白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 黒崎が椅子から立ち上がり、挨拶を始めた。黒崎のことを見上げて、胸元へ視線を向けた。

「……来年より務めさせて頂きます。……さらに……」

 淀みなく出される言葉が、この静かな空間に響き渡っている。元から通る声をしている。お義父さんの挨拶の時と同じだ。

(あ……。左手の傷だ……)

 ふと、黒崎の左手に視線が向いた。手の甲には、白い楕円形のような傷跡がある。大きな手に対して、ごく小さなものだ。

 入院先の病院で、毎日のように点滴を受けていた時に付いたものだという。他には理由が思い当たらないからだ。小さな子が小さな手で、針の痛みを我慢していた。想像するだけでもツラくなる。

(この法事でも手を握りしめていたんだろうな。集まりの時も、たぶん……)

 一族の集まりの中で、当時の黒崎は末っ子だった。その上で、拓海さんの次に期待されている息子だという扱いを受けた。どんな思いをしたのか?いいものではないはずだ。そのことを黒崎はこう言っていた。淡々と受け取めたと。そういうものだと思っていたからだ。自分の意思はないものだったという話だ。

 晴海さんは黒崎と打ち解けるきっかけが欲しかったと言ってくれた。これでやっと雪解けが始まったと笑っていた。何かも自分がやらかしたことだと、お義父さんがそう言っていた。この家のルールや仕組みだから仕方がない。圭一は何も悪くなかったとまで話してくれた。

 黒崎は何も言わないが、きっと同じ気持ちだろう。お義父さんの若い頃と、もっと昔とでは時代が違うけれど、黒崎家に漂っている空気は昔のままだそうだ。これからは違うはずだ。

「どうぞお忘れ物の無いように、お気を付けて……、本日はまことにありがとうございました……」
「……?」
「……?」

 黒崎の締めの言葉が終わった後、ざわめきが起きた。どうしたのだろう。一同が驚いている様子だ。すぐに黒崎が理由を教えてくれた。丁寧な挨拶だったからだ。それが意外で驚かれたということだ。最後に一番ビックリして、口をあんぐりと開けながら会場を後にした。
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