白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 13時半。

 黒崎製菓が経営するレストランにて、ランチミーティングが始まった。メンバーが揃った個室内は賑やかだ。今回の組み合わせを考慮してある。メンバーは12人だ。それぞれの会話と様子を観察するのが目的だ。

 基本的に課長職以上は参加しないが、枝川室長には出席させた。今年春の人事でチーフから昇進した。新入社員には桜木聡太郎もいる。新入社員といった感覚がない。部下たちも同様だろう。枝川が平田に指示を出しつつ、部下たちの世話を焼いている状況だ。
 
「このカルパッチョ、美味しいですねーー」
「桜木君。それは俺の分だぞ。こら、パンも食べるな。平田、お代わりを頼んでくれ。常務の分もだ。山本君もだな。4人前だぞ」
「りょーかいしました!」

 平田がスタッフへ声をかけた。枝川と桜木が、料理をめぐって小競り合いをしている。それを眺めつつ、メンバーから笑いが起きている。見ていないで止めろという、枝川からの視線を向けられた。しかし、笑い声しか出てこない。

「個室だ。存分にやれ。マナー違反でも構わない」
「だからですよ。みんな、これは遠足じゃないぞ。叱られないからって安心するな」

(自然に笑える。昔とは違うのか……)

 黒崎ホールディングスでも、こうした時間を設けていた。社長として参加することはなかった。俺が社員と話す時は、近くの部署に出向いたついでに冗談を口にして場を盛り上げて、次の場所へ行くという、その繰り返しだった。個人的に接することはなく、自然に笑うこともなかった。この黒崎製菓では反対の状況だ。楽しんでいる。

 わずか2年前のことだが、あの頃とは考え方が変わった。社員を大切にしたい。先にそのことを頭に浮かべている。社長時代にも人員配置に関わった。どの社員同士が相性がよく、いかに効率よく業務が回せるかを考慮した。

 役職者からの聞き取りも判断材料にした。意見を聞いたわけではない。主要なものは全て自分で決定した。

 そういうわけで、社長は誰のことも信用していない。そう囁かれていた。それすら当然だと思っていた。早瀬からは、相手の話を聞けと指摘され続けた。

(懐かしいことだ。……何を見ているんだ?俺のことか?)

 いつの間にか、部下から視線を向けられていた。何かあったのか?それに対して、平田から答えが聞けた。夏樹のファッションのことが、ネットで話題になっているそうだ。

 平田が差し出してきたニュース画面には、たしかに夏樹の写真が出ていた。ウサギーのニット帽子を被っている。畑で撮ったものだ。

「話題になっているのは、この帽子のことです。タイアップですか?」
「いや。本人が好きだからだ」

 雑誌の取材前には、メーカーの許可を取っている。この帽子も当てはまるだろう。たまたまだと答えると、新しい画面を見せてきた。ファッション関連の項目だ。ミュージシャンが身に着けたことで注目を浴び、人気が集まった商品だと出ている。平田が記事を読み上げた。

「……ヴィジブルレイ、ボーカル・ナツキが火付け役に。来年10周年を迎える、トリンドランドでは、嬉しい悲鳴が起こった。広報担当者によると……”いつか、ご本人とのコラボ商品が開発できることを願っている” と……」

 今朝の一貴からの話を思い出した。すでに知っていたのか?記事が出たのは今日だが、アパレル関連同士なら情報が届いている。

 画面の中で笑っている夏樹は、たしかに本人に違いないのだが、別人を見ているかのような錯覚をした。自分でさえもそう思う。

 帰宅すれば本人がいる。電話の向こうにも。それで満足できない思いが浮かんだ。それではいけないと分かっているのだが、落ち着かない心地になった。

 ランチを終えてオフィスに戻る頃には、メンバー同士が打ち解けていた。こうした機会を増やしたいと思った。
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