青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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  風林がタオルを使い終えた。それを柳本が受け取り、秘書室に持って行った。後でみんなの分のタオルを洗濯するのだろう。秘書室では冷蔵庫にタオルを保管してある。外から帰ってきたメンバーのために置いてあり、手の空いているものが洗濯をしている。うちの秘書室の流行だ。

「さあ、座ってくれ。話をしよう」
「はい。失礼します」

 風林が応接セットのソファーに座った。そこで、俺は彼が黒崎製菓で勤務している姿を想像した。そして、十分に考えられることだと思った。こちらが希望する入社日は10月1日だ。それまでの間はアザレアで引き継ぎをすると良いと思った。ちょうどいい日数あると思えた。しかし、もし本人が希望するなら、入社日を早めても良いかとは思っている。

「うちの資料だ。うちのことは知っていてくれているだろうから、省かせてもらう。君に入ってもらいたいのはレストラン事業部だ。ここの18階にある。事業を広げたために人員不足で、人手を必要としている。しかし、誰でも良いわけではない。リーダーになれる人財を必要としている」
「俺がですか」
「ああ。君の段取りの良さを買っている。実際に今の会社でリーダーを任されているじゃないか。君ならすぐに業務に慣れると思う」

 俺の言葉に風林が意外そうな声を出した。そんなに自分に自信が無いのだろうか。しかし、引っ越しのアザレアでは数人のスタッフを引き連れてやっている。その段取り力はうちにほしい能力だ。最近の新入社員の傾向として、不器用なタイプが多く入っている。性格がいいのだが、それだけでは仕事は回らない。こうして転職組を増やしていき、刺激と活力にしたい。

「風林君。君なら大丈夫だ。さあ、世間話をしようじゃないか。この間から、ほとんど君のことを知れなかった。昔のエントリーシートにも一人暮らしだと書いてあったが、ご両親は健在か?」
「はい。父が元気にしています。母も多分、元気です。父と別居していて、会っていないんです」
「君は正直に話す人だな。いつから会っていないんだ?」
「6歳の頃からです。両親は離婚していません」
「そんなに長くか……」
「はい。父には新しい家庭があります。でも、結婚できないままですけど。弟が一人生まれました。俺とは18歳差です」
「そうなのか……。お母さんがいない環境だったのか……」
「いえ、父の恋人達が俺の面倒を見てくれました。父は女性関係が途絶えない人で、常に付き合っている人が居ます。二股じゃないんですけどね。なんせ、母が離婚しない気でいるから、恋人の方が嫌になったみたいです。絶対に幸せにするものかと言って、離婚に応じないそうです」
「それはお母さんから聞いたのか?」
「いえ、父方の祖母からです。不受理の申し出ってご存じですか?離婚届を勝手に出されないようにする届け出のことです。母はそれをしているそうです。昔、父との家を飛び出すときに喧嘩をした勢いで離婚届にサインをしたそうで、しかし、それを出す意志は無くなったということで、不受理の届け出を続けているそうです。そんなことをしなくてもいいのにと思います。それを祖母が言うと、幸せになんかするものかと言っていたそうです」
「裁判にならなかったのか?」
「はい。お互いにそこまでする気がありません。調停もです。母はいなかったけれど、父の彼女がいい人ばかりで、俺、寂しくありませんでした。ドライブに連れて行ってもらったり、参観日に来てもらったりしました」
「そうか。俺も母とは生き別れになっていた。どこで何をしているのかは知らなかったわけじゃないが、会おうとしなかった。今は会っている」
「そうですか……」

 風林がため息をついた。こうして話してみると、心に思っていることが顔に出やすいタイプだと分かった。それから、自分のことを正直に話すことも意外だと思った。なんでもそつなくこなすタイプだと思っていた。いや、それなら数年前の入社面談で嫌な顔をしなかっただろう。あれが悪かったと今田が言うぐらいだから、よっぽど嫌な顔をしていたということか。

「君は感情表現が豊かなんだな」
「はい。よく言われます。何でも正直に話し過ぎるので、俺はここの会社に向いているかどうか分かりませんよ」
「それこそ分からない話だ。さあ、茶を飲んでくれ」
「ありがとうございます。頂きます」

 柳本が茶を持ってきた。茶菓子もある。シャルロットキッチンで焼いているシフォンケーキだ。レストラン事業部の管轄の店だ。そこで、ここの店の経営が任されている部署への配属にしたいと再度伝えると、それには頷いてもらえた。そして、やってもらいたい仕事や条件のことを話すことにした。
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