婚約破棄で謳歌するはずが、構ってほしそうにこっちを見てる?

どんぶり

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「……お嬢様。お嬢様。本日は王都より、和解の特使という名の『働きたくない人たちの誘惑集団』が到着されました」


アンの淡々とした声が、至高の二度寝を妨害する。


私は特注の「沈んだら最後、脱出不可能な低反発クッション」に埋もれたまま、片目だけでアンを射抜いた。


「……アン。和解なんて、和菓子みたいな名前の面倒ごとはお断りよ。私は今、夢の中でプリンの山を登山している最中なの……」


「そうは仰いましても、特使の中にはあのマリア様もいらっしゃいます。彼女、門の前で『エスター様に会えないなら、ここでマカロンを喉に詰まらせて死んでやるぅ!』と、かなり過激な抗議をされていますよ」


「……あのヒロイン、本当に扱いづらいわね」


私は重い体を引きずり出し、髪を適当に整えてリビングへ向かった。


そこには、緊張した面持ちの王宮文官たちと、その横で「推し」の登場を待つファンのような熱視線を送るマリアが立っていた。


アルベルトは、彼女たちの前に氷の壁を作って通せんぼをしている。


「エスター。この者たちは、君の貴重な自由を奪いに来た不届き者だ。今すぐ、この氷の迷宮に閉じ込めて、一生出口を探させてもいいんだぞ?」


「……アルベルト、もっと建設的なことに魔力使いなさい。……それで、特使の皆さん。なんの用? 三行で説明して。じゃないと、私はこのままここで冬眠に入るわよ」


私は三白眼を鋭く剥き、文官たちを睨みつけた。


文官のリーダー格の男が、ヒッと喉を鳴らして書類をぶるぶると震わせた。


「ひ、ひ、平伏してお詫び申し上げます! エスター様! 我々は、セドリック殿下の失礼な振る舞いを謝罪し……! ええと、その……! どうか、我が国に攻め込まないでいただきたいと!」


「……攻め込まないわよ。歩くのが面倒じゃない」


「お、仰る通りです! 『歩く必要さえないほどの圧倒的な力』をお持ちだということですね! 理解いたしました!」


(……何一つ理解してないわね、この人)


私は溜息をつき、ソファに深く沈み込んだ。


「それで? 謝罪に来ただけなら、さっさと帰って。私はこれから、十五回目の欠伸をしなきゃいけないんだから」


すると、これまで黙っていたマリアが、私の足元に駆け寄って跪いた。


「エスター様……! 見てください、この輝かしい屋敷! そして、この一切の労働を感じさせない、清々しいまでの退廃的な空気……! 私、感動しました!」


「マリア様……? 貴女、王子のそばにいるのが夢だったんじゃないの?」


「あんな、書類もまともに読めないセミ王子なんて、もうどうでもいいんです! 私は……私は、エスター様のような『最強の引きこもり』になりたいんです!」


マリアの告白に、背後の文官たちも何故か顔を輝かせ始めた。


「……実は、我々も限界でした。王宮ではセドリック殿下が毎日暴れ、マリア様はエスター様の素晴らしさを語り続け、我々は不眠不休で書類の山を片付け……。でも、ここに来て、真実の光を見た気がします!」


文官の一人が、その場に崩れ落ちた。


「エスター様! この屋敷には、我々が求めていた『安らぎ』がある……! 貴女様のその三白眼に見つめられると、不思議と『あ、もう働かなくていいんだ』という解放感に包まれるのです!」


(……えっ、私の目ってそんなヒーリング効果あるの?)


アルベルトが、嫉妬のあまり文官の襟首を掴んで持ち上げた。


「ふざけるな! エスターの眼差しで癒やされていいのは私だけだ! お前たちは、その辺の石ころでも見て寝ていろ!」


「アルベルト、落ち着きなさい。……ねえ、特使の皆さん。貴方たち、もしかして私に弟子入りでもしたいっていうの?」


「「「はい! お願いします、エスター様!」」」


見事なまでの三部合唱。


アンが耳元でぼそりと囁く。


「お嬢様。和解どころか、王国の重要人材が流出する勢いですね。これでは王国が先に滅びてしまいますよ」


「……もういいわ。勝手にしなさい。ただし、私の睡眠時間は一秒たりとも削らないこと。わかった?」


「「「御意に!」」」


王都からの特使たちは、その日のうちに王宮へ戻ることを拒否し、エスターの屋敷の「清掃ボランティア(という名の居候)」として定着することになった。


エスター・ド・ヴァリエールのニート道は、ついに「国家公務員の洗脳」という、とんでもない段階へと突入した。


一方、王都で一人残されたセドリック王子が、空っぽになった執務室で「……あれ? 誰もいない?」と呟いていたのは、誰にも知られることのない悲劇であった。
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