44 / 58
木曜日のスイッチ。
お裾分け。
しおりを挟む
熱々の缶コーヒー。
カシッとプルタブを立てた瞬間コーヒーの香りが広がる。
「いただきます。立花君。」
「どうぞー。」
雑多な美術準備室で立花亜樹と向かい合う。
傍らには布に包まれた大きなキャンバス。
「コバセンは?」
「今車のシートを調節しているそうです。後ろ倒さないと入らないみたいで…。」
「そっか。俺、コバセンにもザキセンにも感謝してるよ。ありがとう。」
「いえいえ。頑張ったのは立花君ですから。これから運ぶのは小林先生ですし、僕は何も…。コーヒーもいただきましたしね。」
「あはは。ザキセンは本当に腰が低いなー。」
ニカッと爽やかな笑顔で立花亜樹は笑っている。
そして愛おしそうに布の上か自身の絵を撫でると俺を見てきた。
「ザキセン。俺咲と別れたよ。もう結構前の事だけど…。」
「…そうですか。立花君、大丈夫ですか?」
「うん。」
スッキリとした表情。
本当に大丈夫そうだ。
きっと二人の事だからしっかりと話してお互いに納得のいく形に辿り着いたのだろう。
俺の出る幕なんてないな。
「俺はまだ好きだけどね。」
「…そうですか。」
既にそうやって宣言できるくらいに立ち直っているのか。
立花亜樹は本当に強い。
俺なんて…。
案の定木曜日の度にくよくよ後悔している。
もっと別の方法だったら今でも細谷咲と過ごせていたのかもしれないだとか。
そもそも最初にあんな関わり方をしないで遠くから見ているだけにしておけば良かっただとか。
今更どうしようもない事ばかり考えては現状を呪っている。
自分の意思で木曜日の約束を反故にして、自分が選んで細谷咲を傷付けたのに。
俺だけがいつまでもいつまでも吹っ切れない。
「ねぇ、ザキセン?」
「はい。」
「ザキセンと咲って知り合い?」
ヒクッと肩を揺らし心臓が跳ねた。
そしてそのままバクバクと鼓動が走り続ける。
「どうしてですか…?」
「咲ってさ、絵が好きなわけじゃないんだって。」
「え?」
意味が分からなかった。
初めて見た時の横顔が蘇る。
愛おしそうな表情で俺の絵を見つめていたのに。
「絵に興味があるんじゃなくて、ある一人の人の作品しか好きじゃないんだって。俺それ知らなくて油絵描いちゃったんだけど。」
「一人の人?」
「うん。」
また立花亜樹が俺を見た。
真剣な眼差し。
「それザキセンの絵みたいなんだよな。」
「…え?」
「時々スマホで見てる絵はよく分からないけど、咲がよく見てる職員玄関前の絵さ。あれざザキセンの絵だよな?だからもしかして咲の言ってる奴ってザキセンかなって思って…。」
久しぶりに心が踊る。
細谷咲との接触を避けてからは味わっていなかった感覚。
やはり俺は彼女の特別なのだろうか?
だけど今は立花亜樹の前だ。
ニヤけてしまいそうな顔を上手く隠して答えなくては。
「僕が細谷さんの名を知ったのは授業中に小耳に挟んだ立花君の話からですし、彼女が一人の絵にのみ興味を持っているというのも今知りました。僕は細谷さんの事を何も知りません。」
「そっか…。」
嘘は言わないようにした。
その上で立花亜樹を傷付けない言葉を選んだけれど、それが正解なのかは分からない。
「咲今でもよく見てるよ。カレーの絵。」
「カレーの絵?」
「そうカレーの絵だろ?あの職員玄関前の野菜とか描いてあるやつ。」
団欒の事だ。
立花亜樹にはカレーの絵に見えるんだな。
その素直な発想が可愛い。
「俺も好きだよあの絵。皆で旨いカレー作る絵でしょ?最初咲がずっと見てた時は腹減ってるのかと思った。」
「ははは。成程。それが立花君の感性なんですね。」
だから夏休みに描き上げた絵のような作品を作れるんだな。
ハツラツとした明るさが表れていた。
俺にはない感性。
本当に羨ましい。
「俺、他にもザキセンの絵見てみたいな。」
「就活の時に使っていたポートフォリオで良ければ今度持ってきますよ。」
「マジ!?見たい!専門美術系だからザキセンにはこれからも相談乗って欲しい!」
「勿論。」
輝かせた瞳と目が合う。
この数ヶ月で俺が立花亜樹から貰ったモノは大きく尊い。
それはきっとこれから先の俺の人生にとって大きな糧になっていく。
大人になった自分が高校生から教わる事がこんなも沢山あるとは思わなかった。
進路の相談でも何でも、俺の力になれる事があるのなら返していきたい。
絵が引き取られ、少しだけ広くなった美術準備室で一人考える。
今までも真面目に生きてきたけれど、生徒との触れ合いを通じて教師としてのやり甲斐を感じたのは初めてだ。
俺が絵にいて語る時、それを聴きながらワクワクとした顔を見せていた立花亜樹。
俺に自身の想いを吐露している時の必死な顔。
生徒の為に今までの経験から得た知識をお裾分けする感覚。
これからはもっと真剣に自分に出来る事と向き合っていこうかと思った。
