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「……夢なら、覚めてほしい。できれば、昨日の夕方くらいまで巻き戻して」
翌朝、私はベッドの中で天井を見つめながら、深すぎる溜息をつきました。
昨夜の衝撃の告白。
私の初恋の相手(?)が実は騎士団長のカイン様で、しかも彼は十年間も私をストーカー……いえ、一途に想い続けてくれていた。
そんな、モブ令嬢の人生には到底入りきらないはずの特盛設定を突きつけられ、私の脳内は完全にフリーズしていました。
「お嬢様、おはようございます。いつまで現実逃避をなさっているのですか。もうカイン閣下がお見えですよ」
アンがカーテンを勢いよく開けました。
朝日が眩しすぎて、思わず枕を被ります。
「アン……。閣下は、私の家の玄関にテントでも張って寝泊まりしているの?」
「いえ、流石にそれはありませんが、今朝はパン屋の開店と同時に焼き立てのクロワッサンを抱えていらっしゃいました。今、お父様と仲良く朝食を召し上がっています」
「馴染みすぎでしょう!? あの人、公爵よね? 騎士団長よね?」
私は渋々ベッドから這い出し、顔を洗って着替えました。
今日こそは、カイン閣下に「私のようなモブに関わると、貴方の輝かしいキャリアに傷がつきますよ」と説得するつもりです。
リビングへ降りていくと、そこには驚愕の光景が広がっていました。
「……お、閣下。このジャム、美味いだろう? ミューモが小さい頃に発明した、イチゴと練乳を混ぜた特製ジャムなんだ」
「素晴らしい。甘さと酸味のバランス、そしてこの優しさが……実に彼女らしい。レシピを記録して、我が公爵家の永久保存版にします」
「やめてください!」
私はリビングに飛び込み、カイン様の手からレシピ(メモ書き)をひったくりました。
騎士団長様が、真剣な顔でイチゴジャムの配合をメモしている姿は、もはや恐怖映像です。
「おはよう、ミューモ。今朝も、壁紙のような控えめな美しさが光っているな」
「おはようございます。閣下、その褒め方はやはり嫌がらせにしか聞こえません」
私はカイン様の向かいに座り、運ばれてきた紅茶を一口飲みました。
彼は私の所作一つひとつを、まるで砂漠で水を見つけた旅人のような目で見つめてきます。
「……閣下。今日は、何かお仕事はないのですか? 王宮の警備とか、魔物の討伐とか」
「有給休暇だと言っただろう。一ヶ月は、君の護衛としてこの命を捧げると決めている」
「護衛が必要な場面なんてありません。私はこれから、卒業後の手続きのために学院へ行くだけですから。学院には騎士団の警備もいますし、安全です」
「いや、シグルド殿下がいる。あの男は、君に対して極めて有害な勘違いをしている。……私がついていかなければ、君が何を言われるか分かったものではない」
カイン様の瞳が、スッと鋭くなりました。
昨夜の甘い雰囲気とは一転、そこには「大切なものを守る猛獣」の気配が漂っています。
「大丈夫ですよ。私はモブですから、王子の暴言なんて聞き流す自信があります。むしろ、閣下が隣にいるほうが、百倍目立って困るんです」
「……どうしても、一人がいいのか?」
カイン様が、大型犬が雨に濡れたような顔で私を見ました。
その美貌でそんな表情をされるのは、反則です。
私の「モブとしての防衛本能」が、少しずつ削られていくのが分かります。
「……分かりました。ただし、条件があります」
「なんだ。何でも言え」
「『隠行(ハイド)』の魔導具を使ってください。私の隣で、完璧に気配を消して、誰にも見えない状態でついてくるなら、許可します」
「……分かった。得意分野だ」
カイン様は潔く頷くと、懐から小さなブローチを取り出し、自分の胸元につけました。
すると、次の瞬間。
彼の姿は、空気の中に溶け込むようにして消えてしまいました。
「……あれ? 閣下?」
「ここにいる。君の右後ろ、三十センチの距離だ」
声はすぐそばで聞こえますが、姿は全く見えません。
流石は騎士団長、魔導具の使いこなしも完璧です。
「よし。これなら、私はいつもの『影の薄いモブ令嬢』として学院へ行けますね!」
私は満足げに頷き、馬車に乗り込みました。
これなら、誰も私に注目することはないはず。
……そう、思っていたのです。
学院の校門に到着し、私が馬車を降りた瞬間。
周囲にいた学生たちが、なぜか一斉にバッと私の方を振り向き、道を空けました。
(……え? なんで? 今日は私、いつもより地味な格好にしているのに)
「……おい、見たか。アズベル家の令嬢だ」
「ああ……。姿は見えないが、とんでもない『圧』を感じる……」
「まるで、目に見えない死神が背後に立っているような……近寄ったら斬られるぞ、あれは」
学生たちが、ガタガタと震えながら私を避けていきます。
「……ちょっと、閣下」
私は小声で、右後ろの空間に向かって囁きました。
