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「あんまりですわ」

 セシーリア・ヴィルヘルムは鏡に写った自分を見て、思わず呟いてしまう。
 幼いころから違和感は感じていたのだ。
 その違和感のせいかほかの貴族に比べて、平民への差別意識が薄かったり、貴族女性にしては帝王学や政治、魔法を深く学んだりしていた。
 そのおかげなのか、この度見事に王太子の婚約者に選ばれたと先ほど父に告げられた。
 パリン…と、頭の中でガラスが割れたような音がしてとある物語が怒涛の如く頭の仲に流れ込んでくる。
 そのことに呆然としていたセシーリアを、婚約が決まって驚いているのだろうと、勘違いをしてくれた父の気遣いですぐに部屋に戻された。
 部屋に入ってメイドを下げて一人っきりになった瞬間、鏡の前にいって自分の顔を見る。

 滑らかな艶を持つピンクブロンド、肌はきめが細かく陶磁器のように滑らかな白さを持ち、濃い紫色の虹彩が神秘性を高めている。
 体つきは15歳という大人でも子供でもない時期だが、胸は寄せてあげればGカップに届きそうで、腰はコルセットがいらないほど細くそれでいてお尻は形よく肉付きがある。
 体全体が神が作ったのかと思えるほどにバランスが取れたもので、どこを見ても美しいと吟遊詩人が謳う。
 器量も絶世の美女といわれた母に瓜二つで、ぱっちりとした二重の瞳に見つめられるだけで虜になるという者が続出するほどである。
 気高く清楚でありながら、蠱惑的という相反するものを具現化した令嬢、それがセシーリアだ。

 ここまでくれば確かに王太子の婚約者としてふさわしいだろう。
 家柄も辺境伯であるし、二代前は王妹が嫁入りしてきている。
 つまり王太子はセシーリアにとってはとこに当たる。
 このまま問題なく婚姻を結んでこの国をさらなる繁栄に導く国王夫婦になれると、おそらく誰もが思うだろう。

「でも、そう上手くはいきませんのよね」

 先ほど頭の中に流れてきた物語。それは前世ではやっていた恋愛小説とその異聞録だった。
 内容はよくあるもの。


 男爵令嬢が魔法の才能があって、魔法学園に入学してくる。
 その時、幼馴染兼婚約者の伯爵子息も一緒に入学するのだが、男爵令嬢のほうが魔法の才があり、日に日に開いていく実力の差から少しずつ距離ができ始める。
 そこに登場するのが王太子。
 男爵令嬢の魔法の才能に興味を持ち最初は近づくが、次第にその純粋さや優しさに惹かれていく。
 婚約者とうまくいっておらず寂しい心を埋めるかのような王太子に、男爵令嬢は徐々に惹かれていく。
 だが婚約者のことは昔から好きで、今更婚約破棄なんて出来ない。
 王太子にも婚約者がおり、完璧な淑女として有名な彼女を苦しませたくないと王太子から離れようとする男爵令嬢。
 だが王太子は男爵令嬢が離れたことで余計に思いが募り、傍にいてほしいと懇願する。
 悩む男爵令嬢は考えさせてほしいといって時間をもらう。
 そこで伯爵子息が登場。自分の中にあるコンプレックスを伝え、疎遠になってしまったことを詫び、改めて男爵令嬢を愛していると伝える。
 そこでやはり自分は伯爵子息を愛しているのだと自覚した男爵令嬢は、王太子にその思いを告げる。
 王太子は男爵令嬢の幸せを祈るといって身を引く。
 男爵令嬢は伯爵子息と約束通り結婚し、王太子も婚約者と結婚をした。


 最初の物語はこれで終わり。
 評判の良かったこの話しの続きもしくはIFストーリーとして、王太子との恋愛エンドの話しを書いてほしいという読者からの要望が殺到した。
 そこで作られたのが、異聞録。これがあまりにもひどいものだった。


