7 / 12
カイン 01
しおりを挟む
さて、学園での遊びを終えた私ですが、婚約者選びがまだ終わっておりませんので、学園に通っておりますわ。
それにしても、最近カインのご様子がおかしいような気がいたしますの。どこがと言いますと、妙にそわそわなさっていると言いますか、心ここにあらずと言いますか、まるで恋する乙女のような感じなのでございます。
もしかして、この国で好きな女性でも見つけてしまわれたのでしょうか?だとしたら大問題ですわね。
そんなわけで、私は最近はカインと行動を共にすることが多くなっております。傍で見ていれば恋のお相手が見つかるかもしれませんものね。
今日も夜会ではカインにエスコートをお願いいたしました。
「カイン様、ダンスを踊りませんか?」
「ええ喜んで」
迎えたのはファーストダンスでございますので、カインが本命か、などという噂が今度は出るでしょうが、ファーストダンスは3人の婚約者候補を順繰りに回しておりますので何とも言えませんでしょうね。
さて、ファーストダンスを踊っていても、気もそぞろといった具合なのですが、ステップを間違わないあたりは流石と言えるかもしれませんわね。
「カイン」
「なんでしょうか」
「なんだか上の空でいらっしゃいますわね。私がお相手では退屈でしょうか?」
「そんなことはありませんよ」
「そうですか?だといいのですが、なんだか最近、カインが遠くにいるような感じがして少し寂しく思うこともありますのよ」
「え…」
「だってそうでございましょう?今こうしていてもまるで他の誰かを想っているかのようで、私、少し嫉妬してしまいそうですわ」
「そんな、まさか」
慌てたように言うカインに私はクスリと笑って「冗談ですけれども」と告げます。嫉妬等するわけがございませんものね。
ところで、先ほど一瞬だけカインが視線を向けたご婦人、あれは確かソールズベリ家の未亡人のリゼルでしたわね。
なるほど、私の婚約者として他の方に恋をしただけでなくその相手が未亡人とあってはそれは気もそぞろになるというものでございますわね。
「…そういえば、今日のこの髪飾り、ソールズベリ家が出資している装飾品店の物なのですが如何でしょうか?」
「たっ大変お似合いです」
「そうですか。うれしいですわ」
なるほど、お父様がこの装飾品を薦めてきた理由がわかりましたわね。全くこういう面白いことは先に教えておいてくださればいいのに。
「なんでも、未亡人になったリゼルがデザインしたんだそうですわ。亡き夫の遺志を継いで商売を繁盛させるというのは素晴らしい事でございますわよね」
「そうですね」
「よろしければこの後ご紹介させてくださいませんか?」
「自分なんかは、そういった装飾品とは無縁なものですから」
「まあ駄目ですわ、私の婚約者にならなかったとしても、いずれはどなたかと婚約なさるのですから、その時の勉強はしておくべきですわよ」
私はそう言ってダンスが終わると早速といった具合にカインを連れてリゼルのもとに参ります。
「リゼル、よろしいかしら?」
「まあダリアン様、ご機嫌よう。何か御用でございましょうか?」
「ええ、この間は髪飾りをありがとう、早速今日付けてみましたけれども評判がよろしいですわ」
「それはようございました」
リゼルは未亡人ということもあってか、どこか守りたくなるような儚さを持った貴婦人なのですが、商売を成功させているというしたたかさを持ち合わせている方ですわね。
「ええ、カインも似合うと言ってくださいましたのよ。ねえカイン」
「え、ええ」
「ああ紹介が遅れましたわね。こちらはカイン=ドゥメルグと申しますの、私の婚約者候補ですわ」
「初めましてカイン様。リゼル=ソールズベリと申します。この度は当店の商品をお褒め頂きありがとうございます」
「いや、いい品だ」
「……ねえリゼル、カインってば装飾品のことがよくわからないと言いますの、少し教えてあげては下さらないかしら?」
「ええ、構いませんわ」
「え!」
カインは驚いたように私を見てリゼルを見ますが、時すでに遅しですわよね。リゼルは承諾してしまいましたもの。
「では今から早速あちらでお話合いをなさるとよろしいですわ」
私はソファを扇子で差して二人で行くようにいうと、リゼルは頷いてカインの腕を取るとソファの方へ連れていきました。
「今度は何の遊びをしているんですか?」
「まあローラン様、ご機嫌よう。小さな恋の物語の後押しをしておりますのよ」
「破滅の恋の物語ではないのですか?」
