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婚約者が甘えん坊で幸せです 01

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 吉野雪花に目を付けていたのは今から約二年前、初めて仁木大和の婚約者として懇親会に出席した時からだった。
 14歳とは思えないその才覚にこちら側・・・・の人間になれるのではないかと思ったからだ。そしてその勘は正しかった。偶然を装って最初は話しかけたが、話しているうちにだんだんと気に入っていった。
 問題だったのが仁木家の婚約者という立場がすでに確立していたことだったが、これも調査ですぐに解消できると判明した。
 なんと言ってもい雪花の妹の舞花は、雪花のものを何でも欲しがる手癖の悪い女だったから、大和のこともいずれ奪うだろうと踏んだからだ。
 そしてそれが実行されたのは15歳になってから。マイかは体を使って大和を落としにかかり、見事に妊娠して見せた。それもその検査を在原の経営する病院で行ったからすぐに情報は入って来た。

「お前の妹が妊娠したそうだ」
「まあ、お相手は大和様でしょうか?」
「そうだが、驚かないんだな」
「そうですねいずれはこうなると思っておりましたが、なるほど、結婚できる年齢を狙って奪いに来たということですか。子供も産む気満々というところでしょうね」

 懇親会の日、さり気なさを装って大和から離し、舞花のことを切り出せば、雪花は諦めたように溜息を吐き出すだけだった。
 やはり予想はしていたというところか。

「大和様と舞花が最近お付き合いをしているというのはわかっておりましたし」

 そういう雪花は少し離れた場所にいる大和を冷めた目で見ている。

「まったく、婚約者として過ごした三年間を返していただきたいものですね」
「まあ、全く無駄にはなっていないだろう?おかげで俺達のような本家の人間とも知り合いになれたんだ」
「それはそうですが、仁木家の婚約者でなくなったらあまり意味がないのではありませんか?それとも宗也様が次の婚約者を紹介してくださるのでしょうか?」
「ああ」
「まあ、それは助かりますわね」

 次の婚約者は決まっている。

「俺なんてどうだ」
「失礼ですが眠っていらっしゃいますか?」
「起きているぞ」
「あらそうだったのですか、寝言が聞こえたように思いましたが空耳だったようです」
「空耳でもないぞ」
「……はあ、いくら何でも私の家では宗也様の家の嫁としてふさわしくないのではないでしょうか?」
「どこかの分家の娘になればいい、お前はまだ15歳なんだからな」
「そう簡単にはいきませんよ。舞花がいつ妊娠を報告して婚約が破棄になるかわからないではありませんか」
「計算では特別養子縁組に間に合うだろう」
「……まあ、確かに。けれどもどなたのお家に養子に入れとおっしゃるんですか?在原本家の次期跡取りの婚約者を配する家なんてそうそうありませでしょう」
「修二叔父さんがいる」
「ご結婚為さっていらっしゃらなかったと思いますが?」
「ああ、だから養父のみになるが構わないだろう。もともと俺だって修二叔父さんに育てられたようなものだしな」
「勝手にお決めになって、修二様のご意見はどうなのですか」
「雪花なら大歓迎だそうだ」
「それ、私が否やを言えるのでしょうか?」
「言っても構わんぞ?説得するだけだからな」
「強引な方でいらっしゃいますね」
「惚れた女を手に入れるためだからな」
「……」
「なぜ黙る」
「いえ、惚れたなどと言われてしまって戸惑っております」

 雪花の頬が少しだけ赤くなった。

「いずれにせよ、準備はしておくに越したことはない。今度本家に来ると言い、親父やおふくろも帰ってきているときがいいな。再来週なんてどうだ?」
「また急なお話ですね。再来週……予定がありましたがキャンセルしておきます」
「そうしてくれ」
「ではそろそろ戻ります。あまり宗也様と一緒に居りますと目立ってしまいますので」

 俺としては目立ってくれていいのだが、と思うが、今はまだ雪花を女どもの嫉妬の的にさせるわけにはいかないから仕方がないだろう。
 それにしても、この俺と対等に話が出来るだけでも雪花はやはり素晴らしいと思う。大抵は委縮してしまうものだしな。
 さて、再来週が楽しみだ。

