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007 朝のルーティーンです

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 随分と懐かしい夢を見ましたが、あのころの夢を見るのは別に今回が初めてではございませんので、特に気にはしておりません。
 あのあと、保護者枠で参加していたお父様達が恐ろしかったですわよね。
 青い顔をしているディクリさんのご両親に淡々と婚約破棄を受け入れた事と、やはりお貸ししていたおお金と魔道具の速やかな返却を通達しておりました。
 まあ、ディクリさんを勘当するから恩情をかけて欲しいという言葉に、金銭の返却だけは一年待って差し上げたようですけれどね。
 わたくしが大学に在学中にディクリさんは魔法使いギルドに登録して、魔法使いとしてパーティーなどに入る予定だったようなのですが、わたくしとの婚約破棄については思ったより話が広まっていたようで、良質なパーティーには恵まれず、単発の相性が悪いパーティーと組むことがほとんどだったそうです。
 稼ぎに関してもそのせいで潤沢とはいえず、子供を妊娠中のマリーアさんとは喧嘩が絶えず、細々と平民街にある集合住宅で暮らしているのだそうですが、ディクリさんだけの稼ぎでは思うように暮らしていくことが出来ず、マリーアさんは自分の魔力を売って自分のお小遣いにしているのだそうですわ。
 今もそうなのかはわかりませんけどね。
 そして、生まれてきた子供なのですが、男の子で魔力持ちではありましたが、魔力に変化が現れるという五歳の誕生日に魔力が膨れ上がり……ということはなく、魔力量に変わりはなく、聖人にスカウトされることもなかったそうです。
 両親ともに五歳から聖人・聖女でしたので、完全に自分の子供も聖人にスカウトされると思っていた二人には大きな誤算だったようです。
 聖女や聖人になれば、供給する魔力量によってお給料がもらえますものね。
 でも不思議なのですよね、AB型のマリーアさんとA型のディクリさんのお子さんの血液型、O型らしいのですけど、どうしてでしょうね。
 まあ、わたくしには関係のない事ですわ。
 さて、っと言った感じにわたくしは起き上がりまして、ベッドから出るとシャッと寝室のカーテンを開け、その後五分間ほど軽くストレッチをしてから、ワードローブのところに行きまして着替えを始めます。
 レースカーテンも魔道具でございまして、こちらからは外の様子が見えますし、日差しも透過するのですが、外から中の様子は見ることが出来ない物になっております。
 そうそう、わたくしは夜着は着ますけれど下着は付けずに眠る派なので、ここで下着も付けますわ。
 実家にいた時ほど締め付けが強いコルセットを着用しなくてもいいのがいいですわね。
 一人でも着用できるコルセットになりますと、どうしてもこうなってしまうのでしょうけど。
 生憎、わたくしの操る人形は細かい作業には向いていませんのよね、それなりにものを持つという事は出来ますけど、指先がないので、その他はお察しくださいませ。
 そもそも、物をつかむこと自体、魔法で行える不思議現象なのですから。
 こうして自分で全部着替えることが出来るようになったのも、大学に入ってからでしたわね。
 初めの一年は念のためメイドを伴っていましたが、研究室に籠る事も多くなってきましたし、メイドから衣類の着用方法を聞いたり、ドレスをどんどん簡素なものに変えていったりしましたので、大学を卒業するころには着替えに関しては一人で行うことが出来るようになっておりました。
 まあ、だんだんドレスが簡素なものになっていくわたくしを馬鹿にしたような目もありましたが、真に魔法の研究を行っている方々は、「それが当然」と言うような目で見ていらっしゃいましたわね。
 まったく、魔法大学は遊びの場ではなく、より魔法を追及して学ぶべき機関だというのに、人の上げ足を取って笑い話にするぐらいなら真面目に研究なさればよろしいのにね。
 あ、ディクリさんはやはり魔法大学に通う事は出来ませんでした。
 入学金も払う前でしたので、我が家からは支援しませんでしたし、入学金の支払いがないという事で入学そのものが取り消しになったようです。
 ディクリさんは二等技能貴族(伯爵家ぐらいの地位)の出身で、その魔力量はなかなかの物でしたので、聖人となり回復や防御、補助系の魔法を学び、魔法大学で専門的な魔法を学び、いずれわたくしに遜色のない魔法使いになるのではないかと期待されていてのわたくしとの婚約だったのですけどね。
 まあ、二等技能貴族とはいえ、トリングイ家がそれなりに魔法使いを輩出する家でしたので、資金面で途絶えさせない為という我が家からの恩情もあったのですが、見事に飼い犬に手を噛まれたという感じですわ。
 ディクリさんはご自分の家がわたくしの実家に支援されているという事は理解していたようなのですが、わたくしを悪役にする事でそれを全て水に流して、今後も支援を続けてもらう予定だったのかもしれませんわね。
 浅はかですわよねえ。
 着替えが済みましたら、洗濯場に夜着を持ってきまして、昨日の分の衣類と一緒に洗うように人形に指示を出します。
 え、人形が洗いものをして大丈夫かって?
 大丈夫ですわ、洗濯用の魔道具がございましてね、蓋のついた箱の中には水道からホースが繋がっておりまして、そこから水が供給されるようになっておりますし、衣類を入れて洗剤を入れてスイッチを押すと自動で洗濯が開始されるんです。
 なので、人形がする事と言えば、コルセットなど型崩れがする物をネットに入れて魔道具の中に入れるというぐらいでしょうか?
 洗濯用の魔道具で洗濯が終わりますと、併設されている乾燥用の魔道具に移してもらうのもしてもらっておりますわよ。
 あ、乾燥まで終わったらわたくしに知らせに来ていただくことになっております。
 洗濯をしている間は、わたくしは朝食作りに取り掛かります。
 多少料理が出来ますし、商人ギルドからレシピ本を購入しているとはいえ、まだまだ素人でございますので、簡単なものになってしまいます。
 下ごしらえとして、キッチンにある保冷庫から卵一個とジャガイモの袋を取り出してその中から二個ジャガイモを取り出して袋を元に戻します。
 ジャガイモは水で泥を丁寧に洗い落として、皮をむいて食べやすい大きさに切っておきます。
 スキレットを取り出しましてオリーブオイルを引きます、そこに食べやすい大きさに切ったソーセージを入れて炒め、ジャガイモと水を入れて柔らかくなるまで煮込みます。