「まあ、不吉なことをおっしゃいますのね」
クスクス、と笑って私は差し出されたローラン様の手に自分の手を重ねて、ダンスホールへと躍り出ました。
もちろん風の魔法でカインとリゼルの会話を聞くことは忘れてはおりませんわ。
「ダリアン様の婚約者として来ているのに他の女性に恋慕を抱くというのはいかがなものかと。しかもそれが未亡人などとなれば不毛なものなのではないでしょうか?」
「まあ、そうおっしゃいましてもカインにとっては初恋かもしれませんでしょう?でしたら少しの思い出作りぐらいさせてあげてもよろしいではありませんか」
「思い出作りですか?」
「ええ、私の婚約者に選ばれるとは限りませんし、あわよくばそのまま自国に連れ帰るかこの国に永住する未来を選ぶか…カイン次第でございますわね」
「なるほど、ところで婚約者の方はまだ決まらないのでしょうか?」
「まだ難航しているようでございますわね。私としては早く決まってくれた方が楽なのですけれども」
「私もそう思いますよ。でもまあ、せっかくここまで来たのですから婚約者になってみたいものです」
「まあ、今までのご結婚はすべて恋愛結婚だったのでしょう?ここで政略結婚をなさらなくてもよろしいのではありませんか?」
私の言葉にローラン様は意味深に笑うと、
「こんな美しい少女に恋をしないと言う方が難しいのではありませんか?」
「まあ、お上手でいらっしゃいますわね」
クスクスと二人で笑いながらダンスを踊っていると、風魔法がカインとリゼルの会話を届けてくる。
* * *
「最近のはやりは何と言っても宝石を花のようにちりばめた髪飾りです、見栄えもいいですし、費用的にも抑えられておりますのよ」
「そうなのですか」
「……あの、私の説明ではわかりにくいのでしょうか?」
「い、いいえそのようなことはありません。俺がそういう分野が苦手なだけで」
「男性は皆様そうおっしゃいますわね。けれども女性としましてはそんな男性が一生懸命選んでくださった贈り物こそ大切な宝物になりますのよ。私も亡き夫が特注で作ってくださった首飾りがいまだに一番のお気に入りでございますの」
「亡くなったご夫君はどのような方だったのですか?」
「そうですわね、一言で言えば仕事人間でいらっしゃいました。私のことなどそれこそ空気のように扱っておりましたが、亡くなる数か月前にこうおっしゃられましたのよ「空気がなければ私は死んでしまう」と、あの時、私はちゃんとあの方を支えてこれていたのだと実感できてうれしゅうございました」
「それは素晴らしいですね」
「ええ、それまでは不安に思うことも多くございましたが、報われたように思います」
あらあら、気を利かせたつもりが失恋をさせてしまいましたかしら?困りましたわね、このまま小さな恋を育ててくださいませんと面白くないではありませんか。
私と致しましては、カインがリゼルに愛の告白でもしてくれると面白いのですが。
「再婚は考えていないのですか?未亡人というのは何かと不便でしょう?」
「そうですわね、けれども今は夫が残した事業を引き継ぐので精一杯で、再婚など考えることが出来ませんわね」
「そうですか…」
「ああ、でもお話がないわけではないのですよ。皆様私が夫から譲り受けた財産を目的としていらっしゃるのでしょうけれども、こんなおばさんと結婚したいというぐらいですものね」
「リゼル様はまだ若々しくていらっしゃる!」
「ま、まあそうですか?ありがとうございます」
あら、いい感じになりそうですかしら?
でも事をせいては仕損じるとも申しますし、今回はこの辺で引くというのもよいかもしれませんわね。
* * *
「ローラン様、私の邪魔はしちゃだめですわよ?」
「しませんよ。でもまあ、ライバルが減ってくれるのはこちらとしてもありがたいですからご協力はさせていただきましょう」
「まあ嬉しいですわ。スペンサーにもお伝えいたしましょうか?」
「彼は堅物ですからね、きっと恐れ多いことをしているとカインを止めてしまいますよ」
「それは困りますわね」
「ええ、ですからこれは私とダリアン様だけの秘め事にいたしましょうか」
「まあふふふ、よろしいですわよ」
あの日の夜会から変わったことと言えば、私がソールズベリ家が出資している装飾品店のものを一切身に付けなくなったことでございますわね。
ええ、献上はされておりますけれども、あえてつけてはおりませんのよ。
そうすることで、ソールズベリ家が少しずつ窮地に陥っていくという方程式は、皆様お分かりになっていただけますでしょうか?
