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突然の失踪(4)
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ジェイミー・ガーランドはデュロワ伯爵夫人が宮廷に出入りする以前から懇意にしている熟練の魔術師だと聞いていたので、てっきり自分の父親と同じかそれより年上くらいの相手を想像していたのだが、そこにいたのは自分と同い年かむしろ若く見えるくらいの相手だった。
しかし、そのデュロワ伯爵夫人自体が、シルヴァリエが子供のころからその容色を維持していることを考えれば、見た目上の若さなどは当たり前のことかもしれない。
「はじめまして。あなたがジェイミー・ガーランド?」
「そう言う君は? いつもの使いとは違うようだが」
「僕はシルヴァリエ・アンドリアーノ」
シルヴァリエの名前を聞いて、ジェイミーの眉が一瞬ぴくりと動いた。
「なるほど。シルヴァリエ・アンドリアーノといえば聞いたことのある名前ですね。デュロワ伯爵夫人の使いだと名乗ったと聞きましたが?」
「失礼、そう言えば中に入れてもらえるかと。門前で長々と自己紹介をするわけにはいかなかったものですから」
「なるほど、なるほど」
ジェイミー・ガーランドはなにか考えごとをするように視線をあちこち動かしたあと、突然シルヴァリエを指さした。
「シルヴァリエ?」
「え、ええ」
シルヴァリエは少し驚いて返事をする。魔術師、とくに魔術研究者の類には変わり者が多いと聞くが、まさにだな、と心の中で呟いた。
「なるほど……?」
「僕がここへ来たのはですね」
このまま相手のペースに任せていたのでは、いつまでたっても話が進まなさそうだ。そう判断したシルヴァリエは、立ち上がってジェイミー・ガーランドに向き合った。
「数日前に、デュロワ伯爵夫人の紹介でここへやってきた者がいるはずですが」
「ああ……」
「いるんですね?」
「なぜ重ねて尋ねる? そうだとそもそも君が言ったんだろう」
「……」
「それで?」
「それで……僕は、その人を探しに来たんです」
カルナスがここで本名を名乗っているかどうかはわからない。シルヴァリエは、名前を濁したままそう告げる。
ジェイミーは口の中でなにかモゴモゴ言いながらしばらくシルヴァリエを眺めた後、
「君は彼の恋人というやつか?」
と尋ねた。
シルヴァリエは返事に窮した。
シルヴァリエのこれまでの基準――継続的にベッドを共にしている相手と言う意味では、カルナスは間違いなくシルヴァリエの恋人だった。それも、これまでにないほど濃密で特別な。だが、シルヴァリエがカルナスにそう呼び掛ければカルナスが嫌がることはわかっていたし、なにより、最後に会った時のカルナスは、つまりはその関係を解消したいと言っていたのだ。
「そう……とも言えるし、そうでないとも言えます」
悩んだ末にシルヴァリエがそう答えると、ジェイミーは首をかしげた。
「フム、人間関係というやつはよくわからん。まあ、いい。探しに来たというのなら、確かに彼は今ここにいる」
「本当ですか?! 今も?」
「ああ」
「どこにいるんですか、会わせてくださ……えっ?!」
シルヴァリエが思わずジェイミーに掴みかかるように手を伸ばした。しかし、ジェイミーに触れる直前で体が急に動かなくなった。
「ちょ、な、なんだ、これ……」
シルヴァリエの体に、植物のツタのようなものが絡み付いて、それ以上ジェイミーに近づくことを封じている。それは背後からシルヴァリエの足元へと忍び寄っていて――その先は、部屋扉の脇に控えていた無口な家令の両手へと繋がっていた。
「?!!!!!」
「フラバー!」
ジェイミーが叱責の声をあげると、シルヴァリエに絡み付いていたツタが解ける。そのままうねうねと動きながら家令の手のひらに同化していくように消えていった。
人間の所業ではない。
「魔物……?」
「あ、いや……」
ジェイミーが気まずそうに頭をかく。フラバー、と呼んだ背後の家令と、シルヴァリエの顔とを何度も見比べた後、諦めたように話し始めた。
「……他言無用で頼む。デュロワ伯爵夫人にも。フラバーは魔物だが私の相棒だ。魔物といっても邪悪じゃない。危険はない」
「危険はないといっても、しかし今、僕に……」
「普段はそんなことはないんだが……君についてはその……嫉妬とでも言えばいいか」
きまりが悪そうな顔でジェイミーが言った。
「嫉妬?」
「フラバーが言うには……君があまりに、その、イケメンなので。私に近づきすぎるのが不愉快だったらしい。ああもう、それで? 君が探しに来たのはカルナスという男で間違いないか?」
