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017 あけましておめでとうございます

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 冬に入り月日が経ち、新年を迎えても我がベリー商店不滅のダンジョン前村支店は通常運転でございます。
 新年のお祝いは、少しだけ豪華な昼食を頂くだけに致しました。
 なんせ一人暮らしでございますし、一緒に祝おうかと思っていたビーチェ達は新年早々というか、新年だからこそ気持ちを新たに不滅のダンジョンを攻略するのだと、朝から不滅のダンジョンに行くのだと言われてしまっておりますので、本当にちょっとした贅沢なだけでございました。
 実家に居た時は盛大に祝ったものですし、大学に通っていた時も校内を上げてのパーティーが開かれておりましたけれど、一人暮らしなんてこのようなものですわよね。
 収穫祭でしたら子供達がお菓子を貰いに村の中を練り歩きますが、新年は特にそういう事もございませんものね。
 そんな事を考えてまったりと紅茶を飲んでいると、チリン、とベルが鳴りお店の扉が開きました。

「いらっしゃいませ」
「よう、店主さん。年越しダンジョンはいいぞ、気分が上がるってもんだ」
「相変わらずダンジョン大好きですわね、ハリーさん」
「そりゃそうだ。いままで攻略したどのダンジョンよりも手ごわくて、細部までこだわって作られてるんだぞ。聞いてくれよ、七階層は森が広がっていてな、空があるんだ。今はその森を隅から隅まで攻略中だ」
「それはすごいですわね」
「いやぁ、あれにはビビったな。何度も通っても本当に地下なのかって疑っちまう。魔物も強いし、腕が鳴るってもんだぜ」
「勇者御一行の方々がご活躍いただきますと、こちらとしても儲かりますのでありがたいですわ」
「うはは、店主さんも言うなぁ。んじゃ、新年一発目の買取依頼と行こうじゃないか。おいリタ、ドロップ品出してくれよ」
「まったく、騒がしいわね。昼間からうるさくしてごめんなさいね店主さん。今回の買取はこれよ。なんか、コカトリスが多くて困っちゃったわ」
「そうでしたか、毒消しや石化回復薬の補充は大丈夫ですか?」
「それもするけど鑑定が先でいいわ」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
「景気いい値段付けてくれよな、店主さん」
「善処しますわ」

 元気のいいハリーさんの声に答えてからわたくしはカウンター奥の部屋に入り、リタさんがアイテムボックスから取り出したアイテムの入った大きな麻袋三つを開封していきます。
 確かに、商人ギルドから依頼されているコカトリス系のドロップ品が多いようですわね。
 いつものように鑑定台に一つずつ乗せていき、表示された金額をメモしていきます。
 そうすると、ふと珍しいドロップ品を見つけてしげしげと眺めてしまいました。

「土のクリスタルですか。七階層に土のエレメントでも出現したのでしょうか?」

 クリスタルはエレメントのドロップ品なのですが、エレメント自体がレアモンスターでございます。
 たいていのエレメントには属性が付いているのですが、稀に無属性のエレメントが出現しまして、無属性のクリスタルは純粋に魔力の貯蔵庫となりますのでとても高額で取引されます。
 商人ギルドが使っているクリスタルもそれでございますわね。
 まあ、今回は土のクリスタルですので、珍しい事は珍しいですが、値段が即時出ないという事は無いでしょう。
 その後も次々と鑑定台に品物を乗せていきましたが、やはり時価が出ないものはないようでございます。
 メモした金額を足して、利益になるように手数料を引いて、と言うようにいつも通りに計算していきますが、本日は新年初のお客様という事で手数料も割引いたしましょう。

「お待たせいたしました。今回は四十四白金貨と十二金貨、八銀貨になります」
「うはっすっげー! やっぱあれ? 土のクリスタルが決めてな感じか?」
「そうですね、内訳はこちらになります」
「……あら? 手数料がいつもより安いんじゃない?」
「新年初のお客様ですので割引させていただきました」
「さっすが店主さん! 話しがわかるぅ!」
「なんだか悪いわね、でも助かるわ」
「いえいえ。今年もどうぞよろしくお願いしますね」
「こっちこそ頼むぜ。この店が俺達勇者一行の生命線だからな」
「そうよねえ、宿屋もないと困るけど、そもそも宿屋に泊まる為の資金はこのお店じゃないと手に入らないものね」
「お役に立てて何よりです。皆様のサポートに心を配らせていただいておりますので、そのお言葉が何よりの褒め言葉ですわ」

