小倉鍋──織田信長の妻になった女──

国香

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故郷

五・焼き討ち(壱)

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 小田城の女主人となったお鍋。だが、周辺はなお六角方の勢力が分散して存在しており、いつ何があってもおかしくない。

 信長は近所に住む三崎殿夫妻に城の警固を任せた。実質的な城主は、三崎殿の夫である。

 信長の愛情を感じることができたその夜は、その愛情そのものである城に包まれ、幸せいっぱいで眠りについた。城の中にいると、信長に包まれているような心地がしてくる。

 実際、信長そのものに抱きしめられて眠ったわけではあるが、信長は熱すぎるのに対して、城の空間からはあたたかく、愛情と呼ぶに相応しい空気が溢れていたのだ。

 翌日には約束通り、篠原まで馬で出掛けた。

 蒲生野に立ち、感慨深い様子であった信長は、琵琶湖を背に、日野川の上流側を眺めて、両手を広げて伸びをした。

 左手を振り、

「向こうが佐久良よな」

と。そして、右方向を右手食指で差した。

「あちらが日野ですわ。お屋形様、このまま走って、冬姫様にお会いになられます?きっとびっくり遊ばされますわよ。昨日の私のように、これは夢かと、驚き、嬉しく思われますでしょう」

 信長の心が動かされたことが見てとれた。信長は特別、冬姫を可愛がっていたように見受けられた。

 だが、ふうと一つ息をつくと、表情を改め、しみじみと言った。

「そうか、そなたは驚き、嬉しく思ったか。なれば、よかった」

「冬姫様を驚かせたいと、悪戯心が湧いてきておられましょう?」

「いや。日野へは行くまい。蒲生家は今、金森の一揆勢と戦っておる。舅殿の出陣中に、父が遊びに行くわけにはいくまい」

 首を左右に振って、諦め顔。

「余計なことを申しまして――」

 信長の心を乱したことに、頭を下げた。

「いやに素直だな」

 信長はもういつものように、にやりと笑ってお鍋を見やった。

 お鍋は幸せそのものだった。

 於巳を手離した彼女のために、実姉が新しい侍女として、側についていてくれることになり。積もる話に、これから毎日、飽くこともなさそうだ。

 改めて、信長へ感謝の気持ちを口にしかけた時、水辺に二人連れの僧侶が立っているのが見えた。

 二人は手を合わせてから、首を傾げつつ言葉を交わし、すぐ側の池へと歩いて行く。

 お鍋は何故か興味が惹かれた。それに信長も気付き、彼も僧侶たちを目で追う。

 池にたどり着くと、また合掌し、二言三言。やはり首を傾げ、何やら疑問を持っている様子。

「何だろうな?」

 信長がお鍋相手に呟くと、その声が聞こえたように、二人がこちらを見た。目が合った。

 すぐに躊躇いもなくこちらに向かって歩き出す。

「なんだ?俺たちに用があるみたいだぞ?」

「道でも訊くつもりでしょうか?」

 お鍋がそう思ったのは、僧侶たちが明らかに旅の途中らしい様子だったからだ。

 僧侶たちは声が届きそうな距離にまで近づくと、なお歩を進めながら、頭をぺこぺこ下げてきた。さらに数歩寄り、ついに話しかけてくる。

「あの、ちとお尋ねしますが」

 東国の人であろうか。少々聞き慣れない響きがあった。

 まだ若い僧侶たち。面差しが似ていた。兄弟僧であろう。

 弟と思われる、まだ二十歳がらみと思しき方が、いかにも青年らしい声でまた言った。

「この辺りでその昔、内大臣平宗盛公が首斬られたそうですが、その首を洗いし池というのは、どちらでしょうか?」

 お鍋は少々驚いた。

 どうやら、平宗盛の首を洗った場所を求めてやって来たらしい。なるほど、僧侶ならばその場所を突き止め、読経なり念仏なり、故人の供養をしたいと思うはずである。

 しかし、たとえ僧侶とはいえ、平宗盛の供養をしたいと思う人間が、今の世の中に存在するだろうか。

「ほう、平宗盛とな?」

 平家の末裔を自称するようになった信長には、興味深いものがあったと見え、僧侶に問い返した。

 信長とお鍋。身なりからして、明らかに普通の人ではない。僧侶たちも初めは地元の金持ちか地侍かと思ったのだろうが、その姿、物腰からただ者でないと悟ったようだ。

 僧侶は二人とも、とても聡い様子。非凡そうな様子が瞳に表れている。

 弟の方が名乗らねばならないと思ったようで、頭を下げ気味に恭しく言った。

「拙僧どもは陸奥より出て参りました浄土僧にて。拙僧は袋中良定、こちらは兄の以八と申します。拙僧は下野大澤文庫の学生にて、比叡山は聖衆来迎寺に派遣され、修行に参るところ。兄とは大津で別れ、兄は九州善導寺まで、さらには安芸厳島神社に参る予定でございます」

