木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

謝罪も出来ない。

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ガヤガヤと騒がしい店内。
窓際のカウンター席に亜樹と並んで座っている。
固定されているタイプの背の高い椅子。
床につかない足をブラつかせ、眼下に見える商店街を行き交う人々を眺めながら半分紙に包まれたハンバーガーに齧り付く。
隣の亜樹はLにサイズアップしたポテトをむしゃむしゃと口に運んでいて。
何となくお互いに言葉を探して黙り込むから空気は良くない。
「なー、咲。知ってた?」
「ん?なぁに?」
最初に声を発したのは亜樹だった。
だけどその言葉を聞くに本題ではなく世間話から入るようだ。
私もとりあえずはそれで良いかと思い先を促す。
「どしたの?」
「森もっちゃんってさ。何年か前にあの好きだった人の結婚式出席したんだって。」
「…へ?」
今最も名前を聞きたくない人物ベスト3に入る者の話題なのに、あまりの驚きで興味が湧いてしまった。
「いやいや待って。森本先生と好きだった人って再会してるの?あのまま終わったんじゃないの?」
「うん。らしいよ。」
「えー。」
それは森本先生的に良い事なのだろうか?
再会は良くても、結局はその人とは始められなかったって事なんだよね?
それで森本先生はどう思ったの?
あまりにも事情を知らないので私はどう感じれば良いのかの判断がつかずにいる。
「何で亜樹がそんな事知ってるの?森本先生に聞いたの?」
「うん。森もっちゃんの好きだった人さ、話聞くとめっちゃ良い奴だったじゃん?そんな人が今どうしてんのかとか、幸せだと良いなとか思って気になって。…あと、まぁ、高校時代に上手くいかなかった人とさ…大人になったらどういう関係になっていくのかとかさ…。」
高校時代に上手くいかなかった人か…。
私達も結果的にそうなるのかな?
亜樹は私との今後を考える参考にしたかったのかもしれない。
当時の森本先生達の関係は今の私達の関係とはかけ離れているけれど、このまま上手くいかなくて私と亜樹が疎遠になったとして、大人になった時にそれをどう捉えていくべきなのか。
森本先生達をモデルケースとして具体的な関係性を知りたかったのだろう。
亜樹もこのままじゃ居られない事は理解してくれているのかもしれない。
「それで何でその人の結婚式に出席する事になったの?いつ再会したの?」
「ああ…。なんか森もっちゃんその人がカウンセラーになれる大学?心理学部?に行こうとしてるのを知って追いかけるつもりで大学受験したんだって。でも何処が第一志望なのかまでは分からなくて地元から通える範囲の心理学部受験して入学したらその人は居なかったんだって。」
森本先生の行動力に驚く。
それだけ好きな人の為に声を上げられなかったあの時の事を後悔していたんだ。
「結局その人に会えないまま大学の4年間は自分と向き合ったんだって。その人を追い掛ける為に選んだ心理学部だけど、勉強してみてカウンセラーになりたいと思った事とか、大人になったらどうしたいのかとか。それで心理の国家資格とる事に決めてその為に必要な大学院への進学を決めたんだって。」
「そうだったんだ…。それだけその人の影響を受けてたんだね。私はそこまで他人に影響を受けた事ないからな…。よっぽどなんだね。」
「俺は…ちょっと分かるけどな。好きな人の存在で進路まで決まるのも。」
亜樹が私を見つめている。
その熱っぽい視線に気圧され私は食べかけのハンバーガーに目を向け誤魔化した。
ふっと息を漏らして笑う気配。
もっと何か言われるかと構えたけれど、亜樹は話題を戻す。
「4年の中頃に好きな人がどこの大学に進んだのかが人伝にやっと分かって。だから転院って言うのかな?地元から出て院はその人のいる大学に入り直して、その時に再会したんだってさ。」