 煮込んでいる間、もう一つスキレットを出して、オリーブオイルを引いて卵を割って目玉焼きを作ります。
 料理を始めた時はこの卵を割るというのが上手くできなくて、何度失敗したことかわかりませんわ。
 クリスさん達なんて、片手で卵が割れますのに、わたくしはいまだに両手でないと割れませんしね。
 二つのスキレットの中身を塩コショウで味を調えて、キッチンの棚の中からパンを取り出します。
 パンは昼食前に魔道具で三食分の食パンを作ります。
 食パン以外のパンを食べたいときも昼食前に作るのですが、ちょっと大変なのであまりしませんわね。
 パン作りが得意な家の方に分けていただくこともありますよ。
 他国では米を主食としている国もあるそうですが、この村ではパンが主食となっております。
 スープは昨晩の残りの具沢山のミネストローネでございます。
 お昼に三食分のスープを作るのがほとんどですわね、なんせ一人暮らしのものですから、一食分のスープを作る方が面倒なのですよ。
 スープを温めているうちに卵もいい感じに焼けましたし、ソーセージハッシュも出来上がったようですので仕上げにパセリをかけて軽く混ぜます。
 出来上がったものをそれぞれを器に見目好く盛り付けていきまして、トレイに乗せてキッチンにある二人掛けのダイニングテーブルに置いて、片方の椅子に座って「いただきます」と胸の前で手を組んで言います。
 実は、ここに来るまでは神に祈りをささげる長いお祈りをしていたのですが、とある国の勇者さんが「いただきます」と言う言葉と、その意味を教えてくださってからはこちらを使うようにしております。
 食への感謝、食に携わってくださった方への感謝、そしてなにより、命を頂き、自らの命にさせて頂きます、という意味をこの短い言葉に込めることが出来るのは素晴らしい事だと思うのです。
 もともと、神への感謝の言葉だって、食事を与えてくださったことへの感謝だったのですから、神への感謝を蔑にしているわけではありませんわよね。
 食に携わった方への感謝も含まれているのですから、もちろん神への感謝も含まれておりますわ。
 一人ですので食事を黙っていただいて、食べ終わって残りのスープを飲み干すと、食器をトレイに乗せてキッチンのシンクでお皿を洗います。
 洗剤が切れそうですわね、予備がありますので大丈夫ですが、後程商人ギルドに注文をしておきましょう。
 食事が終わったところで、わたくしは食後のティータイムを楽しみます。
 本日の紅茶はダージリンでございます。
 ストレートでいただきますわ。
 いつもの手順で紅茶を淹れて、ダイニングテーブルでのんびりとお茶をしていますと、人形がやって来まして、洗濯が終わったことを教えてくれます。
 ものによってはしわを伸ばしたり、わざとつけるためにアイロンをかける衣類がございますので、わたくしは残りの紅茶を飲み干して茶器をシンクでお湯につけておいてから、人形について洗濯場に向かいます。
 そこでは既にもう一体の人形が衣類をハンガーにかけていっております。
 わたくしは洗濯場に置いてある魔道具のアイロンを取り出して魔力を込めて熱が出たことを確認してから、アイロンがけが必要な衣類にアイロンをかけていきます。
 このアイロンは、ハンガーにかけたままの状態でも上からなぞるようにするだけでしわが取れたり、逆にしわをつけたいところにしわをつけることが出来る優れものの魔道具なんですよ。
 すぐに仕上がりますし、本当に便利ですわよねえ。 
 実家にいた時は出来上がった物しか見たことがありませんでしたから、こうして自分で作業を行いますと、改めて実家の使用人達の影ながらの努力がわかって尊敬してしまいますわ。
 アイロンがけが終わると、終わった物から人形達がワードローブに衣類を運んでいきます。
 細かい作業は出来ませんが、ハンガーをもって運んで、ワードローブに仕舞うぐらいの事は出来ますわよ。
 ボタンをかけるとか、リボンを結ぶなどという仕事は出来ませんけれどもね。
 実は、わたくしが独り立ちすると決めた際に、実家からはもっと細かい作業が出来る、それこそ等身大のメイドのような人形を準備してはどうかと言われたのですが、断りましたわ。
 この人形はわたくしが魔力過剰症を羅漢した時からのつきあいでございますもの、壊れているわけではないので手放すのは惜しいですわ。
 この人形だって、出すところに出せば国の重要文化財になるぐらいの代物でございまして、施された魔法に関しては本当に複雑なものがございます。
 それに、汚れないような魔法や、水にも耐性がある魔法がかけられておりまして、腕や足が取れてしまっても、くっつけてしばらくすれば元に戻るのだとか。
 まあ、取れた部分が無くなってしまったら、メンテナンスという事で魔法ギルド本部の魔道具師さんに修繕依頼を出さないといけないのですけれどもね。
 今までそういったことがないのが救いですわ。
 アイロンがけが終わって最後の衣類を人形がワードローブに仕舞ったのを確認して、わたくしはキッチンに戻るとお湯につけておいた茶器を洗います。
 水気を取って布巾で拭いてから棚に戻しまして、わたくしは「ほぅ」と息を吐き出しました。
 キッチンから見えるダイニングにある時計を確認しましたら九時半を指しておりましたので、わたくしは買い物かごをもって食料の買い出しに出ることに致しました。
 ベリー商店の方の扉ではなく、住居の方の扉からの外出になりまして、人形二体を連れてわたくしはのんびりと村の中を歩き始めます。
 根野菜が少なくなってきましたので、各家に行って野菜を購入して、紅茶用のミルクとチーズを買い足すためにコスタンさんのところに行く必要もありますわね。
 あ、卵も先ほど使ったもので終わりでしたので買い足しておかないといけませんわね、ライナスさんの所にもよりましょう。
 実家にいた時はこのように食材を買いに行くという事はもちろんありませんでしたし、衣類や装飾品、他の家具も相手方が売りに来るのを大広間で検分するばかりでしたから、魔法大学に通い始めて、メイドに買い物の仕方を教わったりしたことは今では懐かしい思い出ですわ。
 メイドは最初はわたくしが買い物に行くことを嫌がっておりましたが、いずれ自立するのだから教えて欲しいと一週間ほどお願いし続けて渋々納得していただきました。
 それもあって、わたくしが魔法大学に通い、その後は自立したいと家族に行ったとき、等身大のメイドのような人形を勧められたのですよね。
 家事や買い物などをその人形が出来るようにと。
 先ほども言ったように断りましたけれどね。

