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男の一生
しおりを挟む富士駅。疲れた電車から、無数の人が吐き出されていく。その中に仮屋薗三千代
がいた。丁度終電だった。
美千代は、酔っ払ったおじさんたちを掻き分け、エスカレーターに乗った。彼女
前には、何となく違和感のある人物が乗っていた。そのひとは、男性であること
はすぐにわかったが、とても細いからだをしていた。いや、細いというより、痩
せすぎである。飽食の時代といわれているのに、ここまで痩せた人を、三千代は
見たことはなかった。
彼が、エスカレーターから降りた。そして、人の流れに入ろうとした。
声「う、、、。」
突然、人の流れは止まった。
声「こら!こんなところで止まったら、将棋倒しになるじゃないか!」
おじさんたちがそう叫ぶ。その男性が急に歩くのをやめて蹲ったのだ。
声「こんなとこでよ、たおれられたらたまったもんじゃない!」
おじさんたちは平気な顔をして、再び流れ出した。
三千代「あの、大丈夫ですか?」
男性が三千代の方を見た。顔を見ると、まだ、二十歳前後と思われた。
男性「いえ、、、。何でもありません。立ちくらみしてしまっただけで。」
と、彼は立ち上がろうとするが、踏ん張れないらしく、後へ転んでしまった。み
れば、胸を押さえ、苦しそうにしている。
三千代「よかったら、私の背中に乗ってください。私、医療関係の仕事してます
から、背負うんだったら自信があります。」
背を見せてしゃがむ。男性は、彼女の肩に手をかける。彼女は背負ったが、あま
りにも軽いので、驚いてしまった。
三千代「病院いきましょうか。あ、ごめんなさい、今の時間では、やってない。
じゃあ、救急医療センターに行きますか?」
男性「いえ、構いません。保険証がないので、、、。」
三千代「ご家族は?私お宅までお送りします。」
男性「家族はいないんです。独り者なので。」
三千代「ご住所は?」
男性「はい、大渕です。」
三千代「えっ!そんな遠いところ?」
男性「ええ、後はタクシー呼べばいいだけで。」
三千代「あの、よろしかったら、うちに泊まっていきませんか?私もどうせ一人
だし。性的な関係でもないですから。」
男性「いいんですか?」
三千代「ええ、全然。私も家族はいないし。」
男性「じゃあ。」
三千代「わかりました。じゃあ、私の部屋に来てください。すぐそこですので。」
男性「ありがとうございます。」
三千代「はい。」
といい、道路を歩き始める。三千代の賃貸マンションは、駅から歩いて五分もかか
らなかった。
三千代のマンション
三千代は、彼をソファーに寄りかかるように座らせてやる。
三千代「スープでも作りますか。カップスープだけど。」
と、冷蔵庫から出してきて、お湯をいれ、テーブルの上に置く。自分は買ってきた
コンビニ弁当を食べる。
三千代「ああ、名前を名乗っていませんでしたね。私、仮屋薗三千代です。長った
らしい名前なので、すぐわかるそうです。」
男性「福家忍です。よろしく、、、。」
三千代「福家忍?ああ、そういえば有名な人でそういう人がいましたね。同姓同名
ですか。」
忍「有名人ですか?」
三千代「ええ、クライエントさんから、聞くことがあるんです。福家忍は、歌も上
手いし、綺麗だしって。私も、初めの頃はよく知らなかったけど、最近、この年に
なって、彼の歌の歌詞がやっとわかるようになったんですよ。」
忍「僕が、それですよ。」
三千代「えっ!」
忍「僕が、間違いなく福家忍です。つい最近まで、歌い手の仕事をしていました。」
三千代「ええっ!それではなぜ、そのような姿に?」
忍「まあ、運命ってやつですかね。今は仕方ないんです。もう、あの頃のような夢
はもてないでしょう。」
三千代「そんな!もったいなさ過ぎです!」
忍「だって駅で座り込んでしまうほど、、、。」
三千代「心臓が、お悪いんですか?」
忍「ええ。多分もう、、、。」
三千代「そんなこと言わないで!今は医療だってだんだん良くなって来ているんで
すから!あたしの上司が精神科の医師です。専門ではないけれど、少なくとも、ど
んな風にすれば助かるかとかは、教えてくれるでしょう。明日、行きましょう!」
忍「ありがとうございます、、、。」
三千代「スープが冷めてしまいます。ゆっくり飲んでください。」
忍は、スープを飲み干す。その後、三千代は彼をソファーに寝かせてやる。
森病院
忍と三千代はナースステイションにいる。
忍「どうしてここなんですか?診察室じゃないのに?」
三千代「いいのよ、気にしないで。そうでもしなきゃ見てはくれないわよ。」
声「わあ、遅刻だ!急がないと患者さんが待っている!」
と、同時に駆け足の音がして、勝美が飛び込んでくる。
三千代「朝日先生、ちょっと、お願いしていいかしら。」
勝美「なんだよ、もう。すぐに診察室に行かないと!」
三千代「ええ、まだ一時間あります。先生が一時間間違えているんです。時計を壊
したままにしておくからですよ。」
勝美「(壁の時計を見て)あ、ほんとだ。」
三千代「そんなわけですから、彼をみてあげてください。専門外であることはわか
りますけど、少なくとも私よりは、目利きでしょ、先生は。」
と、忍のほうへ目を向ける。
勝美「はじめまして。朝日勝美です。ご覧の通り左腕がありませんので、片腕先生
と呼ばれています。」
三千代「先生、自己紹介はいいですから、早く彼をみてあげてくださいよ。」
勝美「じゃあ、ちょっと、こっちへ来て下さい。」
と、彼を診察室に連れて行く。
数分後。
勝美「急いで、忍さんを治療室に入れてあげて。本当は循環器内科につれていって
あげたいけど、今日はあそこは休診日だし、大渕へ返したら、途中で倒れるかもし
れない。」
慎一「はあ、精神病じゃない人をそこへ入れるの?」
勝美「だって、他に行くところもなさそうだし、家族もいないようだからさ。それ
にどっかでたおれたらこっちが責任を負わなきゃいけないのもあるよ。」
龍一「そうならそうすればいい。ちゃんと理由があるわけだから。」
そのなかでも、忍は時折苦しそうにあえぐのであった。
あるマンションの一室。検死官が遺体を運んでいく。
久保「被害者の名前は?」
刑事「はい、鈴木安男。56歳です。」
久保「職業は?」
刑事「はい、この部屋の扉を見ればわかりますが、カウンセラーと名乗っているみ
たいですね。」
確かにその部屋の玄関ドアには「カウンセリングルーム都忘れ」と書かれた貼り紙
があった。
久保「被害者は、一人暮らしですか?」
刑事「はい、56にしてまだ未婚だそうで。」
部屋は、2LDKであった。リビングには高級なソファーが置かれ、ここでカウン
セリングでもしていたのだろう。
三田「警視、これはなんですかね。一つの部屋は被害者の寝室です。遺体はここで
発見されたのですが、こっちの部屋は、なんのために作ったんですかね。」
久保も、その部屋に入ってみた。その部屋には小さなピアノが置かれているばかり
か、キーボードやギターなども置かれていた。さらに録音するためのマイク、ミキ
シングするための道具なども置かれていた。
三田「趣味で、親父バンドでも組んでいたのかなあ?」
久保「いや、これだけの大掛かりな録音機材があるのは、親父バンドどころか、も
っと、大掛かりなものでしょう。これらは全てCD録音するためのものです。カウ
ンセリングと並行して、音楽活動をしていたのかもしれません。」
三田「なるほど。警視は何でそんなに詳しいんですか?」
久保「知り合いに歌手をしていた人がいたからです。」
三田「ああ、キャリアはやっぱりこれだ。生活が違いすぎる。」
刑事「警視、こんなものが出てきました。」
と、押入れから一つの箱を出してくる。
久保「開けてみて下さい。」
刑事「はい。」
といい、そのプラスチックの箱を開ける。すると、たくさんのCDが出てくる。
三田「はあ、何だこれは。」