「へー。凄いね。森本先生頑張ったんだね。」
「なー。森もっちゃんは自分の事ストーカーみたいだよねって笑ってたけどな。高校時代があんなんだったから、その人に嫌われているかもとか、そうじゃなくても自分の事覚えてないかもとか色々不安もあったって。だけど会った時のその人は笑顔で挨拶してくれて、ホッとしたしやっぱりまだ好きだって気持ちが盛り上がったんだって。しかもその人がめちゃくちゃ垢抜けててフレンドリーになってて凄く格好良くなってたみたいで。森もっちゃんもオシャレとかメイク頑張るようになったって。」
まるで自分の事みたいに楽しそうな亜樹。
だけど急に曇る表情。
「…でもその人。その時にはもう凄く素敵な恋人がいたんだって。」
「あー、そっか…。」
森本先生から話を聞いた時の事を思い出す。
その人は気遣いの出来る優しくて素敵な人だった。
会っていない4年の間にも高校時代の森本先生のようにきっとその人に救われ、その人の良さに気付いた人がいたという事なのだろう。
悲しいけれど仕方がない。
行動をおこすタイミングも含めて恋愛なんだ。
「その恋人がまた凄く良い人なんだってさ。大学の人じゃなかったみたいで話に聞いたり学校外での仲間内の集まりで何度か会うくらいだったらしいんだけど、優しくて強い人だって直ぐに分かったって。正義感が強くて。もし高校生の時に彼女が同じクラスに居たら真っ先に声を上げて彼の誤解を解いただろうって。そんで疑ってた奴らに謝れって毅然と言ったとも思うって森もっちゃんは感じたんだって。そういう人なんだって。凄くお似合いのカップルなんだってさ。敵わないって思ったんだって。」
複雑だ。
話に聞いたその人が素敵な人に救われて幸せになっていて嬉しい反面。
何年も後悔しながらその人を追い掛けた森本先生がそれを目の当たりにしたんだと思うと切ない。
「それでさ、再会して暫くしてからその人が森もっちゃんに言ったんだって。『高校時代の経験があって出来上がった自分だったから恋人と出会えた。』って。『だから昔の事で気を遣わなくても大丈夫だよ。』って。森もっちゃんが高校時代の話をした訳でもないのに向こうからそう言ってくれたって。優しいよな。でも、だから逆に森もっちゃんは謝る事も告白も出来なくなっちゃったんだけどな。難しいよな。その人はやっぱ良い奴で森もっちゃんに気を遣わせたくなくて言ったんだろうけどさ。森もっちゃんからしたら謝罪もさせて貰えなかったんだからさ。」
「確かに…相手が望んでないのに無理やり謝罪したらそれは自己満足になっちゃうしね…。森本先生何も言えなくなっちゃったんだね。」
「でもさ、それ聞いた時は振られるって分かってるけど、気持ちくらいは伝えてもって俺思ったんだけどさ…。やっぱ謝罪もしてないのに好きなんて言えないよな。謝罪求められてないんだし、多分その人は気持ち伝えても迷惑がったりしないで聞いてくれると思うけどさ。森もっちゃんの立場的に謝れなかったらもう無理じゃん。自分の希望を言うのなんて。俺気持ち分かるよ。」
また熱い視線。
亜樹の言いたい事は分かった。
今度は目を合わせ受けて立つ。
「亜樹も私に謝りたいの?」
「うん。…でも咲は望んでないんだろ?」
「うん。」
「…そうだよなー。」
亜樹は大きく息を吐くとテーブルに頬杖を着いた。
そして横目でこちらを見ながらさっきまでよりも少しラフな感じで話し始める。
「咲?」
「ん?」
「俺、咲に別れたいって言われてから森もちゃんの話聞くまではさ。とにかく誠意見せる為に謝って、それでチャンスが貰えるなら頑張ってまた咲に好きになって貰うってばっかり考えてた。」
「うん。」
「でもそれって咲にまだ頑張らせる事になるんだよな。望んでもない謝罪聞かせて、望んでもない俺の頑張り見せ付けて、そんでまた俺を好きになって欲しいって。傷付けた側が何個ワガママ言うんだって思ったよ。」
「亜樹…。」
見た事のない寂しそうな笑顔。
私の胸も痛む。
ちゃんと話そう。
