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「シェインク、どうしちゃったって言うの? あたし達はこんなにも愛し合ってるっていうのに、どうしてその女の味方をするのよ!」
「それは……」

 シェインク様が言い淀みます。
 それにしても、ストロベリー様は気が付いていないようですが、既にコッチ様は騒ぎの中心から少しだけ離れた位置に移動済みです。
 傍にいれば、駆け寄ってストロベリー様を抱き起すぐらいしてもおかしくはない関係ですものね。
 シェインク様に捨てられるように床に投げつけられたことがショックで、その事まで気が向いていないのでしょう。

「それはなによ! あたしに対してこんな仕打ちをして、ただで済むと思ってるの? あたしはシェインクの正式な婚約者なのよ!」

 いえ、そのシェインク様がストロベリー様を床に放り捨てたのですけれどもね。

「ストロベリー、君は変わってしまった。俺の愛はもうストロベリーにはない、俺の愛はこのメルにあるんだ!」
「なっ、何を言っているの。やっと正式な婚約者になれたばっかりなのよ? あんなに愛してるって言ってくれてたじゃないの!」
「もうストロベリーのわがままに付き合うのはうんざりなんだ! 王族教育で忙しい時は俺を放って置くくせに、自分の都合のいい時だけ俺の所に来る。最近ではその王族教育までサボって浮気をしていたじゃないか!」
「だから、それは誤解だって言ったじゃない! どうしてわかってくれないの!」
「婚約者がいる身でありながら、婚約者以外の男と二人っきりで長い時間を過ごしていたことは事実だろう!」
「なによ、それはシェインクが先に、その女と浮気をしたせいじゃない! あたしが学園でどんな惨めな思いをしたか、理解しないシェインクが悪いのよ!」
「だ、だから浮気なんかじゃないと言っていただろう! 俺はただ不慣れな転入生の世話をしていたにすぎない」
「キスしたくせに」
「何?」
「二人っきりで隠れてキスしてたくせに、何が浮気してないよ! ふざけないで!」
「な、何で知って」

 馬鹿ですか? 自白してどうするんですか。
 シェインク様の自白に、ストロベリー様が目に涙を浮かべて、さらに叫びます。

「聞いちゃったからよ! ことあるごとにシェインクの浮気の目撃情報を教えてくる令嬢達から逃げていた時に偶然にね! シェインクはモカ様と婚約してた時にも、あたしにキスしてくれたわよね。あたしはファーストキスを捧げたのに、シェインクはその責任すら取ってくれないって言うの!?」
「そ、それは……」

 あらまあ、そうなのですか。
まあそうなんじゃないかとは思っていましたけれども、わたくしと婚約していた時に、既にストロベリー様とキスをしていらっしゃったのですか。
 まあ、わたくしとはそんな甘い関係ではございませんでしたし、キスなんてそれこそ結婚式でする誓いのキスがファーストキスになるのではないかというような、関係でしたものね。

「俺だってファーストキスはストロベリーだ!」
「シェインクのキスってそんなに軽いものなの? 一度しちゃったら、次から次へとしちゃえるものなの!?」
「そんなわけないだろう。俺だって愛する人以外にはキスなんかしない!」
「じゃあやっぱり浮気してたんじゃないの!」

 まあ、ストロベリー様の言葉と、シェインク様の反応を見ると、そうなりますわよね。
 そもそも、シェインク様の方に先に仕掛けておきましたし、落ちる順番はシェインク様が先ですわよね。

「だ、だからってストロベリーも浮気していいっていうことにはならないだろう!」
「だから浮気なんかじゃないって言ってるでしょう! コッチ様はあたしの悩みを聞いてくれてただけよ! 他に誰にも話せなかったんだもの!」

 それって、暗にお友達が居ないって言ってるような物ですわよ、ストロベリー様。
 まあ、入学してからずっとシェインク様の傍に侍って、女友達を作るということを怠っておりましたものね。

「本当にそれだけか? なんで俺に相談しなかったんだ? そのコッチとかいう男爵子息に想うところがあったから、そいつの所に通い詰めたんだろう!」
「シェインクの浮気の愚痴を、シェインクに言えって言うの!?」

 愚痴ではなく、浮気を止めるように言うぐらいは出来たと思いますけれども。まあ、その頃には、シェインク様は完全にメルさんに堕ちておりましたので、聞く耳もたずでしたでしょうけれど。

「それは……。そ、そうだ。浮気だけじゃない! ストロベリーはメルの事を虐めていただろう! 証人が何人もいるんだぞ」
「っ! そ、それは。その女が生意気なことをしてたから仕方がなかったのよ!」

 ストロベリー様も、人気のないところで虐めをすればまだシェインク様のお耳に入るのは遅れたでしょうに、よりにもよって多くの人が見ている前で堂々と、メルさんを転ばせたりしていたようですものね。
 こちらとしては工作をしなくて済んで手間が減りましたけれども……。

「暴力に仕方がないも何もないだろう! さっきもあんなにメルに暴力を振るっていた!」
「だから、それはその女が悪いからだって言ってるじゃない! どうしてわかってくれないのよ!」
「わかるものか、愛する人に手を上げられたんだぞ!」
「なっ……、シェインクの愛する人はあたしでしょう。何を言ってるの」

 ストロベリー様の声が震えておりますわね。

「もういい、いい機会だこの場で言わせてもらう。ストロベリー、君との婚約を破棄して、俺は新たにこのメルと婚約をする!」

 あらまあ。流石は前科持ちですわね。けれども、ある意味内輪の席であった私との婚約祝いのパーティーとは違って、ここは国王陛下の即位十周年を祝う正式な夜会ですのにねえ。
 一応、こうなるであろうことは事前に国王陛下には伝えておいてはいましたが、こうもうまくいきますと、拍子抜けですわ。

