【Destination】

夕凪志織

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【Destination】プロローグ

第11話 伝説の剣士

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怨魔とベルゴルド、双方を相手に備蓄していた水と食糧が底を尽き、徐々に体力を奪われ疲弊していくジャポル軍。掴みかけていた勝利が手の平からこぼれ落ち士気は下がる一方。ジャポル人は戦う気力を失いかけていた。

だがそのとき、全ジャポル人が待ち望んでいた、希望の剣士が戦場に姿をあらわす。


男の名はセンリュウ。色白で小柄な体格、非常に端正な顔立ちで、一見すると女性に見紛うほど線の細い男。

穏やかな人柄で真に清らかな心をもち、静かに他人と接する彼は、ジャポル最強の戦士と謳われていた。


センリュウは生来、争いを好まない性格で、あまり感情を表にださない人物だが、ひとたび戦いとなれば鬼の形相となり、ためらうことなく刀を抜いて、人智を超える剣技をくりだし、軍の一個大隊をも遥かにしのぐ一騎当千の戦力を発揮。


感情が高ぶると人が変わったように好戦的で冷酷な鬼神に豹変。その変貌ぶりは、普段の温厚で物腰柔らかい人格からは考えられないものであった。


貧しい家庭、劣悪な環境下で生まれ育ち、5歳のときには病で両親を亡くし天涯孤独の身となった。


貧しさゆえ、まともな食事にもありつけず、野ネズミを食して飢えをしのぎ、ドブ水をすすって生きながらえていた少年。

孤独にさいなまれ、周りの大人から蔑んだ目で見られ、罵詈雑言を浴びせかけられ、ときには暴力をふるわれ、人間という生き物の醜さを目の当たりにしながら育つ。


幼少期より剣に際して天賦の才をもっていたセンリュウは、その腕を自らの手で磨きあげ、成人をむかえるころには、この世の者とは思えぬ、凄まじい強さを身につけていた。


だが彼は、天より与えられしその類稀なる才能を愚かにも生活の糧として利用。


依頼があれば、修羅の如く冷酷な暗殺者として剣を振るい、数多くの要人や罪人を殺害。報酬次第で怨恨を晴らすだけの殺人も引き受ける。


ある雨が降りしきる夜、仕事を終え、夜明けまでに姿を消そうと帰路を急いでいた道中、ひとりの若い女性が酒に酔い、ナイフを持つ男たちに絡まれているのを目撃する。


センリュウは顔色ひとつ変えず、刀を抜いて4人いた男全員を一瞬にして殺害。すぐにその場を立ち去ろうとするが、女性はそれを引き止め、センリュウの頬に平手打ちをくらわせた。


「助けてくださったことには感謝します。けれど命まで奪う必要はなかった。この者たちにも帰りを待つ家族がいたはず」

「人の命をいとも簡単に奪うあなたを許すわけにはいきません。警察に行って自首し、罪を償うべきです。それが嫌なら、この場で私を斬り殺しなさい」女性は小刻みに震える体でセンリュウをとがめる。


彼女の強く澄んだ眼差しと気迫に圧倒されたセンリュウは、金縛りにあったように体が硬直。

しばらく睨み合い、沈黙が続いたあと、女性は突然意識を失い倒れてしまう。大量の返り血を浴びた精神的ショックによるもの。


放置するわけにもいかず、途方にくれるセンリュウだったが、自宅に女性を連れ帰り介抱。目を覚ました彼女に帰るよう促すも、聞くと身寄りがなく帰る場所はないという。


女性の名はアカネ。雨をしのごうと橋の下で、ひと晩を過ごして街へでたところ、輩に絡まれたとのこと。


話し込んでいるうち、センリュウとアカネはすっかり打ち解け、その苦悩を理解し合い、互いを思いやり愛し合うようになる。

センリュウにとって、アカネの存在は安らぎの場。剣術と暗殺のみに生きてきた男に、命の尊さを教え愛を与えた。アカネはセンリュウのなかにある、狂気と優しさの間で苦しむ思いを知り、それをおさめる鞘になろうと決心。


やがてアカネを妻に娶ったセンリュウは、子供を授かり、人並みの幸せを掴んだことで暗殺稼業から身を引き、凶剣の封印を誓う。

だが、そんな幸せは長く続かず、アカネは女の子を出産後、間もなく死亡。娘とふたりきりとなったセンリュウは誓いを破り、生計を立てるため、再び暗殺稼業に手を染め修羅の道へと堕ちていく。


体には血の匂いが染つき、飲み食いしたものは喉をとおすたびに不味く血の味しかしない。妻とともに平和に暮らしていた日々を懐かしんでいる余裕など、このときの彼には一切なかった。

他人の命と涙を踏み台にして得た金で娘を養う。そんな現状に激しい落差を感じ人相が激変。しかし、ある人物との出会いが彼の運命を大きく変える。

センリュウは、ある組織からの依頼で、その男の暗殺を引き受け、戦うこととなるが、素手で戦う男に完膚なきまでに叩きのめされ、人生初となる敗北を期する。

男は敗者となったセンリュウにとどめを刺さず、手を差し伸べて優しく微笑みかけ、穏やかな表情で諭す。

センリュウは心を入れ替え、男に弟子入りを志願。驕りを捨て去り、私利私欲の愚かな殺戮をやめ、弱き人たちを守るため、木刀を持ち、自らの強さにさらなる磨きをかけていった。


その噂を聞きつけ、腕前を認められたセンリュウは、ジャポル政府の大幹部から、陸軍の将軍、財政界の権力を動かす要職に就くよう、大金を積まれて誘われるが、断固としてこれを拒否。どの派閥にも属さず、自由に人を守る生き方を選択した。

貧しくも愛娘とふたり、人里離れた山奥で穏やかな生活を送っていた。そんな矢先、ジャポルとベルゴルドの戦争が始まる。


消し去ることのできない過去の贖罪の答え、自分の生きる道を模索し続けていたセンリュウは、今を生きている人たちの笑顔を、ひとりでも多く守るため、命尽きるその日まで、戦いの人生を完遂するという償いの答えを見いだし、再び剣を握りしめた。


幼い我が子を世話人と師匠である男にあずけ、住んでいた山をおり、力なき人々を守るため、刀一本をたずさえて、侵略者たちとの戦いに身を投じる。
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