青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 すると、抜いた歯のところに鈍痛が起きた。こんなに早くに麻酔が切れるのかと驚いた。それにはお義父さんが気付き、黒崎も声をかけてきた。顔をしかめてしまったのか。

「もう麻酔が切れたのかな。でも、また痛くなくなったよ……。今の、何だったのかな……」
「連れ回してしまった。ほら、親父、言った通りだっただろう。歯を抜いた後は休ませないといけない」
「悪かった。すみません。この子がこのようになりましたので、おいとまします」
「富沢君。見て差し上げてくれ」
「はい」

 井関先生の言葉に、富沢先生が立ち上がった。そして、胸元からライトを取り出して、俺の口を開かせた。

「傷口は開いていません。縫合はしっかりとされています。出血もありません。今日は家でゆっくりされた方がよろしいですよ」
「ひゃい。痛み止めを飲んであるんですが、効かないときがありますか?」
「個人差があります。化膿止めもしっかり飲んでください」
「あ、それを飲むのを忘れていました……」
「何も食べない状態での服薬は胃に負担をかけます。何か召し上がってからがよろしいです」
「夏樹。帰ろう」

 黒崎が言った。そこで、みんなそれぞれ帰り支度を始めた。お義父さんはお土産にこの大学の古い記念写真を受け取り、俺たちからはお饅頭を渡した。お土産を渡すのをすっかり忘れていた。俺が持っていた。

「またお越しになってください」
「はい。必ず。どうもお邪魔しました」

 お義父さんが帰りの挨拶をした後、俺たちは順番に部屋から出た。俺はお義父さんにぴったりくっついて出た。後ろが一貴さんで、一番後ろが黒崎と朝陽だ。正門までは今村先生が送ってくれる。しかし、時間を取らせるのは悪いから、ここで別れることにした。

「今村先生。どうもありがとうございました」
「またお越しになって下さい」
「記念パーティーでお会いしましょう。朝陽君、次の授業はどこの建物の教室だ?送っていく」
「隣の建物です。俺は一人で大丈夫です。夏樹を帰らせないと……」

 お義父さんからの言葉に朝陽が遠慮した。しかし、お義父さんは送っていくと言ったら送っていく人だから、首を横に振った。そして、今村先生も一緒に出て、出入り口のところで立ち止まった。

「どうもありがとうございました」
「こちらこそ。どうぞお大事に」

 今村先生と別れた後、俺たちは隣の建物に向かった。朝陽は緊張が解けたのか、ふうっと息を吐いている。学長室に行くなんて、滅多にないことだからだ。

「朝陽、大丈夫?」
「ああ。もう落ち着いた。ここに入った後、いろんな先生と会った。どの先生も優しそうだけど、厳しいっていう評判だ。俺、実習でいじめられるかも……」
「そんなことないよ。大丈夫だよ。お義父さん、そうだよね?」
「ああ。心配要らない。今村先生の前で緊張したんじゃないのか?」
「いえ、学長室に入ったからです。今村先生はとても話しやすい先生で、俺、好きです」
「そうか……」

 朝陽の言葉に安心したお義父さんが笑った。そして、俺達は隣の建物へと歩き出した。すると、向こう方から歩いてくる生徒に朝陽が反応した。同級生だろうか。

「朝陽、友達?」
「うん。三橋君だよ」
「そうなんだね。会いたかったんだ。あ、こんにちはーーー」
「こんにちは!」

 三橋君が俺達の前にやって来た。モデルの経験があるということで、たしかにかっこいいと思った。それに、真面目そうもである。黒縁眼鏡を光らせて立っている。さっそく俺達は自己紹介をした。すると、朝陽から聞いているとのことで、三橋君がペコッと頭を下げた。

「三橋龍成です。朝陽君にはお世話になっています」
「こちらこそ。大学の中を案内をして貰ったそうで、すみませんでした。あ、黒崎さん……」

 黒崎が三橋君の前に立った。優しそうな笑顔を浮かべてだ。こういう時は何かあるときだと知っている。第一印象で引っかかる時にする笑顔だ。俺からすると何も感じないのに。

「弟が面倒を掛けています」
「いえ、僕は楽しいです。モデルさんだって今村先生から聞いて、懐かしくなりました。あ、僕はもうやっていなくて……」
「そうだと伺いました。今度、朝陽をうちに誘いますので、一緒に遊びに来て下さい」
「はい。喜んで」

 三橋君が笑った。黒崎は隙の無い笑顔を浮かべたままだ。なんだかお互いにけん制し合っている気がしたから、ヒヤヒヤした。黒崎にはその笑顔ををやめてもらいたい。そう思って俺が黒崎の背中を突いてやめさせた。そして、朝陽のことを建物の前まで送り、2人と別れた。
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