この私が避けている装飾品店の物を好き好んで着用する者はあまり居りませんものねえ、ついでに言えば、ライバルであるヘルロット家が出資している店の物を着用するようにしておりますし、良い品物が多いと言うようにしておりますの。
まあ、ちょっとした情報操作というものではございますが、社交界ではこういったちょっとした情報操作が運命を左右するものなのでございますわ。
「まあカイン、最近なんだか元気が無いようでいらっしゃいますけれど、どうかなさいましたの?」
「いえ、私は元気ですよ」
そうですわよねえ、元気がないのはリゼルですものねぇ。想い人が苦悩している姿を見るのが苦しいのでしょうねぇ。
「最近、ダリアン様は贔屓にしている店があると聞きましたが本当でしょうか?」
「贔屓にしている店でございますか?どうでしょうか?よいものを扱っている店があれば贔屓には致しますけれども」
「では、ソールズベリ家が出資している店の商品の何が気に入らないのでしょうか?あの日の夜会では随分と気に入っているように見えましたが」
「ええ、特に気に入らないということはございませんわよ」
「ではなぜお使いにならないのですか」
「使う機会がなかなかないだけでしてよ、それがどうかなさいましたの?」
にっこりとほほ笑んで聞けば、カインは言い淀んで視線をそらしました。わかりやすいですわね。
「そういえば、リゼルとあの後何度かやり取りをなさっていると聞きましたが、リゼルに何か言われたのでしょうか?」
「リゼル様はそのようなことは何も言っていない!」
「まあそうですの、でしたらよろしいのですけれども、私の婚約者候補に取り入ろうとなさる方々は多いでしょう?カインは純粋でいらっしゃるから私少し心配ですわ」
「そんなことありません」
いいえ、カインは純粋ですわよ。硬派な方が恋をするとこうも純粋になってしまいますのね。けれどもリゼルは社交界を生き抜いている貴婦人ですのよ?せいぜい利用されないように気を付けませんと、傷つくのはカインですわよ。
「そうだといいのですが…。ああそうですわ、今度のお茶会にはカインもぜひお越しくださいませね」
「え、ええ…ですがお茶会というのはどうも苦手で」
「そんなことをおっしゃらないでくださいませ、今度のお茶会にはリゼルも来ますし、ソールズベリ家が出資している店のお茶菓子も出ますのよ」
「そうなんですか?でしたら参加させていただきます」
まあまあ、目を輝かせてしまって子犬のようでいらっしゃいますわね。尻尾があったらぶんぶんと振っているのではないでしょうか?
