39 / 39
夢幻の郷村-ノエマ-
12話 七夕華
しおりを挟む
夜の空を明るむ光も、皆が寝静まる頃に薄れた。
広がる幽暗は宴の終わりの報せ。
魔族の支配から抜けたという喜びを、村人たちがひとしきり噛み締めたという事でもあった。
「ウルさん。ようやくお戻りになられたのですね」
「アリシア……驚いた。まだ起きてたのか」
「ふふっ。戻って来た時、ウルさんが寂しいかと思いまして」
その頃になって、ようやく村に戻った俺。
それを迎え入れる影が一つ。
そう。アリシアであった。
「まあ、これほど遅くなるとは思っていませんでしたが……。メアちゃんとジークも頑張って起きてたんですよ?」
「そうか……。ちょうどいいかな」
アリシアのそばに寄り、その手を取る。
陶器のように滑らかで、果実のように瑞々しい。
「アリシア、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの、ですか?」
「ああ。ついて来てくれないかな?」
そう言うと、アリシアは微笑んだ。
「ウルさんがいらっしゃるのなら、どこへでも」
*
川の香りが、また一段と強くなった。
蛍火の導をあてに、樹海の底へと潜っていく。
ながらく叢林をかき分けた。
そろそろ、それが見えてくる頃だろう。
煤を流したような墨の空。
銀砂をちりばめた星の川。
少しひらけた場所を、淡月が柔く照らしている。
「着いたよ、アリシア」
「はぁ、はぁ……いったい……!」
一面には花畑が広がっていた。
星々や月に照らされて咲く花の名は、七夕華。
滅多にお目にかかれない、極めて貴重で希少な花。
その花筵が、眼前に広がっていた。
「七夕華……もしかして、これを探して?」
「あはは、まあ、それだけじゃないけれど……」
テンマの記憶を一部封印してから、俺はここいら一帯の調査に励んでいた。すべてはこの光景を、アリシアに見せるために。
「本当は一輪だけ摘んで、花束に添えるつもりだったけど、これだけ美しい光景だったから。……君にも、見せたくなった」
「ウルさん……」
すこし恥ずかしくなって、空を見た。
顔があつい。
今が冬だったなら、いや、そうしたらこの光景を見れないか。
俺は深呼吸して、それからようやく口を開いた。
口中には群芳が広がっていた。
「ずいぶん、待たせてしまったけど」
夜空に一等輝くあの星は、なんという名前だろう。
「アリシア、君に伝えたい言葉がある」
いや、答えなんて分かっている。
「アリシア、俺の織姫。俺は君に逢うために生まれてきた」
これまでも、これからも、ずっと。
俺は君のためにある事を誓うよ。
だから。
「アリシア。君を誰にも渡したくない」
この熱量は、言葉じゃ言い表せない。
これから、行動で示していくから。
だから。
「好きだ。世界中の誰よりも、君を愛してる。必ず君を幸せにする。だから――」
懐から、一つのケースを取り出す。
その口をパカリと開き、アリシアに差し出す。
「――俺と、結婚してください」
ケースの中にあるのは、ラピスラズリの指輪。
金色の斑点模様の入った瑠璃色の宝石。
髪の色。瞳の色。
きっと、君に似合うと思う。
「ウルさん、覚えていますか?」
「アリシアとの思い出ならなんだって」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれますね」
アリシアがはにかんで顔をほころばせた。
「『心奪われるほどの愛の言葉を用意してください』私はウルさんにそう言いました。でもね、ウルさん」
それからアリシアは手を差し出した。
「そんなこと、出来っこなかったんですよ。だって――」
アリシアの左手が、月明りに柔らかくきらめく。
「私の心は、もうずっと昔からあなただけの物だったんですから」
ふふっ、恥ずかしいですね、と。
君は言う。星の瞬く空の下。
「そうか、そうだね」
「そうですよ」
アリシアの手を取り、指輪をはめた。
左手の紅差し指に、瑠璃色の指輪がさんざめく。
彼女はそれをうっとり見つめ。
それから、ぽつりぽつりと話し出した。
「ウルさん。昔、東の国に行きましたよね」
「そうだね」
「その時、こんな話を聞いたんです。告白は『月が綺麗だね』、返事は『死んでもいいわ』」
「その国の人たちは、随分とシャイだな」
「ふふっ、そうですね」
アリシアが手の平を空に翳した。
ラピスラズリの宝石が夜空に溶け込むことだろう。
「ずっと不思議だったのですが、ようやく、分かりました」
彼女はそのまま手を握った。
まるで星空を掴むかのように。
「死でも別てないほどの愛。それをウルさんだけに捧げることを誓いますわ」
楽しそうに笑う彼女。
俺は、どう反応したものか。
困った笑いを浮かべて、返す。
「……まいったな。悩んで悩んで、ようやく選んだ言葉だっていうのに。アリシアの言葉の前では霞んじゃうじゃないか」
「ふふっ。私のウルさんを思う気持ちの方が上だったってことですね」
「いいや。言葉という伝達手段が俺についてこれなかっただけさ。思う気持ちは俺の方が強い」
「あらあら、ウルさんったら」
それに、と。
俺は言葉を続ける。
「君を思う気持ちが枯れる事は無いから、覚悟しておいてよ。アリシア」
「うふふ。私の器は、ウルさんの愛で育つのですよ」
「そうか。それなら、安心だな」
「ええ、遠慮なく無限の愛を注いでください」
ああ。約束するよ。
永遠、無限の時間をかけて。
永久に君を思い続けることを。
空には星が瞬いていた。
広がる幽暗は宴の終わりの報せ。
魔族の支配から抜けたという喜びを、村人たちがひとしきり噛み締めたという事でもあった。
「ウルさん。ようやくお戻りになられたのですね」
「アリシア……驚いた。まだ起きてたのか」