 わたくし達が話している横で、残りのお二人が自分の取り分を取り分けて取り出した麻袋に入れています。

「しっかしさ、七階層の守護者が強すぎて笑えるんだわ」
「七階層の守護者ですか」

 スデロさんですわね。

「六階層でも会ったんだけど、見た目が可愛いお嬢ちゃんなのにめちゃくちゃ怪力なんだよなぁ。見た目詐欺だよ見た目詐欺」
「魔族に見た目も何もないでしょ。まあ、私達も七階層まで潜ってよく五体満足でいられるわよね」
「まあなぁ、俺達もここに居て長いけど、その間仲間が死んだり体の一部がぶっ飛ばされて前線撤退した奴らを見てきたからなあ。いつの間にか古参だよな」
「わたくしがここに来る前から滞在していらっしゃいますものね」
「ま、そろそろ年齢を考えて若いもんに譲ろうかと思ってるけどな」
「まあ、そうですの?」
「そうそう。いくら補助魔法があるとはいえね、ただの人間じゃ肉体に限界があるってものなのよ。私達みたいな魔法使いや聖女・聖人はともかく、前衛に出る奴らなんて特に肉体の衰えってバカにできないわよ」
「老いてますます盛んなんざ、一部のやつらだけだっての。こちとら普通の勇者だぜ」

 勇者に選ばれるだけすごいと思いますが、まあ、伝説に名を残すような生涯現役とはなかなかいきませんわよね。
 魔法使いや聖人・聖女は魔力さえあれば活躍できますけれど、前衛に出る方はやはり生涯現役は難しいのでしょうね。
所詮は人間ですもの、老いには勝てませんわ。

「いいよなぁ、魔力系は魔力さえあってボケなければ生涯現役だろう? うっらやましい」
「何言ってんの。ボケた魔力系の末路なんて養護施設というなの魔力吸い上げ機関に放り込まれるのよ」
「そうですわね」
「それも怖い話だよなあ。使いつぶされるってのもゾッとするな」

 現役を引退した魔力系の人間が魔力を売って生活費にするという事も珍しい事ではありませんので、ボケて世話を焼いてもらう代わりに魔力を対価にするというのはある意味理に適ってはいますわね。
 ボケて魔法の暴走をさせる前に魔力を吸い上げるという考えから始まった施設だそうですが、今では王都や街を守護する結界を維持する魔力供給減に使われてますわよね。
 わたくしが愛用している人形も、花の髪飾りも魔力を吸い上げるという点では原理は同じですわね。
 人形は動くことが出来るようになり、花飾りは枯れない花を咲かせ続けますわ。

「って、あんたたちいつの間に自分の分を取ってるのよ。あーもう」

 リタさんはそう言いながら自分の取り分をアイテムボックスから取り出した麻袋に入れてまたアイテムボックスにしまいました。
 ハリーさんも慌てて自分用の麻袋を出すと金貨などを入れます。

「あとは、今回消費したアイテムの補充ね。ちょっと待ってね、どれだけ必要か各自確認するから」
「お勘定はいつも通り個別でよろしいですか?」
「ええ、うちのパーティーは勇者がコレだから金銭管理は各自でするわ」
「コレってひっでーな。細かい計算は向いてねーけど」

 相変わらず仲がよろしいですわね。
 その後、各々が必要なアイテムを注文してくださいましたが、やはりコカトリス対策なのか石化回復薬と毒消しのご注文が多かったですわね。
 イードさんは上層部に出現させると仰ったのですが、上層部には既にアラクネーを出していただいておりますし、クロウラも追加していただきましたので、コカトリスは五階層以下にしていただきました。
 わたくしも戦ったことがありますけれど、石化と毒息が厄介ですのよね、動きも早いですし、あちらの攻撃範囲にうかつに入ると結界魔法を張っていないと継続ダメージが入りますものね。
 わたくしがどうやって倒したかですか?
 コカトリスの攻撃射程外からウォーターボールを放って閉じ込めて結界を張って出ることが出来ないようにして窒息死させましたわ。
 その時は一人で戦いましたので、時間がかかる戦法になってしまったのですよね。
 前衛が居れば前衛が引き付けている間に高火力の魔法をぶつけることが出来るのですけど、一人でしたから仕方がありませんわ。
 無詠唱なんて一部の魔法以外身に着けておりませんもの。
 流石に子供でも簡単に扱えるような魔法でしたら出来ますが、コカトリスを一撃で仕留めるほどの魔法になると、詠唱の簡略化は出来ても、無詠唱とまではいきませんものね。
 わたくしも魔法使いとしてまだまだ精進しなくてはいけないという事なのでしょう。
 ただの商店の店主ですけれどもね。
 そんな事を考えていると、ふとマロウさんが左わき腹を庇っているように見えて首を傾げます。
 パーティーに聖人であるアマンドさんがいる以上怪我の回復をしていないという事は無いと思うのですが、どうしたのでしょうか?
 わたくしは人形をマロウさんに近づけますと、庇っていた部分をぬいぐるみの柔らかな手でポンポンと叩きます。

「お? なんだなんだ?」
「店主、いきなりだな」
「申し訳ありません、マロウさんが先ほどそこを庇っていたように見えましたので」
「問題ない」

 そう言いながらも、マロウさんはぬいぐるみが叩いた左わき腹を押さえます。

「怪我をしているのか?」
「ちょっと打ち付けただけだ、放っておけば治る」
「すぐに言え」
「だがお前、今日はほとんど魔力を使い切っただろう。こんな怪我ぐらいで魔力回復ポーションを飲むなんて勿体ない」
「だがっ」

