後拾遺七絃灌頂血脉──秋聲黎明の巻──

国香

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賓客(上)

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 傍らに筆大夫がいる。陸路を経て海に出た。内海であろう、そこから穏やかな船旅となる。船は周人の王が手配してくれた倭船だ。

 数日やわやわとあちこち寄港しながら海路を行く。この辺りは最初の国とは様子の違う大国で。着物や習慣が異なっている。次に寄港した所では、やたら彫りが深く、目のぎょろぎょろした人々だらけだった。次に寄港した所では、銅鐸があって、まるで子余の国のように占いをしている。

 どの国の人々も穏やかで、勤勉に稲作をしている。どこへ行っても子解は歓迎され、敵視されたことは一度もなかった。子解たちの文化、文明に興味津々で、このままここにとどまって、この地の指導者になって欲しいとまで言われたのだ。

 そういう民族なのだろう。最初の国の周人の王は、決して子解の船に欲が眩んだわけではなかったようだ。

 あまりに歓迎されるので、寄港する度、数日経ってしまう。引き留める人々を振り切って、再び旅を続けるの繰り返しである。

 さらに内海を行き、やがてそのまま川に入った。船は上流に向かってしばらく遡上する。間もなく港が現れた。

 その港で上陸する。大王のいる国である。

 周雅ならば首を傾げて見るはずの山の稜線。

 子解は筆大夫に言った。

「しばしば小競り合いはあるようだが、睨み合うだけで、戦に発展している様子はない。実に穏やかで大きな土地だ。どこへ行っても私達を歓迎してくれる。本当にここに永住したくなる。父上をこちらにお連れすればよかった」

「確かに、そうですねえ。こちらで一国分けて頂き、今まで通り暮らして行けたらと、願ってしまいます。しかし、陛下は復讐心に支配されておられましょう。安住するより、満将軍から奪い返すことを望まれています」

「ああ、父上を無理にでもお連れすればよかった。この地と人々に触れれば、父上のお考えも変わったであろうに」

 港に降り立つと、さっそく大王の迎えが数十人、来ていた。その中の一人、長い髯の立派な人が進んで来て、子解たちに挨拶した。

「商人の皇子よ、ようこそお越し下さいました」

 彼は子解たちの言葉で話しかけてきた。秦人であろう。

 今まで幾つもの国を通ってきたが、どの国にも子解たちの言葉を話す人がいて、通訳をしてくれた。そうした人は必ず秦人と呼ばれていて、大陸からの渡来人のようである。

 実際に秦人かどうかはわからない。秦人かもしれないが、数十年前に来たなら、斉人かもしれない。最近ならば、燕人かもしれない。何らかの事情で漢人もいるかもしれない。

 だが、どうもこれらの大陸からの渡来人を纏めて皆、秦人と呼んでいるらしかった。実際、秦の始皇帝が字体の統合をしたこともあってか、大陸では話す言葉が共通している。子解の国でも秦と同じ言語を使っていた。

 つまり、秦人と呼ばれている渡来人たちは、実際には別々の国の出身であっても、秦の言語を操るのである。だから、倭人は彼らを一纏めに秦人と呼ぶのであろう。

 子解たち一行は秦人と同じ言語であるので、長髯の人の言葉が通じる。

「わざわざのお出迎え、感謝致します。しかし、我々が参りますこと、どうしてご存知だったのでしょうか?」

 子解が丁重な態度で出迎えの礼を口にすると、長髯はからからと笑った。

「それはそうです。商人の皇子が参られると、各々の国から連絡が来ていましたから」

 子解が途中立ち寄った国から、すでに連絡が来ていたというわけだ。寄港してゆっくりしている間に、報告がもたらされていたのだろう。

 百以上の小国に分かれているとは言っても、国同士には繋がりがあって、連携しているのだ。

「我々が通ってきた内海の国々は皆、大王の国に属しているのでしょうね」

 筆大夫がそっと耳打ちした。子解は頷いた。つまり、寄港してきた国々は、この大王国を宗主国とする連合体なのだろう。

「まずはごゆるりとなさって下さい」

 長髯の人は子解たち一行を馬に乗せ、町の方へと案内した。

 しばらく行くと、町が見えてきた。幾つもの国々を従えている宗主国の、大王のいる都だけはあって、今まで見た中で最も大きく立派だ。

 周人の王の都より広い。ただ、造りはあちらの方がいささか立派か。あちらは大陸の文化が窺えたが、こちらは独特だった。これが倭人の文化なのだろう。

 都は倭人らしい造りだが、道行く人々は様々だ。やはり倭人が多いが、秦人の割合も高い。呉人、百越人らしき姿も多いし、半島から来たらしい人々も沢山行き交っていて、さながら国際都市だ。