刑事「なんだって、三田さん。見ればわかるでしょ、CDですよ。しかも最近流行
っているものまである。」
三田「へえ、AKBとか?」
刑事「もう、三田さんも世間知らずなんだから。この、河合小百合という少女は、
統合失調症を抱えていながら歌っているという人気歌手ですよ。」
三田「で、なんでそんなのを持っているんです?変体親父か?」
久保「いや、ちがいますね。ここに入っているCDのジャケットを見てください。
全て、「My Dear Dad Yasuo」と、書かれている。つまり、鈴木
は、音楽プロデューサーも兼務していたのでしょう。先ほどの河合小百合さんも、
鈴木がプロデュースしたんでしょう。」
三田「どう、関連があるんだろう。」
久保「それは、これから調べていけばわかります。
三田「はいはい、わかりましたよ。そうすればいいんでしょ、調べれば。」
と、頭をかく。
久保「じゃあ、鈴木に楽曲を提供された歌手の方々をあたってみましょうか。何
か、つかめるかもしれないから。」
刑事たち「はい、わかりました!」
森病院の治療室。
勝美「忍さん、お加減いかがですか?」
忍は、何とか立ち上がろうとするが、それすらできなかった。
勝美「ああ、無理しないでね。今、循環器内科に問い合わせてもらっているから。
やっぱり、こんなところは嫌でしょう?うつ病でもなんでもないのに。」
忍「いえ、終の住みかですから。」
勝美「そんなこと言っちゃだめだ。本当はいくつ?」
忍「二十一ですよ。」
勝美「おお、若いね。その年なら、絶対大丈夫だから。僕の半分も生きてないじゃ
ないの。」
忍「ええ、ありがとうございます。」
看護師「先生、又正面玄関に刑事さんが。」
勝美「又あいつらか。追い出して。」
看護師「それが、忍さんに話をしたいんだそうです。」
勝美「馬鹿、こんな状態の人を警察に会わせるわけには行かないよ。」
忍「僕、行きます。先生には申し訳ないですが、」
勝美「だめだよ、君は。僕が代わりに行ってきてあげる。」
と、正面玄関に向かう。
正面玄関
勝美「だから言ったでしょ、いきなり、こっちにこられても困るんですよ。来るん
だったら、電話でもくれませんかね。」
三田「片腕先生、刑事は暇な職業じゃありませんよ。」
勝美「こっちだって、同じなんですよ。」
久保「すぐに本題に入りましょう。鈴木安男という、カウンセラーの男が殺害され
ました、ご存知ですか。」
勝美「知りませんよそんな人。カウンセラーといえば、クライエントに精神科の事
を否定させる人が多すぎてこまるということは、よくありますけどね。」
久保「ああ、そうかもしれませんね。で、その鈴木安男は、カウンセリングを受け
ている人に、歌手活動をさせて、自信をつけさせる活動をしていたらしいんです。」
勝美「へえ、珍しいかたですな。でも、そのような活動は僕も賛同いたしますよ。
患者さんたちは、みんな、自分に自信がなくてここへ来ますからね。」
久保「で、そのことで先生に質問がありましてね。」
勝美「はい、なんでしょう。心理学的なことなのですかね。」
三田「もう、警視も先生も、変な世間話はしないで、単刀直入に言ってくださいよ。
その、鈴木がプロデュースした歌手の一人に、福家忍という者がいましてね。彼が、
何かの事情を知っているとおもうので、鈴木が死亡した、一昨日の夜12時に、彼
は何をしていたか、教えていただけないでしょうか。警視、こういうふうに質問し
なきゃだめじゃないですか。」
勝美「それはできませんね!それに、その時刻は、彼は富士駅で倒れ、うちのスタ
ッフの家にいました。」
三田「スタッフって誰なんです?」
勝美「ああ、家族相談士の仮屋薗三千代です!」
三田「仮屋薗三千代。えっ!確か息子を殺害して逮捕された女ですよね。そんな女
のことを信用して良いんですか?それに、家族相談士なんて、偽装の資格かもしれ
ませんよ。」
勝美「彼女は、立派に更正しています!家族相談士の資格も、日本家族カウンセリ
ング協会というところが出している、立派な資格です!偽装の資格なんていったら、
協会の会長さんに叱られますよ!心を病んだ人というのは、必ず家族の態度が関わ
っていますから、それを矯正してもらう家族相談士は、精神病院では本当に必要な
スタッフですよ!」
三千代「ごめんなさい、先生。」
勝美「三千代さんは、気にせずに仕事を続けてください!」
三田「おっ、仮屋薗!いつの間にそんな真面目人間になったんだ!あの時は、髪も
金髪だったのに!」
三千代「ええ、刑務所で染めなおしました。私は確かに、息子を殺害した犯罪者で
はありますが、この仕事を選んだのは、息子に許してもらうだけではなく、私のよ
うな、虐待をするお母さんが、一人でも減ってほしいという願いを込めて働いてい
るんです!」
三田「じゃあ、仮屋薗、福家忍をどこへ隠したんだ!」
三千代「ええ、富士駅から私の自宅に連れて行きました。あまりにも衰弱していた
ので、カップスープをのませ、休ませてあげて、翌日こちらの森病院に連れてきた
んです。私、車をもっていないので、心臓血管外科に連れて行くことができないか
ら、とりあえず、こちらにいれば何かしら処理をしてもらえると思い、つれてきま
した。彼は、歩くことさえ困難です。そんな人に殺人はできるはずがありません!」
三田「仮屋薗、それを証明できるひとがいないんだろ!」
勝美「はい、三千代さんの判断は間違っていないと思います。彼は専門でない僕が
みたって、重度の心臓病ですよ。家事なんか、とんでもないくらいです。どういう
ことなのか、想像してみて下さいね!」
久保のスマートフォンがなる。
久保「はいはい、、、あ、そうですか。すぐ行きます。ありがとう。三田君、すぐ
に第一藤間踏み切りに行きましょう。」
三田「警視、まだ、証言が得られていないじゃありませんか。」
久保「いえ、第一藤間踏切で、女性が自殺をはかったそうです。僕たちもすぐ行か
ねば。」
三田「でも、今の事件を解決するほうが先ではありませんか!」
久保「もう、福家さんのことは聞き込みできたじゃありませんか。三千代さんは、
逮捕時より確実に成長していますし、朝日先生の証言もありますから、偽証罪では
ないと思いますよ。いきましょう。」
三田「えー。」
久保「行きますよ!」
勝美「ほらほらいった行った!もう、こんなところに居すぎないで、警察の仕事を
やってくださいね!」
久保「わかりました。又来ます。」
と、軽く頭を下げて帰っていく。
三田「もう、警視も仕方ないな、キャリアは本当にお人よしなんだから。」
と、頭をかきながらしぶしぶ出ていく。
三千代「すみませんでした。先生に迷惑かけてしまって。」
勝美「いやいや、もっと自信を持ってください。一生懸命仕事しているんだから、
それだけでも十分な償いになりますよ。息子さん、生きていたら何歳になるんです
か?」
三千代「もうすぐ大人になるのかな。青春真っ盛りですわ。今思うと、本当に申し
訳ないです。もうすこし時間があったら、私、息子のよかったところを探しだすこ
とができたかもしれません。その前に、私が殺してしまうなんて、やっぱり、私は
母親にはなれなかったと思います。」
勝美「ここで働いているんですから、息子さんも安心してみていてくれるんじゃ、
ないでしょうかね。」
三千代「ええ、そう思いたいです。」
勝美「思いたいんじゃなくて、思ってくださいよ。」
三千代「朝日先生は、ほんとに優しい人なんですね。私、ここで働かせていただい
て、本当にありがたいですわ。」
勝美「いやいや、僕が決めることじゃないですよ。じゃあ、仕事に戻りましょう。」
三千代「ええ。」
勝美は、彼女の肩を叩いて、病棟に戻っていく。
病棟。ナースステイションに勝美が戻ってくる。
慎一「おい、勝美、大変だぞ。鈴川高校の教師が、電車に飛び込んで自殺を図った。」
勝美「鈴川高校?ああ、あの名門校か。その教師が、どうなったんだよ。」
慎一「いや、命に別状はないらしいんだが、ここの患者さんでも鈴川の在籍者は結
構いるんだから、もしその教師が入院してくるとなると、大変なことになるじゃな
いか。」
勝美「そうだよな、、、。スパルタ教育で有名だからな。それに耐えられなくて、
ここにきた患者さんは結構いたよね。」
川口「先生、循環器科と交渉ができましたよ。彼を連れて行ってあげてください。」
勝美「ああ、わかったよ。じゃあ、連れて行くか。」
富士中央病院、循環器内科。
医師「何でもっと早くつれてこなかったんです?」
勝美「連れてこなかったって、数日前に知り合ったばかりなんだから、しょうがな
いでしょ。」
医師「ほんとに精神科の先生はのんきですな。彼の心臓をレントゲンで撮ったら、
サッカーボールほどに肥大してました。これが何を意味するのかわかりますか?」
勝美「わかりますかって、、、。」
医師「医者なんだから、もうちょっとしっかりしてください。これでは、バチスタ
か、心臓移植しか道はありません。しかも、彼のご家族は、当の昔になくなってい
る。これでは、どうしようもありませんよ。」
勝美「ええー。」
医師「ええーじゃなくて、本当に先生は人が良すぎなんですね。うちで彼を、預か
ることはできますけど、しっかり責任をもって、ここで放置しないでくださいよ。」
勝美「はい、、、。わかりました、、、。」
と、がっくりと肩を落とす。
喫茶店
慎一「しかたないじゃないか。彼が、そんな重たい心臓病を抱えていたなんて、知
らなかったんだから。」
勝美「お前はいつも、ありふれた励まししかできないよな。」
慎一「できないって、他に何があるんだよ。患者さんのことを全部知ろうとしてみ
ろ、大変すぎてぶっ倒れるよ。」
勝美「そうだけどさ、、、。いつも患者さんは苦しいんだ、もっと、側へ寄ってあ
げて、と言いふらしておきながら、一つの病気を見つけられなかったって、ほんと
に恥ずかしいよ。」
龍一「誰でも失敗はするものだけどね。それをどう受けるかは、人によるけどな。」
勝美「龍一はいいよな、頭もいいし、失敗も何もしないし。」
龍一「でも、僕は歩けないよ。尖がり耳と言われていじめられた事もあっただろ。
ただ、そのお陰で僕は、セラピストになることができたけどね。」
慎一「龍一のそういうところは、すごく憧れるよ。でも、僕にはできないな。」
龍一「じゃあ、できてみろ。できるかできないは自分次第だぞ。まあ、完全にでき
ないとわかるんだったら、やめたほうがいいと思うけどな。」
勝美「なるほどなあ、、、どっちも贅沢だよ。とてもできないよ。」
龍一「日本人は皆そういうよね。そして、嫉妬して虐めに走る。それが一番悪い事
だとおもう。それなら、いじめられる側の人より、さらに偉くなろうと努力すれば
いいと、ジュリアードで習った。」
勝美「やっぱり、アメリカかあ。」
と、茶を一気飲みする。
勝美「酒は飲めないからなあ。つまんない。」
森病院、龍之介のカウンセリング室。
龍之介「そうか、そんなに鈴川高校は悪かったのか。」
女子生徒「はい。でも、皆鈴川高校は名門校だって言って、信じてもらえないので
す。」
龍之介「虐めがあったのはいつからだった?」
女子生徒「はい、英語の弁論大会があった日からです。」
龍之介「すごいね。いじめられたのは、教科書を読み上げたから?」
女子生徒「私の場合は、自分で作文を書いて、それを読み上げる形で出場しました。」
龍之介「小説でも書いたの?」
女子生徒「いえ、翻訳で。」
龍之介「何を?」
女子生徒「竹取物語です。絵本のような、美化した物語ではなく、原作にあった、
人間の汚さを訳そうと思いました。」
龍之介「ああ、確かに、かぐや姫に求婚した五人の男性は、実在のモデルがいたと
考えられているんだよね。」
女子生徒「ええ、あの、策略で彼女を騙そうとした、車持御子が、藤原不比等だっ
た、というのが面白かったんです。そこを上手く翻訳しようと試みました。」
龍之介「ああ、あの、変な政治家と言われていた人ね。それは面白いな。で、結果
はどうだった?」
女子生徒「優勝したんですけど、、、何にも嬉しくありませんでした。」
龍之介「でも、そのときは嬉しかったでしょ?」
女子生徒「はい、そう思ってしまいました。そんないじめられ方をされるとは予想
していませんでしたから。」
龍之介「いやいや、君が悪いわけじゃないさ。寧ろ、竹取物語を翻訳しようという
感性をほめて上げないと、自分がかわいそうだよ。でも、本当に、虐めを止めよう
とした先生はいなかったの?」
女子生徒「一人だけ、、、いたんです。」
龍之介「誰?」
女子生徒「須田真理子先生でした。担任ではなかったんですが、英語の先生で、と
ても頼りになりました。でも、テレビで見たんですけど、須田先生は、自殺してし
まわれたとか。」
龍之介「いや、自殺を図ったことは確かなようだけど、大丈夫みたいだよ。安心し
てね。」
女子生徒「わかりました。良かったです。須田先生には、是非又教師に戻ってもら
いたいです。」
龍之介「それはわからないけど、君は優れた英語の才能があるようだから、お父さ
ん、おかあさんに言って、あまりの虐めがあるのなら、退学しなさい。そして、通
信制の学校とか探して、ゆっくり心の傷を癒したほうがいい。それが一番だよ。」
女子生徒「私にもっと勇気があったら、、、。」
龍之介「いやいや、君を守るんだったら、ご両親も退学したほうが喜ばれるよ。」
女子生徒「そうでしょうか。」
龍之介「もちろんさ。学校心理士は、学校に戻すだけが仕事じゃないんだ。生徒に
あった学校へ導く事も仕事の一つなんだよ。」
女子生徒「でも、須田先生に、ありがとうと、、、。」
龍之介「須田先生は、どんな人物だったの?」
女子生徒「本当に優しかったんです。他の先生は、なんだ、こんな問題もできない
のか、とか言って怒ってました。須田先生は、それを何にも言わないで、一緒に考
えようといって、いろいろ教えてくれたから、私は勉強が楽しくなりました。他の
先生は、私を、進学率を上げるための道具にしようと考えていたようですが、須田
先生は、そんな言葉は、一切口にしなかったんです。それよりも、社会に出て、英
語がしっかり話せるように、というテーマで授業をしてくれたし。私、あんな教師
になれたら、とよく思ったわ。」
龍之介「そうか。素晴らしい先生だね。大人の女性のモデルかな。」
女子生徒「ええ、そう思ってます。」
龍之介「それでは、余計に鈴川高校にいないほうがいいな。ご家族と相談して、ゆ
っくり、考えてみてね。」
女子生徒「はい、わかりました。先生と話せて楽になれましたよ。ありがとうござ
います。」
龍之介「いえいえ、又来てね。」
女子生徒「はい。」
と、カウンセリング室を出て行く。
富士中央病院の中庭
看護師「いいですか、須田さん。精神科では、閉鎖病棟といってね、自分の意思で
外へ出れない病棟に行くのよ。それは、うつ病の治療として必要なことなの。頑張
れる?」
腕に包帯を巻かれた女性、須田真理子は、力なく頷く。たいそうな美人で、どこか
の女優にそっくりな顔をしていた。
看護師「須田さん、聞いてる?」
真理子「ええ、、、。」
看護師「精神科にいったら、しっかり自分と対話してね。自らの命を絶つってこと
は、神様は許してくれないってことを、よく考えるのよ。」
真理子「わかりました。しっかりと罪を償います。」
と、そこへ車いすの音がする。
三千代の声「綺麗でしょう?もう春はそこまで来ているのよ。」
声「来年は、梅の花を見られるのでしょうか。」
それを聞くと、真理子の顔がみるみる変わる。
看護師「どうしたの?」
真理子「忍君!」
と、声のするほうへ走っていく。忍も、その人物が誰なのかすぐわかってしまい、
両手で顔を覆う。
真理子「忍君、あの時は本当に、、、。」
と、車いすにのっている彼の元へ駆け寄るが、
忍「先生とは、お話したくありません!」
と、言い放つ。
真理子「今は、どうして暮しているの?体は大丈夫なの?どうしてそんな姿に?