 ちなみに、魔力は体の中にタンクのようなものがあり、血液を媒体として体の中を巡っていることがほとんどです、それが空になると貧血を起こしたように気絶してしまいます。
 通常はゆっくり休めば魔力は回復していきます。
 わたくしのような魔力過多はそのタンクに魔力が収まりきらずに常に零れているような状態ですわ。
 それにしてもマロウさんがこう言うのですから、アマンドさんは本当に魔力が限界なのかもしれませんわね。
 かといって、打撲のせいで夜中に熱が出てしまったりしますから、ただの打撲だと放っておくのもよろしくないのは事実です。

「わたくしでよければ治療いたしますわよ」
「え! どうしたどうした、店主さん。今日はやけにサービスがいいな」
「もちろん有料でしてよ」
「知ってた」

 わたくしの言葉にハリーさんがカラカラと笑います。

「けれどもお値段は三金貨でよろしいですわよ。魔力回復ポーションを買うよりもずっとお得だと思いますわ。もちろん、今回限りのお値段ですけれど」
「わーってるって。そもそも勇者一行のあれやこれやは基本的に内々で処理するのが慣例だ」
「明日になればアマンドの魔力も回復する、その時にでも回復してもらえば問題はない」
「馬鹿ね、そんな事言って今夜熱が出たらどうするのよ。前だって怪我を黙ってダンジョン探索を続けてぶっ倒れたことがあったでしょっ」

 あらまあ、そのようなことがあったのですか。
 どちらかと言えばアマンドさんの方が大人しいタイプで自分の意見をあまり言わない方だと思ったのですが、そうでもないのでしょうか?

「あれは忘れてくれよ、若かったんだって。この傷は本当に大したことないって」
「店主の治療を受けた方がいい」

 アマンドさんが低くそう言ったので三対一になり、ついにマロウさんは両手を軽く上にあげました。

「わかったよ。ったく、心配性な奴らだな」
「では治療させていただきますね」

 わたくしはカウンターから出ると、マロウさんの傍に行きます。

「患部をお見せください」
「はいよ」

 マロウさんは腹を決めたのか迷うことなく防具を外し、上着を脱ぎ中に来ていたシャツも脱ぎます。

「ちょっと! あんたこれのどこが大したことないっていうのよ!」
「おいおい、店主さんが気づかなかったら今夜は確実に発熱コースだっただろうこれ」

 そこには大きく赤黒い、打ち付けたような痣がございました。
 これはたしかに『大したことない』とは言えませんわね。

「では治療しますわ。治癒の神よ、その御力をお貸し下さい。我が魔力を代償にこの傷の回復にお力をお見せください」

 見た目は派手ですが、本当に痣だけのようですので詠唱呪文も簡単なものですみます。
 まあ、これでも大分簡略化しております。
 本当でしたらもっと長い詠唱になるのですよ、これは聖女時代に鍛えられた結果ですわね。
 わたくしの手からほわりと淡い光が出て来て、マロウさんの体に吸い込まれていきますと、赤黒い痣がみるみる健康そうな肌色に変わっていきます。
 完全に傷が治ったのかマロウさんは体をひねったりして確認して問題ないと頷いてくださいました。

「代金は俺が支払う」
「なんでアマンドが払うんだよ、俺の不注意なんだから俺が払う」
「だが、俺が魔力を残しておけば問題はなかった」
「いいんだよ、お前はいつだって全力で最善を尽くしてんだから、俺が払う」
「だがな、仲間の回復は俺の役目だ。それなのに怪我に気が付けなかったばかりか、魔力不足で治療できずに店主さんの手を煩わせたんだ、俺が払うのはが筋だろう」
「だからな」
「はいはーい、こんな所で喧嘩しないの」
「そうそう、ここは間を取ってリーダーである俺が払う」
「そうよ。こいつに払わせればいいのよ」
「「それこそおかしいだろう」」

 あらまあ、声を揃えるなんて仲がよろしいですわね。

「んじゃまあ、あれだよ、異国で言うお年玉? だったか? あれだと思えよ」
「その文化は大人が子供に小遣いをやるものだろう、俺達はハリーより年上だ」
「細かい事は気にするなって。この分は明日の働きに期待するからな」

 そう言ってハリーさんがわたくしに金貨三枚を渡してきます。

「ありがとうな店主さん。しっかし、店主さんが強いし回復魔法が使えるのはたまに遭遇する魔物の村襲撃で知ってたが、改めて器用だよな」
「聖女出身の魔法使いですからね」
「わたしも聖女から魔法使いに転身したけど、店主さんほど回復魔法はうまくないわよ」
「あら、おほめ頂きありがとうございます」

 聖女といっても魔力を結界を張る宝珠に注ぎ込むことがメインのお仕事ですので、回復魔法は学ぼうと思わなければ実はそんなに学べないのが普通なのですよね。
 わたくしは家のこともありますので魔法に関してはどのような分野でも熱心に学びましたが。
 再度お礼を言ってチリンとベルを鳴らしてお店を出ていったハリーさん達を見送って、カウンターの中に戻ると、魔法で温めたままのカップを手に取り、紅茶をゆっくりと飲んでまったりと時間を過ごすことを再開いたしました。
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