青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 すると、クーラーが効き始めた。社員達が呼吸が出来ると喜んでいる。しかし、枝川の山下達を叱りつける様子には目をそらすしか無いわけで、随分と気を遣わせてしまっている。そんな中、俺は橋本部長との通話を終えた。枝川のことをフォローするためだ。

「藤本さん、宝田君。身体の方はどうですか?病院に行きますか。僕が同行します」
「いえ、僕は平気です。尻餅をついただけなので……」
「腰を打ったんだろう。腰痛をあなどってはいけない。擦り傷も付いたんじゃ無いのか?」
「いえ、何もありません。藤本さんも同じ気持ちです。ズボンに穴も空いていません」
「そうか……」

 俺の申し出に、宝田が首を横に振った。2人はデザート事業部の社員だ。横暴な山下に辟易していたようで、これで問題解決かという顔をしている。それはそうだろう。山下のことでは処分が必要だ。営業企画部から異動させたときに、様々な部署が受け入れ先として候補に挙がっていた。そして、色んなケースを考えた結果、デザート事業部に落ち着いた。上司も替わった。そこで山下は居場所を見つけて、ちゃんと業務を行ってきた。それでよかったはずだ。それなのに、北添に陰険な目を向けて、徒党を組んで襲いかかるとは、何が彼にそこまでさせるのだろうと思った。

 そこで、藤本や宝田も南波と関わりがあるのかと思った。仲が良いことで山下からの嫉妬を買ったのでは無いかと思った。そこで、枝川に叱られ続けている山下にストレートに聞いた。すると、答えはNOだった。山下のことを遠巻きにして傘下に入ろうとしない藤本達に苛立ち、さっきのことを起こしたようだ。

 さて、まもなく10時20分を迎える。本社ビルには橋本部長と共に平田も待機している。枝川の片腕という存在だ。その平田がいない今、枝川のヒートアップは増すばかりだ。

「枝川。そろそろ出る準備をしろ」
「君達。分かったか。課長デスクに来い。話はそれからだ」
「はい」

 山下達が素直に返事をした。今もぼうっとした顔をしている。悔しいとか、見つかってしまったとか、まずいなど、そういう表情では無い。ただ静かに枝川の話を聞いている。その代わり、頷きもしていない。これは一体、どういうことだろうか。後で話を聞くとして、今回の話は大きな物になりそうだと予感した。

(また人事異動だ。転職組を増やせば争いになるだろうか……)

 新しい風を入れるとしても、受け入れ体勢が必要だ。いきなり今日からよろしく頼むという流れは避けたい。無用な争いを生むだろう。黒崎製菓では新卒者を多く採用してきた。そして、定年退職まで勤める者が多い。今の若い社員もそうするつもりでいるだろう。うちの会社は離職率が低い。新入社員達は先輩達にフォローされ、可愛がられている社員は少なくない。社員同士の交流は密であり、仲の良さがうちのアピールポイントになっている。しかし、これが崩れてきていると感じている。

 だからといって、南波を異動させるつもりはない。彼はきちんと仕事をして、役目を果たしている。異動先の希望としては広報部があるが、まだ営業企画部で成すべき事があると感じている。様々なアイデアを提供されて、彼のことを必要としている。そして、南波の動画配信により刺激を受けている社員が出ており、それは明るいものであり、良い影響を受けたと思い、嬉しく思っている。

 さて、10時20分を迎えた。橋本部長から再度電話が入った。本社ビルではにも起きていないそうだ。そして、深川さんの元には各支社長からの報告があり、何も起きていないことが分かった。さあ、本社に戻ることになる。

 俺のそばには南波がいる。あえてそうさせた。まさか自暴自棄になった山下が暴れかねないことを危惧してのことだ。そして、去年、彼のことを争っていた谷川と山本もそばにきた。彼らは何も起こすことなく、日々の業務を行っている。しかし、今は山下達のことで動揺しているようだ。

「みんな、戻るぞ」
「はい」

 そこへ、今田課長のアナウンスが流れた。今度は総務部から移動して戻るということだ。やっとクーラーが効いた中、また暑い外に出ることになる。みんなが夏のスーツを着ているが、この中は暑かったようで、ハンカチで汗を拭う者が多い。

(うちは甘いのか?そうではないだろう。こんなになってまで争いを続けている……)

 俺は枝川が引き連れているグループのことを見た。山下達だ。被害届を出されずに済み、会社に戻れている状況は甘いのだろうか。被害を受けた2人が許すと言ったからでもある。しかし、ぼうっとした顔になっていた山下達が谷川達のことを睨み付けた。それに対して、まだ新たな火種が生まれたのだと感じた。そして、俺達はホールを出た。
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