カシッとプルタブを立てた瞬間コーヒーの香りが広がる。
「いただきます。立花君。」
「どうぞー。」
雑多な美術準備室で立花亜樹と向かい合う。
傍らには布に包まれた大きなキャンバス。
「コバセンは?」
「今車のシートを調節しているそうです。後ろ倒さないと入らないみたいで…。」
「そっか。俺、コバセンにもザキセンにも感謝してるよ。ありがとう。」
「いえいえ。頑張ったのは立花君ですから。これから運ぶのは小林先生ですし、僕は何も…。コーヒーもいただきましたしね。」
「あはは。ザキセンは本当に腰が低いなー。」
ニカッと爽やかな笑顔で立花亜樹は笑っている。
そして愛おしそうに布の上か自身の絵を撫でると俺を見てきた。
「ザキセン。俺咲と別れたよ。もう結構前の事だけど…。」
「…そうですか。立花君、大丈夫ですか?」
「うん。」
スッキリとした表情。
本当に大丈夫そうだ。
きっと二人の事だからしっかりと話してお互いに納得のいく形に辿り着いたのだろう。
俺の出る幕なんてないな。
「俺はまだ好きだけどね。」
「…そうですか。」
既にそうやって宣言できるくらいに立ち直っているのか。
立花亜樹は本当に強い。
俺なんて…。
案の定木曜日の度にくよくよ後悔している。
もっと別の方法だったら今でも細谷咲と過ごせていたのかもしれないだとか。
そもそも最初にあんな関わり方をしないで遠くから見ているだけにしておけば良かっただとか。
今更どうしようもない事ばかり考えては現状を呪っている。
自分の意思で木曜日の約束を反故にして、自分が選んで細谷咲を傷付けたのに。
俺だけがいつまでもいつまでも吹っ切れない。
「ねぇ、ザキセン?」
「はい。」
「ザキセンと咲って知り合い?」
ヒクッと肩を揺らし心臓が跳ねた。
そしてそのままバクバクと鼓動が走り続ける。
「どうしてですか…?」
「咲ってさ、絵が好きなわけじゃないんだって。」
「え?」
意味が分からなかった。
初めて見た時の横顔が蘇る。
愛おしそうな表情で俺の絵を見つめていたのに。
「絵に興味があるんじゃなくて、ある一人の人の作品しか好きじゃないんだって。俺それ知らなくて油絵描いちゃったんだけど。」
「一人の人?」
「うん。」
また立花亜樹が俺を見た。
真剣な眼差し。
「それザキセンの絵みたいなんだよな。」
「…え?」
「時々スマホで見てる絵はよく分からないけど、咲がよく見てる職員玄関前の絵さ。あれざザキセンの絵だよな?だからもしかして咲の言ってる奴ってザキセンかなって思って…。」
久しぶりに心が踊る。
細谷咲との接触を避けてからは味わっていなかった感覚。
やはり俺は彼女の特別なのだろうか?
だけど今は立花亜樹の前だ。
ニヤけてしまいそうな顔を上手く隠して答えなくては。
「僕が細谷さんの名を知ったのは授業中に小耳に挟んだ立花君の話からですし、彼女が一人の絵にのみ興味を持っているというのも今知りました。僕は細谷さんの事を何も知りません。」
「そっか…。」
嘘は言わないようにした。
その上で立花亜樹を傷付けない言葉を選んだけれど、それが正解なのかは分からない。
「咲今でもよく見てるよ。カレーの絵。」
「カレーの絵?」
「そうカレーの絵だろ?あの職員玄関前の野菜とか描いてあるやつ。」
団欒の事だ。
立花亜樹にはカレーの絵に見えるんだな。
その素直な発想が可愛い。
「俺も好きだよあの絵。皆で旨いカレー作る絵でしょ?最初咲がずっと見てた時は腹減ってるのかと思った。」
「ははは。成程。それが立花君の感性なんですね。」
だから夏休みに描き上げた絵のような作品を作れるんだな。
ハツラツとした明るさが表れていた。
俺にはない感性。
本当に羨ましい。
「俺、他にもザキセンの絵見てみたいな。」
「就活の時に使っていたポートフォリオで良ければ今度持ってきますよ。」
「マジ!?見たい!専門美術系だからザキセンにはこれからも相談乗って欲しい!」
「勿論。」
輝かせた瞳と目が合う。
この数ヶ月で俺が立花亜樹から貰ったモノは大きく尊い。
それはきっとこれから先の俺の人生にとって大きな糧になっていく。
大人になった自分が高校生から教わる事がこんなも沢山あるとは思わなかった。
進路の相談でも何でも、俺の力になれる事があるのなら返していきたい。
絵が引き取られ、少しだけ広くなった美術準備室で一人考える。
今までも真面目に生きてきたけれど、生徒との触れ合いを通じて教師としてのやり甲斐を感じたのは初めてだ。
俺が絵にいて語る時、それを聴きながらワクワクとした顔を見せていた立花亜樹。
俺に自身の想いを吐露している時の必死な顔。
生徒の為に今までの経験から得た知識をお裾分けする感覚。
これからはもっと真剣に自分に出来る事と向き合っていこうかと思った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる