朝のランニングを楽しむ若者、仲よく手をつないで散歩する老夫婦、夏休みを満喫する子どもたちの元気な声が聞こえる。


いつもとなにひとつ変わらぬ、平和で穏やかな日常。ジャポルの街は人々の笑顔と活気で満ち溢れていた。

だが、時刻が午前8時15分を迎えたとき、1機の黒い戦闘機が街の上空を横断。戦闘機の姿が消えたと思われたその直後、稲妻のようなまばゆい閃光が空を駆けめぐる。


この日、ジャポルは軍事帝国ベルゴルドより、宣戦布告もなく、核兵器「原子爆弾」による攻撃を受けた。それはチュウカン地方にある「ロシマ」という都市に投下された。人類の長い歴史上、初となる大都市に対する核攻撃。

当初、ベルゴルドは首都トウランを、原爆投下第一目標と定めていたが、快晴だった上空に厚い雲があらわれ、やむなく第二目標のロシマに変更。

ロシマは造船所をはじめとする工場、トウランに次いで高層ビルが建ち並ぶ大都市、原爆の威力や効果を検証しやすかったことが、第二目標地に選定された理由。


原子爆弾は投下から約43秒後、地上600mの上空で目も眩む閃光を放ち炸裂。小型の太陽ともいえる巨大な灼熱の火球をつくりだし、異常な空気の乱れによって生じた原子雲(キノコ雲)が、上昇気流によって吹きあげられた。


火球の中心温度は、摂氏100万℃を超え、半径200mを超える大きさとなり、爆心地周辺の地表面温度は3000~4000℃に達する。

5分後には直径約5kmの巨大な雲が、ロシマ市の中心部に垂れさがり、雲の中心から立ち昇った白い煙は上空1万7000mにまで到達。キノコ雲の頂上は街全体を覆う大きさに膨張。


その後、強烈な熱線と放射線を四方に放出、周囲の空気が膨張して超高圧の爆風となり、最大瞬間風速440m/秒の強烈な爆風が放射状に広がる。

そして約10秒後には、ロシマ市街全域を破壊。14万人が一瞬にして跡形もなく、この世から姿を消した。


爆心地から約1.2km以内で、熱線の直射を受けた者は皮膚が焼きつくされ、内臓が飛びだすなどしてほとんどが死亡。


誰ともわからぬ惨たらしい遺体、水を求めて川に飛び込む女子高生、焼かれた皮膚を引きずりながら、幽霊のように徘徊する者、倒れた壁の下でうめく母を助けだそうとする息子。迫りくる炎の中「生きのびても苦しむだけだ」と幼い娘の頭部を鉄の棒で殴打し涙する父親。


爆風によって倒壊した建物の下敷きになって圧死した人、生きながら焼かれて死亡した人も数知れず。業火と叫び声に包まれたロシマの街は、目に映るものすべてが地獄。


約3.5km離れた距離にいた人でさえ、素肌の部分に骨が剥きだしになるほど重度の火傷を負う。爆心地にいた者は骨すら残らずに消滅。そのため、正確な死者数は把握できていない。


また、街にあった建物への被害も凄まじく、90%以上が破壊または消失。爆心地から半径2kmまでの地域では、すべての木造家屋が倒壊、鉄筋コンクリート造の建物は、崩壊を免れた場合でも窓や家具類がことごとく吹き飛ばされ、内部は焼き尽くされた。


爆発から1時間後、放射性物質を含んだチリやススが、地表から空中に巻きあげられて黒煙となり、空気中の水滴と混じり、黒い雨となって街に降り注ぐ。

この雨「黒雨」のなかには、大量の放射性物質が含まれており、この地域で井戸水を飲んでいた人、直接、黒い雨を浴びた者の多くは、激しい下痢に襲われ血便をだし、頭髪が抜け落ちるといった症状に苦しめられる。

ロシマの街に長時間残留した放射線は、被爆者の家族や親戚、同僚の捜索、また救護活動に訪れた人々にも襲いかかり、直接被爆した人と同じような発病者、死亡者をだす。


ジャポル政府はすぐに緊急対策本部を設置。原因究明に向けた調査に乗りだすが、思いもよらぬ突然の出来事で現場は大混乱。

怒号が飛び交い、思うように作業は進まず、現状の把握には困難を極める。いまだかつて例をみない大惨事。しかし、これは終わりへの序章にすぎなかった。


混乱する政府と国民に、追い討ちをかけるかのように、ベルゴルドから発射されたミサイルがジャポル各地を襲う。ジャポルはわずか3日で火の海と化し、ついにはベルゴルド軍に上陸を許してしまう。


平和に生きていた一般市民には戦争の経験がなく、武器を扱える者もおらず、逃げる以外の選択肢はない。

空からは嵐の如く爆弾が降り注ぎ、陸からは機関銃や大砲、火炎放射器で襲われ、海に逃げようものなら艦砲射撃で狙い撃ちにあう。ベルゴルド兵は楽しそうに談笑しながらジャポル人を射殺。

この非情な陸海空からの攻撃は、この世に存在しうる、すべての地獄が集められた「タルタロス・ヴォンヴィス」と名づけられ、歴史に深くその名を刻んだ。


上陸したベルゴルド兵は、ジャポルの美しい街並みや歴史ある建造物、豊かな自然を無差別に破壊。

武器をもたない無抵抗な一般市民、子どもや乳幼児から妊婦まで、その存在を絶対に認めないといわんばかりに、容赦なく大量に虐殺していった。
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