青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 そこで、思いついたことがある。大和の方こそ、病院に来るのはどうかということだ。前のバンドでのトラウマから音楽業界から去ろうとしていたのを久弥が呼び止めた。そして、今、こうして目の前に居る。

 大和が以前所属していたのは、スカイレール・レコードだ。無理な接待をさせると有名なレコード会社であり、夏樹と悠人がデビューのオファーを受けた際に、真っ先に断った会社だ。IKUとは対立関係にあり、IKUに移籍した大和のことを良く思っていないのは知っている。

「大和君。病院に来るのは怖くないか?」
「俺も怖くありません。俺が通っている精神科のある病院も大きいですし。都内にある近山病院です」
「妹が通っていた病院だ。担当医は誰だ?」
「山本先生です。同じ先生に掛かっていたんですか。やめたって、どうしてですか?良い先生ですよ。あ、山本先生は2人居ます。俺の方は桐太郎きりたろう先生です。もう一人は、高一先生です。たまにしか見かけませんが……」
「そうだったのか。すまない。高一先生の方に掛かっていて、意見が合わず、転院させた」
「そうだったんですか……。その先生は、心と体の性別が合っていないっていう患者が多いって聞きます。だから、優しいのかなって思っていました」
「そうか……」
「悪い先生じゃ無いと思うんですけど……」
「そうだな……」

 俺の心が顔に出てしまったのか。こうして考えを出してしまうことがある。気を付けなければならない。気が緩んでいる証拠だ。いや、ここはプライベートな場所だ。こういうことがあってもいいのかと思った。そして、そこで、いや、いけないと思い直した。

「すまない。病院に対して不信感を口にしてしまった」
「いえ、いいんです。俺の方こそ、すみません。心と体の性別が合っていないっていう情報を漏らしてしまって……」
「それこそ構わない。いや、口を閉じておく話だな。患者さんの事に関わる。でも、君は病院のスタッフじゃないから、率直でもいいとは思う」
「今度からはこの話題は避けます。ありがとうございます」
「俺の方こそ、すまない。そうか。近山病院だったのか。前は違う病院じゃなかったのか?」
「はい。小さなクリニックに通っていました。でも、俺、入院が必要かもってことになって、今の病院に転院したんです。芸能人も見かけましたよ。まずい。これも口を閉じておくべきでした……」
「お父さんとはタイプが違うんだな。大成君とも性格が違う」
「はい。よく言われます。父は何でも慎重ですが、俺は思いきって始めるタイプだし、何でも言ってしまいます。弟は引っ込み思案です」
「そうだな。ん?紫乙さんの担当医と同じじゃないか……」

 そこで、思い出したことがある。紫乙さんの担当医と大和の担当医が同じ名前であることを。元軍人の彼女がかかりつけになるということは、何かあるのか。何もなければ担当医に選ばされないと月島さんから聞いてある。元の職業も選ばされたのだという。そこで会うべき人に会う。それが彼女の一生であり、36歳から退職準備に入り、40歳を迎える直前に退職したという。勤続20年となるわずか手前の2月28日での退職だったという。

 3月31日の退職を選ぶ者が多いというのに、2月末とは何だろうか。これは、彼女のような元軍人が選ぶ道なのだという。そうやって疑惑を持たせて、退職日を聞いた者の好奇心と批難めいた感情という名の心の内にあるものを呼び覚まし、表に出させることが目的なのだという。何もなければ何も感情が出てこないそうだ。寂しくなるという感情ならいいが、そうでないならどうなるのだろうか。

 彼女に関わるのは、同じ星から転生してきた人物が多いそうだ。取り調べを受ける人物は決まっており、いつどこで会うのかも決まっている。紫乙のチームを先導するルークは案内役だ。しかし、肝心の紫乙は何も知らない状況での退職であり、偏見と好奇心の目を向けられたときは辛かったそうだ。俺でも辛い。事情を知っていれば、心の痛みは少なく済んだだろうか。だから、彼女は自ら何も発言してはならないとなっていたそうだ。全ては軍の決まりに従っての行動だったという。前の職では、新任職員として席に着いたときに、遣いの者から、何年までの在職になりますと知らされており、その時のことを、おぼろげながら記憶があるという。親には話せないそうだ。彼女のことを追い出したことでの咎めはないのだろうか。

「大和君。前のレコード会社は選ばされたのかも知れないぞ」
「夏樹君から聞きました。色々あったって……。あの……、月島さんのことです」
「ああ、色々あった。このお兄さんも色々あった」
「圭一。どうして僕のラインの内容を知っているんだ?」
「顔を見て分かった」

 ユーリーから批難めいた顔を向けられた。彼のラインには月島さんからの愛のメッセージが多数寄せられていることは知っている。それを編集部らしく添削していることは、昨日聞いたばかりだ。俺がユーリーに話を向けたことで、また場が和やかになり、ちょうど長谷部さんが外との連絡を終えて、戻ってきた。

 すると、夏樹の検査が終わったと報告を受けて、父が中に入ることになった。しかし、その父がいない。一貴もだ。そこで心配したが、その必要は無いのだと分かった。飲み物を飲んできたと言いながら、俺達のことを見て微笑んで歩いて来た姿は普段通りだった。
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