青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 南波さんを乗せた車が門を出て行く姿を、セキュリティーシステムのモニターで確認した。今ここはリビングの中だ。アレクシスさんがテレビを観ている。日本語を長く使っていたから、すぐにテレビの内容が分かり、時々笑っている。手にはビールの入ったジョッキだ。おつまみはウインナーだ。どちらも日本のメーカーの商品だ。これが食いたかったと彼が言った。

「ああーー、日本の食べ物もビールも美味いなあ。ユリウスは根っからのワイン好きだ。本当にお前、ドイツ人なのか?」
「そうだよ。僕はドイツ人だ。でも、小さい頃の記憶は日本でいたときしか無い感じだ。日本式の食べ物が合うんだ。日本食の後はワインがいい」
「お前、そのワイン好きだよなあ。ドイツに居たときも、そればっかり飲んでいた。こっちにも売っていたんだな」
「見つけたときは嬉しかったよ。隆さんが頼んでくれて、酒屋さんが仕入れてくれた」

 ユーリーが城から出てきた人みたいなイメージでワインを飲む姿を見つめた。彼がバーテルス家の息子そのものだとアレクシスさんが言っていた。ということは、アレクシスさんは親戚の中で浮いた存在だということだろうか。

「アレクシスさん。ドイツの家の中とか親戚の中では浮いているの?」
「ああ。浮いている。おかしな家だ。ふつーに話して笑っておけば良いのに、なにかと儀式みたいな行儀作法があって、親父は陰気で、コケが生えそうな家だ。母さんは明るくしているけどな。外の人と結婚した方が母さんにとっては良かったに違いない。でも、親父に憧れていたから、今はこんな感じだ。まあ、いいか。人生いろいろだ。夫婦で叩き合いだ。髪の毛を掴むわ、床に引き倒すわ、鍋で親父のことを殴り返したことがある母さんだ。鍋は取ってある。少しへこんでいるんだ。その時、親父が倒れて動かなくなったんだけど、血が出ていなかったから、病院には行かなかった。親父が言うには、女房から殴られたなんて恥ずかしかったからだそうだ。そんな親だ。俺だってこうなる」
「そっか……。なんだかプロレスみたいだね」
「その通りだ!隆さんに連れて行ってもらったプロレスの試合を見たことがあるから、母さんが鍋で親父のことを殴ったときには、そんなに驚かなかった。良い経験をさせてもらった」

 はははと、アレクシスさんが笑った。しかし、ユーリーが沈んだ顔になったから、笑うのをやめた。4歳違いだから、アレクシスさんよりも小さかった彼からすると、心が痛むことだったのだろう。アレクシスさんとしては、負けていないお母さんのことを頼もしいと感じているそうだ。

「うちの母さん、そのうちここに来るから、よろしく頼んで良いか?」
「もちろんだよ。お義父さんがワクワクしているよ。久しぶりに会えるからって……」

 ふと、部屋の中に飾ってある拓海さんの写真が視界に入った。先週から、お義父さんがここに飾るようになった。今までは一枚も写真を飾っていなかったが、どういうわけか心境の変化があり、一枚だけ大きく引き延ばして置いてある。

 拓海さんの目は片方が黒で、片方が紺色をしている。この写真ははっきりと目の色の違いが分かる。大人になっても人目が気になると言っていたそうだが、小さかった頃の黒崎が何も言わないから、こんな小さな子に気を遣わせてしまってと情けない気持ちだったと、晴海さんに本音を打ち明けたことがあるそうだ。

 エミリアさんはもちろん、拓海さんと何度も話をしている。晴海さんともだ。8年間の滞在生活の中で、どんな話をしたのだろうか。ここは広い家で、階段を中心にして、二つに居住空間が分けられている。キッチンとダイニングは一緒だ。昔大勢で暮らしていたときと変わらない間取りだ。片方にお義父さんがいて、もう片方がエミリアさんとユーリーがいたそうだ。そして、アレクシスさんは庭の1人部屋だ。時々拓海さんが様子を見に行き、お菓子の差し入れをしていたそうだ。
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