いま、歩けないの?」
三千代「どういうことですか!あんまり質問しないであげてください。心が動揺
してしまうと、彼はより、悪化する恐れがありますので。」
真理子「御免なさい、私は、彼が鈴川高校にいたときの担任教師で、須田真理子
です。」
三千代「ああ、そういうことですか!じゃあ、忍君に、国公立にいけない人間は
みんな自殺しろといったのは、貴方だったんですか?」
真理子「違います!あれは、ただ私たちが主催した、講座でそういうことを言っ
た講師がいたからです。」
三千代「そうですか。でも、彼のこの、やつれた姿が動かぬ証拠です。貴方たち
は、進学率を上げるために、平気でひどいことをいいふらしていたんだ。そうい
うことじゃないですか!そして、それを外部からきた講師のせいにして、責任を
転化しようなんて、本当にずるいというか、呆れてなりません。彼はもう、これ
といった治療も望めないのです。これを作ったのは誰です?他でもない、貴方だ
ったんですね!」
真理子「御免なさい、許してください!」
三千代「あたしは、森病院の者です。同じようなケースで入院してくる、若い人
が、どんなに多いことでしょう。それを、教師の皆さんは、しっかり知ってほし
いものですね。」
真理子「御免なさい、、、。」
と、幼児のように泣き降らし、手を着いて謝罪する。
忍「三千代さん、もういいです。謝ってほしいなんて何も望みません。ただ、僕
はだめな人間だったということですよ。それに、これ以上生きていられる可能性
もないわけですから。男の一生なんて、そんなものだって、よくわかってますか
ら。」
真理子「御免なさい、、、。」
三千代「あなた、森病院に来るんですってね。そのときに、この病院でいかに貴
方たちのせいで苦しんでいる、患者さんやご家族がいるか、ちゃんと確認してく
ださいね!」
中央病院のカフェ。
三千代の声「貴方たちのせいで苦しんでいる、患者さんやご家族がいるか、ちゃ
んと確認してくださいね!」
中央病院の患者たちが、茶を飲んでいる。
患者「学校ね。一体何をするところになったんだろうな。俺たちのころは、聖地
見たいなところだった。」
患者「あたしは、家が貧しかったから、学校に行けるだけでも幸せだったわ。」
患者「映画みたいだな。ああやって大声を出して、学校の不祥事を暴露するなん
て。」
患者「そうだな。学校どころか、社会そのものが病んでるよ。」
森病院
紘一のカウンセリング室。
紘一「つまり君は、勉強の苦しさを忘れたくて、覚醒剤を買ったんだね。」
患者「はい。そうしないと、勉強がはかどらなくて。」
紘一「でも、だんだん中毒になって、辛くなっていったでしょ。」
患者「成績上げなくちゃいけなかったから。」
紘一「薬以外に、何かきを紛らわせるものはなかった?何でもいいよ、音楽でも、
美術でも。」
患者「はい、福家忍さんの歌でした。」
紘一「福家忍さんの歌?」
患者「ええ。あんまり名の知れない歌手だったかもしれないんですが、声が綺麗
で、彼の歌に励まされていました。彼の「歴史」っていう歌に、こんなフレーズ
があったんです。「大人になっても、歴史から学ぶことはできないよ、だって、
皆同じことしかできないんだから。」って。私、歴史の授業は大好きだったけど、
本当にそうだなあって、心から感じました。まあ、単なる暗記科目ですから、そ
んなこと覚えて馬鹿じゃないか、と、言われるほうが大半だったんですけど、そ
れでも彼の歌は、私の一部になっています。」
紘一「CD化されているの?」
患者「いや、どうでしょうか。動画サイトではよく見ていましたが、、、。」
紘一「なるほど。ありがとう。ちょっと、参考にしてみるよ。」
患者「ありがとうございます。ぜひ、先生も聞いてみてください。涙が出ますよ。」
紘一「なるほどね。」
ナーススイション
勝美「へえ、彼がそんな歌を作っていたのか。」
紘一「そうなんですよ。僕も動画サイトにアクセスして聞いてみましたが、確
かに声質も綺麗だし、朗々と歌い上げています。彼はそこいらにいるアイドル
とは、確かに違う存在だなと、感じましたよ。」
龍之介「僕も今日、ある不登校の中学生の家に訪問にいったのですが、彼女も
福家忍の歌に励まされていると、言っていましたね。」
勝美「へえ、パバロッティ見たいに上手いの?」
龍一「比べるところが違うだろ。」
紘一「いや、近いかもしれない!今クラシカルクロスオーバーという事業が流
行ってますよね。福家忍のミニアルバムが丸ごと投稿されているものがありま
した。オリジナルだけじゃありませんね。イタリア歌曲や、オペラアリアなど
も収録されています。」
龍一「具体的に言うと?」
紘一「はい、ズッケロのミゼレーレは圧巻でした。いや、驚いてしまいました。」
龍一「ああ、あの、オペラ歌手と、ロックシンガーが共演した曲ね。あの曲を
歌うなら相方がいるでしょう。それは誰?」
紘一「相方はいません。彼が声質を超えて歌っているんです。」
龍一「そんなこと、、、。ホーミーでも習っていない限り、無理だろう。」
紘一「この動画が何よりの証拠ですよ。」
と、スマートフォンを取り出し、動画を見せる。
ミゼレーレを歌っている忍の顔。やつれた顔で歌っている。
勝美「すごいな、これは、PVじゃないよね。お客さんも映っているんだから
ね。」
龍一「確かに巻き舌は、まだできていないようだが、イタリア語の発音も正確
だ。」
忍の声「ミゼレーレ、ミゼレーレ、、、。」
勝美「こりゃ、将来大物になるぞ!音大だって一発でいける。いまの時代なら
絶対に!」
龍一「馬鹿!受験に失敗した男に、そんなこというな。又苦しむことになるじゃ
ないか。」
紘一「そうですよ、朝日先生。彼は、高校時代の嫌がらせに耐えられなくて、病
気になったんじゃありませんか。」
勝美「うるさい。もう彼の手術は決まったのかな。」
龍一「又忘れてる。手術できたらとっくに終わってるよ。何の連絡も入ってない
でしょ。ってことはつまり、」
勝美「じゃあ、早めてくれるように電話してくる!」
と、ナースステイションを飛び出してしまう。
龍一「又始まった。勝美の悪い癖。」
紘一「止めれないんですかね。」
龍一「少なくとも僕にはね。」
病院の廊下。勝美が全速力で走っている。と、一人の女性が対向してやってくる。
女性は、売店からの帰りと見られ、持っていたハンドソープを落としてしまう。
急に止まったため、勝美も止まれず、しりもちをつく。
女性「す、すみませんでした。御免なさい!」
勝美「いててて。一体何がおこったの?」
川口「もう、先生、そんなに飛ばさないでくださいよ。この方は新しい患者さん。
須田真理子さんです!」
勝美「すだまりこ?そんな患者さんいたっけ。」
川口「ほんとに忘れっぽいんだから。須田真理子さん。中央病院から、こちらに
移ってこられた方です。」
勝美「そうかそうか、会議の時にそんなはなしが出ましたね。ごめんごめん。僕
が、精神科医の朝日勝美です。まあ、こんな風におっちょこちょいではあります
けど、片腕先生と呼ばれて楽しくやってますよ、よろしくね。」
真理子「本当に御免なさい。」
川口「今、お部屋を案内しようとしたところです。個室を頼みたいと言っておら
れましたので。」
勝美「ああ、なるほどね。僕は別の用事があるから、、、。あれ、何をしようと
したか、思い出せないよ、、、。」
川口「もう、ロケットみたいに突っ込んでくるからですよ。じゃあ、真理子さん、
入院早々、こんなハプニングが起きてごめんなさいね。でも、この朝日先生みた
いな面白い先生がいるわけですから、精神科も結構、明るくなって来てますよ。
お部屋に行きましょう。」
真理子「ちょっと、待ってください。」
川口「どうしたの?」
真理子「あの、先生。」
勝美「はい。」
真理子「ここに、福家忍という男性が入院していませんでしたか?」
川口「あ、とにかくお部屋へ、、、。」
と、いいかけたが、彼女の真剣な表情に驚く。
真理子「先生、教えてください。」