「ティナ様~♡」
「あら、ヘルーガさん。おはようございます。皆様も、おそろいでこれから不滅のダンジョンに向かわれるのですか?」
「そうですわよ。本当はもっと早い時間に出立する予定だったんですけれどね、マルウィンが動けなくて回復魔法をかけておりましたの」
「あら、怪我でもなさいましたの?」
「過度の筋肉疲労と腰痛ですわ。傷はしいてあげるなら噛み痕でしょうか」
「なるほど」

 つまり、マルウィン君はパーティーメンバーのどなたかとそう言う関係にあり、ネコであると。
 そう言うパーティーも無いわけではありませんし、驚きはしませんが、女性がパーティーに居るのにそのような関係になるというのも珍しい、と思いましたが、居るのがヘルーガさんとビーチェでしたわね。
 もしや、マルウィン君は盗賊さんと拳士さんのお二人の相手をしているのでしょうか? そうだとしたら大変ですわね。
 でもまあ、ハックルさんの宿屋は各部屋の防音がしっかりしておりますので、中で何をしても声が漏れるという事はありませんわ。
 用事がある時は部屋の横にあるチャイムを鳴らしてお知らせすることになっております。

「まあ、本人たちがいいのならよろしいのですけれどね」
「年長者は大変ですわね」
「まったくですわ」
「ティナ様、今日もがんばって生還しますからね!」
「はい、頑張ってくださいね」
「いってきまーす!」

 ビーチェ達を見送ってわたくしは各家を回って買い物を済ませ我が家に帰った頃には十一時になっておりました。
 さて、そろそろ昼食の準備をいたしましょうか。
 その間、人形達には各部屋の掃除やベッドメイクをさせておりますのよ。
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