 結婚した男爵令嬢は伯爵子息夫人となる。だが結婚生活が数年たっても子供が出来ない。
 周囲からのプレッシャーでノイローゼになる伯爵子息夫人と、周囲から妾を進められる伯爵子息。
 二人の仲は微妙なものとなっていった。
 そんなある日、伯爵子息が馬車の事故にあい大怪我を負う。
 何とか一命をとりとめたが、その治療費と今後の介護のための費用が莫大なものになる。
 だたの伯爵家に支払える金額ではなく、伯爵家は絶望に襲われる。
 せめて子供がいれば、と姑と舅に言われ伯爵子息婦人の心の中にあった何かが壊れてしまう。
 そこで登場するのが王太子。
 伯爵子息婦人を自分の公妾にすれば資金援助をするという提案をする。
 それに飛びついた伯爵家当主と夫人によって伯爵子息婦人は王太子に献上される。
 心のどこかが壊れてしまった伯爵子息婦人は、王太子に「ずっと君のことを愛してる。君だけを愛してる」と伝える。
 愛妾として生きる中、まっすぐな王太子の愛に少しずつ心を開いていく。
 夜会や行事でも傍から離すことのない王太子に、伯爵子息婦人の心は癒される。
 そして二人の間に子供が生まれる。
 王太子は公妾を自分の正妃にするため、子供のいない王太子妃を実家に帰してしまう。
 王の許可をもらい、公妾の離婚と王太子との結婚手続きが進む。
 まさに二人が幸せをかみしめている時、隣国からの突然の宣戦布告。
 今まで友好関係にあった大国からの宣戦布告に、結婚どころではなくなってしまう。
 そして戦争は瞬く間に決着がつく。
 貴族の中に隣国に着く者がいた。王城の中にも手引きをする者がいた。
 謁見の間に並べさせられる王と王妃、そして王太子と公妾。
 殺される瞬間、二人は抱きしめあい「死が二人を別つとも愛している」と言って共にこと切れる。
 謁見の間が血で濡れた中、一人の女性が姿を現す。
 ピンクブロンドの絶世の美女。その美女はこう呟く。「想いがかなってよかったですわね」と。


 あまりのラストに炎上した。「思ってたんと違う!」という声が殺到した。
 だが大切なのはそこではない。
 お分かりだろうか、影が薄いというかほとんど大まかなストーリーに関係していない重要な登場人物。
 そう、王太子妃だ。つまり私だ。
 ありえない。なんで当て馬の当て馬にならなくちゃいけないわけ?
 勝手にやってろって思うし、隣国が攻めてきたのって絶対私のせいだよね。
 だって私のお母様は隣国の次期王の妹。しかも弟を産んだ際にお亡くなりになってしまった。
 隣国の次期王はお母様に瓜二つの私をかわいがっている。
 そのぐらい可愛がってるかと言えば、隣国の爵位と領地、あと王位継承権を与えちゃうぐらいに可愛がっている。
 そんな私がないがしろにされた挙句、公妾を正妻にしたいから離縁するとか、そりゃ怒るよね。
 御爺様…現国王も孫の私を溺愛している。
 まあ、戦争不可避だよね。
 しかも大きくは関わらなくても、王太子や男爵令嬢、それに伯爵子息のフォローを裏でしていた。
 結婚後は王太子のフォローをしつつ「愛する人がいるから君を抱けない」といって白い結婚貫かされる。
 愛妾が来てからは王太子のみならず彼女のフォローもさせられ、それなのにもかかわらず夜会や行事に王太子にエスコートされることはない。
 正直王太子妃の不遇に多くの読者が涙した。

 つまり、このままいけばそんな未来が待っているわけで…。

「冗談じゃありませんわ」

 けれども婚約は決まってしまった。だがまだ間に合うとぐっとこぶしを握る。
 王太子との結婚は20歳。それまでにうまく立ち回って婚約破棄になるようにすればいい。
 ふふふと笑い、ピンクブロンドの髪をかきあげた。
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