* * *

 雪花が本家にやってくる日、親父もおふくろも、修二叔父さんも、そして爺さん婆さんもそろって雪花を出迎えた。
 まさに本家総出での出迎えだ。
 流石に爺さん婆さんまでは想像していなかったんだろう、雪花は若干戸惑いながらもきちんと挨拶をし、話し合いの席に着いた。

「舞花の妊娠が確かなものなのでしたら、婚約破棄も時間の問題だと思います。それで、宗也様よりプロポーズをされてしまったのですが、本家の方々はそれでよろしいのでしょうか?いくらそれなりの家の出とはいえ、私はただの一般市民ですよ」
「そこは私が養女として引き取るから問題はないよ。我が家は実力主義だからね」
「修二様、独身貴族を貫いていらっしゃったのは柵がお嫌いだからとおっしゃっていたではありませんか。私を養女にすることで発生する柵はよろしいのですか?」
「面白そうだから構わないよ。それに私も雪花の事は気に入っているからね」
「在原のご当主様と奥様、先代様方も、こんな娘が嫁入りなど本気なのでしょうか?」
「修二も言ったように我が家は実力主義だ。それに雪花はこちら側・・・・の人間だとこの二年間でわかったからね」
「そうですわね、それに私も雪花と同じように一般市民でしたわよ、それを旦那様に拾っていただきましたの」

 爺さんと婆さんの言葉に雪花は「ふう」とため息を漏らす。この状況で随分と度胸のある行動だと思う。引退したとはいえ、爺さんの威圧感は健在だし、俺だって叱られるとき縮こまってしまう自信がある。

「ご当主様はよろしいのですか?」
「宗也が見出したのならば問題はない。ろくでもない女に引っかかったのならばそれまでの事だ」
「私がそのろくでもない女かもしれないではありませんか」
「大丈夫ですわよ、雪花さんは同じろくでもない人間でもこちら側・・・・の人間ですからね。そのろくでなさはむしろふさわしいのではないでしょうか」
「奥様……。私は自分が支配者側の人間だとはとても思えないのですが」
「いや、雪花にはその才能があると俺は思っている。なんといっても目が違うからな」
「目ですか?」
「ああ、その目は支配をするものの目だ」
「わかりかねます」

 目の端に手を当てて雪花は首をかしげてしまうが、雪花以外は皆納得をしている。
 雪花はいざという時は身内すらあっさりと切り捨てることが出来、それでいて身内を最後まで守り抜く支配者側の人間だ。

「とにかく養子縁組の方は話しを進めておこう。いくら法律上問題ないからと言って、在原の力を使っても翌日になれましたってわけにはいかないからね」
「皆様がそれでいいとおっしゃっていただけるのならば構わないのですが、未だに実感がわいてきませんね」
「それは宗也の力不足というものだな」
「親父、そうなのか?」
「ちゃんと雪花さんを口説かないからこういうことになるんだ。目を付けて婚約者にしようとしているのならもっと気合を入れて口説きなさい」
「そうか。まあ、今までは一応仁木の家に遠慮してたんだが、婚約破棄がほぼ決定となれば遠慮はいらないな」
「まだ舞花が流産するという可能性がありますよ」
「それでも舞花は仁木大和を落とすだろうな。それに流産した時には駆け落ちでもするように促すさ」
「質の悪い」
「愛ゆえの行動だと思ってくれ」
「……」
「なぜ黙る」
「いえ、愛されているとは思っておりませんでしたので」

 また雪花の頬が赤く染まった。雪花はこう言った感情を向けられることに慣れていないのだろうな。

「愛していなけれなんだと思っていたんだ?惚れていると言っただろう」
「私の才覚に惚れ込んだのかと思っておりました」
「わお、それはそれですごい言葉だけど、宗也の言葉足らずも問題だね。雪花さんみたいなタイプにはストレートに感情をぶつけないとだめだよ」
「わかった」
「あ、ちなみに娘になるんだから今後は雪花って呼び捨てにしてもいいかい?」
「かまいません」
「わかった。雪花、今後は私のことを父と思って甘えてくれて構わないよ」
「甘えるですか?」
「そう、宗也の事や本家のことでわからないことがあったら頼りなさい」
「わかりました」
「なっ、ずるいですよ修二叔父さん。俺だって雪花に頼られたい!」
「こういうのは言ったもの勝ちだよ」

 俺はまだまだこの修二叔父さんには勝てないらしい。
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