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十歳編

絆2

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 私は早速エルナン兄様にコンタクトを取ることにした。
 普段の交流はないけれども、兄妹という事で、魔法省の中では有名なため、コンタクトを取ることは容易だった。
 エルナン兄様を私の部屋に呼び出し、尋問をするように向かい合わせに座る。

「それでエルナン兄様、ライラの投獄に関しては何か申し開きはありますか?」
「ないよ。僕はその場にいて何も出来なかった。ヘレナ様に懇願しても無理だったんだ」

 エルナン兄様はそう言って項垂れると、ため息を吐き出した。前世であれば母子なのだから、もっと意見を言えただろうに、今では臣下と側室なのだから、その立場が大きく変わってきてしまっている。
 可哀そうと言えば可哀そうなのかもしれない。
 自分であったものに従うというのはどんな気分なのだろうか?数度の人生を経験している私だけれども、流石にその経験はない。

「率直にお聞きしますが、今回の投獄に関してエルナン兄様はどう思っていらっしゃるのですか?」
「不当だと思っているよ」
「そうですか」

 そりゃそうだろう。ウィル経由での話によればその前にはライラはハンス王子、邪父に口づけを奪われてしまっているという。
 そんな光景を見てからの投獄は、あまりにも理不尽な光景に移ったのかもしれない。

「私に加護を与えてくれている精霊様から、ライラの初めての口づけをハンス王子が奪った直後の出来事だと聞いています」
「そう、だね」
「……悔しくはないのですか?」
「え?」

 私の言葉に、エルナン兄様は顔を上げて私をじっと見てくる。
 本当に中身がハンス王子なのであれば、ライラの事を愛しているはずなのだから、唇を奪われたこともそうだが、投獄されたことも相当に憤ってしかるべきことなのではないだろうか?
 ライラがハンス王子に手を上げて仕舞ったことは確かに悪いというか、もう少しこらえてみたらよかったと思う場面もあるのだが、それでもハンス王子は、邪父の判断は良くないのではないだろうか。
 このままではライラの好感度は地に落ちてしまう。口づけを奪った直後に投獄など、ライラに記憶がなくても訳が分からない。
 否、記憶があっても訳が分からない。
 邪父はプライドが高い人だから、打たれたことで激高したのだろうけれども、それでも悪手を打ったとしか思えない。

「私にはわかりませんが、ライラとエルナン兄様はとても仲の良い兄妹だと聞いていますし、見ていてもそう思います。それなのに、憤りを感じないのですか?」
「感じているとも!」

 エルナン兄様がテーブルを叩く。

「だったら、どうして逃げなかったのですか?」
「え?」

 何から、とは敢えて言わない。
 そもそも、デュシル家に引き取られる前に逃げてしまえば、こんなことにはならなかった。
 精霊の加護も貰えただろうし、ギルドに登録して魔術師としても活躍することもできただろう。
 確かに、未成年であったエルナン兄様にそれをするのは難しかったかもしれないが、それでも絶対にできないというものではないのだ。
 なんといっても、精霊の加護が得られればそれで特別待遇として手厚い保護が得られるのだから。
 今の今までエルナン兄様達が精霊達から加護を得られなかった理由が、私を不当に虐めていたからという物だったのだから、私に出会わなければ、もうすでに加護持ちだったはずなのである。
 まあ、ゲームの中のライラは光の精霊の加護を最後まで得ることが出来なかったのだけれどもね。
 あれはどうしてだったのだろうか?
 健気で儚いライラに光の精霊が加護を与えない理由が分からない。
 まあ、精霊は気まぐれなので、そのせいなのかもしれないが……。
 そう考えると、ゲームの中の最後のスチル、ライラとハンス王子が結ばれるシーンで精霊が誰も二人を見ていなかったことにも納得がいくかもしれない。
 もし、私が乗り移る前のアイリスの事を好んでいたのだったら、精霊が二人を祝福しないのも納得がいく。
 まあ、性格の悪いアイリスの事を精霊が気に入っていたとも思えないが……うーん、どうなっているのだろう?

「ヘレナ様に懇願を続けた方がよいのではないでしょうか? 少しでもライラの出獄時期を早めるためにも……」
「それはもうしているよ。ヘレナ様もライラの投獄には反対しているから、ハンス王子には早めに出すようにと言っている」
「それで、ライラはいつ頃出てこれそうなんですか?」

 私の問いかけに、エルナン兄様は少し考えるそぶりをしてから、二三日、と小声で答えた。

『アリス、闇の精霊がライラに興味を持ち始めたでござる』

 ふと呟かれたシェイドの言葉に、私は視線を向ける。ライラは光の精霊に好まれる性質を持ってはいるが、その反対の闇の精霊に好まれる性質は持っていなかったはずである。

「……エルナン兄様、ライラに闇の精霊様が興味を持ったようです」
「え……。でも、僕達の家系は光の精霊様に好まれる家系のはず……」
「ええ、心に闇が宿ったのでしょうね」

 全く持って残念な話だけれども、今回の事でライラは光ではなく闇属性に転換してしまったのかもしれない。
 それとも、私のように両方の精霊に気に入られているかである。
 シェイドが以前言ったように、闇の精霊は人の心に付け入りやすい。うまい具合にライラの中でコントロール出来ていればいいのだが、下手にミックスすると大爆発してしまう可能性がある。
 この場合の大爆発とはその名の通り、精霊の爆発であり、精霊が傷つくレベルの話ではない。
 軽く屋敷の一つは吹き飛ぶレベルの爆発が起きるだろう。
 相反する性質を持つ精霊のコントロールは難しいのだ。
 まあ、六精霊全ての加護を持っている私が言うのもなんだけどね。私って本当にチートなんだから参っちゃう。
 精霊王の育ての親でもある六精霊は、高位精霊の中でもトップクラスの存在であり、精霊の聖域の門番もしているくらいなのだから、そうとうなものなのだろうけれども、私が見ている限りあまりありがたみは感じないなあ。

「ライラの心に闇が宿ったというのは、やはり今回の投獄が原因だろうか」
「そうですね、その可能性がありますね」

 まあ、邪父に引きずられて闇属性に目覚めた可能性もあるけどね。

「エルナン兄様、ライラが出獄したら、今からでも遅くありません。二人でどこかほかの地に逃げ延びてはいかがでしょうか?」
「それは……」

 中身がハンス王子だったらそんな決断できないかな。優柔不断だったしね。

「ウリセスに関してはまだ幼いこともありますし、私どもで育てますけれども、エルナン兄様はもう成人なさっておいででしょう?ライラ一人ぐらいなら養える程度の稼ぎが賄えるのではないでしょうか?」
「……どうしてそんなことをいうんだい?」
「どうしてとは?」
「君はそんな事を云うような人じゃなかったと、僕は記憶している……」
「それは、今の記憶ですか?」
「…………君には、お見通しかい?」

 熟考の末、エルナン兄様は参ったと言わんばかりの、泣きそうな顔で私の方を見て来た。

「ええ、精霊王様に教えていただきました」
「そうか」
「記憶の中では、相思相愛の仲だったのでしょう? どうして思い出して早々に連れ出さなかったのですか?」
「思い出のライラと、あまりにも違ったから、ちょっと考えてしまっているうちに、父上に見つかってしまったんだよ」

 ライラの自業自得じゃんか。駄目だなあ、「私はヒロイン」とか言っているからこうなっちゃうんだよ。
 ちゃんとそれこそシナリオ通りに動かないから……。
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