青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 午前10時。

 黒崎の車に乗って、今日の収録現場に向かっているところだ。ここから20分で着くが、今日は少し寄り道をすることにした。現場への差し入れのためだ。長谷部さんが用意してくれているが、俺からも何か買っていきたくて、マリーズカフェに寄って貰うことにした。新商品の焼き菓子が売っているはずだ。

「黒崎さん。珈琲豆も買っていく?」
「テラコッタカフェで買った分がある。また今度にしよう」
「オッケー。あ、もう着いたんだね」

 黒崎の車が見慣れた看板の下に吸い込まれるようにして駐車場に入っていった。ここは広いから、置いている商品の種類も多そうだ。ここの店舗は初めて来る。あれもこれもと目移りしそうだ。

「どうしようかな。何を買おうかな。やっぱりクッキーがいいよね」
「もう降りるぞ。スマホをしまっておけ」
「うん」

 苦い思い出が頭の中によぎった。こうして、家から一番近いマリーズカフェに行ったときに、車を降りる直前までスマホを見ていていたせいで、スマホを落としてしまった。道路にでは無かった。車内だった。だから、運良く傷が付かずに済んだ。でも、また落としたくない。

 車が駐車されて、黒崎が先に車から降りた。そこで、俺も車から降りた。すると、もう夏の訪れといわんばかりの熱気が襲ってきた。アスファルトからの太陽の光の照り返しだ。しかし、今日は風がある日だから、気温の上がり方はマシだろうと思う。

「暑いねえ。もう夏だねえ」
「帽子はどうした?」
「かぶらないよ。暑いもん」
「かぶっておけ。日焼けだけの問題じゃない。長谷部さんとの約束だ」
「はいはい。そうだねえ」

 俺は車のドアのを開けて、帽子を取り出してかぶった。どこに行くのにもかぶっている約束を長谷部さんとしたところだ。ありがたいことに俺のことを知っている人が増えてきて、カメラに撮られることがある。そこで、変装ということで、帽子をかぶることにした。顔にはマスクをしてある。今日はすぐに店から出てくるから、これだけで良いと思った。ほんの数分しかいないだろう。

 さて、帽子をかぶったことだし、店内に入ろう。俺は黒崎の手を引いて中に入った。すると、カフェらしく、美味しそうな匂いがして来た。コーヒーの匂いだ。しかし、冬ほどではない。アイスコーヒーを飲む人が増えたからなのか、ホットコーヒーの匂いがしなかった。

「夏だねえ。氷の音がするよ」
「夏樹。焼き菓子が揃っているぞ」
「どれどれ?」

 店内にはレジカウンターの近くに焼き菓子の入ったケースがディスプレイされていた。レジの隣にはケーキ類だ。今日はやめておくとして、俺達は焼き菓子の前に立った。買うのは今日のスタッフの分だ。全部で10人いる。みんなでつまめるようにしたいが、ここにあるのは個装になったお菓子だから、色んな種類を手に取った。

「どれも美味しそうなだなあ。クッキーはチョコチップと紅茶がいいね。アーモンド入りもある!これ、新しいやつだよ!」
「そうか。お前が昨夜見ていた分か。おい、熊の人形が置いてあるぞ」
「マリーズカフェ・ベアだよ。今回も柄もお洒落なんだ」
「そうか。買っていけ」
「そうだねえ」

 マリーズカフェには小さなテディーベアが売ってある。キーホルダーとしてバッグに付けられる大きさから、そこそこの大きさの物まで数種類が、季節ごとに売り出される。今回のテディーベアはキーホルダーにすると大きめだ。飾っておくのが良いと思う。

「夏樹。買わないのか?買ってやるぞ」
「買ったら、次も欲しくなるもん。3年前のお正月のハッピーバッグに入っていたベアだけで良いよ」
「その人形に友達を作ってやれ」
「え?」
「友達だ。ほら、買うぞ」
「……」

 黒崎の言葉に手が止まった。俺としては新作のテディーベアが出る度に欲しくなって止まらなくなるから買いたくない。しかし、黒崎としては1匹だけでは可哀想だという意見だ。それはまるで女の子の発想のようで、面白くて吹き出しそうになった。

「夏樹。これで全部か?」
「うん。全部だよ。はいはい。連れて帰ろうね!」

 黒崎がしっかりとテディーベアを持っている。俺達はそれらをレジに置いて、会計をした。その間、俺は店内の商品を見て回った。数種類の珈琲豆やドリップ容器、マグカップ、蜂蜜が置いてあった。そして、今回連れて帰ったテディーベアの兄弟達が座っていた。

 黒崎のことだから、すでにホームページをチェックしていたのだろう。それをツッコむと機嫌が悪くなるだろうから黙っておいて、ありがたくテディーベアを受け取った。生地の柄は金色と黄色の間の色味の和柄だ。店から出るときも俺が持っていた。黒崎がどことなく嬉しそうで、ファンシーな物が好きなのには変わりないと実感した。
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