青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 俺達はぞろぞろと社員達を引き連れるようにして歩き、避難先のホールを目指した。ここから歩いて5分かかる。歩道には社員達であふれかえり、整列するようにして歩いているつもりだが、他の歩行者が驚いていた。何かあったのかという言葉だった。しかし、それに答える前に、彼らが立ち去っていった。そんな光景を見ている中、枝川が食い下がってきた。

「副社長!お願いです!お宅の庭に遊びに行かせて下さい!理久を誘う口実にしたいのです」
「それはいいが。今は暑いだけだぞ。南波がキャンプをすると言っているから、その時にしたらどうだ?8月の終わりの頃だ」
「8月下旬ですか!そこまで待てません!」
「なら、諦めろ。理久君が意志が強い。お前と別れるとなったらそうなるだろう」
「ええーーーーーー!」
「声がでかい」
「す、すみません」

 先ほど俺は枝川のことをすっかり落ち着いたと思ったが、決してそんなことは無かったようだ。後に続く営業企画部の社員達からクスクスという笑い声が聞こえてきた。ということは、オフィスの中でも嘆き悲しんでいるのだろう。ここは活を入れないといけない。

「枝川。業務に支障が出ない程度にしてくれ」
「は、はい!しかしながら、俺の性格は、陰に籠もりがちなタイプの方にはウケています。悩んでいる子にもです。うちの北添を食事に誘いました。肩の凝るレストランなんてやめました。黒崎製菓を連想させるシャルロットキッチンもやめておきました。そこで、彼の家からわりと近くて、南波からの家も近い、イタリアンレストランに誘いました」
「そうか。家から出てきたのか」
「はい。俺だけだと会話に困るかも知れないと思って、南波を誘いました。そこで、思っていることを話してもらいました。やっぱり、山下君のコンテストの件が引っかかっていました。彼がグループを作って、来添の机の回りに来たり、睨み付けてくることをしたそうです」
「そうか」

 こういう場だから報告できるのだと感じた。本来なら副社長室で聞く内容だが、枝川らしく、フランクに対応したということだ。いや、食事の時は真剣だっただろう。俺は北添のことは心配していない。彼は真面目であり、コツコツをやるタイプだ。それに、最初に喧嘩を吹っかけてきたのは山下の方であり、和解したとは言え、分が悪いのは彼の方だ。それに、解決したというのに恨みを向けているのなら、いずれは自分に返って行く。今まで何度そういうことを見てきたことか。自ら穴に落ちていく者の姿を。

「枝川。北添に俺から伝えたのは、君は何でも真面目にとらえずぎるということだった。いずれ穴に落ちる者が出てくるとは限らないかもしれないが、長い人生の中でそれは起こる。それを伝えた」
「はい。北添から聞きました。ん?あれは……」
「ふざけているだけか?いや、違う」

 俺達の視界の中にはデザート事業部の社員達の姿があった。その中で、ある社員が男性社員を突き飛ばしていた。じゃれ合いとは思えなかった。その突き飛ばしていた社員は山下であり、周りを囲っているのは取り巻き達だった。そして、突き飛ばされた方は細身の男性であり、彼らよりも年上の人も居れば、今年の新入社員もいた。そこで、枝川が駆け寄っていった。

「君達!何をしているんだ!……ふざけていただけだと?そんな言い訳は通用しない!」

 枝川が山下の前に立った。取り巻き達も一緒にだ。そして、俺達が悪口を言われたからだと言い出した。数名で寄ってたかってという図式に頭が痛くなった。こういうことが日常の中で起こっていたということか。

 俺も山下達のそばに行った。すると、山下が去年に見せていたような顔をしていた。副社長室に呼んだとき、心が上下に揺れることに耐えられないのだと言っていた。すべては南波を思ってのことだったと。そこで俺は許した。しかし、それは間違いだったのか。コンクールで入賞して商品化されることで、山下が脚光を浴びた。十分にやり直しの機会ができたはずだ。しかし、その本人自ら台無しにした。山下こそ、カウンセリングが必要では無かったのか。今まで俺は放置してきたということだ。

「山下。話を聞く。その前に、ちゃんと謝れ」
「俺は……」

 山下が俯いた。取り巻き達の反応はこうだった。ぼおっとしているという感じだ。目の前で転んでいる人を見ても何もしないということだ。俺は今、山下に対して、自分に返っていったという例を見て、空を見上げた。そこには上弦の月が差しており、弓を構えている弓張り月だと思い、手柄を自ら台無しにした山下のことを見て、本人だけの問題では無く、見えざる力が動いているのだと感じた。
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