【Destination】

夕凪志織

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【Destination】魔神銃(ましんがん)継承編

第15話 好奇の目

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戦争はティエラの環境だけではなく、人々の心までも醜く荒んだものにした。勝敗に関係なく得たものはなにもない。利益を得たのは一部の人間。

「なんのために殺し合い傷つけあったのか、なんのために見ず知らずの人と憎しみ合ったのか、なんのための戦争だったのか」考えに考え抜くが答えはでない。庶民に知る手段はない。


戦争が残したものは「絶望」ただそれだけ。無事に帰還したジャポル兵のなかには、戦地で心に深い傷を負い、そのストレスからくる精神疾患「戦争神経症」を患う者が多数いた。


「家族を、家を、平和を、命を返せ」聞こえるはずのない恨めしい声に毎晩うなされ、食事が喉をとおらず心身ともに衰弱。

不眠やうつ、幻覚、全身の痙攣、発狂、歩行困難になるといった症状があらわれ、やがて自らの行いを悔いて命を断つ。


その絶望のなか、ひとりで旅を続ける女性「ルカ」。


弱者を装って若い女性に近づいて騙し、己の欲望を満たそうとする、不埒な老人男性との口論の後、半日ほど歩いたルカはラハマという小さな村に辿り着く。


戦火の影響で、いまだ濃い煙がたち込め、霞がかったその集落は遠目で見る限り人が住んでいるとは到底思えない。


ラハマは都市部での受け入れを拒否された、極貧層が居住する過密化した村。人々は空地だった場所に小屋やテントを張って生活。

住まいは2m四方と狭小で、隣家との幅は20cm程度。空調設備はもちろん、トイレ、風呂、台所もない。


その居住空間に10人家族で暮らしているのが一般的。疫病が発生すると一気に広がり、多数の死者をだす。インフラの整備、物資の供給もままならず衛生状態は最悪。


また、野盗や強盗による掠奪をはじめ、売春や人身売買、麻薬の密売などの犯罪が日常的、組織的に行われており、この地域で育った子供たちは必要最低限の教育も受けられず、自らギャングに加入、恐喝や殺人を犯すという負の連鎖が続く。


健康や安全、道徳と治安が脅かされている荒廃した集落で、幼い子どもから高齢者まで、幅広い世代が恐怖と空腹に耐えながら、苦しい生活を強いられている。


ルカは探し求める男性の情報を得るため、ここに足を踏み入れるが、そこで待ち受けていたものは村人たちからの冷たい視線。


「なんじゃ、あの娘の淫らな格好……」

「あんなに足をだしていたら犯されて当然、なにをされても文句は言えん。誘っておるとしか思えんぞ。金さえあればお願いしたいところじゃが……」


「金髪に青い瞳と白い肌。この辺じゃ見ない顔ね。アイツ、もしかしてベルゴルド人なんじゃ」


「いや、顔立ちからしてジャポル人に違いない。髪を染めて、目にはコンタクトでも入れとるんじゃろう」


「この御時世にベルゴルド人の真似事なんて非常識きわまりない。なにが目的でここにきたのかしら」

「この村を偵察して軍に報告するつもり……。私たちには殺す価値なんてないのに」


「理由はわからんが、いずれにせよ、まともな人間でないのは確か。頭がおかしいに決まっておる」


「目を合わせてはいかん、話しかけられても相手にするな。ひょっとしたらヤツらの仲間で、資金繰りのために体を売る娼婦かもしれん」

「あとでどんな目に合されるか……、考えただけで身震いする」


「そうね。それは十分ありうる。関わらないほうが身のため」

「なにより、あの澄ました表情が気に食わない。ちょっと若いからっていい気になってるんだわ。早くでていけ。悪人は死ねばいい」


あちこちから聞こえる、身なりと容姿を揶揄する心ない偏見の言葉。物事の分別がわかっているはずの大人、年配者から好奇の目にさらされる。


だが、これはルカにとって日常的状況。幼いころから仲間外れ、輪に入れず嫌われている雰囲気、クラスメイト数人から、わざとらしく聞こえるように陰口をたたかれ、常にひとりで生きてきた彼女は集団いじめに耐性をもつ。


ルカの目には「異質なものを蔑んで、決して認めず、弱い者同士がグループを作って強くなった気でいる。人を見下すことでしか笑えない、愚かで可哀想なヤツら」そのようにしか映らない。



「大人のいじめ」それは「自分の行いがいじめである、自分の性根がねじ曲がり底意地悪い人間だから相手をいじめている」と自覚していないケースが多い。


自分は魅力ある人間だと思い込み、場合によっては「他人に迷惑をかける厄介者を自分が成敗している」もしくは「教育しているのだ」と正当化。

相手が嫌がっているとは認識できず、「からかっている、遊んでいるだけ」「こいつをネタにして笑いを取り、周りを楽しませようとしている」と軽く考えている場合が多々ある。


悪意の目、嫌でも耳に入る陰湿な言葉を気に留めず、ルカは村の探索を開始。


「本当に戦争なんてあったのか。どうして、こんなに人が生きてるんだ。みんな消えてしまえばよかったのに……」


「まぁ、どうでもいい。それより喉が渇いたな」


渇いた喉を潤そうと、村を歩いていると中心部で小さな店を発見した。「可能な限り人との関わりは避けたい」そう考えていたルカだったが、やむを得ず店員に声をかける。


「すまないが、水を売ってくれ。金なら……」


「水は貴重品だぞ!ベルゴルド人のような、娼婦のようなお前に売るものはない!その辺にある水たまりの泥水でもすすってろ」

店主は金髪と青い瞳のルカに対して嫌悪感を抱き、露骨に嫌な表情を浮かべて冷遇。


「そうか、それは悪かった……。邪魔したな」


ほかの店、村民を訪ねてまわるが、話すら聞いてもらえず、どこも門前払い。この村にルカの相手をする者はひとりもおらず、水すら手に入らないまま1時間が経過。


「この村にヤツがいるとは思えない。これだけ人がいるんだ、よく考えれば当然……。探すだけ時間のムダ。やっぱり海岸沿いを東に戻ろう。そのほうがいい」
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みんなの感想(2件)

せっちゃん
2024.04.29 せっちゃん

とても勉強になります😃生物が産まれた順番なんて考えた事なかったかです。

解除
せっちゃん
2024.04.29 せっちゃん

壮大な物語が始まる予感!

解除
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