青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 午前11時。

 収録の部屋に入ると、いくつもマイクが設置された場所が見えた。そこに立ってナレーションの収録が行われる。俺達はすでに打ち合わせを済ませてあったから、このまま収録に入る。夜20時までの収録で、1時間の休憩が1回と30分の休憩が適宜入る。聡太郎が吹き込んでいるときは俺の休憩になる。もしかしたら、うまくナレーションが出来なかった場合や機材トラブルがあった時には予備日として、来週の木曜日が予定されている。そうならないように、今日完了できるいい。

 俺と聡太郎は並びあったマイクにそれぞれ立った。手前が俺で、奥が聡太郎だ。打ち合わせ通りだ。本来なら別々に撮るらしいが、俺達は会話をする形でナレーションをするから、同じ部屋になった。

「夏樹君。台本は覚えてきた?」
「うん。怖い話ばかりだったよ。夏の地下駐輪場の話なんか怖かったよ。女の人が男の人を見かけて、その人の隣を横切ろうとしたら、振り返ってきた話なんて……。ズボンが膝まで下げられていて……」
「それは露出狂かもしれないっていう話だね。たしかに怖かったね」
「うん」

 今から撮るのはある女性が地下駐車場で見かけた男性の霊の話だ。露出狂かもしれないっていう話だった。しかし、警察が防犯カメラを調べても、その男性が映っていないという話だった。警察から疑われたわけではない。そこの警備を担当している会社の人と女性の近所の人が知り合い同士で、そこの駐輪場ではたまに起きていることなのだと、後で知ることになる。あの人は一体、という話の流れになる。

 俺達が話していると、板東さんから声が掛かった。隣の部屋にいるから、スピーカー越しだ。透明のガラスがで仕切られていて、向こうの様子が見える。そこには黒崎と長谷部さんがいた。俺達の様子を見ながら、スマホのカメラで写真を撮っていた。長谷部さんの場合は後でバンドの公式SNSに載せるのだろう。黒崎の場合は、我が家のアルバムに追加するためだろう。

「夏樹君。聡太郎君。準備は良いだろうか?」
「はい。できています。お願いします」
「俺の方も出来ています」
「じゃあ、撮ろう。ディスレクトサイドゼロのナツキと聡太郎が会話をしているシーンからだ。ファンクラブに載せるボイスメッセージだよ」
「はい」

 今日の仕事はファンクラブで使用するコンテンツも撮ることになる。今日の収録の裏話といった感じで撮るようにした。俺と聡太郎が話ながら怪談を語るシーンだ。俺と聡太郎は並びあったままでマイクに向かい、板東さんの指示により、台本を読み始めた。まずは俺からの話しかけになる。

「こんにちは。俺達は今、都内のある収録スタジオに来ています。来月放送予定の心霊番組のナレーションの収録のためです。全部で5本あります。聡太郎君、そうだよね?」
「ああ、そうだよ。こんにちは。ディスレクトサイドゼロの聡太郎です。夏樹君との初めてのナレーション収録をするところです。吹き込みの第1発目はファンクラブに向けてのメッセージボイスになります」
「聡太郎君の声って優しいだろ?まだステージで話す機会がないから、今回のメッセージがみんなに話しかける一番最初になるんだけどね」
「テレビでは話しているよ」
「あ、そうだった!でも、こうやってじっくり聞くってないだろーーー。みなさん、聡太郎君の声に注目して、心霊番組のナレーションを聞いてみてね!」
「夏樹君。君の分は聞いてもらえなくていいの?」
「あ、いけない。みなさん、俺の分もぜひ聞いて下さい。怖がりの俺がチャレンジしたナレーションです。暑い夏にピッタリのセレクトのお話で、効果音もすごくて、ドキドキする内容なっています。では、今度はまたレコーディング現場からみんなでお届けします。じゃあね!」
「また今度」
「オーケーです!」

 マイクが切られた後、板東さんからのオッケーの返事が聞こえてきた。まずはこれで一つの仕事が完成した。早ければ明日の夕方にファンクラブに載せられる。ファンクラブでは、このように、各メンバーの声を届けたり、レコーディング現場の映像を載せたりしている。リクエストも受け付けていて、できる限り叶えたいと思っている。中には俺の身体を見せてくれというリクエストがあったが、恥ずかしいから出来ていない。

「夏樹君。聡太郎君。良かったよ。さあ、第一話目の駐輪場の霊から撮ろう。よろしくね」
「はい!」
「よろしくお願いします」

 さあ、これから番組のナレーションの収録だ。マイクに向かい歌うのでは無く、語りかけるのは初めての経験だから、滑舌をよくしてと気を遣わないといけない。しかし、頑張ろうと決めた。ガラス壁の向こうには黒崎がいて、俺達に微笑みかけてくれていた。
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