青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 少しの間、見つめ合った。黒崎の目は優しい。仕事の時や書斎に籠もっているときは、どんな目をしているのだろう。彼の指先が唇に触れて、何度か軽く押された。

「キスができない」
「いいじゃん。してよ……」

 俺の声は掠れていた。黒崎が少しだけだぞとつぶやき、唇同士を合わせた。すると、彼の舌が忍び込んできた。そして、ペロッと、唇を舐められた。

「これだけ?」
「今はこれだけだ」
「そうだよね。あんたに風邪がうつるかも知れないもん」
「もううつった。これで早く治る」

 これでも我慢していると、耳元で囁かれた。俺は黒崎に抱きつき、ベッドで寝ようと誘った。しかし、乗ってくれない。

「意地悪な黒崎さんだねーー」
「腹が鳴っているぞ。さっき、山崎さんがおかゆを持って来てくれた」
「悪いなあ。でも、山崎さんのおかゆって美味しいんだ。具材が凝っててさ~。胃にも優しくて。ここに来て良かったよ」
「そうか。お前は小食なくせに食べるのが好きだな」
「黒崎さん。一緒に食べようよ」
「ああ」

 黒崎が立ち上がり、俺の手を引いた。すると、手が熱いと言われた。熱が上がっているようだ。しかも、喉の違和感もある。早く昼ご飯を食べて薬を飲まないといけない。

「けほっ」
「下の加湿器はつけてある。おいで」

 ふわっと、黒崎に匂いがした。軽く抱きしめられたからだ。いつもなら黒崎は会社にいて、彼が帰ってくるまで、俺はお義父さんの家で寝ているところだ。こんなに優しくしてもらえるなんて、毎日でも風邪を引きたいと思った。しかし、それは言わないようにした。せっかくのムードが台無しだ。

「うへへへへ」
「お前、笑っているのか」
「だってさーー。ああーー、しまった。つい」
「また声が掠れてきたぞ。早く来い」
「うん」

 今度は強引に手を引かれて、一階に下りて行った。ダイニングテーブルにおいてあるおかゆは適温になっていて、温め直さずに食べられた。うな重とカツサンドは黒崎の分だ。俺は分けてもらうぐらいでちょうどいい。今日の体調だと。伊吹はそれを知っているから、そうしてくれたのだろう。

 アンが欲しそうにしている。カツサンドの匂いが好きなようだ。お腹を壊すといけないから、ソースのかかっていないパンの部分だけを食べさせた。それで満足してくれた。

 黒崎がおかゆを食べている俺のことを見つめている。とても優しい目だ。なんだか照れくさくなり、唇を尖らせて見せた。久しぶりに言いたいセリフがある。黒埼と出会ったばかりの頃のものだ。

「“俺が減るから、あんまり見るな”」
「“減ったら思う存分足してやるから見させろ。男の子を乗せたのは初めてだ”」
「あんたさ。俺のことで苛ついていたよね?」
「そうでもない。忍耐力が付いた」

 黒崎が俺に喋るなと言うが、久しぶりにゆっくりと向かい合っている時間だから、黙っているのが勿体なかった。

 黒崎が黙っている。俺が喋るからだ。しーーんと静まりかえったダイニングテーブルで、笑いがこみ上げてきた。そして、黒崎が立ち上がった。テレビを付けてくるという。何か音があった方がいいようだ。彼の後ろ姿を見守った。ピンと伸びた背筋をしている。どこから見てもかっこいい。

(黒崎さんは俺のものだよ……)

 久しぶりに独占欲が出てきた。しかし、話せないでいる。本当は聞きたいことが沢山ある。バーテルスさんが、あれからお父さんとどうなったかということや、ママのこと、朝陽のこと。黒崎は何が起きる度に、俺の負担にならないように、伝えるべきだと思ったことだけ、タイミングを選んで話してくれる。だから頼りになる人だ。

 ドイツで入院したと一貴さんから聞いた時は、足の力が抜けてしまった。情けないことだ。俺は黒崎家のメンバーとして、しっかりしないといけない。それを黒崎に言うと、気負うなと言い返される。優しい笑みを浮かべながら。

(でも、俺、頑張るからね……)

 口に出さずに、黒崎に伝えた。ごちそうさまでしたという言葉と共に。黒崎がホッとした顔をしていた。そして、俺は寝室のベッドで、しっかり寝ることにした。
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