勝美「(頭を振り)確かに、福家忍という男性がこちらにいたのは事実です。しか
し、彼は、、、。もう、戻ってはこないでしょう。」
真理子「と、いうことはつまり、、、。」
勝美「つまり?」
真理子「亡くなるんですね!」
川口「ちょっと、真理子さん、何を根拠に。こんなに医療が進んでいるのだから、
助かる可能性だってあるじゃないですか。ね、悲観するのはやめましょうよ。明
るく行きましょう。」
真理子「いえ、看護師さん、そんな心配は不要です。私、周りの人の言葉とかで、
もうだめだなって、感じ取れるんです。子供の頃から、これはありました。だか
ら、従うことにしているんです。」
勝美「なんという素晴らしい感受性だ。うん、日本女性らしいなあ、、、。」
川口「何をいっているんですか、先生。患者さんに苦痛を与えてどうするのです。
それでは、患者さんが、安心できないじゃありませんか。」
勝美「いや、患者であろうと、誰であろうと、真実を曲げてはいけません。特に
こういう、若い女性に対しては、、、。本来女性というものは、それが持ち味で
もあるわけだから、それを消してはいけない。」
真理子「そうだったんですね、、、。実は私、、、。彼の副担任だったんです。」
勝美「詳しく聞きます。彼は、どんな生徒だったのでしょう。」
真理子「とても、真面目な生徒でした。服装を乱す事も何もしない。きちんと制
服をきて、ネクタイもして、ズボンもはいて、非の打ち所がない生徒でした。そ
れなのに、」
勝美「それなのに?」
真理子「それなのに、他の先生方は、彼のことを気に入りませんでした。」
勝美「なぜ?」
真理子「国公立の大学に行く意思がなかったからです。」
勝美「やれやれ、ほんとに学校ってところは、何のためにあるんですかね。この
パターンで入院している学生を何度見たらいいんだ。それはね、ほっておけばい
いんですよ。国公立に行く行かないは、生徒が決めるもんですよ。それをなんで、
大人が決めるんです?そこから学校というものは間違えるんだ。あーあ、こうい
うパターンの人間を何人見せたら気が済むんだろうなあ。」
真理子「すみません、、、。私、やっぱり、教師には向かないんですね。」
勝美「そうじゃなくて、大事なのは、彼が苦しんでいるのを見つけて、助けてや
ることでしょうが。そんな進学率なんてね、大したもんじゃないですよ。彼のよ
うな、重大な病気にかかる人を少しでも、増やさないでもらいたい。こっちも、
ほんとに困ってるんです。何とかなりませんかね。」
川口「先生、そこまでいっては、、、。」
勝美「うるさい!もう、呆れてしょうがないですよ。そうやってべそべそ泣くの
なら、他の手立てを早く考えるべきです。彼はね、来年は、梅の花を見ることは
多分ないでしょう。」
真理子「(地面に手をついて)もうしわけありませんと、彼に伝えてくれませんか、
お願いします!」
勝美「自分で言ってくださいね!確かに教師が心を病む時代ではありますが、教
師なんて今は、碌な職業ではありませんね!そんな人たちがうつ病だと言って、
悲劇のヒロインになっているより、悲劇を与えている生徒たちに、謝罪しなけれ
ば、精神科はパンクするでしょう!」
車いすの音がする。
龍一「勝美、周りの患者さんに聞こえてるぞ。傷つく人も、いるだろう。」
勝美「だってそうじゃないか!もう、怒り心頭だ!本当に教育ができていない学
校が多すぎるんだから!どうして本当に教育する学校が存在しないんだ!その被
害者も加害者も、僕らは診察しなければ、ならないんだぞ!」
頬に平手打ちが飛ぶ。
龍一「僕たちは、誰のお陰でくらしていけると思ってる?」
勝美「そうだけどさ!言わしてくれよ!こんなに学校が荒れている時代があるか
よ。何で僕らは、、、。もうやるせないよ。」
龍一「勝美、そうだけど。仕方ないんだ。仕方ないんだよ。」
勝美「だって、、、。」
と、床の上に突っ伏して、幼児のように泣きふらす。
真理子「朝日先生、、、。もうしわけありません。もっと、私がしっかりしてい
れば、私が、私が彼を救うことができれば、、、。」
龍一「誰でも、辛いことはあります。でも、仕方なくせざを得ないことはありま
す。ただ、一つだけ、真実なのは、変わろうと思い始めたことから、変わり始め
ている。それだけです。」
真理子「わかりました。私、何をすべきなのか。」
龍一「ええ、それを実行すべく、行動してくださいね。女性は、そうなると強く
なれるところがいい。それは女性の特権なのであって、素晴らしいことなんです。
男って、損ですよ。理論ではわかるけど、実行に移せないことが大半ですからね。」
真理子「わかりました!ありがとうございます!今回はすみません、看護師さん。
私、、、強い女になりますから!朝日先生。」
龍一「おい、勝美、呼んでるぞ。勝美!しっかりしろ!」
勝美「なんだよ、これ以上沈めないでくれ。」
龍一「お前は泣き上戸だな。顔を洗え。」
真理子「先生、精神科は、電話が禁止でも、手紙はできるんですよね?」
勝美「はい、強制入院であっても、通信の自由は保障されています。」
真理子「わかりました!私、手紙を書きます!」
川口「わかったわ。今、便箋を売店で買ってきてあげるから、何ぼでも書きなさ
い。それで、貴方が満たされるのなら。」
真理子「わかりました!ありがとうございます。私、これから強い女になります。
先生方、看護師さん、ありがとうございました!」
と、しゃんと背筋を伸ばして、病棟へ歩いていく。
勝美「女ってすごいな。」
龍一「男には絶対にできない業だ。本来は、大いに評価してもらいたいところな
んだけど、いつの間にか女は、男の付属品になってしまったのかな。アメリカで
は違ったけどね。」
勝美「すごいなあ、、、。」
龍一「だから、僕らを産み、育てる事もできるんだ。じゃ、予約入ってるから。」
と、車いすを移動させて、戻っていく。
勝美「少なくとも僕は、龍一ほど強くないや、、、。」
と、頭を振りふり、廊下を歩きはじめる。
中央病院、循環器内科。
看護師「福家さん、何か変わったことは?あ、こんな手紙が来ていました。精神
科の先生のお墨付きよ。」
忍は、よろよろと起き上がり、手紙を受け取る。看護師からはさみを借りて、封
をきり、手紙を出して読んでみる。
忍「福家君、覚えていますか?鈴川高校の、須田真理子です。貴方は、きっと私
のことを、すごく悪い人だと思っていると思いますが、、、。」
真理子のナレーション「あの時は、本当に申し訳ありません。貴方を、少しでも
救いたかったけれど、どうしてもできなくて。申し訳ありませんでした。あの時
は、音大を目指して、たくさんの先生に習って、輝いていましたね。貴方は、あ
のあと、ホップス歌手として、ディスクを出していると聞きました。貴方の作品、
私が今、入院している人たちの間で、とても、人気があるんです。貴方は、自分
のことをちっぽけだと思っているかもしれませんが、皆さんにとっては、貴方は
大きな支えになっていることを忘れないで下さい。敬白、須田真理子。」
忍は、震える手の中、返事を書き始める。
忍のナレーション「先生、お手紙をありがとうございます。僕は、もうだめな存
在だから、なにひとつ書くことができはしないのです。もう、放っておいてくれ
ませんか。ここを最期の住処として、楽になりたいのです。ごめんなさい。忍。」
真理子のナレーション「忍君、どうかそんなことを言わないで下さい。私は、病
棟で、ある女性の方とはなしをしました。彼女は、貴方がミゼレーレと歌ってい
るのを聞いて、意味はわからないけれど、すごい歌だと言っていたそうです。私
も、イタリア語を勉強したわけではないので、やっぱり何を言っているのかわか
らないです。もし、よかったら教えてくれませんか?彼女に伝えてあげたいんで
す。お返事お待ちしています。敬白、須田真理子。」
作業療法で、ケーキを作っている真理子。
看護師に支えてもらいながら、返事を書いている忍。
