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南端の水の都-サウザンポート-

6話 シロツメクサ

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 一度街を出て、岬沿いに道を行く。
 あたりを囲う山々は禿げたようにごつごつした岩肌を見せているのに対し、その岬には緑が生い茂っていたからだ。ここならあるいは、野生の花が見つかるかもしれない。

「ウルティオラ」
「ん?」

 歩いていると、メアに袖を引っ張られた。
 先ほどみせた笑顔は引っ込んでいて、また、最初の無表情が張り付いていた。
 また、花を見つけたら笑ってくれるだろうか。
 そうだといいな。

「何故、優しい?」
「んー?」

 優しい、と、来たか。
 難しい質問だ。
 幸せってなんだろうと同じくらい難しい。

「他人同士。どうして?」
「ああ、そういうことか」

 ようするに、見ず知らずの自分にどうして付き合ってくれるのか、そう言っているのだろう。
 まあ、一番の理由はメアを泣かせてしまったことにあるのだが、それを言うわけにはいかない。
 その為、俺は二番目の理由を答えることにした。

「この町に来る前の話なんだけどね、一人のおっちゃんにお世話になったんだ。そのおっちゃんに言われたんだ。『今のうちに精一杯、大人の厄介になっとけ』その代わり『いつかお前たちの世話になりてぇってやつが出てきたら助けてやれ』ってね」
「人に、言われたから?」
「ははっ、まあ、あながち間違っちゃいないさ。だけど、核心もつけていない。最後に選択するのは、いつだって自分だ」

 岬の先に広がる海を見た。
 千重波は陽に照らされて、金波銀波と輝いている。
 遠洋には海鳥が群れなしていた。
 運ばれる潮風が、髪や衣服にしがみ付く。

「俺の正直な気持ちがそうしたいと思ったから。自分勝手に起こした行動も、誰かの役に立つっていうなら悪くはない。そうだろ?」
「自分勝手……」

 メアはぽつりとその単語を呟いた。
 それから、自分なりに解釈しようとしているのか、口を閉じて熟考した。それからしばらく経って、頷いた。

「理解した」

 顔色は変わらず無色だ。
 それでも少しだけ、なんとなく。
 柔らかくなった。
 そんな印象を受けた。

「あ、ほら。あのあたり、花が咲いてるぞ」
「む、本当だ」

 岬の先。
 そこに数本、ぽつぽつと、ポンポンのように。
 純真無垢な白色の、綺麗な花が咲いていた。
 ハートのような葉っぱが3、4枚付いた花だった。

「ウルティオラ。潮風。何故咲く?」

 これまた、難しい質問を。
 この花が海辺によく咲いていることは知っているが、どうしてこういう場所に咲いているかまでは知る由もない。返答に困った俺は曖昧に笑った。

「ははっ、どうしてだろうな」
「分からない?」
「ま、俺もまだまだひよっこだからな。そりゃ知らないことだってたくさんあるさ。世界は広いからな」

 それでも、一つだけ。
 確かに言えることがある。

「分かっているのはこの花々は、生きることを諦めなかったってことだ。たとえ潮風に吹かれる過酷な環境にあっても、決して諦めなかった。だから今、ここに咲いている」
「諦めない……」

 メアはまた、咀嚼するように押し黙った。
 それからしばらく、その白い花と睨めっこして、それから立ち上がった。

「ウルティオラ。帰ろう」
「ん? 摘んでいかなくていいのか?」
「いい」

 メアはこくりと頷いて、それから続けた。

「みんな必死に生きてる。みんなで生きてる。一人も欠けちゃいけない」
「……そうか。メアは優しいな」
「ん。自分勝手」
「そうかそうか」

 花を思いやったのではなく、そうしたいから。
 摘んだら自分と同じように、花が悲しむから。
 だから摘まない。そう言っているのだろう。
 メアの感情の機微は分かりづらいが、確かに慈しみの心を持っている。

 あたりを見渡す。
 ちょうど大きな松の木が生えていた。
 松風にさざめく瑞枝。
 その玉樹に歩み寄れば、根元で細い二本に枝分かれした、松の葉が落ちていた。それを拾い上げる。

「松の葉。何する?」
「まあまあ。いいか? 一瞬しかないからよーく目を凝らせよ? «幻創»」

 松の葉はポフンと音を立て、一輪の花になった。
 それは向こうに咲いていた白い花と同じ。
 この町に来るときにただの葉っぱを金塊に見せかけたのと同じ仕掛け、タヌキの獣人から教わった妖術で作った偽物だ。

 ただの細い葉っぱが綺麗な花になったことに、メアは心底驚いたという顔をしていた。
 ああ、なんだ。そんな顔もできるんだな。

「まがいものだけど、これは俺からメアへのプレゼントだ」
「まがいもの」
「見た目はあの白い花だけど、中身は松の葉なんだ。それでも」

 一歩メアに歩み寄り、彼女の髪に差した。
 メアは手を花に当て、困惑した表情をしている。
 本当に、おしゃれが分からないらしい。
 少し胸が苦しくなり、苦く笑った。

「きっと、メアに似合うと思う」

 そう言うとメアは、じっと手首を見つめた。
 正確に言えば、手首に巻いた鈍色の手枷。
 それを鏡のようにして、自分の顔を覗いていた。

 それから顔をほころばせた。

「ありがとう、ウルティオラ」

 どうやら気に入ってくれたらしい。
 そのことに俺はほっと一息ついた。

「どういたしまして」



 南端の港町サウザンポート一の豪邸は貴族の物。
 メアがウルティオラと出会った日の夜。
 メアは城主である貴族に、直談判に赴いていた。
 彼女の要求を聞き、貴族はため息をついた。

「撃剣興行を廃止してほしいだと?」
「です」
「はんっ、何を言うかと思えば」

 貴族は酒瓶を持ったかと思うと、放り投げた。
 狙いも定まらずに投げられたそれはメアの近くにぶつかって、破片となって彼女を襲った。彼女の腕はそれに引き裂かれ、血が滴った。

「断る。私は貴族。やりたいようにやる」
「……お願いします」
「だから断ると……、待て。メア、その髪飾りはどうした」
「? 貰った」

 貴族の形相が鬼になる。
 メアは悪寒を覚えたが、どうしてか分からない。

「ふん、気が変わった。メア、明日の撃剣興行が最期・・だ」
「っ!? 本当か?」
「本当だとも。常に誠実に、それが一族の家訓だからな。分かったらとっとと部屋に戻れ」
「感謝する」

 メアがいなくなった部屋で一人。
 悪徳貴族は悪態を吐いた。

「くそが糞が! お前らは賭けの対象でさえあればいいんだよ! 色気づいてんじゃねえよ! もういらない。潰す、潰してやる!」

 この男はいつもそう。
 人が絶望に拉げ、壊れる瞬間を至福とする。

「クヒッ、キヒヒヒヒ」

 男の口がぱっくりと開いた。
 気味の悪い、三日月のような笑みが浮かんでいた。 
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