それ以上追求されなくないと言わんばかりに、ジェイミーが強引に話をそらす。それはわかってはいたが、ジェイミーの口から出たその名前に、食いつくように頷いた。
「ええ、そうです」
「会わせてやろう。ついて来い」
しかし、そのデュロワ伯爵夫人自体が、シルヴァリエが子供のころからその容色を維持していることを考えれば、見た目上の若さなどは当たり前のことかもしれない。
「はじめまして。あなたがジェイミー・ガーランド?」
「そう言う君は? いつもの使いとは違うようだが」
「僕はシルヴァリエ・アンドリアーノ」
シルヴァリエの名前を聞いて、ジェイミーの眉が一瞬ぴくりと動いた。
「なるほど。シルヴァリエ・アンドリアーノといえば聞いたことのある名前ですね。デュロワ伯爵夫人の使いだと名乗ったと聞きましたが?」
「失礼、そう言えば中に入れてもらえるかと。門前で長々と自己紹介をするわけにはいかなかったものですから」
「なるほど、なるほど」
ジェイミー・ガーランドはなにか考えごとをするように視線をあちこち動かしたあと、突然シルヴァリエを指さした。
「シルヴァリエ?」
「え、ええ」
シルヴァリエは少し驚いて返事をする。魔術師、とくに魔術研究者の類には変わり者が多いと聞くが、まさにだな、と心の中で呟いた。
「なるほど……?」
「僕がここへ来たのはですね」
このまま相手のペースに任せていたのでは、いつまでたっても話が進まなさそうだ。そう判断したシルヴァリエは、立ち上がってジェイミー・ガーランドに向き合った。
「数日前に、デュロワ伯爵夫人の紹介でここへやってきた者がいるはずですが」
「ああ……」
「いるんですね?」
「なぜ重ねて尋ねる? そうだとそもそも君が言ったんだろう」
「……」
「それで?」
「それで……僕は、その人を探しに来たんです」
カルナスがここで本名を名乗っているかどうかはわからない。シルヴァリエは、名前を濁したままそう告げる。
ジェイミーは口の中でなにかモゴモゴ言いながらしばらくシルヴァリエを眺めた後、
「君は彼の恋人というやつか?」
と尋ねた。
シルヴァリエは返事に窮した。
シルヴァリエのこれまでの基準――継続的にベッドを共にしている相手と言う意味では、カルナスは間違いなくシルヴァリエの恋人だった。それも、これまでにないほど濃密で特別な。だが、シルヴァリエがカルナスにそう呼び掛ければカルナスが嫌がることはわかっていたし、なにより、最後に会った時のカルナスは、つまりはその関係を解消したいと言っていたのだ。
「そう……とも言えるし、そうでないとも言えます」
悩んだ末にシルヴァリエがそう答えると、ジェイミーは首をかしげた。
「フム、人間関係というやつはよくわからん。まあ、いい。探しに来たというのなら、確かに彼は今ここにいる」
「本当ですか?! 今も?」
「ああ」
「どこにいるんですか、会わせてくださ……えっ?!」
シルヴァリエが思わずジェイミーに掴みかかるように手を伸ばした。しかし、ジェイミーに触れる直前で体が急に動かなくなった。
「ちょ、な、なんだ、これ……」
シルヴァリエの体に、植物のツタのようなものが絡み付いて、それ以上ジェイミーに近づくことを封じている。それは背後からシルヴァリエの足元へと忍び寄っていて――その先は、部屋扉の脇に控えていた無口な家令の両手へと繋がっていた。
「?!!!!!」
「フラバー!」
ジェイミーが叱責の声をあげると、シルヴァリエに絡み付いていたツタが解ける。そのままうねうねと動きながら家令の手のひらに同化していくように消えていった。
人間の所業ではない。
「魔物……?」
「あ、いや……」
ジェイミーが気まずそうに頭をかく。フラバー、と呼んだ背後の家令と、シルヴァリエの顔とを何度も見比べた後、諦めたように話し始めた。
「……他言無用で頼む。デュロワ伯爵夫人にも。フラバーは魔物だが私の相棒だ。魔物といっても邪悪じゃない。危険はない」
「危険はないといっても、しかし今、僕に……」
「普段はそんなことはないんだが……君についてはその……嫉妬とでも言えばいいか」
きまりが悪そうな顔でジェイミーが言った。
「嫉妬?」
「フラバーが言うには……君があまりに、その、イケメンなので。私に近づきすぎるのが不愉快だったらしい。ああもう、それで? 君が探しに来たのはカルナスという男で間違いないか?」
それ以上追求されなくないと言わんばかりに、ジェイミーが強引に話をそらす。それはわかってはいたが、ジェイミーの口から出たその名前に、食いつくように頷いた。
「ええ、そうです」
「会わせてやろう。ついて来い」
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