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8.異世界の恋愛観
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湯殿に、沈黙が落ちる。
「……ごめん、その」
更に謝罪を募らせようとする俺に、美しい騎士は笑った。
「私が? それはすごいな」
「……え」
意外な反応に、俺は固まる。ヴィルヘルムは呆けた俺の頭を、タオル越しに力強くがしがしとなぜた。
「そうか。君は大賢者に丁寧に扱われるよりも、私に乱暴に喰い荒らされるほうがいいのか」
ははは、と笑いながら、とんでもないことを言う。いままでの会話と俺の選択では、確かにそうとしか受け取られないだろう。けど……!
「ヴィル……!」
少しでも何か言い訳をしたくて目を上げた俺は、熱く大きな手のひらに両頬を包まれ、動きを封じられた。目の前には、金に縁取られた強く鮮やかな碧。
「光栄だ」
至近距離で囁いたヴィルヘルムは、夢で見たような獣の瞳をしていた。
ひゅ、と俺の喉が鳴って、半身が――……
「……あ、あんまり遅いとリコが心配するから! 出よう!」
俺は両腕を突き出して、必死にばしゃばしゃと波を立てた。
「もしかしてこの世界って、同性間の恋愛……というか性交渉は、すごくあたりまえなのか?」
自室に戻った後、ヴィルヘルムが警護の打ち合わせと言って出かけていったので、朝食の世話をしてくれているリコにそっと尋ねると、そうですね、とあっさり返された。
「世界、ということでしたら、同性愛が禁忌の国も、逆に稀ではございますが異性愛を禁じるところもあると聞いております」
国や地域によっていろいろ、というのは元の世界と同じだが、リコの説明によれば、この国では同性愛は異性愛と変わらない、かなりメジャーなもののようだ。
「じゃあ、俺が大賢者に、その……抱かれてたり、例えばリコとヴィルが恋人になったり、そういうのは誰から見ても、ぜんぜん、駄目なことじゃないんだな」
おそるおそる尋ねた俺に、リコは両の拳を握って細い眉を吊り上げた。
「例えがぜんぜんだめ、です! ……失礼しました。《箒星》さまがあまりにおぞましいことを仰るので。しかし、相手との相性はありますが、恋愛も性行為も、己の魔力を高めてくれる大事な要素です。積極的に行いましょう」
うってかわってにっこり笑う美少年。俺は少し引いた。
この塔が、魔法使いがそんな集団なら、俺は人権のない人身御供などではなく、ただ魔力量の多い同士だと思われている可能性があるのか……どちらも納得できないが。
「けれど、《箒星》さまともなると、その魔力量に見合うお相手など存在しませんし。心を豊かにする目的で、ただ交流を楽しむのが良いと思われます」
「交流……」
「《箒星》さまに無遠慮に近付こうとする痴れ者は論外ですが、そろそろ《箒星》さまも新しい生活に馴染んできた頃合い。もし良ければお相手のご紹介など……」
「お断りします……!」
俺はノーと言える日本人だ。というか、ここは強く言っておかなくてはいけない、と、本能ががんがんに警鐘を鳴らしている。
「そうですか? ためこむと魔力の巡りに障りますよ?」
「いや、俺はもう、数日おきに大賢者に……」
「けれど、それではとても足りないのではありませんか?」
眉を寄せるリコは、俺を心から気遣っているようにしか見えない。
やはり異世界。体力や精力など、基礎的な能力値がだいぶ違うみたいだ。
閉口した俺にリコは、なにかを思いついたようにぱっと顔を輝かせる。
「学習の一環として、街に出られてはいかがでしょうか? これまでは気分転換にと、外の原っぱなどでもお勉強などしておられましたが、そろそろ市井の人々に触れるのも良いのではないかとリコは思います」
「街か……」
