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新政(下)
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その後、刀自は帰って行き、数日後には理安、隆安も伊賀に向かった。
花園殿の新しい城は着々と建てられて行く。
その城建立と同時に、城下では町も作られていた。
城の近くには寺院、そして家臣達の邸。
大規模なたたら場に、その労働者達の家々。砦や軍事修練場も幾つも設け、兵卒達の住まいも作る。
馬場や商家なども勿論築き、少しずつ町ができていく。
また、理安が連れて来た人々で、農夫であった者に、田畑を開墾させ、家も与え。真崎やその周辺からも、新たな移住者を募った。
理安と隆安の部下達は、真崎のたたら場で、現地の人々に農具の作り方を伝授していたが、武具などはまだであった。そこで、たたら場の分業化を決め、真崎では今後も農具を作ることにし、武具は新城のたたら場で作ることになった。
三郎の仲間たちは、昼間は信基の下、武芸に励み、夜はたたら場を手伝い、ますます強くなって行く。
そうした中で、花園殿は都に使いを出した。
都には家人達がいるのだ。彼等に、なるべく沢山の人を集めて常陸に来るよう言った。また、全国各地にある荘園にも使いを出し、そこの武人、農夫達を常陸へ送るよう言ったのだった。
その一方で、花園殿は遊山と称して、各地を巡る旅に出ていた。
船旅である。
外海を一気に南下。外房まで来て、そこの各港に寄港しながら、海岸沿いをぐるりと巡り、各地の有力者達と面会して行った。
さらに、内房をも巡ると、渡瀬川を遡上して行く。そして、要所要所で船を降り、また、現地の有力者と面会した。下野まで至り、かの名水で喉を潤す。
「なんと甘露な」
花園殿は一度で気に入った。
そのことが、後年、娘の貴姫君の運命を大きく変えることになろうとは、この時思いもしなかった。この名水を彼が気に入ったからこそ、年頃になった貴姫君がここへ来ることになったのだし、信時という男との運命の出逢いを果たすことになるのである。
そんな未来は誰にもわからず、花園殿は夢中で名水を飲み続けていた。
そして、再び渡瀬川を下り、内海に出ると、今度は利根川を遡上し、音に聞く湿地帯というものをしかと目に焼き付けた。そして、ある一ヶ所に注目した。
「関東平定のために、何れはここに拠点を置く必要があるな」
上野、下野にも通じる陸路の要所もすぐ近い一点。利根川と渡瀬川に挟まれた台地。
そこである。
そして、この旅最大の収穫。
それは三亥御前を新たな妻としたことだ。
これで南関東の水軍も大商団も意のまま。軍事的、経済的心配はない。すでに北関東を制圧する上で、戦略的に優位に立ったと言える。
「あとは常陸国内の統一だな。常陸さえ制圧してしまえば、下総、上総、安房、武蔵、相模などはすぐ我が手の内に入る」
花園殿は数日休むと、再び旅に出た。
信基と三郎を伴い、騎馬で常陸国内を隅々まで見て回る。
花園殿が常陸国内を旅していた頃、伊賀では花園殿の家族が平穏な日々を過ごしていた。
理安も隆安も合流し、伊賀守となった為長のもと、家族は慎ましく生きている。
誰も花園殿が新しい妻を持ったことは知らなかった。
三人の子供達はひたすら父を慕い、いつか逢えることを楽しみにし、また、都の山桜の邸に帰りたいと願っていた。
「あの都の山桜のおうちで、父君(ててき)と皆で一緒に暮らしたいな」
幼い希姫君は胸に抱いた雛(ひいな)に、毎日のようにそう話し掛けていた。
雛は六人いる。殿が二人、姫が一人、それに童が三人。それぞれに名があるらしく、父君、叔父君、母君、兄君、大姫、乙姫と呼んでいた。
胸に抱いていたのは、父君雛であった。
希姫君の日々は、だいたいこの雛家族との飯事遊びと、兄との庭の散歩、それに手習いで過ぎて行く。心には常に、都の家の山桜。
