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九歳編

精霊の聖地8

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『ではアリス。今から魔法の訓練を始めますよ』
『はい』

 お母様の訪問から、こっちの時間で半年ほど経ったぐらいの時期、私はウィンディーネにやっと魔法を使う許可を出してもらえた。
 他の精霊は少し前から許可を出していたのだが、ウィンディーネがもう少し様子を見るべきだと言って待っていたのだ。

『ウィンディ―ネは慎重すぎるのですわ』
『そうでござるな。まあ、確かにアリスの魔力が完全に安定しなければ、魔法の発動は危険でござるから、慎重に徹す事は間違ってはいないのでござるが……』
『にしても半年は長かったよね~』
『私の努力不足のせいですね』
『アリスのせいだけではないぞ、気にするでない』
『そうだぜ。俺なんて半年待ち! 全くウィンディーネは頭が固いんだから』

 サラマンダーは最初に魔法を使おうと言い出した、半年ほど前に。それから半年待たされているのだから、確かに頭が固いと悪口を言いたくなる気持ちもわかるのだが……。

『誰の頭が固いですって?』
『ひえええ』

 せめて本人のいないところ言うべきだと思う。ウィンディーネの拳がサラマンダーの頭に振り下ろされた。

『いってぇぇぇ』
『ふん』
『はいはい。夫婦漫才はそこまでになさいまし。アリスの魔法の練習ですが、誰から行きますか?』

 あ、夫婦漫才は共通認識になったよ。というか、意味を説明したら納得してもらえた。

『では、拙者から参ろうぞ。魔力の排出と吸収の魔法をまず覚えるのはどうでござろうか』
『排出の魔法は覚えやすいですが、吸収の魔法ですか?』
『そうでござる。アリスの魔力量なら、というか生産量なら、なくなるということはないと思うでござるが、万が一魔力が枯渇してしまった場合のことを考えて、吸収する魔法も覚えておいた方がいいでござるよ』
『なるほど』

 もっともだ。
 確かに私は「魔力過剰症」が発病してしまうほどに魔力の生産量が多いけれども、戦争や魔物退治などの前線に出た時に、魔力の枯渇があっては、致命的な問題になってしまう。

『では、よろしくお願いします』
『うむ。参ろうぞ』

 そこから、こちらの時間で一ヶ月ほどかけて魔力の吸収の魔法を覚えた。排出に関しては、電流石に長年魔力を流し込んでいたおかげであっさりと取得できた。
 そんな調子で、私は六人から次々と魔法を教わっていき、外に出れば一端の魔法使いとなれる程度の実力を手に入れることが出来たと思う。
 そうして自分に自信がついて来た時にふと、精霊王の顔を見て、愛おしいと感じた。
 これまで献身的に私に尽くしてくれている姿もまた愛おしいと思うようになっていった。
 けれども、まだ怖い。
 私は、愛する人が出来ることで、精霊王が離れていってしまう事が恐ろしいのだ。
 その場合、最初に裏切るのは私になるのだが、勝手ながら、精霊王にその人との愛を祝福されるのが恐ろしい。
 いっそのろいでもかけてくれないかと思ってしまうほどだ。
 こんな身勝手な女が、精霊王のような優れた精霊に相応しいとはとても思えないし、思いたくもない。
 ああ、これはどうしたらいいのだろうか。私は精霊王を愛し始めてしまっている。けれども、だからこそ恐ろしいのだ。
 今までの経験が、私に一歩踏み出す勇気を与えてはくれない。

『魔力操作の方は完璧ですわね。「魔力過剰症」の方も、症状はほぼなくなりましたし、そろそろ外に戻りましょうか』
『え』

 ウィルの言葉に驚いて、手にしていたスプーンを落としてしまった。
 食事の時間に切り出された話題に頭が付いていけない。
 いずれはこの楽園を出ることはわかっていたし、覚悟も決めていたはずなのに、いざそれが現実になると、私は弱い人間なのだと思い知らされる。