「ふふっ。戻って来た時、ウルさんが寂しいかと思いまして」
その頃になって、ようやく村に戻った俺。
それを迎え入れる影が一つ。
そう。アリシアであった。
「まあ、これほど遅くなるとは思っていませんでしたが……。メアちゃんとジークも頑張って起きてたんですよ?」
「そうか……。ちょうどいいかな」
アリシアのそばに寄り、その手を取る。
陶器のように滑らかで、果実のように瑞々しい。
「アリシア、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの、ですか?」
「ああ。ついて来てくれないかな?」
そう言うと、アリシアは微笑んだ。
「ウルさんがいらっしゃるのなら、どこへでも」
*
川の香りが、また一段と強くなった。
蛍火の導をあてに、樹海の底へと潜っていく。
ながらく叢林をかき分けた。
そろそろ、それが見えてくる頃だろう。
煤を流したような墨の空。
銀砂をちりばめた星の川。
少しひらけた場所を、淡月が柔く照らしている。
「着いたよ、アリシア」
「はぁ、はぁ……いったい……!」
一面には花畑が広がっていた。
星々や月に照らされて咲く花の名は、七夕華。
滅多にお目にかかれない、極めて貴重で希少な花。
その花筵が、眼前に広がっていた。
「七夕華……もしかして、これを探して?」
「あはは、まあ、それだけじゃないけれど……」
テンマの記憶を一部封印してから、俺はここいら一帯の調査に励んでいた。すべてはこの光景を、アリシアに見せるために。
「本当は一輪だけ摘んで、花束に添えるつもりだったけど、これだけ美しい光景だったから。……君にも、見せたくなった」
「ウルさん……」
すこし恥ずかしくなって、空を見た。
顔があつい。
今が冬だったなら、いや、そうしたらこの光景を見れないか。
俺は深呼吸して、それからようやく口を開いた。
口中には群芳が広がっていた。
「ずいぶん、待たせてしまったけど」
夜空に一等輝くあの星は、なんという名前だろう。
「アリシア、君に伝えたい言葉がある」
いや、答えなんて分かっている。
「アリシア、俺の織姫。俺は君に逢うために生まれてきた」
これまでも、これからも、ずっと。
俺は君のためにある事を誓うよ。
だから。
「アリシア。君を誰にも渡したくない」
この熱量は、言葉じゃ言い表せない。
これから、行動で示していくから。
だから。
「好きだ。世界中の誰よりも、君を愛してる。必ず君を幸せにする。だから――」
懐から、一つのケースを取り出す。
その口をパカリと開き、アリシアに差し出す。
「――俺と、結婚してください」
ケースの中にあるのは、ラピスラズリの指輪。
金色の斑点模様の入った瑠璃色の宝石。
髪の色。瞳の色。
きっと、君に似合うと思う。
「ウルさん、覚えていますか?」
「アリシアとの思い出ならなんだって」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれますね」
アリシアがはにかんで顔をほころばせた。
「『心奪われるほどの愛の言葉を用意してください』私はウルさんにそう言いました。でもね、ウルさん」
それからアリシアは手を差し出した。
「そんなこと、出来っこなかったんですよ。だって――」
アリシアの左手が、月明りに柔らかくきらめく。
「私の心は、もうずっと昔からあなただけの物だったんですから」
ふふっ、恥ずかしいですね、と。
君は言う。星の瞬く空の下。
「そうか、そうだね」
「そうですよ」
アリシアの手を取り、指輪をはめた。
左手の紅差し指に、瑠璃色の指輪がさんざめく。
彼女はそれをうっとり見つめ。
それから、ぽつりぽつりと話し出した。
「ウルさん。昔、東の国に行きましたよね」
「そうだね」
「その時、こんな話を聞いたんです。告白は『月が綺麗だね』、返事は『死んでもいいわ』」
「その国の人たちは、随分とシャイだな」
「ふふっ、そうですね」
アリシアが手の平を空に翳した。
ラピスラズリの宝石が夜空に溶け込むことだろう。
「ずっと不思議だったのですが、ようやく、分かりました」
彼女はそのまま手を握った。
まるで星空を掴むかのように。
「死でも別てないほどの愛。それをウルさんだけに捧げることを誓いますわ」
楽しそうに笑う彼女。
俺は、どう反応したものか。
困った笑いを浮かべて、返す。
「……まいったな。悩んで悩んで、ようやく選んだ言葉だっていうのに。アリシアの言葉の前では霞んじゃうじゃないか」
「ふふっ。私のウルさんを思う気持ちの方が上だったってことですね」
「いいや。言葉という伝達手段が俺についてこれなかっただけさ。思う気持ちは俺の方が強い」
「あらあら、ウルさんったら」
それに、と。
俺は言葉を続ける。
「君を思う気持ちが枯れる事は無いから、覚悟しておいてよ。アリシア」
「うふふ。私の器は、ウルさんの愛で育つのですよ」
「そうか。それなら、安心だな」
「ええ、遠慮なく無限の愛を注いでください」
ああ。約束するよ。
永遠、無限の時間をかけて。
永久に君を思い続けることを。
空には星が瞬いていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,063
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
蟲毒と寄生虫の中段辺り
「寄生虫だ。まず間違いなく。」の後
アクスは言うが二回書かれてます。
大事だから二回
今後も、勇者が金太郎飴の如く後から後から出てくるのですか…最初は勇者がざまぁされたら良いと思ったけど勇者もある意味で被害者ですねぇ、真にざまぁされるべきは王様ですなぁ(・ω・)
あっちは去年の4月以降更新が止まってますが、続きは読めるのでしょうか?