 すっと身を起こした。その所作が大変に美しく、お鍋はほうっとため息をもらした。

「浄土僧とな。なれば、この川を遡上すれば、我が娘の家がある。そこは浄土宗で知恩寺の縁あるから、機会があったら寄ってやって欲しい」

 今日の信長は頗る機嫌が良い。気さくにそんなことを言った。

「知恩寺でございますか」

 今度は兄の以八の方が答えた。

「篠原を訪ねたり、厳島神社に参るとは、なかなかに面白き者どもである。なれば、知恩寺にも寄るべきであろう。それと。少し手前の津田には寄ったか?」

「いえ」

「それは残念だ、帰りに寄ってみるがよい。我等も津田に寄ってから、この篠原へ来たところだ。同じように平宗盛公に手を合わせるためにな」

「それは――!」

 兄弟の顔がぱっと明るくなった。

「首を洗いし池というのは、先程御坊たちが手を合わせていた、あの池よ。平家の末裔として礼を申そう。平家を哀れと思うてくれて、忝ない」

 二人は同時に信長に合掌するような姿勢をとって、頭を下げた。

(法然上人の後継者の賀茂上人は平家の公達だけれど、浄土僧には今でもそれが頭にあるのかしら?)

 お鍋がそう思っていると、弟の袋中が首を上げて問うてきた。

「失礼ですが、あなた様は平家の末裔でいらっしゃるのですか?」

「おうよ、俺は資盛卿の末裔だ。津田は資盛卿縁の地だ」

「ほお」

「ところで、御坊は比叡山に行くのか?」

「左様でございます」

「やめたがよい。三井寺にでも滞在されよ。それか、先程申した我が娘のもとか。あるいは、この妻の城か」

 お鍋を顎で差して、妻と言った。お鍋は目を見開く。

「城?」

 袋中が首を傾げる。それさえ綺麗な仕草である。

「すぐそこの小田城だ。十日ほど滞在してはどうかな?」

「それは、何故に?」

 それには答えず、信長はふっと笑った。

「聖衆来迎寺だったな?」

「はい」

 比叡山は天台宗総本山だが、聖衆来迎寺は阿弥陀如来を本尊としており、天台密教色よりも浄土信仰色が強い寺だった。浄土宗の僧侶が学びに行くのも不思議はない。

 聖衆来迎寺には真雄という人がいる。昨年、比叡山は朝倉・浅井を匿ったにもかかわらず、この真雄上人だけは秘かに森可成の墓を寺内に作っていた。

 可成は浅井方と戦って討ち死にした信長の側近であるから、比叡山の寺院が彼を供養するのはおかしな話である。

「今夜の宿は?」

 兄弟僧は首を左右に振った。野宿するつもりかもしれない。

「なれば、今日は小田城に来るがよい」

 信長はそう言って、二人を連れ帰った。

 小田城では昼間、信長は表にいるし、お鍋は奥御殿にいるから、その後、お鍋が僧侶たちと顔を合わせることもなかった。僧侶たちがどうなったのかも知らない。一晩だけで出て行ったのか、なお滞在しているのか。

 お鍋はただのんびりと、奥でくつろいでいるだけである。数日そうやって、昼間は姉と語らい、夜は信長と濃厚な時を過ごした。

 信長はそのまま小田城にいて、安土に戻る様子はなかった。そのうちに、安土から馬廻り衆が軍を率いてやって来た。

 鶴姫と松寿は、彼らと共にそれぞれの乳母が抱いて連れて来た。

 信長は城に入りきらない軍勢を見て、ようやく重い腰を上げ。

「金森の一揆が片付いた故、行ってくる。帰りに寄るから、それまで観音寺山に押し込めておいた人質を頼む」

 織田方が金森一揆に勝利したのだった。

 一揆を率いていた六角旧臣達は、死んだり逃亡したのだろう。肝心の六角承禎・義治父子は逃亡した。

 垣見の一揆勢にも、今回の金森一揆にも、観音寺城は襲われることがなかった。昨年末、六角方との和睦の条件として、人質にとった義治夫人は、一揆勢に奪還されずにすんだ。

 今回の金森一揆を率いているのが六角承禎であることは確かなので、本来、人質の彼女は六角方に返還するか、殺すべきだが、信長はどちらもしない。今後も観音寺城に留めておくつもりのようだった。

「お任せを――」

 お鍋は頭を下げて、信長を見送った。

 信長の本当の目的が、いよいよ果たされようとしている。

 小田城から出陣して行った信長は、一揆が終息した守山方面へと南下して行く。

 上洛でもする予定なのだろうか。信長はさらに大津へと向かった。そして、三井寺に立ち寄った。

 思えば、これこそが真の目的を果たす上での、信長なりの意思表示だったのかもしれない。

「我が先祖はこちらに縁がある」

 信長は三井寺内で、高らかに言った。先祖の平親真の母のことを。

「三井寺は度々山法師どもから迷惑を被り、焼き討ちに遭うこと、これまでに百度に及ぶと聞く。同じ伝教大師を源としながら、山法師ども、まことにけしからぬことである」

 信長は比叡山の態度をけしからぬと言って、三井寺に同調する姿勢を示した。

 そもそも天台宗は伝教大師最澄に始まる。総本山として開かれたのが比叡山だ。高野山の弘法大師空海の真言宗と共に、平安時代の二大宗派である。

 最澄の後には、円仁と円珍が出たが、ここから天台宗は二派に分かれて対立するようになってしまう。

 円仁派は比叡山延暦寺に残り、円珍派は三井寺こと園城寺に移った。比叡山は山門、三井寺は寺門と呼ばれ、以後、絶えず争い続けている。

 比叡山の僧兵である山法師は、度々三井寺まで押し寄せては、焼き討ちして行った。

 山法師どもの暴挙は、三井寺に対する暴力だけにとどまらない。強訴という形で都に押し寄せ、朝廷にさえも自分たちの要求を受け入れさせるほど。

 また、山法師の武力は並々ならぬものであり、そこら辺の武士より数倍強かった。一騎当千ばかりだったのである。

「つい先日も逆賊どもを匿い、主上、公方様に逆らった輩である」

 信長は殊更に三井寺の味方だと主張して寺を後にすると、軍を進めて、突如として、驚くべき命令を全軍に下した。

「これより、比叡山に向かい、根本中堂、山王二十一社ことごとく焼き払う」

 ひどく厳粛で静かな声であった。

 家臣たちは、一瞬話が呑み込めなかった。

 丹羽長秀や柴田勝家、佐久間信盛、中川重政、木下秀吉など、近江より信長に従って行軍してきた武将。加えて、足利義昭に従ってきた明智光秀などがいたが、皆ぽかんとしている。

「昨年、逆賊どもを匿いし罰である」

 信長がさらにそう重ねると、そこで初めて、仏罰が下るの、開山以来誰も攻めて行ったことはないのと騒ぎ出した。

「仏罰ならば、比叡山にも下るはずよ。何故なら、山法師どもが三井寺を百度も焼き討ちしているからだ。うぬら、己に仏罰が下ると、怯えているようだが、三井寺が仕返しするならおあいこだ、三井寺の代理だと思えば良いのではないか?――仏罰はこれまで悪行の限りを尽くしてきた山法師どもに下る。織田による焼き討ちこそ、比叡山へ下される仏罰よ!」

「されど!比叡山には古より、未だ誰も手を出したことがございませぬ。比叡山の勢力を侮ってはなりませぬ。山法師どもが日吉神社の神輿を振りて、都に押し入れば、帝でさえも、神輿にひれ伏さなければならなかったと申しまするに!帝でさえ逆らえない聖域を犯したとなれば、どのような謗りを受けるか!これまで織田家に味方していた者の心さえ離れ、あちこちで反乱の狼煙が上がりましょうぞ!」

 柴田勝家が勇気を持って言えば、明智光秀も、ここぞとばかりに力説した。

「柴田殿の申される通りと存じます。言われなくても良いことで、悪名高くなりまする。評判は大事にございまするぞ。恐れながら、お屋形様のご先祖・平家が、何故あれほどまでに世に憎まれたのか、お考え下され」

「東大寺、興福寺を焼き討ちしたがためと言いたいのか?」

 ふんと鼻で笑って言い捨てた。信長は珍しいことに、今日はほとんど興奮が見られない。

「御意にございまする。平家があれほどに呆気なく滅びたは、焼き討ちにより、仏敵よと謗られ、人心が離れたが故のこと。結果を申せば、仏罰が下ったということにございましょう」

「仏罰、仏敵とな!くはははははは!今さら何だ?昨年から公方様もこの織田も、一向宗に刃向かわれているではないか!仏敵というなら、とうに仏敵よ!」

「本願寺と比叡山とでは格が違いまする!何も天台宗まで敵に回さなくとも――」

「敵とな!先に公方様に逆らい、朝敵を匿いしは山法師どもよ!」

 きんきんと信長の声が轟いた。ついに我慢をやめたらしい。

 明智光秀はそれでも引き下がらない。肩を震わせながらも続けた。

「座主は親王様にございまする!比叡山を討つこと、朝廷とて面白うは思いますまい。されば、公方様とて――」

「ほほう、では、朝倉、浅井に同心した者が、いつの間にか公方様の御意を得て、あべこべに俺が御敵、朝敵にされるというのだな?」

 くっくっくっくっくっ。実に不気味な笑いが本陣内に響き渡った。

「なれば、全滅させるまでよ。比叡山に籠りし人間、生命あるもの全て殺し尽くせば、公方様も味方しようがあるまい。相手が一人も生きて残っていないのだからな。殲滅だ。坊主どもはもとより、山におる女も子供も、一人残らず撫で斬りにせよ」

 ぞっと武将たちの背が冷たくなった。おののくのは、己に下されるであろう仏罰を恐れてではない。己の主君にだ。もはや誰も何も言えなくなった。

 だが、明智光秀だけは違った。足利義昭に仕える身でもあり、他の者とは立場も違うからであろう。

 是が非でも信長の暴挙を阻止しなければならない。彼は己の信念のままに、その使命感でもって、恐怖を乗り越えた。

「仰せ、ごもっともにございまする。比叡山の僧侶は堕落しておりますし、懲らしめる必要もございましょう。されど、焼き討ちすれば、数百年の歴史を誇る、貴重な仏像や経典などを失うことになります。これらがいかに重要な文化遺産であるか。これらは未来に受け継ぐべきもの、先人たちの遺した美の至極、技なのです。焼き討ちは人命のみならず、宝物をも失わせることになります。こればかりは、どうにかならぬものでしょうか?」

 この身が八つ裂きにされても構わぬ、守らねばと光秀は思った。だが、信長は小馬鹿にした。

「重要か。なるほど。仏具一つ一つに茶道具のような価値を付けてやるのも面白い。だが、先人の技の継承に、それほど拘る必要があるとは思えぬ」

 日本の伝統を守るのは、日本人として当然のことではないか。それを破壊するなど言語道断。光秀には、信長が別な生物のように見えて仕方がない。

(人間にはそれぞれの国があり、それぞれの国には文化がある。それを守り、誇りとすることが、その国の者らしさなのであり。日本人は日本の伝統を守らねば。無闇に南蛮のものを受け入れ、日本の古き良き伝統を捨てれば、日本らしさ、日本人らしさを損ない、未来の日本人は己がいかなる国の人間なのかわからなくなる)

「そちは史書が好きと見ゆる。そういう奴によくいるのよ」

 信長は口元だけ吊り上げていた。

「史書を読んで、全てが手に取るようにわかったことがあるか?ある事件について記した史書を読んでも、真実がどうにも伝わってこず、事実を想像するにも、記されている情報が少な過ぎて、もどかしい思いをしたことがあるだろう?」

「確かに幾度となくございます」

「そういう奴がその伝統とやらに固執するのよ。未来の人間に、きちんと伝えねばならぬ、真実が不明瞭だと、己のようにもどかしい思いを味わわせることになる、それはならぬと、変な使命感に燃えてな」

「左様でございます」

「くだらぬ。比叡山の仏像は日本独自のものか?日本は伊弉諾、伊弉冉の後、他国の人間とは混血しなかったのか?他国から持ち込まれた文化はなかったのか?仏像は日本で生まれて、日本人が守ってきた伝統なのか?」

 純血の日本人が生み出した日本生まれの文化が、いったいどれだけあるというのか。

「寺の文化など全て大陸の影響を受けたものよ」

 仏教はそもそも天竺生まれ。唐土や半島の影響を受けて、日本にもたらされた。

「渡来人の文化の何がそこまで重要なのか。そもそもそちは、己の祖先を突き止められるのか?この世にいったいどれだけの人間が祖先を明らかにできるというのだ。己の系譜に興味を覚え、調べ尽くして諦めるほかなかった者が覚える危機なのよ。そういう者が、そちのように口を極めて伝統伝統、ああうるさい!」

 光秀はなかなか次の言葉が見つからなかった。

「伝統というたとて、所詮は他の民族の影響を受けた物に過ぎないのに。古の日本人はな、今ある物に拘らず、時に先人の物を捨て、新しきを受け入れてきたのだ」

 仏教とはまさにそうして日本に流入され、浸透したものである。

「今とてそうあらねばならぬ。何故、千年後の日本人に、今の文化をそっくりそのままの形で示してやらねばならんのだ。そちはこれから千年も先まで、進化発展させないつもりか?」

「しかし、日本らしさは……」

「千年後など、今の南蛮人のような姿になっているかもしれぬ。そちは一万年前の日本人が我らと同じだったと信じておるのか?」

 伴天連によれば、全ての人間はアダムに行き着くのだという。日本人の祖先は辿ればセムに、さらにはノアに、ついにはアダムになる。何が日本人らしさか。昔は日本人も南蛮人もなかったのに。

 何が伝統、仏教か。仏教とて、数百年前、今のキリスト教のように、外国からもたらされた外来の宗教だったのに。
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