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桜島晴人

8話 やる気スイッチ

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「あ、ごめん。コトちゃん。オレ、コトちゃんに怒ってる訳じゃないっス。………ごめん。今のオレ、怖かったッスよね?本当にごめんね」

太陽はハッとすると困った様に眉尻を下げて、それから優しく、琴音の頭を撫でる。

「オレ、誰かがコトちゃんを役立たずって責めたんなら、それは違うってその人に話するッス。誰が言ったの?」

太陽は今度は優しく、琴音に問う。

「太陽君……。」

(…………相談、してみても良いんでしょうか?でも、皆さんが、もし喧嘩したら………。後2日。実質一日半です。………言わない方が良いんじゃ……)

桜島、エヴァ、和泉の三人の会話を盗み聞いてしまった事を言ってしまおうか、どうしようかと悩む。わざわざ波風は立てたくない。どうせ後2日も無く、今回の皆とはお別れなのだ。

「……………言いたくない?それはそうッスよね……。告げ口みたいで、嫌ッスよね?」

「その……。直接責められたって訳じゃ無いんです。たまたま、盗み聞きみたいな形で、……そう言われてるのを聞いてしまって……。それを聞いて、私が勝手に落ち込んでるだけですから………」

誰とは言わずに、そう言うと太陽は、微かに眉を寄せた。

「…………そうッスか。……わかったッス。犯人探しなんて、しないッスから安心してよ、コトちゃん。………オレの言葉なんて、なんの慰めにも、ならないかも知れないっスけど……。オレはコトちゃんを、役立たずなんて思ってないし、……コトちゃんの分まで、オレが頑張るから、誰にも、もう、文句は言わせねえッスよ」

ニカッと笑う太陽に、琴音の体はふるふると震えた。

(太陽君………)

少しだけ、弱っていた所に優しくされて、ポロリと涙が溢れる。

「あ、……あれ?ごめんなさい。私………あれ?」

「コトちゃん……。大丈夫、泣いても良いッス。大丈夫、大丈夫だよ。コトちゃん……。よしよし」

そっと抱き寄せられて、琴音は太陽の胸に顔を埋めた。トクントクンと規則的な音。ポンポンと背中を叩かれる優しい振動に、ポロポロと涙が溢れる。

「コトちゃん……。辛かったっスね?もう大丈夫ッス。……オレが守ってあげる。だから、良いッスよ。沢山泣いて、甘えても……」

(うぅ………。太陽君……。太陽君……。)

琴音は自分自身でも驚いた。涙を止めようとしても、どうやっても止まらない。どんどんと溢れてくる。

自分自身では、陰口の事を少しショックでは有った物の、そこまで気にしていないつもりだった。だけど、桜島に気持ち悪いと言われた事、和泉に怒鳴られた事。エヴァに役立たずと言われて居た事が、思った以上にショックだった様だ。だって、今回は頑張った。出来るだけ自分で、探しに行った。なのに、今までで、一番皆から嫌われた。

無関心なら、我慢出来る。だけど、嫌われるのは、やっぱり辛い。エヴァと和泉に嫌われるのは特に堪える。向こうが覚えていなくても、琴音は覚えている。体を重ねて、想いを伝えあった幸せな時間。周回が終われば消えて無くなる泡沫の夢の様な物だと頭では分かっていても、心は傷つくのだ。

「太陽君……。太陽くん……太陽くんは私を嫌ってない?」

「ん?当たり前ッス。嫌いなんてあり得ないよ。だって、オレ達仲間ッス。………それにコトちゃんって、ちょっと妹と……似てるし」





◇◇◇◇◇◇






「ん…………」

もぞりと動いて、傍らの温もりに、胸が暖かくなる。

(太陽君は、優しいですね。本当に、太陽みたいに、ポカポカしてます……。ふふ)

スースーと寝息を立てる太陽のほっぺをツンツンと付くが、熟睡しているようで、なんの反応も無い。

「…………スッキリしました。ありがとうございます。太陽君」

泣いた琴音を抱きしめて、そのまま二人で眠ってしまった様だ。琴音は頬がカピカピするし、目も腫れぼったいが、気分は晴れていた。

(太陽君は、優しくて……ゲームのまんまですね。……なんだか安心します。……、可愛い寝顔……)

ここまで、攻略対象達の知らない面を沢山見て来たが、太陽は何も変わらない。明るくてちょっぴりお馬鹿、だけどルートに入ると、頼れる漢らしい面が有って、その身を呈して、緑子を守る。

(羨ましいです。緑子ちゃん……。でも、私の事も守ってくれるって言ってくれましたね。……ふふ、嬉しい)

太陽には、琴音に対する下心なんて一切無い。本当に、本心から言ってくれた。その言葉が胸をじんわりと暖かくしてくれる。

(甘えても良いとも、言ってくれましたね。……………でも、それは駄目です。………私、もっと出来る事をやらないと。何度もやり直せるのなら、尚更です。試せる事は全部やらないと、…………)