「私は傷付けられたなんて思ってないよ?」
「うん。分かってる。でも俺は傷付けたって思ってる。無理やり謝ったりはしないけど。」
「…うん。」
こんなにしっかりと向き合ってお互いの本音を話したのは初めての事だ。
山崎先生とのような確信的な理解はないけれど、今までよりも亜樹の心を近くに感じている。
「俺さ。咲の事まだ全然好きだよ?諦める気もないし。だけど咲が好きな人に理解を求めるならさ。また咲に好きになってもらうにはさ。俺咲の事理解しないとだろ?今までと同じだとダメじゃん。そんでさ、これでまた俺が理解したいから話してくれとか、変わるから見ててくれとか言ったらさ、無理やり謝罪押し付けるのと一緒だからさ…」
ツーっと一筋、亜樹の目から涙が流れた。
私は息を飲んでそれを見張る。
泣いている姿なんて初めてだ。
亜樹は「悪ぃ。」と言って手のひらで適当に自分の頬を拭い鼻を啜る。
「ホントは全然嘘。すげぇカッコつけた。ホントはまだ全然別れたくないし、横で頑張る俺を見てて欲しいって思ってる。土下座してでも謝って、理解するから全部話してって言いたい。でもそれじゃ意味無いもんな。」
真っ赤な目。
気丈に振る舞う姿が痛々しかった。
だけど整った顔を必死に繕って、それでも少し歪ませて。
懸命に決意を語る亜樹が今までで一番格好良く見える。
「諦めないけど。また好きになってもらえるように頑張るけど。俺が咲の別れたい気持ち受け入れれるようになる準備するから…。もう少し待っててくれるか?」
私は何て返したら良いのか分からないまま、気付いたらコクコクと頷いていた。
「別れた後も俺は頑張るけど。咲の邪魔にならない距離で…。自己満なんだけど自己満になり過ぎないやり方?そういうの探すから。それは許して欲しい。」
私はまた頷いた。
驚いている。
亜樹が急に変わったから。
強い決意表明なのに、私を気遣って意見を押し付てこない。
あまりの成長スピードに着いていけずに、亜樹の視線が外れた後も私だけ呆然とその横顔を見ていた。
亜樹はザラザラと音をたて、箱に直接口を付けるとポテトを流し込んでいく。
そして空になった箱をトレーに乗せ今度はコーラを飲み干した。
呆気に取られて動かない私に構わず、手をつけていなかったバーガーをバッグに突っ込むと、ゴミだけになったトレー片手に亜樹は立ち上がる。
「じゃあ、俺先に行くな。咲はゆっくり食べな。」
「あ、うん。」
「じゃ。」
爽やかに立ち去って行く。
暫く背中を見送った。
取り残された私は完全に冷えたバーガーをまた食べ始める。
ポテトも摘むけれどモサモサと美味しくない。
それでも無心で食べる。
混乱していてごちゃごちゃの頭の中で、冷静に「これは状況の把握に時間が掛かりそうだ」と分析している自分が居た。
この数日の間に一体亜樹に何があったのだろう?
本当に森本先生と話しただけでこれ程までに成長するものなの?
もしそうなら、亜樹の成長力と森本先生の話を聴く能力を怖いと思った。
この数日、私は何をしていた?
ただ現状を嘆いていただけだ。
苦しくて辛くて。
なんで?なんで?って繰り返して。
その癖真相を知る為に行動する事もしないで。
私が何もしなくても亜樹は変わった。
私のワガママをひたすらに叶えてくれていた山崎先生も何か決意したみたいに私の前から消えて。
森本先生は過去の自分と折り合いを付けながら今を頑張っている。
いや、ちょっと待って欲しい。
気付きたくない事に気付いてしまった。
私だけが何も頑張れていない。
私だけが自分の足で進めていない。
亜樹には偉そうに「謝罪は望んでない」なんて言ったけれど、本当のところ私達はお互い様だった。
亜樹だけが一方的に私を傷付けたわけじゃない。
それなのに上から謝罪拒否だなんて、私は一体何様なんだ。
これでは私の側からの謝罪も出来ないではないか。
私ホント何してんだろ。
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