思えば俺は塔の人間、それも主に魔法使いしか見たことがない。塔では、希少な《箒星の旅人》をいかに保護するかで連日会議が行われているようだが、ようやく基本方針が固まりそうだとヴィルヘルムも話していた。
「ヴィルって、騎士としての地位が高いのかな。大賢者に直接命じられたり、俺の警護につきっきりだったり」
リコは、俺の言葉にぷうと頬をふくらませてみせた。
「あのヴィルヘルムという騎士は、野蛮な騎士たちの中でも野良騎士の類で、地位などありません。ですが、騎士でありながら少しばかり魔法が使えるようなのです。そのため大賢者様からの覚えもめでたく、大きな顔をして出しゃばってくるのですよ。《箒星》さまへの対応に関してああだこうだと、うるさいったらありません」
「へえ」
ヴィルヘルムに用意された手つかずの朝食を眺める。俺の知らないところでも、たくさん面倒をかけているんだな。
そんな恩人に俺は……。
「《箒星》さま?」
肩を落としてしまった俺に、リコが気遣わしげに声をかけてくる。
「あ、いや。今日はほんと、気分転換がしたいなと思って。これから、街に出られたりはしないのか?」
「これから街へ? 今朝の《箒星》さまはとてもいい匂いをさせていらっしゃいますので、少し危険かもしれません」
思案するリコに、ああ、と思い出す。
昨夜のことで俺の風船には穴が空いているのだ。これでは俺が《箒星の旅人》だとバレてしまう。目覚めたときに比べれば足腰はだいぶ回復してきたと思うのだが、風船の穴はいつ塞がってくれるのだろうか。
がちゃり、と、部屋の扉が開く音がした。
「構わないぞ。今日のアンリには加護があるからな」
打ち合わせとやらが終わったのか、戻ってきたヴィルヘルムは椅子に腰掛け、さっそく朝食を摂りはじめる。だいぶ空腹だったようだ。
「加護、って、まさか」
リコが驚きの声を上げる。
「そう、大賢者がアンリに与えたものだ。害意を持つ者は、アンリに触れることができない」
ヴィルヘルムが俺のそばを離れたのも、その加護を確認したからだという。
へえ、と感心する俺に、ヴィルヘルムがにやりと笑った。
「街へ行くか? アンリ」
「……ごめん、その」
更に謝罪を募らせようとする俺に、美しい騎士は笑った。
「私が? それはすごいな」
「……え」
意外な反応に、俺は固まる。ヴィルヘルムは呆けた俺の頭を、タオル越しに力強くがしがしとなぜた。
「そうか。君は大賢者に丁寧に扱われるよりも、私に乱暴に喰い荒らされるほうがいいのか」
ははは、と笑いながら、とんでもないことを言う。いままでの会話と俺の選択では、確かにそうとしか受け取られないだろう。けど……!
「ヴィル……!」
少しでも何か言い訳をしたくて目を上げた俺は、熱く大きな手のひらに両頬を包まれ、動きを封じられた。目の前には、金に縁取られた強く鮮やかな碧。
「光栄だ」
至近距離で囁いたヴィルヘルムは、夢で見たような獣の瞳をしていた。
ひゅ、と俺の喉が鳴って、半身が――……
「……あ、あんまり遅いとリコが心配するから! 出よう!」
俺は両腕を突き出して、必死にばしゃばしゃと波を立てた。
「もしかしてこの世界って、同性間の恋愛……というか性交渉は、すごくあたりまえなのか?」
自室に戻った後、ヴィルヘルムが警護の打ち合わせと言って出かけていったので、朝食の世話をしてくれているリコにそっと尋ねると、そうですね、とあっさり返された。
「世界、ということでしたら、同性愛が禁忌の国も、逆に稀ではございますが異性愛を禁じるところもあると聞いております」
国や地域によっていろいろ、というのは元の世界と同じだが、リコの説明によれば、この国では同性愛は異性愛と変わらない、かなりメジャーなもののようだ。
「じゃあ、俺が大賢者に、その……抱かれてたり、例えばリコとヴィルが恋人になったり、そういうのは誰から見ても、ぜんぜん、駄目なことじゃないんだな」
おそるおそる尋ねた俺に、リコは両の拳を握って細い眉を吊り上げた。