* * *
そしてお茶会の日、会場にはたくさんの人が集まっていらっしゃいますが、その中で顔色を悪くしていらっしゃる方がおります。
そう、リゼルですわ。リゼルのドレスが可哀そうなことに私のドレスと色とデザインが似てしまいましたの。判明したのが先ほどでございますので着替える時間もございませんわよねえ。お気の毒に。
「まあリゼル、気が合いますわね」
「ダリアン様……。そうでございますわね」
「そうそう、今日はリゼルの家が出資している店の茶菓子も置いてありますので良ければ召し上がってね」
「はい」
そう言って私は他の店の茶菓子が置いてあるスペースに向かいます。ソールズベリ家が出資している店の茶菓子には一切目もくれずといった具合でございますわね。
もちろん、他の方々もそれに倣うようにいたしますので、ソールズベリ家が出資している店の茶菓子の周囲にはほとんど人がいない状況となっておりますわ。
それにしてもお気の毒なお話ですわよねえ、けれどこうして弱っていくリゼルの姿を見てカインがどう動くかを予想するだけで楽しくて仕方がないのですから仕方がありませんわ。
今も、ほら…。カインがリゼルの傍に行って慰めていらっしゃるようではありませんか。
ふふふ、私の視線に気が付いた方々が同じ光景を見て驚いたように目を見開いていらっしゃいますわね。
それにしても、最近カインのご様子がおかしいような気がいたしますの。どこがと言いますと、妙にそわそわなさっていると言いますか、心ここにあらずと言いますか、まるで恋する乙女のような感じなのでございます。
もしかして、この国で好きな女性でも見つけてしまわれたのでしょうか?だとしたら大問題ですわね。
そんなわけで、私は最近はカインと行動を共にすることが多くなっております。傍で見ていれば恋のお相手が見つかるかもしれませんものね。
今日も夜会ではカインにエスコートをお願いいたしました。
「カイン様、ダンスを踊りませんか?」
「ええ喜んで」
迎えたのはファーストダンスでございますので、カインが本命か、などという噂が今度は出るでしょうが、ファーストダンスは3人の婚約者候補を順繰りに回しておりますので何とも言えませんでしょうね。
さて、ファーストダンスを踊っていても、気もそぞろといった具合なのですが、ステップを間違わないあたりは流石と言えるかもしれませんわね。
「カイン」
「なんでしょうか」
「なんだか上の空でいらっしゃいますわね。私がお相手では退屈でしょうか?」
「そんなことはありませんよ」
「そうですか?だといいのですが、なんだか最近、カインが遠くにいるような感じがして少し寂しく思うこともありますのよ」
「え…」
「だってそうでございましょう?今こうしていてもまるで他の誰かを想っているかのようで、私、少し嫉妬してしまいそうですわ」
「そんな、まさか」
慌てたように言うカインに私はクスリと笑って「冗談ですけれども」と告げます。嫉妬等するわけがございませんものね。
ところで、先ほど一瞬だけカインが視線を向けたご婦人、あれは確かソールズベリ家の未亡人のリゼルでしたわね。
なるほど、私の婚約者として他の方に恋をしただけでなくその相手が未亡人とあってはそれは気もそぞろになるというものでございますわね。
「…そういえば、今日のこの髪飾り、ソールズベリ家が出資している装飾品店の物なのですが如何でしょうか?」
「たっ大変お似合いです」
「そうですか。うれしいですわ」
なるほど、お父様がこの装飾品を薦めてきた理由がわかりましたわね。全くこういう面白いことは先に教えておいてくださればいいのに。
「なんでも、未亡人になったリゼルがデザインしたんだそうですわ。亡き夫の遺志を継いで商売を繁盛させるというのは素晴らしい事でございますわよね」
「そうですね」
「よろしければこの後ご紹介させてくださいませんか?」
「自分なんかは、そういった装飾品とは無縁なものですから」
「まあ駄目ですわ、私の婚約者にならなかったとしても、いずれはどなたかと婚約なさるのですから、その時の勉強はしておくべきですわよ」
私はそう言ってダンスが終わると早速といった具合にカインを連れてリゼルのもとに参ります。
「リゼル、よろしいかしら?」
「まあダリアン様、ご機嫌よう。何か御用でございましょうか?」
「ええ、この間は髪飾りをありがとう、早速今日付けてみましたけれども評判がよろしいですわ」
「それはようございました」
リゼルは未亡人ということもあってか、どこか守りたくなるような儚さを持った貴婦人なのですが、商売を成功させているというしたたかさを持ち合わせている方ですわね。
「ええ、カインも似合うと言ってくださいましたのよ。ねえカイン」
「え、ええ」
「ああ紹介が遅れましたわね。こちらはカイン=ドゥメルグと申しますの、私の婚約者候補ですわ」
「初めましてカイン様。リゼル=ソールズベリと申します。この度は当店の商品をお褒め頂きありがとうございます」
「いや、いい品だ」
「……ねえリゼル、カインってば装飾品のことがよくわからないと言いますの、少し教えてあげては下さらないかしら?」
