悪役令嬢ですらないのに婚約破棄?そもそも私、影が薄すぎてモブなんですけど!

ツナ

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「……閣下。もう学院の敷地を出ましたから、その物騒な魔導具を外していただいてもよろしいですか?」


校門を出てしばらく歩いたところで、私は誰もいないはずの右後ろに向かって声をかけました。


「……分かった。これ以上、君に不審な視線が集まるのは私の本意ではないからな」


フッと空気が揺れ、そこには先ほどまで「透明な死神」として周囲を震え上がらせていた、国宝級の美形騎士団長が姿を現しました。
彼はまばゆいばかりの銀髪をかき上げ、ふぅ、と溜息をつきます。


「しかし、隠れているのは性に合わない。私は堂々と、君の隣を歩きたいのだ」


「堂々と歩かれたら、私のモブとしての人生が物理的に終了するんです。見てください、街の人たちの顔を」


私たちが城下町の大通りに足を踏み入れた瞬間、時が止まりました。
買い物中のおばさまはリンゴを落とし、談笑していた若者たちは顎が外れそうなほど口を開けて固まっています。


「あ、あれ……騎士団長のカイン様じゃないか?」
「隣にいるのは誰だ? ……えっ、誰? どこかの令嬢?」
「いや、地味すぎないか? 失礼ながら、背景のレンガの一部かと思ったぞ」


聞こえてくるヒソヒソ話に、私は心の中で「正解!」と親指を立てました。
そうです、私はレンガなのです。
そんなレンガの隣に、ダイヤモンドが並んで歩いているから異常事態なのです。


「……ミューモ。今、誰かが君を『地味』だと言わなかったか? 不敬罪で捕縛してくる」


「やめてください! それは私への最高の褒め言葉なんです! 閣下、お願いですからその剣から手を離して!」


私は必死にカイン様の袖を引っ張りました。
この人は、私のモブ精神を全く理解してくれません。


「お腹が空きました。何か食べて帰りましょう。それで機嫌を直してください」


「君と食事ができるのか? ……素晴らしい。あそこの最高級レストランを貸し切りにしよう。今すぐ騎士団を呼んで道を空けさせる」


「庶民的な串焼き屋さんに決まっているでしょう! あそこの屋台です!」


私はカイン様の手を引き、香ばしい醤油の香りが漂う屋台へと突撃しました。
カイン様のような高貴な方が、道端で串焼きを食べる。
これぞ、彼に「私のような女は合わない」と分からせるための高度な作戦です。


「……閣下。これが『串焼き』です。お口に合わないでしょう? さあ、今のうちに帰ってフレンチでも召し上がってください」


私は、鶏のモモ肉が刺さった串を一本差し出しました。
カイン様はそれを、まるで未知の魔導具でも見るような目で見つめました。


「……これが、君の好きな食べ物か」


「ええ、大好物です。行儀悪く、立ち食いするのが最高なんです」


さあ、幻滅してください!
令嬢らしからぬ振る舞いに、ドン引きして公爵邸に逃げ帰るのです!


ところが、カイン様は串を受け取ると、なんの躊躇もなくパクリと一口食べました。
そして、端正な顔立ちをさらに輝かせて微笑んだのです。


「……美味い。君と同じ味を共有できることが、これほど幸せだとは」


「味覚まで私に合わせなくていいんです! というか、タレが頬についてますよ。もう、台無しです」


私は溜息をつき、ハンカチで彼の頬を拭いました。
すると、カイン様は私の手をそっと握りしめ、熱い視線を送ってきました。


「……ミューモ。君は本当に優しいな。こんな野蛮な私を気遣ってくれるなんて」


「どこが野蛮なんですか。あと、街の皆さんが『あの地味な子が、閣下の顔を拭いた!?』って、腰を抜かしています。やめてください、注目を浴びすぎて死んでしまいます」


「死なせない。君を守るのが私の役目だ。……さあ、次はあっちの綿菓子を食べようか。君が一口食べるごとに、私がその感想を詩にして記録する」


「公害です! やめてください!」


私たちはその後、綿菓子を食べ(詩は全力で阻止しました)、安物のヘアピンを眺め(カイン様が店ごと買い占めようとしたので阻止しました)、結局、夕暮れ時まで街を練り歩きました。


道行く人々は、最初は驚愕していましたが、次第に「……なんか、あの二人、いい雰囲気じゃない?」「カイン様が、あんなにデレデレしてるの初めて見たわ」と、温かい……いえ、生温かい目で私たちを見るようになっていきました。


(おかしい。私のモブ計画が、どんどん遠ざかっていく……)


夕陽に染まる帰り道、カイン様は私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれました。


「……ミューモ。君は、自分のことを目立たない、価値のない存在だと思っているようだが」


カイン様の声が、少しだけ真剣なトーンに変わりました。


「価値がないなんて思っていませんよ。ただ、目立ちたくないだけです。静かに、穏やかに生きたいんです」


「なら、私の隣にいればいい。私が放つ光が強すぎて、君のことは誰にも見えなくなる。……私という『盾』の陰で、君は好きなだけ静かにしていればいいんだ」


「……それ、物理的に影になってるだけですよね?」


「ああ。私が君を独占できる、最高の影だ」


カイン様は満足げに頷きました。
この人、さっきから「愛の告白」を「護衛の論理」にすり替えて、私を外堀から埋めようとしています。


「……閣下。私、やっぱり昨日婚約破棄されて、正解だったのかもしれません」


「ほう。なぜだ?」


「シグルド様といたら、私は一生『使いにくいレンガ』として扱われていたでしょう。でも、閣下といると……」


「……と?」


「『一番目立つ、変な形のレンガ』として、歴史に残りそうなんですもの。迷惑ですよ」


私が冗談めかして言うと、カイン様は声を上げて笑いました。
その笑顔があまりにも綺麗で、私は一瞬、自分がモブであることを忘れそうになりました。


「光栄だ。君の歴史の、最初のページに刻まれるのが私であるなら」


アズベル伯爵邸の門が見えてきました。
門の前では、相変わらず騎士たちが整列して「お帰りなさいませ!」と叫んでいます。


私の自由なモブ生活。
それは、どうやら「世界一過保護な騎士団長」という、最も目立つ障害物に阻まれているようです。
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