白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第三話「来訪者来たりて」 その一

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〈アルトデステニア皇国〉ブラオン荒原。
 荒原の北に聳える〈グラオン岩山〉で暮らす巨神の膝元として、一部の宗教では聖地とされているが、これといってめぼしい産業がある訳でもなく、人口数十の集落や、大きくとも一万程度の街が点在するに留まっている。
 しかし、それでもこの地は西方諸国との紛争においては重要な策源地であり、それに見合った拠点が各地に点在していた。
 荒原の中心にあるリノリア湖。その畔に作られた小さな村リウィスも、軍の拠点から発展した村だった。
 その村はつい数時間前まで、ごくごく平凡な日常の中にあった。
 村に隣接する陸軍の基地に数年前配属された若い兵士と、この村で生まれ育った娘の結婚式が執り行われ、その祝賀会が広場で夜更けまで行われていた。兵士の両親や親類が招かれ、基地の同僚たちが芸を披露して場を盛り上げる。
 新婚のふたりを祝福する宴は日付が変わってもなお続き、出席者が三々五々散っていって自然散会となったのは、深夜の二時頃であった。
 勤務があったために基地に残っていた将兵たちにも食堂でいつもより豪勢な料理が振る舞われ、こんなことなら毎日誰か結婚してくれればいい、という冗談も聞かれた。
 そして、午前四時。
 基地と村を大きな揺れが襲った。

「――報告! 先ほどの揺れと同時に基地北西二〇キロの位置に大規模転移反応! 基地の次元震観測機の針が吹き飛びました!」
 揺れを受けて非常招集された会議の場で、伝令兵がそう叫んだ。
 額に浮かぶ汗の玉と、大きく揺れた肩が事態の深刻さを物語っている。
「基地航空騎による偵察を……」
「いや、まだ何が起きたのか分からないぞ。どこの国が何を転移させてきたのか……」
「この世界の中で転移するなら、観測機の針が吹っ飛ぶようなことはない。またどこぞの世界から妙なものが落ちてきたのではないか? そうならば防護装備の偵察隊を派遣するのが……」
「しかし……」
 会議は当然のように紛糾した。
 半日前は新郎の若い兵士をからかっていた士官たちが深刻な表情を浮かべて顔を突き合わせる。
 こういった場合の調査命令は当然出ている。しかしその命令も、基地の保全と周辺住民の安全を確保した上でのものだ。
 大規模な次元転移を観測した場合、教本通りに対応するならば、まず当該地点より半径五〇キロメイテルの範囲に基地司令の権限でもって緊急避難命令を下し、それに必要な行動を取る。情報収集はあくまでも民間人保護に必要な範囲を最優先とし、状況の解明に必要な詳細な調査は後回しでも良い。
 基地航空隊はすでに離陸の準備を整えているが、迂闊に飛ばしていいものかと躊躇う気持ちもあった。
 この基地に配備されている航空兵力は、偵察と制空のための十二騎、一個飛行中隊。それも龍族を擁さない飛竜のみの中隊である。もしも住民を避難させるということになれば、これらの航空隊は上空を守る大切な戦力になる。
 皇国の航空戦力の大半は、国境地帯か皇都方面に集中している。ブラオンの中でも中継基地として設営されたここには、航空戦力を整備する施設はあっても駐留する戦力はごく限られたものでしかない。
 だが、偵察も行わずに実行できる戦術も限られている。
 基地司令である陸軍少佐は決断した。
「航空偵察隊を上げろ。駄々っ子のように、目も耳も塞がれた状態で喚き散らしたところで、本営が欲しい菓子をくれるとは限らんのだ」
「了解しました」
 最悪、一個偵察隊四騎は失われるかもしれない。
 しかしこちらがその事実を伝えれば、本営はより効果的な増援を送る根拠を得られるだろう。運良く偵察隊が情報を持ち帰れば、それはそれで問題ない。
「中継基地であろうとなんであろうと、我々がいるのは皇国陸軍の管轄下にある基地で、我々はそこに属する将兵だ。それはつまり、この基地をもってこの国を守る責任を負っていることになる」
 ここに居る誰もが、身体の内側から湧き上がる不安を感じていた。
 本能が、危険を察知して怯えている。
 理性が、それを抑え込んで彼らに職務を強要している。
「偵察隊の情報を待つ間に、周辺住民の避難準備を進めていくように。場合によっては、この基地を放棄することもあり得る」
 この時の基地司令の判断は、記録書面として残された上で避難民とともに南下。後に国内史上最低の撤退戦と言われた「リウィス撤退戦」を分析する上で貴重な資料とされる。
 しかし、彼がこの記録について反論する機会はなかった。
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