「なんだ」
「気配を消してください。姿は消えても、殺気が溢れ出しています! 皆、私が魔王を召喚したかのように怯えてるじゃないですか!」
「……努力しよう。だが、君を嘲笑うような視線を感じると、つい剣の柄に手が伸びてしまう」
「伸びないでください! ここは学び舎ですよ!」
私は逃げるようにして、教務課の窓口へと急ぎました。
しかし、どこへ行っても人々がモーセの十戒のごとく割れていき、私はかつてないほどスムーズに手続きを終えることができました。
モブとしてのアイデンティティが、音を立てて崩壊していきます。
手続きを終えて廊下を歩いていると、最悪なことに、向こうからシグルド王子とララ様が歩いてくるのが見えました。
「あー! ミューモ様ぁ! またお会いしましたねぇ!」
ララ様が、わざとらしいほど高い声で私を呼び止めました。
シグルド様は、不機嫌そうに腕を組んで私を睨みつけています。
「ふん。やはりな。ミューモ、貴様、俺の気を引くために、わざと学院をうろついているのだろう? 婚約破棄されたショックで、自分から追いかけてくるとは、見下げ果てた女だ!」
シグルド様の傲慢な言葉が響きます。
いつもなら「はいはい、そうですね」と聞き流すところですが。
背後から、凍てつくような冷気が立ち上ってきました。
床に薄い氷が張るような、パキパキという音が聞こえた気がします。
「……お、おい、なんだ……? 急に冷え込んできたぞ」
シグルド様が、ガチガチと歯を鳴らし始めました。
ララ様に至っては、恐怖のあまり「ひえぇっ」と変な声を上げて固まっています。
「シ、シグルド様……。ミューモ様の、背後の空気が……黒い渦を巻いていますぅ……!」
「馬鹿を言うな! ただの風だ! ……ヒィッ!?」
シグルド様の頬を、目に見えない「何か」が掠めました。
それは、カイン様が放った凄まじい威圧感の塊でした。
「……シグルド様、お引き取りください。私はただ、手続きに来ただけです。それと、私の背後の空気はとてもデリケートなので、刺激しないでいただけますか?」
「き、貴様……っ。何を仕込んだ……! ……おぼえていろよ!」
シグルド様は、ララ様を置いて、脱兎のごとく逃げ出していきました。
残されたララ様も、涙目でその後を追いかけていきます。
「……閣下。やりすぎです」
「……すまない。つい、首を撥ねたくなってしまった」
「怖いこと言わないでください!」
姿の見えない騎士団長を連れた、私の「サプライズ」な朝。
どうやら私は、世界で一番「目に見えないけど目立つ」存在になってしまったようです。
翌朝、私はベッドの中で天井を見つめながら、深すぎる溜息をつきました。
昨夜の衝撃の告白。
私の初恋の相手(?)が実は騎士団長のカイン様で、しかも彼は十年間も私をストーカー……いえ、一途に想い続けてくれていた。
そんな、モブ令嬢の人生には到底入りきらないはずの特盛設定を突きつけられ、私の脳内は完全にフリーズしていました。
「お嬢様、おはようございます。いつまで現実逃避をなさっているのですか。もうカイン閣下がお見えですよ」
アンがカーテンを勢いよく開けました。
朝日が眩しすぎて、思わず枕を被ります。
「アン……。閣下は、私の家の玄関にテントでも張って寝泊まりしているの?」
「いえ、流石にそれはありませんが、今朝はパン屋の開店と同時に焼き立てのクロワッサンを抱えていらっしゃいました。今、お父様と仲良く朝食を召し上がっています」
「馴染みすぎでしょう!? あの人、公爵よね? 騎士団長よね?」
私は渋々ベッドから這い出し、顔を洗って着替えました。
今日こそは、カイン閣下に「私のようなモブに関わると、貴方の輝かしいキャリアに傷がつきますよ」と説得するつもりです。
リビングへ降りていくと、そこには驚愕の光景が広がっていました。
「……お、閣下。このジャム、美味いだろう? ミューモが小さい頃に発明した、イチゴと練乳を混ぜた特製ジャムなんだ」
「素晴らしい。甘さと酸味のバランス、そしてこの優しさが……実に彼女らしい。レシピを記録して、我が公爵家の永久保存版にします」
「やめてください!」
私はリビングに飛び込み、カイン様の手からレシピ(メモ書き)をひったくりました。
騎士団長様が、真剣な顔でイチゴジャムの配合をメモしている姿は、もはや恐怖映像です。
「おはよう、ミューモ。今朝も、壁紙のような控えめな美しさが光っているな」
「おはようございます。閣下、その褒め方はやはり嫌がらせにしか聞こえません」
私はカイン様の向かいに座り、運ばれてきた紅茶を一口飲みました。
彼は私の所作一つひとつを、まるで砂漠で水を見つけた旅人のような目で見つめてきます。
「……閣下。今日は、何かお仕事はないのですか? 王宮の警備とか、魔物の討伐とか」
「有給休暇だと言っただろう。一ヶ月は、君の護衛としてこの命を捧げると決めている」