「ええ、構いませんわ」
「え!」
カインは驚いたように私を見てリゼルを見ますが、時すでに遅しですわよね。リゼルは承諾してしまいましたもの。
「では今から早速あちらでお話合いをなさるとよろしいですわ」
私はソファを扇子で差して二人で行くようにいうと、リゼルは頷いてカインの腕を取るとソファの方へ連れていきました。
「今度は何の遊びをしているんですか?」
「まあローラン様、ご機嫌よう。小さな恋の物語の後押しをしておりますのよ」
「破滅の恋の物語ではないのですか?」
「まあ、不吉なことをおっしゃいますのね」
クスクス、と笑って私は差し出されたローラン様の手に自分の手を重ねて、ダンスホールへと躍り出ました。
もちろん風の魔法でカインとリゼルの会話を聞くことは忘れてはおりませんわ。
「ダリアン様の婚約者として来ているのに他の女性に恋慕を抱くというのはいかがなものかと。しかもそれが未亡人などとなれば不毛なものなのではないでしょうか?」
「まあ、そうおっしゃいましてもカインにとっては初恋かもしれませんでしょう?でしたら少しの思い出作りぐらいさせてあげてもよろしいではありませんか」
「思い出作りですか?」
「ええ、私の婚約者に選ばれるとは限りませんし、あわよくばそのまま自国に連れ帰るかこの国に永住する未来を選ぶか…カイン次第でございますわね」
「なるほど、ところで婚約者の方はまだ決まらないのでしょうか?」
「まだ難航しているようでございますわね。私としては早く決まってくれた方が楽なのですけれども」
「私もそう思いますよ。でもまあ、せっかくここまで来たのですから婚約者になってみたいものです」
「まあ、今までのご結婚はすべて恋愛結婚だったのでしょう?ここで政略結婚をなさらなくてもよろしいのではありませんか?」
私の言葉にローラン様は意味深に笑うと、
「こんな美しい少女に恋をしないと言う方が難しいのではありませんか?」
「まあ、お上手でいらっしゃいますわね」
クスクスと二人で笑いながらダンスを踊っていると、風魔法がカインとリゼルの会話を届けてくる。
* * *
「最近のはやりは何と言っても宝石を花のようにちりばめた髪飾りです、見栄えもいいですし、費用的にも抑えられておりますのよ」
「そうなのですか」
「……あの、私の説明ではわかりにくいのでしょうか?」
「い、いいえそのようなことはありません。俺がそういう分野が苦手なだけで」
「男性は皆様そうおっしゃいますわね。けれども女性としましてはそんな男性が一生懸命選んでくださった贈り物こそ大切な宝物になりますのよ。私も亡き夫が特注で作ってくださった首飾りがいまだに一番のお気に入りでございますの」
「亡くなったご夫君はどのような方だったのですか?」
「そうですわね、一言で言えば仕事人間でいらっしゃいました。私のことなどそれこそ空気のように扱っておりましたが、亡くなる数か月前にこうおっしゃられましたのよ「空気がなければ私は死んでしまう」と、あの時、私はちゃんとあの方を支えてこれていたのだと実感できてうれしゅうございました」
「それは素晴らしいですね」
「ええ、それまでは不安に思うことも多くございましたが、報われたように思います」
あらあら、気を利かせたつもりが失恋をさせてしまいましたかしら?困りましたわね、このまま小さな恋を育ててくださいませんと面白くないではありませんか。
私と致しましては、カインがリゼルに愛の告白でもしてくれると面白いのですが。
「再婚は考えていないのですか?未亡人というのは何かと不便でしょう?」
「そうですわね、けれども今は夫が残した事業を引き継ぐので精一杯で、再婚など考えることが出来ませんわね」
「そうですか…」
「ああ、でもお話がないわけではないのですよ。皆様私が夫から譲り受けた財産を目的としていらっしゃるのでしょうけれども、こんなおばさんと結婚したいというぐらいですものね」
「リゼル様はまだ若々しくていらっしゃる!」
「ま、まあそうですか?ありがとうございます」
あら、いい感じになりそうですかしら?
でも事をせいては仕損じるとも申しますし、今回はこの辺で引くというのもよいかもしれませんわね。
* * *
「ローラン様、私の邪魔はしちゃだめですわよ?」
「しませんよ。でもまあ、ライバルが減ってくれるのはこちらとしてもありがたいですからご協力はさせていただきましょう」
「まあ嬉しいですわ。スペンサーにもお伝えいたしましょうか?」
「彼は堅物ですからね、きっと恐れ多いことをしているとカインを止めてしまいますよ」
「それは困りますわね」
「ええ、ですからこれは私とダリアン様だけの秘め事にいたしましょうか」
「まあふふふ、よろしいですわよ」
あの日の夜会から変わったことと言えば、私がソールズベリ家が出資している装飾品店のものを一切身に付けなくなったことでございますわね。
ええ、献上はされておりますけれども、あえてつけてはおりませんのよ。
そうすることで、ソールズベリ家が少しずつ窮地に陥っていくという方程式は、皆様お分かりになっていただけますでしょうか?