忍のナレーション「先生、お手紙をありがとうございました。あの、ミゼレーレ
という曲は、訳すと、人生万歳という意味です。つまり、俺の人生は俺の物だ、
文句あるか!ということを歌っています。あれは、僕が、作詞作曲したものでは
ありません。イタリア人の歌手が歌っていたものを勝手にカバーしただけです。
あれを歌うとき、一人で二人分の声を出さなきゃなりませんので、本当に辛い歌
でした。人生万歳ではなく、お金儲け万歳と言ってください。それでは。」
病院のカラオケルーム。女性患者がミゼレーレを朗々と歌い上げる。感心してい
る勝美たち。
真理子のナレーション「そんな、お金儲け万歳なんて、寂しいことを言わないで
ください。貴方が製作したものではないとしても、貴方が歌う声に皆引かれてい
るんですよ。だから、もっと自信を持ってください。川島先生が、イタリア語が
上手だってほめていましたよ。ダブルミリオンとかになることが全てではありま
せん。病棟で歌っていた子は、貴方の歌に本当に救われていたそうです。だから、
売り上げが全てじゃないんですよ。それよりも、歌を、届けてあげること、心に
残してあげることが大切じゃないかしら。
もう一度考え直してほしいです。お返事お待ちしております。敬白。
須田真理子。」
病院の庭を車いすで散歩している忍。
忍のナレーション「須田先生、ありがとう。昨日、久しぶりに病棟のテレビを見
ました。歌番組なんてめったに見ませんでしたけど、クラシックと、そうじゃな
いのとを歌える人って、結構増えているんですね。僕は、ラッセル・ワトソンが
すごく好きで、彼の歌に救われていました。僕も、ああなれたらうれしいなって、
いつも思ってました。でも、僕は男です。だから、いずれは養っていかなければ
いけない立場になる。だから、無理だって先生方は言ってましたよね。今は、そ
のほうが正しいと思います。僕は、、、。」
病室。丁寧な毛筆で埋め尽くされた便箋に、涙がにじむ。
真理子「僕は、高校を出た後、自殺しようとおもいました。でも、それを偶然、
鈴木安男が見つけたんです。鈴木は、僕を家に連れ込んで、まあ、何てことを!」
看護師「どうしたんです、真理子さん。」
真理子「やっぱり、あの男はこの世にいないほうが良かったんだわ!ああ、よか
った!」
と、テーブルに突っ伏して泣きはらす。
川口「どうしたの?」
看護師「師長、なんだか忍君の手紙を読んで泣いているんです。」
川口「どうしたの?辛いの?辛いなら、先生呼んできましょうか?」
真理子「いえ、もういいんです!あたしが、あの男を殺らなかったら、彼は二度
と立ち直れないわ。」
看護師「なんでしょうね?」
川口「誇大妄想かもしれない。朝日先生を連れてきて。」
看護師「わかりました。」
声「今の話し、本当ですか?」
川口「え?」
振り向くと久保と三田がいる。
三田「今の話し、レコーダーでしっかり録らせていただきました!これでやっと、
逮捕できますね!」
川口「ちょっと待ってください。逮捕って誰をですか?」
三田「そこにいる、須田真理子です!鈴木安男を殺害した容疑がかかっています。」
勝美が飛び込んできて、
勝美「なんですか!あんたたちの出る幕じゃないでしょ!大体、何で病棟に来た
んです?許可がないと出入りできませんよ!」
三田「守衛さんに言ったら、入らせてもらえました。先生、この女を、署まで連
れ行きたいので、許可を下さいませんか。」
勝美「するわけがないでしょう!いいですか、彼女は治療しないといけないんで
す。まだ、ここから出たら危ない。それに、警察署で、彼女が奇行をおこしたら
どうするんです?」
三田「こっちもね、証拠を掴んでいるんですよ!真理子が、鈴木の死亡推定時刻
に、鈴木のマンションを訪れたのも、管理人が目撃しています。」
勝美「凶器は!」
三田「そのうちに見つかると思いますよ!」
勝美「なんだ、わからないのですか。じゃあ、まだ確証を得たわけじゃないんで
すね。じゃあ、出直してください!」
真理子「忍君、、、本当にごめんなさい。私が、ああしてやっても、貴方は助か
らないのね。」
勝美「真理子さん、ちょっと、その手紙を拝見させていただけませんか?貴方が、
本当に、鈴木を殺害したのでしょうか、、、?」
真理子「許してください!人をあやめるのはいけないことです。でも私は、そう
しなければ彼を救えないと思ってしまったんです。だって、あまりにもかわいそ
うだったから、、、。」
と、床に手を着いて、
真理子「刑事さん、私の逮捕を進めてください。」
三田「よし!今度は俺の大手柄だ!警視、あとでジャンボラーメン、おごってく
ださいね。」
久保「いえ、ジャンボラーメンは又後にしましょう。真理子さん、貴方は本当に、
忍君を守りたかったんですね。それが高じて鈴木安男を殺害に至った。それはも
しかしたら、愛情なのかも知れないですよね。」
三田「なんですか、愛情なんて殺人者の間にはありませんよ。身勝手な表現に惑
わされないようにしてください。」
久保「では、本当に貴方が犯人だとわかるように説明して下さい。できれば、貴
方に犯罪者になってもらいたくなかったですよ。今日日、良い先生は少ないんで
すから。金正日みたいにね、変に格好つけている教師のなんと多いこと。」
勝美「一体、何が書いてあるんだ!」
と、便箋を勝手に取って読み上げてしまう。
勝美「何々、、、。鈴木は、僕を大物にするからと言って、あるボーカル教室に
通わせました。そのときにレッスン料として僕は鈴木に三十万払えと言ったので
す。僕はその通りにしましたが、そのボーカル教室に行ったときに、僕の名前が、
生徒名簿からはずれていたのです。鈴木は、その教室に登録すると言っておいて、
お金もはらったのに、何もしなかったんですね。そういうことだったんです。
女の人なら、家族や彼氏さんたちに悩みをぶつける事もできるでしょう。僕は、
男です。男だから、そんなこと、誰にも言えるはずはない。日本の男は潔く罪を
認める者。切腹とか、打ち首とか。平敦盛だってそうだったんですから、男の一
生はそういうもの。だから、ここで終わりにさせてください。日本の男らしく、
潔く最期を飾りたいです。先生、ありがとうございました。敬白。福家忍。」
三田「なにを言ってるんだ。犯罪を助長してしまうような文句を書いて。男の一
生なんて、本当に古臭い。」
勝美「男の一生か、、、。本当だ。平敦盛は十六歳だった。それなのに、あんな
にかっこいい死に方をすることができたんだ。確かに、昔の男はすごかったよな
あ、、、。青葉の笛か。」
と、崩れ落ちる。
川口「先生が、そうなってはだめですよ。もう、敦盛に負けますよ。先生!」
勝美「ほんとだ。」
と、何かに取り付かれたように立ち上がり、川口の声も聞こえず、病院を飛び出
してしまう。
中央病院、循環器内科。
その日、忍はうつぶせになって、シーツを掴んで苦しんでいた。これまでにない、
苦しさだった。
声「忍。」
思わず顔を上げる。
忍「お母さん、、、。」
男性の声「そろそろ、帰ろうか。」
忍「お父さん、、、。」
父「良いじゃないか、もう、お前は十分頑張ったんだから。」
母「もう、こっちには悪い教師なんかいないから。やっと、三人になれてお母さ
んも嬉しいわ。」
忍「そのときはごめんなさい。」
母「もういいのよ。帰ったら、好きなこといっぱいさせて上げるから。お母さん
の右手に捕まりなさいね。」
母が彼の右手を掴む。そのとたん、
声「ちょっと、まってくれ!頼む!」
と、その途端父と母は、忽然と姿を消す。後はブラックホールのような空間がの
こる。そうして、次第に病院の風景が見えてくる。
勝美「ああ、よかった。逝ってしまうかと心配だったよ。どうしても伝えたいこ
とがあって、すっ飛んできた。」
忍「先生、、、。」
勝美「あのね、、、。」
と、頭をかいて、一つせきをし、暫く考えてこう、切り出す。
勝美「あのね、君が高校時代の副担任であった、須田真理子先生が、捕まったよ。