病弱な兄の椿寿丸(後の経実)は、相変わらずすぐに寝込むが、伊賀の空気が合っているのか、都にいた頃よりは元気になった。希姫君と、だいたい毎日庭に出て、散歩している。
しかし、水辺は体を冷やすようで、舟遊びをすると、必ず熱が出る。故に池の周りにはあまり近づかない。それでも、外に出て鷹を飼うなど、男子らしいこともできるようになったし、彼の健康のためには、伊賀に下向する羽目になった運命も、幸であったのかもしれない。
部屋の中では学問を欠かさず、時折、琴の琴も練習している。
母の摩利御前もよく琴を弾いていた。都にいた頃よりも、よく弾いている。
為長はもちろん毎日琴の練習を欠かさなかったが、隣の国府での政務が忙しなく、都にいた頃ほど練習できない。子供達への稽古も、時間のある時しかしてやれないので、だいたいいつも摩利御前が教えていた。
そして、ついにその日はやって来たのである。
幼い兄妹は、未曽有の恐怖を味わった。
思えばこの日は、常陸の花園殿の新しい城が完成した日であり、その完成に合わせて、花園殿が旅から帰宅した日でもあった。
その日、いつものように為長は国府で政務に勤しんでいた。
椿寿丸達三兄妹は、隣の邸で母の摩利御前と共に、たどたどしく琴を弾いていたのだった。椿寿丸が弾いて、母が教える。
母は数寄人だったが、花園殿に好まれたような、なかなかに良い琴を弾く。それだけに、けっこうよい指導もできた。椿寿丸や貴姫君程度の、導入・初心者を教えるのには、為長よりも彼女くらいの程度の人の方が、むしろよいのかもしれない。
そうして、母に教えられながら、椿寿丸が四苦八苦し、妹二人が傍らでその手元を見守っていた時のことだった。
それは何の前触れもなく突然やってきた。
びんっ、と椿寿丸の手元に何かが飛んできて、突き刺さった。
「きゃあっ!」
希姫君はびっくりして大声上げた。
とっさに避ける隙さえない速さで琴に刺さったそれは、矢であった。
「怪我はっ?」
血相変えて摩利御前は椿寿丸の両手を掴み、その全身を見回す。幸い椿寿丸に怪我はなく、摩利御前は次いで、娘達の怪我の有無を確認しようと──刹那、周囲で鬨の声が上がった。直後に土煙が上がり、何が起きたのか理解できない間に、はつぶり侍が雪崩れ入ってきた。
賊と女房と官人達と入り乱れて、それは地獄絵図の有様だった。
家の者達が、摩利御前と子供達を守ろうと駆け寄るが、途中で賊に斬られたり、恐怖で逃げ出したり。ようやく十二安の長・雲門が駆けつけた。
雲門が椿寿丸を抱き寄せ、妹達にも手を伸ばした時だ。
飛び込んできた一人の賊が、躍りかかって太刀を振り落とした。
間に合わなかった。子供達を守りながらでは。雲門の応戦の刃は、一瞬遅かった。
たちまち摩利御前の血しぶきに、白い几帳は赤く塗れ、
「母君!!」
子供達の絶叫がこだまする。
母に縋ろうとする子供達を引き離して、雲門は鬼の如く引き離して──
羽交い締めに三人を抱く。
「やあだ、離してよ!母君!!」
もがく子供達を無理やり引きずって行く。
そこに、ようやく十二安が追いついて、それぞれが子供達を一人ずつ抱いて守り、残りは賊を斬りながら退路を確保していった。
斬っては逃げ、斬っては逃げ……そうして、いつしか賊から完全に逃れて、辛くも兄妹は命をとどめることができた。
この混乱で、国守為長は行方不明となり、摩利御前は落命。
幼い兄妹は為長とはぐれたまま、十二安に連れられて、山の中に逃げ込んだ。そこに身を潜めながら、十二安が色々調べる。
襲撃したのは何者か。為長の行方は。生き残った人々は誰か。事件を調べているのは誰か。朝廷から派遣される人は。など。
十二安は、はじめ山奥に逃げようと考えた。もしも襲撃が、ただの盗賊の仕業でなかったとしたら、危険だと思ったからだ。
もしや、烏丸殿が?