「そろそろか?」
「そうですわねぇ、そろそろわたくしも喜劇に登場致しましょうか」

 わたくしは魔法で染め上げていた髪の色を元に戻しますと、ヒート様の傍を離れ、ゆっくりとシェインク様達の方へ向かっていきます。
 わたくしが一歩足を進めれば、人垣が割れ、おのずと道が出来ていきます。
 そうしてシェインク様達の下へ辿り着き、この場にそぐわないほど優雅にカーテシーをいたしましてから、口を開きます。

「お久しぶりですわね、シェインク様、ストロベリー様」
「モカ、どうしてここに」
「モカ様? え、なんでいるの?」

 わたくしの登場にお二人に動揺が走っているようですわね。
 周囲の貴族の方々も、何故今頃わたくしが姿を現したのか、と疑問に思っていらっしゃるようでございます。

「わたくし、今はとある方の専属薬師をしておりまして、今宵はその方のパートナーとして参りましたの。それにしても驚きましたわ。シェインク様、これではまるでわたくしとの婚約破棄の再現のようではございませんか。いいえ、もっとひどいかもしれませんわね。私とシェインク様の間にあったのは所詮は親愛程度、恋人同士のような恋愛感情はございませんでしたものね」

 わたくしは風魔法を使って、わたくしの声が会場全体に届くように操作を致します。

「それなのに、わたくしとの婚約破棄の時に、はっきりと愛していると主張なさったストロベリー様をこのように、あっさりと捨ててしまうなんて、人としての性質を疑われてしまいますわよ? 本当に今思えば、シェインク様にあの時婚約破棄をされてよかったと思ってしまいますわ」
「なっ」
「まあ、わたくしは側室が何人いてもいいと思っている方でしたけれども、ストロベリー様はそうではありませんものねえ。新しく愛する方が出来たら、古い方は捨ててしまわなければなりませんわよね」
「そ、そんな言い方をしなくってもいいじゃないか」
「あら、ごめんあそばせ。でも、事実でございましょう?」

 わたくしは頬に手を当てて困ったように首を傾げます。

「それで、シェインク様。わたくしに新しくシェインク様のお心を奪っていった方をご紹介いただけますか? どこにいらっしゃるのでしょうか?」
「「え?」」

 わたくしの言葉に、シェインク様は先ほどまで腕の中に居たはずのメルさんを探しますが、メルさんはわたくしが登場したタイミング、つまり会場にいらっしゃる方の視線がすべて私に集まった瞬間に、この場から離脱なさいました。
 腕の中に居た存在が居なくなったことに気が付けないほど、このタイミングでのわたくしの登場はシェインク様にとってショッキングな事だったようですわね。

「メル様、でしたかしら? どこにいらっしゃいますの? それとストロベリー様、いい加減床に座り込まずに、お立ちになっては如何? 見苦しいですわよ」
「なっ」
「こういう時手を貸してくださる方はいらっしゃらないのですか?」
「え、あ、……コッチ様、どこ?」

 ストロベリー様は未だに座り込んだまま、キョロキョロと周囲を見渡します。

「コッチ様というのは、シェインク様曰く、ストロベリー様の浮気相手ですわよね。おかしいですわね、お互いに浮気していたはずですのに、そのお相手がいらっしゃらないなんて」

 わたくしはそう言うと、上品に「ふふふ」と笑います。

「でも、シェインク様、ストロベリー様、今日はバルサミコ王国の現国王陛下の就任十周年の祝いの夜会ですのよ? その夜会に泥を塗るなんて、何をお考えになっておりますの? 今日は他国からも多くのお客様がお見えになっておりますのに。いくら王太子になる見込みのない第一王子とはいえ、王族に変わりはないのですから、少しは国王陛下のご心労を考えてはいかがですか?」
「な、なぜ俺が王太子になれる見込みがないなどと言うんだ」
「あら、だってそもそもシェインク様が王太子になる条件はわたくしとの結婚でございましたでしょう? それを破棄して、元男爵令嬢を無理に伯爵家の養女にして婚約したのですから、必然的に、王太子の座からは一番遠のいたと考えるのが普通でございましょう?」
「そんなの、このあたしが立派に王族教育を受けてシェインクを支えればいいだけの話じゃない」

 ストロベリー様が話に入ってきましたが、貴女は今さっきシェインク様から婚約破棄されたことをお忘れですの?

「あらまあ、何を仰っておいでですのストロベリー様。貴女は先ほどシェインク様から婚約破棄を言い渡されたではありませんか。このような場での、王族の発言を撤回することなど出来ませんわよ?」
「っ!」

 わたくしの登場ですっかり頭から抜けておりましたのね。

「なにはともあれ、お話し合いの場を設けてはいかが? このままこの場に居ても何の解決にもなりませんでしょう? シェインク様、ストロベリー様、とりあえず場を移して話し合いましょう。どうぞわたくしについていらして?」

 わたくしはストロベリー様に向かって手を差し出します。
 ストロベリー様はその手を取り、やっと立ち上がってくださいました。

「シェインク様、参りますわよ」
「あ、ああ」

 わたくしはストロベリー様の手を引きながら、後ろからシェインク様が付いてきているのを気配で感じながら一歩ずつ確実に、ゆっくりと歩いていきます。
 人垣が割れ、道が出来ていくのを確認しながら、途中国王陛下にアイコンタクトを送って、夜会の会場を後にいたしました。
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