スッキリとした頭で琴音は考えた。嫌われてしまったのは仕方がない。きっと強制力のせいだ。だけど、だからと言って簡単に受け入れて諦めるのは、駄目だ。落ち込むのは駄目だ。そんなのは琴音らしくない。

(だって私は決めたんです!!!絶対に皆さんとエッチして、楽しく過ごすと!!!一度や二度の失敗がなんですか!!!バグやイレギュラーがなんですか!!!寧ろドンと来いですよ!!!代わり映えのしない、おんなじ周回なんて、もう飽き飽きです。……そう、これはゲームなんですから、マイナススタート?良いじゃないですか。それを覆して攻略するのが、楽しいんじゃないですか……クヨクヨしちゃって、馬鹿みたいです)

ムクリと身を起こして、パンパンと出来るだけ静かに頬を叩く。

(まだまだ、試してない事は沢山有るんです。やれる事は全部やります。………役立たずなんて、もう言わせませんよ)






◇◇◇◇◇◇





「え?探索に行くって……。本気で言ってるんッスか?」 

朝、目を覚ました太陽に告げると、太陽は目を見開いて、その後真剣な顔になった。

「本気です。……役立たずって言われたのを聞いたから、無理をして行くって言ってるんじゃ無いです!!!私は、自分で行くって決めました。行きたいんです。……もう、怖くなんて有りません」

「コトちゃん………。本気なんだ?………そうッスか」

「……太陽君。勘違いはしないでくださいね?私、一人でも行きます。守って貰えるからって、言ってるんじゃ無いんです。」

「うん。それは、わかるッス。コトちゃんが、オレの事をアテにして無いって、その目を見たらわかるッス。………オレ馬鹿だけど、それはわかるッスよ。………うん。わかるッス、だけど一人じゃ行かせられないッス。」

(それは、そうですよね。……太陽君は私が襲われないのを知りませんし……。結局少し迷惑は掛けてしまう事になりますね。……ですけど、自由タイムなら、探索に行って、皆さんに認識して貰えるんじゃないでしょうか?私はそれを、確かめたいです)

前回の周回で、桜島達と探索に行くと言う話は、結局お流れになった。だけど、ルート確定後の自由タイム中なら、結界の外に琴音が居たのをアノニマスは認識していた。なら、探索にも行けるはずだ。

(…………共通ルート中は、絶対に無理ですけど、今なら行ける筈です。たった一週間。それでも、これからは皆さんと探索に行けば、……役立たずのお姫様……嫌われ者からは、脱却出来る筈………。)

諦めて、何も出来ない。行けないと決めつけて、今まで頭にも無かった発想だ。だけど、この自由タイムに出来ない事なんて無い。だってシナリオには、影響しないのだから。

(セックスが出来て、探索が出来ないなんて、あり得ないですよね!!!)

「コトちゃん。……一晩でどうしちゃったんスか?凄くイキイキしてるっスね」

「太陽君のお蔭です。……やる気スイッチが入っちゃいました!!」

「やる気スイッチ……?そっか。へへ、オレのお蔭?……そっか。わかったッス。それじゃあ、昼からオレと一緒に行こう?………オレ、絶対に守るから」






◇◇◇◇◇◇





「初探索、大成功っスね」

ニコニコと両手一杯にアイテムを持って、太陽は笑っている。琴音も腕に沢山食料を抱えて、にっこりと笑った。

「はい!!!大成功で、大収穫ですね」

思った通り、探索は問題無く行けた。それ所か、サクサクと探索は進んで、琴音もアイテムや食料を沢山見つける事が出来た。実はこれは半分はズルだ。琴音は何度も何度も繰り返す周回で、夜中にフラフラと結界の外を徘徊していた。その時に、大体のアイテムの場所を覚えていたのだ。共通ルート中には手に入らないアイテムが、自由タイムなら問題無く、手に入る。寧ろ湧いてくる場所を知っている琴音は、有る意味でチートだ。

(ふふふ。多少のランダム性はありますが、これなら、今後の周回でも、皆さんの役に立てますね♡好感度を上げるのにも使えます♡)

一緒に探索に行けば、過ごす時間も増える。良い事尽くしだ。むふふと琴音はほくそ笑んだ。

「コトちゃん、それ使って今日は、皆に晩飯作るんだよね?……オレも手伝うッスよ」

「いえ、それじゃあ駄目です。私が皆さんに作りたいんです。だから太陽君も待っていてください」

「…………良いんスか?……なら、オレはセンセーとか、ハル君の様子見てくるッス。ハル君はエヴァが付いてくれてるけど、センセーは一人だし。………センセーも体調が悪いなんて、……やっぱり皆疲れが溜まってるのかな?」

探索に行くのに太陽が声を掛けに行ったら、和泉は気分が悪いからと、部屋に籠もっているらしい。

(……………和泉先生は、体調が悪い訳じゃないです。きっと、私のせいですね……。)