君を、悪徳商法から守るために、そうしたんだ。逝ってしまうのなら、先生にお
礼してからにしてくれ。」
忍「先生が、、、ですか?」
勝美「そうだよ!君は鈴川高校で、散々酷い目にあったらしいが、君の事を思っ
くれていた人物は誰もいなかったわけじゃないんだ。それを知らないで、悲劇の
ヒロインのまま亡くなるのは、君が書いた、男の一生とは相反する気がして、な
らないんだよ。もう一度だけ、彼女にあってくれないかな?」
忍「先生が、、、。」
勝美「そうなんだよ!」
忍は、起き上がろうとするが、よろよろとたおれてしまう。
医師がやってきて、
医師「ちょっと、別室に来てくれませんか?」
と、勝美を呼ぶ。二人は、病室を出て廊下へ行く。
医師「朝日先生。同じ医者ならわかると思うんですけどね、このような有様で、
森病院に行くなんて無茶を言わないでくれませんかね。」
勝美「そうですけどね、どうしても、やりたいことがあるんです。そうしないと、
二人とも、中途半端な状態で終わってしまうと思うんです。」
医師「人間が誰でも中途半端なのは一緒ですよ。それを良くわかっているのは、
精神科医なんですから、お分かりなのでは?」
勝美「いえ、精神科医ほど、役に立たない医者はいないのはよくわかります。だ
から、こうして、、、。」
医師「今、彼を動かしたら、どうなるか。朝日先生でも、お分かりなのでは?」
勝美「わかるって、、、。なんでそんなに冷たいんです?」
医師「私たちは、彼に長く生きてもらえたら、という思いで治療をしています。
彼の死を急がせるような医者は、はっきり言って野暮です!」
勝美「僕だって、彼を救いたいですよ。」
医師「もう、おそぎますね。もう少し、患者の動きも観察できないですかな?」
勝美「もうしわけありません。」
と、すごすご帰っていく。
勝美の足音が聞こえる。忍は、その足音から、何が起こったのかわかる。動か
ない体に鞭打って、テーブルに向かい、便箋を取って、書き始める。
看護師「福家さん、何かかわったことは?あら、どうしたの?そんな真剣なか
おして。」
忍「はい、明日から毎日、庭を散歩しても良いか、先生に聞いてくれませんか?」
看護師「良いけど、何で?」
忍「ええ、そとの空気を吸いたくなって。こんなところで寝ていたら、体がな
まりますから。」
看護師「まあ、珍しい。そんなに前向きになって。じゃあ、聞いてきてあげる。」
忍「お願いします。」
翌日、病院の庭。
忍が、看護師に付き添われて庭を散歩している。
看護師「どう、そろそろ休む?あんまりあるくと、心臓に悪いわよ。無理しな
いで。」
忍「大丈夫です。もう少し歩けます。」
看護師「そう?じゃあ、あと三十分くらいにしようか。」
忍「ええ、わかりました。」
他の患者たちが、カフェテリアでお茶を飲んでいる。
患者「なんだか表情が変わったな。」
患者「ああ、頻繁に散歩するようになったし。」
患者「何かたくらんでいるのかなあ。」
患者「ああ、若い者は、決断すると早いけど、そこまで持って行くのが難しい
ものだ。それが今の世の中なんだろうけど。」
庭から戻ってきた忍は、五線譜と鉛筆を持って、何か書き始めた。半分書いて
は休み、一枚書いては眠りである。それでも、彼は確実に作曲を進めていた。
森病院。久保と三田が来ている。
三田「なんですか片腕先生。いきなり今日ここに来てくれって。こっちは忙し
いんだから、できるだけ簡潔に話してくださいよ。」
勝美「彼女、須田真理子の逮捕を延長してもらいたんです。」
三田「は?そんなことできるわけないでしょうが。もう、彼女の精神症状がよ
くなったら、すぐに逮捕しなければ。」
勝美「どうしても、忍君と、彼女を会わせて謝罪させたいんです。そうすれば、
彼女がもっと楽に取調べできるんじゃないとおもって。」
三田「そうですけどね。いくら精神病だからって、逮捕を延長することはでき
ませんよ!」
勝美「じゃあ、一日だけ待ってくれますか?」
三田「できませんよ!片腕先生!」
勝美「やっぱりだめか。」
三田「当たり前ですよ、片腕先生!警察は、病院ほど情けの深いところではな
いんですよ。出なければ、警察がパンクしますよ!」
久保「いや、三田君。先生の願いを引き受けましょう。一日だけ時間をさしあ
げます。」
三田「なんですか警視まで!この人情悲劇をさらに作り変えるのですか!」
久保「ええ。確かに、今逮捕してしまったら、御互いの悲しみをさらに塗り替
えることになり、取調べに支障が出るかも知れない。それでは、こちらも正確
な供述が得られないかもしれないですよね。そのほうが良いでしょう。」
三田「警視も、甘いですね。犯罪者に肩を持つなんて、そんな馬鹿なはなしが、」
久保「三田君。これは命令です。」
三田「そうですか!だからキャリアってのは困るんだ。警視はサラリーマンっ
て本当だなあ。」
久保「三田君。」
三田「はい、わかりました。」
と、しょんぼりと肩を落とす。
久保「それでは、明日一日は訪問しませんので、ゆっくりお使い下さい。」
勝美「わかりました!ありがとう!」
と、二人に向かって敬礼する。
ナースステイション。スマートフォンで、電話をしている勝美。
勝美「そういうわけですから、明日の一時に彼を森病院に連れて来て下さい。
お願いしますね。」
と、電話を切る。
勝美「よし!」
慎一「どうしたの?」
勝美「明日、福家忍と、須田真理子と対面させて、謝罪させる。決まった!」
慎一「はあ、もう決めたのか。すごいな、勝美。」
龍一も入ってきて
龍一「本当にできるのか。」
勝美「ああ、忍君も、庭を散歩したりしているみたいだし、何とかなるん
じゃないかなあ。」
龍一「そうか。でも、命ってのは不思議なものだ。それくらい、覚悟して
おけよ。」
勝美「おう、わかってるよ!そんなこと!」
龍一「何かするのは良いが、責任は取れよ。」
勝美「わかったよ!」
慎一「ほんとに大丈夫なのか?」
龍一「こうなったら、僕には止められないね。」
慎一「ほんとだな。」
午後。中央病院。
忍「すみません、又散歩に。」
看護師「まあ、良いの?午前中、随分根詰めて書いていたようだし。」
忍「ええ、息抜きしたくて。ここでは、気分も変わらないから。」
看護師「そうね。だいぶ元気そうだし。行ってみようか。」
忍「ええ、ありがとうございます。」
看護師に付き添われて立ち上がり、庭へ移動する。
庭。
忍「もうすぐ、桜が咲きそうですね。」
看護師「ええ、この病院の桜は、早咲きなのよ。だから、普通より早いの。」
別の看護師「佐藤さん!ちょっと来てくれる?飛び入りの患者さんが来てるのよ。」
看護師「でも私、福家さんで忙しいから。」
別の看護師「五分だけ待っててもらえないかしら。」
忍「あ、僕のことは気にしないで下さい。五分くらいだったら、一人でもいられ
ます。」
看護師「そう?それならそうさせてもらおうかな。すぐ戻ってくるから、待って
て。」
と、彼の側を離れていく。カフェにも人は誰もいない。天気が良い割りに病院は
静かだった。忍は桜の木に近づいていった。一つの枝に手をかけようとしたその
時、彼の心臓に激しい痛みが襲い、、、。
暫くすると彼は桜の木の下で、仰向けに倒れ、青空をじっとみつめていた。彼の
病室から、五線譜がおちた。冷たい北風が、病院の中を駆け抜けていった。
森病院。電話が鳴る。
受付「はい、森病院です。あ、朝日先生ですか?ええ、今およびいたします。」
全ての診察を終えた勝美は、一つしかない右腕を高く上げて、
勝美「あーあ、つかれたな。今日も予定より患者さんはいっぱいだったなあ。」
受付「朝日先生。中央病院からお電話です。」
勝美「中央病院?なんだろう。」
と、頭をかき、電話をとる。
勝美「はい、朝日です。お電話変わりました。えっ、そんなまさか!」
と、受話器を落としてしまう。
川口「もう、先生、声が大きいですよ。まさかって、何があったんですか!」
しかし、勝美は、床に突っ伏してなくばかり。龍一もやってきて、