『ウィルがいうのでしたら……』
『ウィル・オー・ウィスプ、私はアリスから求愛の返事を貰ってはいない。そもそも、ここにアリスが来たのは私の求愛に答えを返すためだっただろう?』
『それはそうですけれども、アリスもこの数年間悩んでいるようですが、答えが出ないようですし、ここは一度仕切り直したほうがいいのではないかと思いまして……』

 確かに、一度仕切り直すという考えには賛成かもしれない。
 外に出て、頭を精霊王から切り離したら、また別な答えが出てくるかもしれない。

『嫌だ』
『精霊王様?』
『私はアリスの答えが聞きたい』

 私は食事中だというのに浮かび上がらせられ、精霊王の膝の上に乗せられた。
 持っていたスプーンは落としてしまっていたし、問題はないのかもしれないが、今はまだ食事中だということを精霊王は理解しているのだろうか。

『アリス、愛している。どうかこの想いに応えてくれ』
『精霊王様……。私は怖いのです。精霊王様が、私が他に好きな人が出来た時に、それを祝福するのではないかと』
『まさか! そんなことは絶対にない』
『そうでしょうか? かつてそう言った神がいらっしゃいましたが、最終的には私のことが大切だからと、祝福をくださいました。私はあの時のことがトラウマとなっているのです』
『何故トラウマに?』
『私は、神に祝福ではなく呪いを授けて欲しかった。裏切った私を呪ってほしかったのです。それが私のわがままだとわかっていても、そうであって欲しかったのです』
『私は、アリスが他の者と結ばれるなど、許せない。そんな未来が待っているのなら、アリスが死んでしまう未来を選択しよう』

 その言葉に、私の心が軽くなる。

『本当に?』
『ああ、約束しよう。アリスが他の男と結ばれそうになったならば、私が必ずアリスが死ぬように呪いをかけよう』

 ……あれ?もしかして、ゲームの中の私も精霊王とこんな会話してたんじゃないの?
 それでハンス王子と結ばれそうだったから処刑されたんじゃないの?
 だってそうでもなきゃ、都合よく亡国の王女の娘だったなんて証拠が発見されるわけないもんね。
 うっわー。どうしよう、私って何気にシナリオ通りに進んでるわけ?
 でも、ゲームの中の私は精霊王の求愛を少なくとも受けてはいなかったはず。だから!

『わかりました精霊王』
「愛しています。精霊王、貴方のことを」

 言霊となったこの言葉は、精霊の聖域全体に広がっていく。
 わぁっと、下位や中位、高位の精霊達の歓声が聞こえてくる。私達は今この瞬間、精霊達に祝福されて、交際をスタートしたのだ。

『よかったですわね、精霊王様』
『本当によかったです。帰るまでに堕とせなかったらどうしてくれようかと思っていました』
『よかったでござるなあ。ノーム、例の物は出来ているでござるか?』
『出来ておるよ。精霊王はここから離れられぬからの、精霊王の髪の毛を使って作ったお守りじゃ』
『よかったね~、これでハッピーエンドに近づけたって感じ~?』
『そうだな。まあ、アリスはまだ九歳なんだし、成人して婚姻できるようになるまで、あと九年だぜ精霊王も先が短いようで長いよな』
『悠久の時を生きる私たちにも、目的があると時間が短く感じられてしまうものですものね』
『そうですわね。まあともあれ、アリスと精霊王様に幸あれ、ですわ』

 後ろでそんな話をされているのを聞きながら、私は精霊王に全力でハグをされて、窒息しかけていた。
 ウィンディーネが私の顔色が悪いことに気が付くのがもう少し遅ければ意識が飛んでいたかもしれない。

『精霊王様。私は外に帰りますけど、またコンタクトを取りますから安心してくださいね』
『物足りぬの』

 この数年間で、精霊王はすっかり甘えたさんになってしまったらしい。
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