そういう可能性も考えた。
もしもそうなら、表に出て行くのは危険だ。
伊賀国府が襲撃され、国守が行方不明となったら、朝廷から誰かが調査のために派遣されるだろう。
しかし、襲撃が烏丸殿の仕業であるならば、つまり、背後に朝廷の影があるならば。調査に訪れる人は、その内意を受けた人である。
そこへ出て行ったならば、たちまち殺されてしまうかもしれない。
雲門も十二安も判断に迷った。
しかし、大人の事情など子供には関係ない。子供達は毎日、母を呼び続けて泣いていた。そんな姿に、屈強な十二安もひたすら泣けて。
「常陸の様子はどうだ?」
理安、隆安は改めて、花園殿の様子を尋ねられた。
花園殿のとんだ野望を知る二人。もしも襲撃が烏丸殿なのだとしたら、花園殿への宣戦布告と言えないこともない。花園殿は受けて立つに違いない。常陸はたちまち戦場と化すだろう。
そんなところへ、この幼い子達をやってもよいものか。
「いや、烏丸殿の仕業とは限らぬ。ただの山賊かもしれぬし」
そうであったとしても、花園殿は何れ国家に弓引くつもりのようだが。しかし、その強い軍が幼い兄妹を守ってくれるわけでもある。
結局、十二安は兄妹を常陸に連れて行くことに決めた。何より、子供達があまりに母を恋しがって泣くので、気の毒で、せめて父に逢わせてやろうと思ったのである。
三兄妹は、十二安に守られながら裏道を進んだ。途中、何度も椿寿丸が熱を出し、また相模に至った頃には、貴姫君まですっかり弱って、しばし山中の岩陰に休養したほどだった。特に椿寿丸の衰弱はひどく、岩陰には一ヶ月も潜んだ。
ようやく回復して、出発となったが、船旅は船酔いで体力を奪うだろうと、武蔵国内は陸路を選び、下野経由で常陸に入ったのである。
そんなこととも知らず、常陸の花園殿は新城に移り、町も大方整備し終えたところであった。
花園殿はその日、都や全国から集めた家臣、荘園の人々、それに常陸で集めた新しい兵や民達を前に、高らかに宣言した。
「我が常陸の民よ。常陸はこれより、朝廷から独立する。この新城は、朝廷とは別の、新たな政の場である」
その日のことだったのである。三兄妹が命からがら、この新城に着いたのは。
この時、この幼い兄妹が身に携えていたのは、一張の琴のみであった。
賊に襲われた時、椿寿丸が弾いていた琴。矢の刺さった跡のある、痛々しいその琴は、法化という。
故に、この琴から名を取り、この新しい勢力を法化党と称することにしたのである。
花園殿の新しい城は着々と建てられて行く。
その城建立と同時に、城下では町も作られていた。
城の近くには寺院、そして家臣達の邸。
大規模なたたら場に、その労働者達の家々。砦や軍事修練場も幾つも設け、兵卒達の住まいも作る。
馬場や商家なども勿論築き、少しずつ町ができていく。
また、理安が連れて来た人々で、農夫であった者に、田畑を開墾させ、家も与え。真崎やその周辺からも、新たな移住者を募った。
理安と隆安の部下達は、真崎のたたら場で、現地の人々に農具の作り方を伝授していたが、武具などはまだであった。そこで、たたら場の分業化を決め、真崎では今後も農具を作ることにし、武具は新城のたたら場で作ることになった。
三郎の仲間たちは、昼間は信基の下、武芸に励み、夜はたたら場を手伝い、ますます強くなって行く。
そうした中で、花園殿は都に使いを出した。
都には家人達がいるのだ。彼等に、なるべく沢山の人を集めて常陸に来るよう言った。また、全国各地にある荘園にも使いを出し、そこの武人、農夫達を常陸へ送るよう言ったのだった。
その一方で、花園殿は遊山と称して、各地を巡る旅に出ていた。
船旅である。
外海を一気に南下。外房まで来て、そこの各港に寄港しながら、海岸沿いをぐるりと巡り、各地の有力者達と面会して行った。
さらに、内房をも巡ると、渡瀬川を遡上して行く。そして、要所要所で船を降り、また、現地の有力者と面会した。下野まで至り、かの名水で喉を潤す。
「なんと甘露な」
花園殿は一度で気に入った。
そのことが、後年、娘の貴姫君の運命を大きく変えることになろうとは、この時思いもしなかった。この名水を彼が気に入ったからこそ、年頃になった貴姫君がここへ来ることになったのだし、信時という男との運命の出逢いを果たすことになるのである。