龍一「どうしたんだよ、勝美。」
勝美「、、、。」
龍一「しっかりしろ!」
と、彼の背を叩く。
龍一「お前、医者だろ!感情的にならない方法なら、知っているはずだろ!」
電話の声「朝日先生、聞こえてますか?」
龍一は受話器を取り、
龍一「あの、僕が代わりに伺ってもよろしいでしょうか。ああ、ああ、そうです
か。なるほど。では、葬儀の日程などは?」
川口も何が起こったか、すぐ理解した。
龍一「ああ、そうですか。じゃあ、その五線譜、処分しても、、、。」
勝美が受話器をひったくる。
勝美「ちょっとまって!絶対に処分しないで下さい!そして、明日、森病院に持
って来て下さい!良いですか!絶対にですよ!もし、処分したというのなら、僕
は絶対に許しませんし、二度とそちらとの連携もしませんから!病院なんてほか
をあたればいくらでもあるんだ。第一、重病なひとをそうして対処できないのな
ら、それでは腕のいい病院とはいえませんね。良いですか!絶対にもって来て下
さいよ!そうしなかったら、二度とそちらのお世話にはなりませんから!」
と、乱暴に受話器を置く。
龍一「何を考えてるんだ、君がそもそも彼と須田をあわせるなんていうからこん
なことになるんだよ!」
勝美「だからこそ、須田さんには生きていてもらいたいんだ!」
龍一「だから、責任持てよといったはずだ!君は忍君の命を縮めたことになるん
だぞ!」
勝美「それなら、どうしたらよかったんだ。二人が、救われることは二度とない
のか。それでは、二人が本当に可哀想じゃないか。きっと、須田が鈴木を殺害し
たなんて彼は知らないはずだ。本当に彼のことを思っていたのは須田だ。それを
知っていたら、彼の寿命だって延びたかも知れないぞ。だから、医者である僕が、
彼に伝えてやる、というのは、間違いだったのか?そんなこと、、、ないよな。」
龍一「ああ、その原理は間違ってはいないさ。でも、仕方ないことでもあるんだ
よ。その見極めが問題だ。勝美は、それが難しいんだよな。それはよく知ってい
るよ。まあ、今日は良く寝ろ。そして明日、楽譜が届くと思うから、須田に渡し
てやることだな。」
勝美「龍一、君はいつでも僕の親友だ。ありがとう。」
と、涙でべたべたになった右手で、入れ墨の入った、龍一の右手を握る。
勝美「ありがとう。」
龍一「本当に、お前の悪い癖は、治らないな。いくつになっても。」
勝美「まあな。」
川口「本当に、お二人は仲のよいお友達なんですね。」
翌日。
真理子「今日は一日、ゆっくりしていてくれって、私、何かあったのでしょう
か。確か、警察が見えるんじゃ。」
朗「そうだったんですけど、朝日先生がとりなしてくれて、一日休みをもらえ
たそうです。今日はここに居ますから、話したいことがありましたら、言って
ください。」
真理子「そうですね。忍君はどうしているんでしょう。昨日の手紙を読むと、
本当に前向きになったと思いました。これで、私もやっと、取調べを受ける事
ができます。」
朗「その話なんですけど、、、。」
真理子「どうしたんですか?」
朗「御免なさい、僕は辛すぎて、、、。今に朝日先生たちが聞かせてくれると
おもいます。」
と、涙を拭く。
と、同時に病室のドアをノックする音。
勝美「おはようございます。今日はゆっくりなさってください。」
慎一「真理子さんにプレゼントがあるんです。」
真理子「誰からですか?」
慎一「福家忍さんからです。」
と、五線譜と、手紙を彼女に手渡す。
真理子「私に、曲をくれるなんて、、、。あ、でも、これ、完成していません
ね、、、。」
勝美「すごいな、僕は楽譜が読めないから、完成しているかなんてわからない
ですよ。」
真理子「未完成なのに、どうして私に送ってよこしたのでしょう?」
龍一「なぜだか、わかりますか?」
真理子「なぜって、、、。」
と、三人をみつめる。三人は黙り込み、静かな表情になる。
真理子「忍君、、、。」
見る見るうちに涙がたまりだす。勝美が彼女の手を握り締める。
勝美「本来なら彼にここへ来てもらうべきだったのですが、まさかこうなると
は、僕も予測していませんでした。今頃は、ご両親のお側に行き、よくやった
といわれて喜んでいることでしょう。本当に、馬鹿なことをしてもうしわけあ
りません!」
真理子「朝日先生、私は大丈夫です。彼が私のことを想ってくれているのは、
本当によくわかりましたから。私は、罪を償って、彼の分まで生きることにし
ます。実をいうと、私も、鈴木を殺害してから、自殺しようと何度も思いまし
た。それではいけないと、彼が語っているような気がしてなりません。彼は、
本当に短い間しかいなかったのに、ここまで私の心にのこっているとは、私も、
まだ未熟な人間だったということになりますね。ええ、私は、大丈夫です。し
っかり、罪を償います。」
龍一「ほんとうに辛いなら、泣いてもいいんじゃないですか?アメリカではそ
うなってますし、日本はアメリカのマネをするのが大好きですから。」
真理子「ありがとう、、、ございます!」
と、顔を覆って泣き降らす。勝美も男泣きに泣く。
慎一「おい、お前まで泣くなよ。」
勝美「うるさい!」
龍一「いいさ、悲しいことは遠慮しないで泣けば。」
慎一「そうかもな。」
翌日。久保と三田がやってくる。
三田「用事は解決できましたか?昨日は、今か今かと待っておりました。」
真理子は、川口に付き添われて、二人の前で両手を出す。三田が、がっちりと、
手錠をはめる。
真理子「本当にありがとうございました。皆さんのことは一生忘れません。」
三千代「ええ、二度と繰り返さないようにしてくださいね。彼が安らかに眠れ
るように。」
真理子「はい。わかりました。決していたしません。」
龍一「その優しさを犯罪ではなく、別のところで発展させてください。」
真理子「わかりました。川島先生。更正できるように努力いたします。」
久保「行きましょう。」
勝美「(大きく手を振って)頑張ろうな!」
真理子は、軽く会釈して、病院を出て、パトカーに乗り込む。
勝美「頑張れよう!」
と、パトカーの音がしなくなるまで手を振り続ける。
龍一の屋敷。
千華「お帰りなさいませ、旦那様。晩御飯は何にいたしましょうか?」
龍一「英美は?」
千華「ええ、お友達と食事に行くそうで、今さっき出て行きました。」
龍一「ああ、そういえば、何か知り合いの声楽家のコンサートに行くと言って
いたね。」
千華「ええ。私、何か作ります。」
龍一「そう。じゃあ、適当に何か作ってくれ。」
千華「旦那様はいつも適当なんですね。奥様とは全然違う。旦那様、何か言っ
て下さらないと、私が仕えている意味がなくなってしまいますわ。」
龍一「じゃあ、蕎麦でも。」
千華「はい!わかりました。作って差し上げます。旦那様のだいすきな十割。」
慎一の家。
正男「パパ、お帰りなさい。」
慎一「ただいま。今日も仕事で疲れたよ。」
正男「肩をもんであげる。」
慎一「ありがと。」
正男は肩を叩くが、平手打ちなので効果なし。慎一は、それでは揉んでいるに
ならないぞ、と、いいたかったが、発達障害を持つ正男には通じない。
慎一「これでも、まだ、幸せなのかな。ありがとな、正男。」
正男「うん、パパもアリガトウ。」
慎一「どういたしましてでしょうが。何回教えたら覚えるんだ。って言っても、
無理なんだけど。」
朝
島子「ほら、勝美おきなさい!いつまでも寝ていないの!」
と、布団をはがす。
勝美「頼む、後五分、、、。」
島子「何馬鹿なこと言ってるの!早くしないと遅刻よ!」
勝美、時計を見て
勝美「わあ!遅刻だ、急がないと電車に間に合わない!急げ!」
と、布団から飛び起きて、急いで着替えてパンを口にし、カバンを持って家か
ら飛び出していく。
島子「なるほど、嫁が来ないわけだわ。」
と、ため息をついて家に戻る。
青い空と白い雲。その中に、桜の花びらが踊っていた。
終わり
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