「護衛が必要な場面なんてありません。私はこれから、卒業後の手続きのために学院へ行くだけですから。学院には騎士団の警備もいますし、安全です」
「いや、シグルド殿下がいる。あの男は、君に対して極めて有害な勘違いをしている。……私がついていかなければ、君が何を言われるか分かったものではない」
カイン様の瞳が、スッと鋭くなりました。
昨夜の甘い雰囲気とは一転、そこには「大切なものを守る猛獣」の気配が漂っています。
「大丈夫ですよ。私はモブですから、王子の暴言なんて聞き流す自信があります。むしろ、閣下が隣にいるほうが、百倍目立って困るんです」
「……どうしても、一人がいいのか?」
カイン様が、大型犬が雨に濡れたような顔で私を見ました。
その美貌でそんな表情をされるのは、反則です。
私の「モブとしての防衛本能」が、少しずつ削られていくのが分かります。
「……分かりました。ただし、条件があります」
「なんだ。何でも言え」
「『隠行(ハイド)』の魔導具を使ってください。私の隣で、完璧に気配を消して、誰にも見えない状態でついてくるなら、許可します」
「……分かった。得意分野だ」
カイン様は潔く頷くと、懐から小さなブローチを取り出し、自分の胸元につけました。
すると、次の瞬間。
彼の姿は、空気の中に溶け込むようにして消えてしまいました。
「……あれ? 閣下?」
「ここにいる。君の右後ろ、三十センチの距離だ」
声はすぐそばで聞こえますが、姿は全く見えません。
流石は騎士団長、魔導具の使いこなしも完璧です。
「よし。これなら、私はいつもの『影の薄いモブ令嬢』として学院へ行けますね!」
私は満足げに頷き、馬車に乗り込みました。
これなら、誰も私に注目することはないはず。
……そう、思っていたのです。
学院の校門に到着し、私が馬車を降りた瞬間。
周囲にいた学生たちが、なぜか一斉にバッと私の方を振り向き、道を空けました。
(……え? なんで? 今日は私、いつもより地味な格好にしているのに)
「……おい、見たか。アズベル家の令嬢だ」
「ああ……。姿は見えないが、とんでもない『圧』を感じる……」
「まるで、目に見えない死神が背後に立っているような……近寄ったら斬られるぞ、あれは」
学生たちが、ガタガタと震えながら私を避けていきます。
「……ちょっと、閣下」
私は小声で、右後ろの空間に向かって囁きました。
「なんだ」
「気配を消してください。姿は消えても、殺気が溢れ出しています! 皆、私が魔王を召喚したかのように怯えてるじゃないですか!」
「……努力しよう。だが、君を嘲笑うような視線を感じると、つい剣の柄に手が伸びてしまう」
「伸びないでください! ここは学び舎ですよ!」
私は逃げるようにして、教務課の窓口へと急ぎました。
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モブとしてのアイデンティティが、音を立てて崩壊していきます。
手続きを終えて廊下を歩いていると、最悪なことに、向こうからシグルド王子とララ様が歩いてくるのが見えました。
「あー! ミューモ様ぁ! またお会いしましたねぇ!」
ララ様が、わざとらしいほど高い声で私を呼び止めました。
シグルド様は、不機嫌そうに腕を組んで私を睨みつけています。
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背後から、凍てつくような冷気が立ち上ってきました。
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シグルド様が、ガチガチと歯を鳴らし始めました。
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「シ、シグルド様……。ミューモ様の、背後の空気が……黒い渦を巻いていますぅ……!」
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シグルド様の頬を、目に見えない「何か」が掠めました。
それは、カイン様が放った凄まじい威圧感の塊でした。
「……シグルド様、お引き取りください。私はただ、手続きに来ただけです。それと、私の背後の空気はとてもデリケートなので、刺激しないでいただけますか?」
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シグルド様は、ララ様を置いて、脱兎のごとく逃げ出していきました。
残されたララ様も、涙目でその後を追いかけていきます。
「……閣下。やりすぎです」
「……すまない。つい、首を撥ねたくなってしまった」
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