木曜日のスイッチ

seitennosei

文字の大きさ
36 / 58
木曜日のスイッチ。

痛む胸に最悪の言葉。

しおりを挟む
通りかかった渡り廊下。
窓から中庭を眺めていると一人の女生徒がこちらに向かって歩いてくる。
目を凝らさなくても分かった。
細谷咲だ。
二週間前、夏休み最後の木曜日に美術室で会って以来の姿。
ただ歩いているだけなのに愛おしい。
今日はまた木曜日だ。
もしかしたら彼女はこの下を潜りプール棟へ向かうのかもしれない。
先週俺にすっぽかされたのに、今日も俺に会うために向かってくれるのか…。
今すぐ階段を駆け下り彼女の元に向かいたい衝動に駆られる。
しかしそれだけは出来ないんだ。
森本先生との約束。
もうこれ以上細谷咲にリスクを負わせるわけにはいかない。
予想通り彼女は渡り廊下の下を通過しプール棟の方へ向かって行く。
その背を追うように今度は反対側の窓まで移動しその足取りを見守った。
彼女は今日も俺が来ない事をどう思うのだろう。
傷付くのだろうか。
恨むだろうか。
それとも直ぐに忘れるだろうか。
森本先生の言う通り、相談に乗る事を教師の距離感でやり直すべきなのかもしれない。
そうでなくてもプール棟へはもう行けない事くらいは伝える必要があるだろう。
それでも今彼女を前にしたら俺はどうしても確認したくなってしまうだろう。
細谷咲と俺の気持ちの種類が一致しているのかを。
今日もまた彼女をあんな場所に一人待ちぼうけさせるしかない癖に、痛む胸に手を当てながら小さくなっていく背中を見送った。


放課後の中庭を進む。
ずんずんと風を切り、胸を張って歩く。
先週の木曜日、山崎先生は来なかった。
結局その理由は分かっていない。
そのまま一週間経って今日はまた木曜日だ。
きっと今日も来ないと分かっている。
だけどどうしても私は確かめたい。
私達の時間はもう本当に終わりなのか。
そして噂の真相も。
後は首に残した痕の意味。
山崎先生は少しでも私と同じ気持ちでいてくれていますか?
それがどうしても知りたい。
そうじゃないと前に進めない。
これ以上一人取り残されたくない。
私も亜樹みたいに知るべき事を知って、そして選んで前に進みたい。

鬱蒼とした記念樹に囲まれたプール棟。
鍵は捨ててしまったので扉の前に陣取ると、壁際にリュックを置いてその上に体育座りした。
お尻の下でペンケースかメイクポーチか分からないけれど、何かがガチャっと音をたてている。
ガサツでどう仕様もない自覚はある。
こういう女子力がないところも直していかないとダメなんだろうな。
きっとこんな理由で山崎先生が来なくなったわけじゃないだろうけど、良くない自覚があるのなら直しておいた方が良い。
だけど、もし山崎先生と森本先生が本当に噂通り付き合っているのなら。
そうでなくても付き合いそうな状態なら。
もう今更私に出来ることなんてない。
腕に力を込め膝をグッと抱き寄せ、そこに額をくっつけた。
前に進む為にここまで来たのに嫌な事ばかりが次から次へと思い浮かんで消えてしまいたくなる。
今日こそ山崎先生に来て欲しい様な、真実が苦しいものなら何も知りたくない様な。
自分でも分からない。
「山崎先生…。」
堪らず小さく呟いた。
その時。
「細谷さん…?」
私を呼ぶ声。
だけど顔を上げなくても分かる。
山崎先生の声では無い。
私はのそのそと気怠い速度で顔を上げ応える。
「森本先生…。こんにちは。」
「こんにちは。」
そこには森本先生が立っていた。
どうしてこんな所に森本先生が?
ここに居る言い訳をしないと。
だけどもうどうでも良い気がしてきて言葉を探すのも億劫で。
私は黙って森本先生の顔を見上げていた。
「細谷さん。もう山崎先生は来ないよ。」
「…え?」
どうして森本先生がそれを?
状況の把握が追い付かなかった。
一体何をどこまで知っているのか。
もしかして山崎先生が話したの?
やっぱり2人は…。
ただ呆然と森本先生を見上げ続ける。
「ここで山崎先生に相談に乗ってもらっていたんでしょう?」
「何で…それを?」
「前に細谷さんが親身に相談に乗ってくれるって言っていたのは山崎先生の事だったのね。」
こちらの質問に答えずに好き勝手言う森本先生にわけも分からないまま苛立った。
私は立ち上がる。
「だから何でそれを…」
「ダメだよ。」
強く問い掛けると被せられる否定的な言葉。
優しい森本先生からの初めての否定。
固まってしまう私の目をじっと見て続ける。
「山崎先生の事を思うなら、もうこそこそ2人きりになったりしたらダメ。もしばれたりしたら…大人は失うものが大きいの。まだ細谷さんには分からないかもしれないけど。」
「分かります!」
思わず叫んだ。
「分かっています。そんな事。」
「分かっていないよ。分かっていたらこんなに何度も続けないでしょう?」
言葉に詰まる。
言い返せない。
だって本当は何も分かっていなかった。
私は自分の欲求を満たすことに夢中で、先生との時間が本当に大好きで。
ただそれだけで。
バレるなんて思っていなかった。
バレたらどうなるのかは分かっていたけれど、バレるわけないって思っていた。
森本先生の言う事は正しい。
だけど素直に聞けない。
それは森本先生が大人の正論だけを語るから。
今目の前にいるのは優しくココアを入れてくれた時の森本先生じゃない。
親身に話して亜樹の成長を促せた森本先生じゃない。
いけない事だからダメなんて言い方していても、本当は自分が嫌なだけなんだと思えて仕方ない。
本当はただの嫉妬なんじゃないの?って…。
「山崎先生がここに来ないのは山崎先生の意思ですか?」
「うん…そうだよ。」
「じゃあ、森本先生が来たのは?山崎先生に頼まれたんですか?」
森本先生を睨み付ける。
「森本先生が来たのは誰の意思ですか?」
「私の意思だよ。」
「じゃあ嘘吐きじゃん。カウンセラーは自分の価値観は押し付けないって言ったのに。」
「今私はカウンセラーじゃない。」
「じゃあ、なんなんですか?」
声が震える。
私は怒っていて。
でもそれが何に対してなのか分からない。
仲良くなれたと思っていたのに。
裏切られたような気分に支配されコントロールを失う。
森本先生は初めから山崎先生と私を邪魔したくて私に近付いたのかな?
あの時くれた気遣いとか優しさとか全部嘘なの?
山崎先生だって酷いよ。
急に来なくなって。
何も教えてくれなくて。
解決するまで手伝うって言ってくれていたのに。
山崎先生も嘘吐きだ。
駄々を捏ねたって仕方がないのに、ただ目の前の森本先生に怒りをぶつけてしまう。
「ねぇ、なんなんですか?カウンセラーじゃないってどういう意味ですか?」
「ここには一人の女として来たの。」
何を言っているんだと思った。
意味が分からない。
だけど凄く嫌な予感がして。
次の言葉を聞きたくなくて耳を塞いで逃げようと思ったのに身体が動いてくれない。
森本先生の口が開く。
「私は山崎先生が好き。」
最悪の言葉。
あーあ、聞いちゃった。
もう知らないフリ出来ないじゃん。
真剣な顔で宣言した森本先生を眺め、私はただただ立ち尽くした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...