そんな未来は誰にもわからず、花園殿は夢中で名水を飲み続けていた。
そして、再び渡瀬川を下り、内海に出ると、今度は利根川を遡上し、音に聞く湿地帯というものをしかと目に焼き付けた。そして、ある一ヶ所に注目した。
「関東平定のために、何れはここに拠点を置く必要があるな」
上野、下野にも通じる陸路の要所もすぐ近い一点。利根川と渡瀬川に挟まれた台地。
そこである。
そして、この旅最大の収穫。
それは三亥御前を新たな妻としたことだ。
これで南関東の水軍も大商団も意のまま。軍事的、経済的心配はない。すでに北関東を制圧する上で、戦略的に優位に立ったと言える。
「あとは常陸国内の統一だな。常陸さえ制圧してしまえば、下総、上総、安房、武蔵、相模などはすぐ我が手の内に入る」
花園殿は数日休むと、再び旅に出た。
信基と三郎を伴い、騎馬で常陸国内を隅々まで見て回る。
花園殿が常陸国内を旅していた頃、伊賀では花園殿の家族が平穏な日々を過ごしていた。
理安も隆安も合流し、伊賀守となった為長のもと、家族は慎ましく生きている。
誰も花園殿が新しい妻を持ったことは知らなかった。
三人の子供達はひたすら父を慕い、いつか逢えることを楽しみにし、また、都の山桜の邸に帰りたいと願っていた。
「あの都の山桜のおうちで、父君(ててき)と皆で一緒に暮らしたいな」
幼い希姫君は胸に抱いた雛(ひいな)に、毎日のようにそう話し掛けていた。
雛は六人いる。殿が二人、姫が一人、それに童が三人。それぞれに名があるらしく、父君、叔父君、母君、兄君、大姫、乙姫と呼んでいた。
胸に抱いていたのは、父君雛であった。
希姫君の日々は、だいたいこの雛家族との飯事遊びと、兄との庭の散歩、それに手習いで過ぎて行く。心には常に、都の家の山桜。
病弱な兄の椿寿丸(後の経実)は、相変わらずすぐに寝込むが、伊賀の空気が合っているのか、都にいた頃よりは元気になった。希姫君と、だいたい毎日庭に出て、散歩している。
しかし、水辺は体を冷やすようで、舟遊びをすると、必ず熱が出る。故に池の周りにはあまり近づかない。それでも、外に出て鷹を飼うなど、男子らしいこともできるようになったし、彼の健康のためには、伊賀に下向する羽目になった運命も、幸であったのかもしれない。
部屋の中では学問を欠かさず、時折、琴の琴も練習している。
母の摩利御前もよく琴を弾いていた。都にいた頃よりも、よく弾いている。
為長はもちろん毎日琴の練習を欠かさなかったが、隣の国府での政務が忙しなく、都にいた頃ほど練習できない。子供達への稽古も、時間のある時しかしてやれないので、だいたいいつも摩利御前が教えていた。
そして、ついにその日はやって来たのである。
幼い兄妹は、未曽有の恐怖を味わった。
思えばこの日は、常陸の花園殿の新しい城が完成した日であり、その完成に合わせて、花園殿が旅から帰宅した日でもあった。
その日、いつものように為長は国府で政務に勤しんでいた。
椿寿丸達三兄妹は、隣の邸で母の摩利御前と共に、たどたどしく琴を弾いていたのだった。椿寿丸が弾いて、母が教える。
母は数寄人だったが、花園殿に好まれたような、なかなかに良い琴を弾く。それだけに、けっこうよい指導もできた。椿寿丸や貴姫君程度の、導入・初心者を教えるのには、為長よりも彼女くらいの程度の人の方が、むしろよいのかもしれない。
そうして、母に教えられながら、椿寿丸が四苦八苦し、妹二人が傍らでその手元を見守っていた時のことだった。
それは何の前触れもなく突然やってきた。
びんっ、と椿寿丸の手元に何かが飛んできて、突き刺さった。
「きゃあっ!」
希姫君はびっくりして大声上げた。
とっさに避ける隙さえない速さで琴に刺さったそれは、矢であった。
「怪我はっ?」
血相変えて摩利御前は椿寿丸の両手を掴み、その全身を見回す。幸い椿寿丸に怪我はなく、摩利御前は次いで、娘達の怪我の有無を確認しようと──刹那、周囲で鬨の声が上がった。直後に土煙が上がり、何が起きたのか理解できない間に、はつぶり侍が雪崩れ入ってきた。