太陽の言葉に、少しだけ胸がチクリと痛む。だけど、頭をふるふると降る。

(夕食を自分で手に入れた食材で作って、先生にも、桜島君にもエヴァさんにも御馳走して、……それから、謝るんです。……だから、落ち込んだりするのは、もう無しです)

明日には琴音は死ぬ。この皆とはお別れだ。だから、今更仲直りなんて無駄な行為かもしれない、それでも、嫌われたまま、お別れなんて嫌だ。

(………謝っても、嫌われたままだったとしても、何もしないよりはマシです)

「太陽君、皆さんに会えたら、夜に夕食を振る舞うので、談話室に来てくださいって、伝えておいて貰えますか?」

「うん。勿論、オレ楽しみッス!!!へへ、コトちゃんが頑張ったって知ったら、きっと皆喜ぶッスよ」

そう言って太陽は、本当に、太陽みたいに明るく笑った。












「ごめん。コトちゃん……。皆来れないって………」

しょんぼりと肩を落した太陽が談話室に現れた。大きな体が、今は小さく見える。

(…………やっぱり今回は、手遅れでしたか。……仕方ないですね)

「エヴァは、まだハル君の体調が悪いから付きっ切りで、様子を見るって、言ってて……。今日は二人とも晩飯、要らないって。……センセーも、まだ体調悪いからって……」

「そうですか。それなら仕方ないですよ。………二人で食べましょう?太陽君は食べてくれますよね?」

「勿論ッスよ!!!オレは食う!!!当たり前ッス!!!!」

「ふふ、それなら、良かったです。沢山作ったので、私一人じゃ食べ切れませんから」

「コトちゃん………。オレ、めちゃくちゃ食べるッスから!!!全部食うっスよ!!!うわー、凄い美味しそう!!!これを食べられないなんて、皆損してるッス!!!」

「ふふ、ありがとうございます。太陽君………」

テーブルには、張り切って作った料理が所狭しと並んで居る。そして、5人分の食器。それを見て、太陽はわざと明るく振る舞ってくれているが、顔色が悪く、琴音よりも落ち込んでいる様子だ。

(……………太陽君は、本当に、優しいですね。……次の周回で、もう一度桜島君に本気でアプローチしてみて、それで駄目だったら、スッパリと桜島君とのセックスは諦めましょう。………その次は太陽君と……、エッチしたいです。)

口いっぱいに料理を頬張る太陽を、見ていると何故か胸がドキドキと高鳴った。

(………?)




◆◆◆◆◆◆






「エヴァ………。エヴァだけでも、行けば良いのに……。つーか行けよ。可哀想じゃん……琴音チャン」

ハルトの言葉にエヴァは、苦笑した。

「いや、………ハルトが部屋を出ないなら私も行かないよ。……ねえ、ハルト。本当に、考え直すつもりは無い?…………………琴音殿を抱く気は無いのかい?………途中までは、したんだろう?君だって彼女も満更では無かったって、言ってただろう?………どうして、部屋に籠もって、彼女を避けるんだい?私には、あんなに好意を口にしていた癖に………可哀想だと思うなら、ハルトが行ってあげたらどうかな?きっと琴音殿も喜ぶよ?」

「ばっ…………!!!!っ……はあ?!元はと言えばエヴァのせいだろっ!!!アレ酒だってエヴァは知ってて俺に渡したんだろ?!そのせいで、俺はっ!!!!……ちっ……くそ、…なんで、そんなに、琴音チャンと俺を……くっつけようとすんだよ……。無理だって、何度も話しただろ……。何なんだよ……それに俺、もう、顔合わせらんないって……。俺、酷い事して、酷い事言って、蹴り飛ばして、気絶した琴音チャン放って逃げたし。どんな顔で会えって言うんだよ。………なんで、飯なんて、誘ってくるんだよ。琴音チャン……、元気を使ってさ、俺を誘い出して、そんで……どうせキレるんだろっ?!あんな事した俺を、許してくれる筈なんて、無い、喜ぶ筈ねーよ。ノコノコ出て行ったら、何言われるかわかんねーよ。っ……そんなんやだ、俺……。………なんで、…………エヴァも、しつこいし、どっか行けよ……、全部エヴァのせいだ、…うぅ………もう、嫌だ……、ううう、お前もグルなんだろ?!部屋を出て行ったら、俺の事皆で責めるんだろ!!!うぅ………」

頭から布団に潜り込んで、ハルトは涙声だ。

(被害妄想で、ビービー喚いて情けない男だな。……………琴音を救うには、ハルトでは、駄目なのか?それなら、カエデ……?それとも、ゲンキ?……救えるとしたら、同じ世界の三人の内の誰かの筈だ………。今回は様子見も込みだったけど、次からは、少し私も本気で干渉した方が良さそうだ。…………………本当に、使えないな。…………やっぱりハルトでは、ないんじゃないか?こんな男に琴音を任せるなんて、………そんなのは最悪だ)

グズグズと聞こえてくるハルトの泣き声。それにエヴァは苛ついた様にため息を吐いた。





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