 いきなり大王の宮殿には案内されない。やがて宮殿が山を背に鎮座しているのが見えてきたが、そちらとは反対方向に道を左折した。

 左折してすぐ。宮殿とはそう距離は離れていない所に、かなり大きく立派な漢風の建物が建っていた。

「こちらにご滞在下さい。まずはしばらく、ごゆるりとなさって、それから大王とご対面の儀式となりましょう」

 迎賓館なのだろう。長髯の人が子解たちを案内した。子解は百人以上で来ている。全員は入れない。

「下の人々には町中の宿でお過ごし頂きます」

 長髯の人は子解以下の貴人三十人ほどを迎賓館に入れ、接待役の人々に引き合わせた。

「この者たちは蓬州の人々です。商人の皇子のお世話をさせるため、召し出して参りました。ご用がございましたら、遠慮なくお申し付け下さい」

 蓬州の人々というのは下僕なのだろうか。男も女もいたが、皆、神妙にしている。だが、賓客の世話をさせられている人々なのだから、ただの下賤とは思えない。一様に綺麗な格好をさせられていた。

 長髯の人はじめ、出迎えてここまで案内してくれた人々は、蓬州の世話人たちに子解を預けると、子解の下僕たちを連れて、町中へと去って行った。

「お疲れでございましょう。まずはどうぞ、沐浴なさっておくつろぎ下さい」

 蓬州人の長と思われる中年の男性が子解に言った。秦の言葉だった。

「そなたも秦人で?」

 子解は驚いて訊く。

「はい。正確には私めは斉人でございます。蓬州には斉人と倭人の混血児が多くおります。勿論、純血の倭人も秦人もおりますが。こちらで皇子のお世話をさせて頂きます者どもは、ほとんど斉人か秦人でございます。倭の言葉しか話せない者はあまりおりません」

 中に数名、倭の言葉しか話せない者もいるようだが、たいていは子解と話が通じるらしい。子解は筆大夫と顔見合せて微笑んだ。

「町中に滞在される皇子の下僕の方々のお世話も、我々の仲間が致しますので」

 町中の宿でも、蓬州人が世話をしてくれるらしい。

「それは、何から何までお世話になる。蓬州には足を向けて寝られないね。それで、その蓬州というのはどちらか?」

 子解には蓬州の場所がわからなかった。少なくとも、ここまで来た道程には、そのような場所はなかった。

 蓬州人の長は言った。

「ここよりずっと東の地に、最も高い山がございます。普通、高山は山脈の中にあるものですが、その山は単独で聳え立つ不思議な霊山です」

「幾つもの山が連なっているのではなく?」

「はい。山はその一つしかございません。珍しい地形でございます。しかも、それが倭の中で最も高いのですから。その山の麓から、海岸沿いに南へ広がる一帯が蓬州です。蓬州はかなり広いのですよ、五ヶ国に跨がっている地域です」

 霊峰を有する広大な海辺の地域。長は誇らしげである。

「しかし、そのような遠方から、わざわざ来るとは、大変だね」

「これも、大王から賜ったご恩をお返しするためです。我々渡来人を警戒することなく、快く迎え入れて下さいました。広い土地を下さったばかりか、能力のある者は高官として取り立てて下さったのです。普通は追い出されるか討たれるものです。受け入れられたとしても、奴僕として召し使われるもの。それなのに、貴人としての身分を与えて敬って下さるのですから。我々も、この国の発展に貢献したいものだと思いますよ。もう自分が斉人だとか秦人だとか、思ったりは致しません。我々は皆、己は倭人であると思っています。子孫は永遠に倭人としてこの地に住み、この地を発展させることでしょう」

 その話に、子解も筆大夫も少し感激した。
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