この私が避けている装飾品店の物を好き好んで着用する者はあまり居りませんものねえ、ついでに言えば、ライバルであるヘルロット家が出資している店の物を着用するようにしておりますし、良い品物が多いと言うようにしておりますの。
まあ、ちょっとした情報操作というものではございますが、社交界ではこういったちょっとした情報操作が運命を左右するものなのでございますわ。
「まあカイン、最近なんだか元気が無いようでいらっしゃいますけれど、どうかなさいましたの?」
「いえ、私は元気ですよ」
そうですわよねえ、元気がないのはリゼルですものねぇ。想い人が苦悩している姿を見るのが苦しいのでしょうねぇ。
「最近、ダリアン様は贔屓にしている店があると聞きましたが本当でしょうか?」
「贔屓にしている店でございますか?どうでしょうか?よいものを扱っている店があれば贔屓には致しますけれども」
「では、ソールズベリ家が出資している店の商品の何が気に入らないのでしょうか?あの日の夜会では随分と気に入っているように見えましたが」
「ええ、特に気に入らないということはございませんわよ」
「ではなぜお使いにならないのですか」
「使う機会がなかなかないだけでしてよ、それがどうかなさいましたの?」
にっこりとほほ笑んで聞けば、カインは言い淀んで視線をそらしました。わかりやすいですわね。
「そういえば、リゼルとあの後何度かやり取りをなさっていると聞きましたが、リゼルに何か言われたのでしょうか?」
「リゼル様はそのようなことは何も言っていない!」
「まあそうですの、でしたらよろしいのですけれども、私の婚約者候補に取り入ろうとなさる方々は多いでしょう?カインは純粋でいらっしゃるから私少し心配ですわ」
「そんなことありません」
いいえ、カインは純粋ですわよ。硬派な方が恋をするとこうも純粋になってしまいますのね。けれどもリゼルは社交界を生き抜いている貴婦人ですのよ?せいぜい利用されないように気を付けませんと、傷つくのはカインですわよ。
「そうだといいのですが…。ああそうですわ、今度のお茶会にはカインもぜひお越しくださいませね」
「え、ええ…ですがお茶会というのはどうも苦手で」
「そんなことをおっしゃらないでくださいませ、今度のお茶会にはリゼルも来ますし、ソールズベリ家が出資している店のお茶菓子も出ますのよ」
「そうなんですか?でしたら参加させていただきます」
まあまあ、目を輝かせてしまって子犬のようでいらっしゃいますわね。尻尾があったらぶんぶんと振っているのではないでしょうか?
* * *
そしてお茶会の日、会場にはたくさんの人が集まっていらっしゃいますが、その中で顔色を悪くしていらっしゃる方がおります。
そう、リゼルですわ。リゼルのドレスが可哀そうなことに私のドレスと色とデザインが似てしまいましたの。判明したのが先ほどでございますので着替える時間もございませんわよねえ。お気の毒に。
「まあリゼル、気が合いますわね」
「ダリアン様……。そうでございますわね」
「そうそう、今日はリゼルの家が出資している店の茶菓子も置いてありますので良ければ召し上がってね」
「はい」
そう言って私は他の店の茶菓子が置いてあるスペースに向かいます。ソールズベリ家が出資している店の茶菓子には一切目もくれずといった具合でございますわね。
もちろん、他の方々もそれに倣うようにいたしますので、ソールズベリ家が出資している店の茶菓子の周囲にはほとんど人がいない状況となっておりますわ。
それにしてもお気の毒なお話ですわよねえ、けれどこうして弱っていくリゼルの姿を見てカインがどう動くかを予想するだけで楽しくて仕方がないのですから仕方がありませんわ。
今も、ほら…。カインがリゼルの傍に行って慰めていらっしゃるようではありませんか。
ふふふ、私の視線に気が付いた方々が同じ光景を見て驚いたように目を見開いていらっしゃいますわね。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,618
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる