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1.女神の御手たる我ら

非常呼集

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 古くて薄暗い教会の中では、老若男女が押し合いへし合いしていた。日曜の礼拝ならいざ知らず、急な呼び出しに何ごとかと不満の声もちらほらと聞こえてくる。
 赴任したての眼鏡の司祭は、もったいぶった様子で壇上から辺りを見回した。

「みなさん静粛に。ことは急を要します」

 そう前置きし、祭壇の向こうの女神像と長椅子に座す老齢の村長に一礼する。
 そして、女神像の背後に広がるステンドグラスに描かれた、創世の女神がいにしえの勇者に剣を授ける意匠を感慨深げに眺めやってから、

「昨今、村の周りに出没する魔物どもが、わけもなく凶暴化しつつあることを、皆さんお気づきのことと思います」

 司祭に言われるまでもない。最近、村の外へ薬草を採りに出る回数がめっきり増えたのは、魔物に襲われる者が増えてナイの煎じた薬がよく売れるからだ。
 夏祭りが近いことで村人の出入りが激しくなったせいもあるが、ナイは昼間に魔除けの鈴も効かない魔物に出会ったばかりだった。魔物達は、強まりつつある魔王の魔の気を受けていきがっているのかもしれない。

 運命的な出会い(?)のあと、村までの道案内を頼まれたナイだったが、村に着くまでのほんの僅かな道のりでさえ、何度も魔物に遭遇したのだ。まるで勇者自身が、魔物を引き付ける格好の餌でもあるかのように。瀕死の勇者を置き去りにするわけにもいかず、村の門を潜る直前まで後衛の回復役として戦闘に加わっていたのだ。

「しかるにそれは、千年もの昔、創世の女神の加護を受けたいにしえの勇者に、北の地に封印されたといわれている魔王が、再び甦りつつあるからです――」

 何者かが魔王を封印している七つの宝珠を持ち去ったらしい、と司祭は続けた。
 しかしその魔王復活の話そのものについてはさして珍しいわけではない。四、五十年に一度ぐらいは封印が緩んでしまうようで、その都度、勇者が降臨して封印し直していることは、子供の絵本の題材にもなっている。

 ただ、本来なら魔物は封印の宝珠に触れることはできない。

 封印の宝珠を持ち去ったのは恐らく人間で、且つ相当なお馬鹿さんだとナイは言わざるを得なかった。ナイ達のような商売人がば、一発で封印の宝珠だとバレてしまう。簡単に足が付くので、希少ではあっても金に換えることはできない代物なのだ。世界を混乱に陥れるだけの、愚かな行いだった。

「しかし恐れることはありません。昨夜、我等が女神からの託宣がくだりました」

 司祭が自分に酔ったように声を震わせながら告げると、狭い教会の中に押し込められて不平を口にしていた村人達は、にわかに緊張感を持ったように息を飲み、辺りはしんと静まり返る。

「千年の時を経て再びいにしえの勇者が甦り、この魔物溢れる大地へ降り立ちました。しかも故郷を旅立ったばかりのよわい十六歳の勇者はいま、この村に来ているのです!」
「――――!」

 声にならないどよめきが、まるでさざ波のように教会の中を広がっていく。
 ――っていうか、ひとつしか違わなかったんだ。もっと、年下だと思ってた。
 村人達とは違う驚きと共に、ナイの脳裏には美化され紗まで掛かった血まみれの勇者の笑顔が浮かぶ。なぜだか動悸が激しくなり、胸に手を当てて落ち着くまでじっと堪えねばならなかった。

 
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