「例えがぜんぜんだめ、です! ……失礼しました。《箒星》さまがあまりにおぞましいことを仰るので。しかし、相手との相性はありますが、恋愛も性行為も、己の魔力を高めてくれる大事な要素です。積極的に行いましょう」
うってかわってにっこり笑う美少年。俺は少し引いた。
この塔が、魔法使いがそんな集団なら、俺は人権のない人身御供などではなく、ただ魔力量の多い同士だと思われている可能性があるのか……どちらも納得できないが。
「けれど、《箒星》さまともなると、その魔力量に見合うお相手など存在しませんし。心を豊かにする目的で、ただ交流を楽しむのが良いと思われます」
「交流……」
「《箒星》さまに無遠慮に近付こうとする痴れ者は論外ですが、そろそろ《箒星》さまも新しい生活に馴染んできた頃合い。もし良ければお相手のご紹介など……」
「お断りします……!」
俺はノーと言える日本人だ。というか、ここは強く言っておかなくてはいけない、と、本能ががんがんに警鐘を鳴らしている。
「そうですか? ためこむと魔力の巡りに障りますよ?」
「いや、俺はもう、数日おきに大賢者に……」
「けれど、それではとても足りないのではありませんか?」
眉を寄せるリコは、俺を心から気遣っているようにしか見えない。
やはり異世界。体力や精力など、基礎的な能力値がだいぶ違うみたいだ。
閉口した俺にリコは、なにかを思いついたようにぱっと顔を輝かせる。
「学習の一環として、街に出られてはいかがでしょうか? これまでは気分転換にと、外の原っぱなどでもお勉強などしておられましたが、そろそろ市井の人々に触れるのも良いのではないかとリコは思います」
「街か……」
思えば俺は塔の人間、それも主に魔法使いしか見たことがない。塔では、希少な《箒星の旅人》をいかに保護するかで連日会議が行われているようだが、ようやく基本方針が固まりそうだとヴィルヘルムも話していた。
「ヴィルって、騎士としての地位が高いのかな。大賢者に直接命じられたり、俺の警護につきっきりだったり」
リコは、俺の言葉にぷうと頬をふくらませてみせた。
「あのヴィルヘルムという騎士は、野蛮な騎士たちの中でも野良騎士の類で、地位などありません。ですが、騎士でありながら少しばかり魔法が使えるようなのです。そのため大賢者様からの覚えもめでたく、大きな顔をして出しゃばってくるのですよ。《箒星》さまへの対応に関してああだこうだと、うるさいったらありません」
「へえ」
ヴィルヘルムに用意された手つかずの朝食を眺める。俺の知らないところでも、たくさん面倒をかけているんだな。
そんな恩人に俺は……。
「《箒星》さま?」
肩を落としてしまった俺に、リコが気遣わしげに声をかけてくる。
「あ、いや。今日はほんと、気分転換がしたいなと思って。これから、街に出られたりはしないのか?」
「これから街へ? 今朝の《箒星》さまはとてもいい匂いをさせていらっしゃいますので、少し危険かもしれません」
思案するリコに、ああ、と思い出す。
昨夜のことで俺の風船には穴が空いているのだ。これでは俺が《箒星の旅人》だとバレてしまう。目覚めたときに比べれば足腰はだいぶ回復してきたと思うのだが、風船の穴はいつ塞がってくれるのだろうか。
がちゃり、と、部屋の扉が開く音がした。
「構わないぞ。今日のアンリには加護があるからな」
打ち合わせとやらが終わったのか、戻ってきたヴィルヘルムは椅子に腰掛け、さっそく朝食を摂りはじめる。だいぶ空腹だったようだ。
「加護、って、まさか」
リコが驚きの声を上げる。
「そう、大賢者がアンリに与えたものだ。害意を持つ者は、アンリに触れることができない」
ヴィルヘルムが俺のそばを離れたのも、その加護を確認したからだという。
へえ、と感心する俺に、ヴィルヘルムがにやりと笑った。
「街へ行くか? アンリ」
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