賊と女房と官人達と入り乱れて、それは地獄絵図の有様だった。
家の者達が、摩利御前と子供達を守ろうと駆け寄るが、途中で賊に斬られたり、恐怖で逃げ出したり。ようやく十二安の長・雲門が駆けつけた。
雲門が椿寿丸を抱き寄せ、妹達にも手を伸ばした時だ。
飛び込んできた一人の賊が、躍りかかって太刀を振り落とした。
間に合わなかった。子供達を守りながらでは。雲門の応戦の刃は、一瞬遅かった。
たちまち摩利御前の血しぶきに、白い几帳は赤く塗れ、
「母君!!」
子供達の絶叫がこだまする。
母に縋ろうとする子供達を引き離して、雲門は鬼の如く引き離して──
羽交い締めに三人を抱く。
「やあだ、離してよ!母君!!」
もがく子供達を無理やり引きずって行く。
そこに、ようやく十二安が追いついて、それぞれが子供達を一人ずつ抱いて守り、残りは賊を斬りながら退路を確保していった。
斬っては逃げ、斬っては逃げ……そうして、いつしか賊から完全に逃れて、辛くも兄妹は命をとどめることができた。
この混乱で、国守為長は行方不明となり、摩利御前は落命。
幼い兄妹は為長とはぐれたまま、十二安に連れられて、山の中に逃げ込んだ。そこに身を潜めながら、十二安が色々調べる。
襲撃したのは何者か。為長の行方は。生き残った人々は誰か。事件を調べているのは誰か。朝廷から派遣される人は。など。
十二安は、はじめ山奥に逃げようと考えた。もしも襲撃が、ただの盗賊の仕業でなかったとしたら、危険だと思ったからだ。
もしや、烏丸殿が?
そういう可能性も考えた。
もしもそうなら、表に出て行くのは危険だ。
伊賀国府が襲撃され、国守が行方不明となったら、朝廷から誰かが調査のために派遣されるだろう。
しかし、襲撃が烏丸殿の仕業であるならば、つまり、背後に朝廷の影があるならば。調査に訪れる人は、その内意を受けた人である。
そこへ出て行ったならば、たちまち殺されてしまうかもしれない。
雲門も十二安も判断に迷った。
しかし、大人の事情など子供には関係ない。子供達は毎日、母を呼び続けて泣いていた。そんな姿に、屈強な十二安もひたすら泣けて。
「常陸の様子はどうだ?」
理安、隆安は改めて、花園殿の様子を尋ねられた。
花園殿のとんだ野望を知る二人。もしも襲撃が烏丸殿なのだとしたら、花園殿への宣戦布告と言えないこともない。花園殿は受けて立つに違いない。常陸はたちまち戦場と化すだろう。
そんなところへ、この幼い子達をやってもよいものか。
「いや、烏丸殿の仕業とは限らぬ。ただの山賊かもしれぬし」
そうであったとしても、花園殿は何れ国家に弓引くつもりのようだが。しかし、その強い軍が幼い兄妹を守ってくれるわけでもある。
結局、十二安は兄妹を常陸に連れて行くことに決めた。何より、子供達があまりに母を恋しがって泣くので、気の毒で、せめて父に逢わせてやろうと思ったのである。
三兄妹は、十二安に守られながら裏道を進んだ。途中、何度も椿寿丸が熱を出し、また相模に至った頃には、貴姫君まですっかり弱って、しばし山中の岩陰に休養したほどだった。特に椿寿丸の衰弱はひどく、岩陰には一ヶ月も潜んだ。
ようやく回復して、出発となったが、船旅は船酔いで体力を奪うだろうと、武蔵国内は陸路を選び、下野経由で常陸に入ったのである。
そんなこととも知らず、常陸の花園殿は新城に移り、町も大方整備し終えたところであった。
花園殿はその日、都や全国から集めた家臣、荘園の人々、それに常陸で集めた新しい兵や民達を前に、高らかに宣言した。
「我が常陸の民よ。常陸はこれより、朝廷から独立する。この新城は、朝廷とは別の、新たな政の場である」
その日のことだったのである。三兄妹が命からがら、この新城に着いたのは。
この時、この幼い兄妹が身に携えていたのは、一張の琴のみであった。
賊に襲われた時、椿寿丸が弾いていた琴。矢の刺さった跡のある、痛々しいその琴は、法化という。
故に、この琴から名を取り、この新しい勢力を法化党と称することにしたのである。
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